僕は魔道士？ 第3話
僕はウェイトレス？・パラレル編
作：hiroyuki
魔導管理局・本部
多くの魔導士を抱える魔導管理局、その中枢を担う本部はほぼシティの中心に聳え立つ。
そのロビーを魔導士や職員達が行き来する。
喧騒溢れるその場に自動扉を開いて入ってくる人物が居た。
上級魔導士の正装に身を包む若い女性にその場の者達は固まってしまう。
「ねえ・・・あの人って？」
「おい・・・彼女はまさか？」
多くの人々の視線を集めるのは・・・木村夏樹上級魔導士だった。
ざわめくロビーを木村夏樹上級魔導士は颯爽と歩いて受付に向かう。
「すいませんが木村夏樹上級魔導士です、リベア・ロックワード長官の召喚を受け参りました。」
話し掛けられた受付の女性職員は驚きの余り瞬きする事も忘れている。
「あの・・・大丈夫ですか？」
木村夏樹上級魔導士に声を再度掛けられようやく女性職員は我に返る。
「も、申し訳ありません木村上級魔導士様、暫らくお待ち下さい。」
女性職員は慌てて端末を操作する。
「はい伺っております、中央エレベーターで直接長官室まで来る様にとの事です。」
「分かりました、ありがとうございました。」
木村上級魔導士はそう言って微笑むと中央エレベーターに向かう。
残された女性職員は顔を真っ赤にして呆然としていた。
いや、他の魔導士や職員達（特に女性達だが）も同様だった。
静止したロビーが再び動きだすのは木村上級魔導士が中央エレベーターに乗り込み姿が消えてから大分経ってからだった。
「ふう・・・何でこうも見られるのかな？・・・だからあまり此処には来たくはないんだけど。」
エレベーターの壁に寄りかかり夏樹は深い溜息を付いてぼやいていた。
「それは夏樹自身が原因だと思いますが・・・」
クリスが苦笑しながら話し掛けてくる。
「それって上級魔導士が来たからと言う事ですか？」
「いえ、夏樹だからですよ。」
「・・・？」
クリスの答えに夏樹は首を捻って考え込んでいる。
普段は深い洞察力の持ち主のくせに、自分の事になるとこうなる、クリスは少々呆れてしまう。
まあそんな謙虚なところが夏樹らしいとは思うクリスだが。
そんな間に長官室の有るフロアにエレベーターが到着する。
エレベーターを降りた夏樹は真っ直ぐに続く廊下を歩き、風格のある扉の前に立つ。
「木村夏樹上級魔導士、只今到着しました。」
扉にそう告げる夏樹、インターフォンなど見当たらないが、魔導の力により相手には確実に伝わっている。
『ご苦労様木村上級魔導士、入りなさい。』
その声と共に扉が音も無く開き、夏樹は部屋に入って行く。
広い部屋に大きな執務用机、左右には多くの蔵書が収められた書架、中央には来客用のソファと机。
リベア・ロックワード魔導管理局長官の部屋は質素だ、それはある意味彼女の人柄を表している。
「お久しぶりですロックワード長官。」
夏樹は片膝を付いて挨拶をする。
「ええ本当に久しぶりね、貴女はめったに此処に来てくれないから。」
「う・・・」
多分にからかいを含んだ長官の言葉に夏樹は返答に詰まってしまう、確かに何かなければ来る事は無かったからだ。
「それからそんな堅苦しい挨拶はしなくて良いと言った筈よ。第一、此処には私達２人しか居ないし、何より貴女は私の娘なのだから。」
慈愛に満ちた笑顔と言葉を掛けるロックワード魔導管理局長官、いやリベアだった。
そう、リベア・ロックワードは木村夏樹のこの世界に於ける母親だった。
”この世界”と言ったのは、元居た世界にも夏樹の母親が居るからだ。
それについてはちょっと長い話をする必要がある。
既に気付いているかも知れないが、木村夏樹は元々この世界の人間では無かった。
史上最悪の暴走ＡＩカオスが逃げ込んだ世界に住んでいた人間だったのだ。
そしてカオスを追跡していたＡＩのクリスが当時まだ幼かった夏樹に最初に接触したのだった。
その場の緊急事態の為、クリスは夏樹にＢＵの始動を要請、封印には失敗するものの、撃退に成功する。
以後夏樹はクリスと共にカオスの封印に奔走、最終的に成功するのだが・・・
夏樹は瀕死の重傷を負ってしまうのだった、そこに魔導管理局の救助隊が到着、こちらの世界に運びこまれる事になる。
もちろん救助隊のメンバーは最初、夏樹がカオスを封印した事を信じなかったが、クリスのデータから納得するしかなかった。
何より封印されたカオスが雄弁に語っていたからだ、これにはリベアも驚愕するしかなかった。
もっとも一番驚愕させられたのは治療の際に男性と分かった事かもしれない。
それまで救助隊も医師達も女性だと思い込んでいたからだ、リベアも最初は何かの冗談だと思った位だ。
まあ女性用のＢＵ姿が余りにも似合いすぎていたうえに、それを知っている筈のクリスがその時点ですっかり失念していたのが大きな原因だったのだが。
そんな中、治療により夏樹が意識を取り戻し、リベアは全ての事情を知る事となった。
また治療と平行して行なわれた検査により、夏樹が強力な魔導力を持つ事が分かった。
こちらの世界の人間でない夏樹が何故そんな魔導力を持っていたのかが問題になったが、クリスの持ち帰ってきたデータがその答えを教えてくれた。
それは夏樹の母親がこちらの世界の人間だっただけでなく、リベアと並ぶ特級魔導士だったからだ。
ユウナ・シルバーン、それが夏樹の母親のこちらの世界での名前だった。
彼女は数十年前に起きた魔導遺跡の暴走事件の際、行方不明になっていたのだった。
どうやらその時の戦闘の結果、ユウナは別次元に飛ばされたらしい。
ただその際のショックが原因なのかユウナは魔導力を全て失ってしまった、結局彼女はその世界で生きてゆくしかなく、当時助けてくれた男性と結婚、夏樹を生んだのだ。
しかしユウナの失われた魔導力は幸か不幸か夏樹に受け継がれていたのだ。
だから夏樹は初めてなのにＢＴＳ（バトルツールシステム）を使いこなし、カオスを封印出来たのだ。
だがこの一連の事が判明した時点で夏樹は大きな選択を余儀なくされる事になる。
それは夏樹が強力な魔導力を持つ故に、自分が居た元の世界に帰る事が難しくなってしまったのだ。
理由は簡単だ、それだけ強力な魔導力を持つ者を魔導管理局の管理下に置かない訳にはいかなかったからだ。
もちろん夏樹は最初は首を縦に振らなかった、当たり前だ、突然、貴方は強い力があるのだからこちらの世界に居なければならないと言われて納得出来る者など居ないだろう。
だがリベアとクリスの説得に結局夏樹は承諾するしかなかった、それは自分の力が元いた世界で災厄を起こすと知ったからだ。
こちらの世界でならその力を制御する術も体制もある、最早魔導士として覚醒してしまった夏樹にそれ以外の道は存在しなかった。
こうして夏樹はこちらの世界で魔導士として生きてゆく事になった、元の世界では大きな病気で海外に行ったと周りの者に説明して。
ちなみにリベアは夏樹がそう決断した後、ユウナの居る世界へ彼女に会いに行った。
親友であったユウナとの再会と夏樹を自分の娘（笑）として迎え入れる為に。
再会と迎え入れる為の承諾は問題無く終わった、ユウナも夏樹がもう自分の元に戻れない事は覚悟していたからだ。
そしてよっぽどの事情が無ければ会えなくなる事も・・・
魔導士となった夏樹は簡単には次元移動を許されない身だし、一方母親の方は魔導力を失った為に次元移動が出来なくなったからだ。
だから母親のユウナはリベアの申し出を承諾し、彼女に後を託したのだった。 ちなみにリベアの娘になったのだから、木村夏樹ではなく、夏樹・ロックワードと本来は名乗るべきだが、元の世界との繋がりを残したいという希望によりそのままにしている。
そして夏樹はリベアのもと魔導士として新たな人生を歩む事になるのだが、実はこれからの方がよりいっそう大変だったのだ。
その第一が、夏樹の女性扱いが変わらなかった事だろう。
治療と検査により男性と分かった筈なのに、リベアを初めとした周りの者はその扱いを変えなかったのだ。
まあ先程言った通り、女性用ＢＵを着た姿にあまりにも違和感が無かった事に加え、声変わりも無ければひげさえ生えない。
胸はもちろん無いが（笑）、細く括れた腰周りに、すらりと伸びた手足と、残念ながら男として見える要素がごく一部の部分を除いて無かったのだ。
これには医者達も首を捻った挙句、結局夏樹の持つ魔導力が原因だと結論するしかなかったらしい、まあ匙を投げた格好だ。
実は夏樹は新しい世界での生活を男として始めるつもりだった。
しかし身体的な状況に加えて、女性用ＢＵを結局こちらの世界でも変更出来なかった事が大きかった。
最初にＢＵを纏った時にクリスが言った通り、生体活動の停止、すなわち死以外ではやはり無理だと言われてしまったのだ。
落胆する夏樹にリベアはそれはもう良い笑顔を浮かべて言った。
「いいじゃない、もう私の娘として生きなさいな・・・問題は無いわ。」
有りすぎだと夏樹は言いたかった。
そして第二が夏樹の処遇についてだった。
史上最悪の暴走ＡＩカオスの封印を成し遂げた夏樹。
その魔導力は強力なものだが、夏樹は正式な魔導士としての教育を浮けていない。
普通魔導士になろうとする者は養成機関に入り先ずは初級魔導士になる事を目指す。
そして養成機関卒業後、初級魔導士としての任務をこなしながら次は中級魔導士になる為の試験を受ける事になる。
その試験はそうとう厳しいもので、受ける初級魔導士達の半分にも満たない者しか合格出来ない。
ただ中級魔導士となればそれなりの地位と権限が与えられ、活動の範囲も広がるので目指す者は絶えない。
そんな中級魔導士が次に夢見るのが、魔導士の中でも最上位である上級魔導士だ。
（上級魔導士の上に特級魔導士というクラスがあるが、あれは特殊なものと考えた方がよい。）
だが最上位と言われるだけにそこに到達する事は容易では無かった。
中級魔導士として数々の課題をこなし高い実績を積み上げ、時には上級魔導士に付いて学び、多くの昇級試験を突破せねばならないからだ。
その際最大のネックとなるのが上級魔導士達だ、理由はまあ単純だ、連中は己の事しか興味が無い。
後継を育て導くなど時間の無駄だと思っているうえに、上級魔導士が増えれば己の権限や影響力が減ると考える上級魔導士は多い、要は自分達の権益を奪われたくないのだ。
その結果、多くの上級魔導士達は中級魔導士の指導など、様々な理由を付けて断る事が多い。
だからここ何年か新しい上級魔導士は任命されておらず、リベアを悩ませている。
その中で例外中の例外が夏樹だった、もっともその任命過程は物議を呼ぶ事になったが。 というのも夏樹は養成機関に入る事も無く、初級や中級魔導士を飛び越え、上級魔導士として任命されたのだ。
これは多くの関係者を驚かせたが、特に驚愕しそして怒り狂ったのが上級魔導士達だった。
自分達が苦労して突破してきた事を何一つせず、いとも簡単に上級魔導士になったのが気に入らなかったのだ。
だから上級魔導士達の非難は、今回の決定を下した魔導管理局長官のリベアに集中した。
元々上級魔導士達はリベアを嫌っており（理由は夏樹に対するものと同じ）、機会があればその地位から引きずり落としてやろうと考えていたのだ、もちろん後釜に自分が就こうという野心を持って。
プライドが高く普段は結束しない上級魔導士達が徒党を組んだのはそういう理由があったのだ。
だがそんな上級魔導士達の意図はリベアの一言で粉砕される事になる。
「それでは貴方達はカオスを夏樹の様に１人で封印出来たのですか？」
多くの上級魔導士達が失敗した封印をまだ魔導士にもなっていなかった夏樹が成功させた事実に、彼らは沈黙せざるしかなかった。
リベアに言わせれば、上級魔導士達がこちらの世界で封印を成功させていれば、カオスを別次元へ逃亡させる事も無かったし、魔導力に目覚めたばかりの夏樹に頼る必要も無かった筈だ。
しかも夏樹は封印を成功させる代償に命を失う寸前だったのだ。
これに最初は身内びいきだと疑っていた初級・中級魔導士や関係者はこぞってリベアを支持した。
前に言った通り、上級魔導士には高い地位を持っているが、連中の思惑で人数的には少数派だ。
その事が災いし、上級魔導士達は引き下がるしかなかったのだ。
ちなみに夏樹はこれら一連の事を病院でリハビリ中だった事もあってまったく知らなかった。
退院後、リベアに「貴女は今日から魔導管理局所属の上級魔導士に任命されました。」と言われ、一連の説明を後から聞かされる事になったのだ、夏樹が大いに困惑させられたのは言うまでもない。
だが異存なぞ認められる訳も無く、夏樹の上級魔導士承認は行なわれたのだった。
こうして他に例を見ない経歴を持つ上級魔導士が誕生したのだった。
多くの魔導士を抱える魔導管理局、その中枢を担う本部はほぼシティの中心に聳え立つ。
そのロビーを魔導士や職員達が行き来する。
喧騒溢れるその場に自動扉を開いて入ってくる人物が居た。
上級魔導士の正装に身を包む若い女性にその場の者達は固まってしまう。
「ねえ・・・あの人って？」
「おい・・・彼女はまさか？」
多くの人々の視線を集めるのは・・・木村夏樹上級魔導士だった。
ざわめくロビーを木村夏樹上級魔導士は颯爽と歩いて受付に向かう。
「すいませんが木村夏樹上級魔導士です、リベア・ロックワード長官の召喚を受け参りました。」
話し掛けられた受付の女性職員は驚きの余り瞬きする事も忘れている。
「あの・・・大丈夫ですか？」
木村夏樹上級魔導士に声を再度掛けられようやく女性職員は我に返る。
「も、申し訳ありません木村上級魔導士様、暫らくお待ち下さい。」
女性職員は慌てて端末を操作する。
「はい伺っております、中央エレベーターで直接長官室まで来る様にとの事です。」
「分かりました、ありがとうございました。」
木村上級魔導士はそう言って微笑むと中央エレベーターに向かう。
残された女性職員は顔を真っ赤にして呆然としていた。
いや、他の魔導士や職員達（特に女性達だが）も同様だった。
静止したロビーが再び動きだすのは木村上級魔導士が中央エレベーターに乗り込み姿が消えてから大分経ってからだった。
「ふう・・・何でこうも見られるのかな？・・・だからあまり此処には来たくはないんだけど。」
エレベーターの壁に寄りかかり夏樹は深い溜息を付いてぼやいていた。
「それは夏樹自身が原因だと思いますが・・・」
クリスが苦笑しながら話し掛けてくる。
「それって上級魔導士が来たからと言う事ですか？」
「いえ、夏樹だからですよ。」
「・・・？」
クリスの答えに夏樹は首を捻って考え込んでいる。
普段は深い洞察力の持ち主のくせに、自分の事になるとこうなる、クリスは少々呆れてしまう。
まあそんな謙虚なところが夏樹らしいとは思うクリスだが。
そんな間に長官室の有るフロアにエレベーターが到着する。
エレベーターを降りた夏樹は真っ直ぐに続く廊下を歩き、風格のある扉の前に立つ。
「木村夏樹上級魔導士、只今到着しました。」
扉にそう告げる夏樹、インターフォンなど見当たらないが、魔導の力により相手には確実に伝わっている。
『ご苦労様木村上級魔導士、入りなさい。』
その声と共に扉が音も無く開き、夏樹は部屋に入って行く。
広い部屋に大きな執務用机、左右には多くの蔵書が収められた書架、中央には来客用のソファと机。
リベア・ロックワード魔導管理局長官の部屋は質素だ、それはある意味彼女の人柄を表している。
「お久しぶりですロックワード長官。」
夏樹は片膝を付いて挨拶をする。
「ええ本当に久しぶりね、貴女はめったに此処に来てくれないから。」
「う・・・」
多分にからかいを含んだ長官の言葉に夏樹は返答に詰まってしまう、確かに何かなければ来る事は無かったからだ。
「それからそんな堅苦しい挨拶はしなくて良いと言った筈よ。第一、此処には私達２人しか居ないし、何より貴女は私の娘なのだから。」
慈愛に満ちた笑顔と言葉を掛けるロックワード魔導管理局長官、いやリベアだった。
そう、リベア・ロックワードは木村夏樹のこの世界に於ける母親だった。
”この世界”と言ったのは、元居た世界にも夏樹の母親が居るからだ。
それについてはちょっと長い話をする必要がある。
既に気付いているかも知れないが、木村夏樹は元々この世界の人間では無かった。
史上最悪の暴走ＡＩカオスが逃げ込んだ世界に住んでいた人間だったのだ。
そしてカオスを追跡していたＡＩのクリスが当時まだ幼かった夏樹に最初に接触したのだった。
その場の緊急事態の為、クリスは夏樹にＢＵの始動を要請、封印には失敗するものの、撃退に成功する。
以後夏樹はクリスと共にカオスの封印に奔走、最終的に成功するのだが・・・
夏樹は瀕死の重傷を負ってしまうのだった、そこに魔導管理局の救助隊が到着、こちらの世界に運びこまれる事になる。
もちろん救助隊のメンバーは最初、夏樹がカオスを封印した事を信じなかったが、クリスのデータから納得するしかなかった。
何より封印されたカオスが雄弁に語っていたからだ、これにはリベアも驚愕するしかなかった。
もっとも一番驚愕させられたのは治療の際に男性と分かった事かもしれない。
それまで救助隊も医師達も女性だと思い込んでいたからだ、リベアも最初は何かの冗談だと思った位だ。
まあ女性用のＢＵ姿が余りにも似合いすぎていたうえに、それを知っている筈のクリスがその時点ですっかり失念していたのが大きな原因だったのだが。
そんな中、治療により夏樹が意識を取り戻し、リベアは全ての事情を知る事となった。
また治療と平行して行なわれた検査により、夏樹が強力な魔導力を持つ事が分かった。
こちらの世界の人間でない夏樹が何故そんな魔導力を持っていたのかが問題になったが、クリスの持ち帰ってきたデータがその答えを教えてくれた。
それは夏樹の母親がこちらの世界の人間だっただけでなく、リベアと並ぶ特級魔導士だったからだ。
ユウナ・シルバーン、それが夏樹の母親のこちらの世界での名前だった。
彼女は数十年前に起きた魔導遺跡の暴走事件の際、行方不明になっていたのだった。
どうやらその時の戦闘の結果、ユウナは別次元に飛ばされたらしい。
ただその際のショックが原因なのかユウナは魔導力を全て失ってしまった、結局彼女はその世界で生きてゆくしかなく、当時助けてくれた男性と結婚、夏樹を生んだのだ。
しかしユウナの失われた魔導力は幸か不幸か夏樹に受け継がれていたのだ。
だから夏樹は初めてなのにＢＴＳ（バトルツールシステム）を使いこなし、カオスを封印出来たのだ。
だがこの一連の事が判明した時点で夏樹は大きな選択を余儀なくされる事になる。
それは夏樹が強力な魔導力を持つ故に、自分が居た元の世界に帰る事が難しくなってしまったのだ。
理由は簡単だ、それだけ強力な魔導力を持つ者を魔導管理局の管理下に置かない訳にはいかなかったからだ。
もちろん夏樹は最初は首を縦に振らなかった、当たり前だ、突然、貴方は強い力があるのだからこちらの世界に居なければならないと言われて納得出来る者など居ないだろう。
だがリベアとクリスの説得に結局夏樹は承諾するしかなかった、それは自分の力が元いた世界で災厄を起こすと知ったからだ。
こちらの世界でならその力を制御する術も体制もある、最早魔導士として覚醒してしまった夏樹にそれ以外の道は存在しなかった。
こうして夏樹はこちらの世界で魔導士として生きてゆく事になった、元の世界では大きな病気で海外に行ったと周りの者に説明して。
ちなみにリベアは夏樹がそう決断した後、ユウナの居る世界へ彼女に会いに行った。
親友であったユウナとの再会と夏樹を自分の娘（笑）として迎え入れる為に。
再会と迎え入れる為の承諾は問題無く終わった、ユウナも夏樹がもう自分の元に戻れない事は覚悟していたからだ。
そしてよっぽどの事情が無ければ会えなくなる事も・・・
魔導士となった夏樹は簡単には次元移動を許されない身だし、一方母親の方は魔導力を失った為に次元移動が出来なくなったからだ。
だから母親のユウナはリベアの申し出を承諾し、彼女に後を託したのだった。 ちなみにリベアの娘になったのだから、木村夏樹ではなく、夏樹・ロックワードと本来は名乗るべきだが、元の世界との繋がりを残したいという希望によりそのままにしている。
そして夏樹はリベアのもと魔導士として新たな人生を歩む事になるのだが、実はこれからの方がよりいっそう大変だったのだ。
その第一が、夏樹の女性扱いが変わらなかった事だろう。
治療と検査により男性と分かった筈なのに、リベアを初めとした周りの者はその扱いを変えなかったのだ。
まあ先程言った通り、女性用ＢＵを着た姿にあまりにも違和感が無かった事に加え、声変わりも無ければひげさえ生えない。
胸はもちろん無いが（笑）、細く括れた腰周りに、すらりと伸びた手足と、残念ながら男として見える要素がごく一部の部分を除いて無かったのだ。
これには医者達も首を捻った挙句、結局夏樹の持つ魔導力が原因だと結論するしかなかったらしい、まあ匙を投げた格好だ。
実は夏樹は新しい世界での生活を男として始めるつもりだった。
しかし身体的な状況に加えて、女性用ＢＵを結局こちらの世界でも変更出来なかった事が大きかった。
最初にＢＵを纏った時にクリスが言った通り、生体活動の停止、すなわち死以外ではやはり無理だと言われてしまったのだ。
落胆する夏樹にリベアはそれはもう良い笑顔を浮かべて言った。
「いいじゃない、もう私の娘として生きなさいな・・・問題は無いわ。」
有りすぎだと夏樹は言いたかった。
そして第二が夏樹の処遇についてだった。
史上最悪の暴走ＡＩカオスの封印を成し遂げた夏樹。
その魔導力は強力なものだが、夏樹は正式な魔導士としての教育を浮けていない。
普通魔導士になろうとする者は養成機関に入り先ずは初級魔導士になる事を目指す。
そして養成機関卒業後、初級魔導士としての任務をこなしながら次は中級魔導士になる為の試験を受ける事になる。
その試験はそうとう厳しいもので、受ける初級魔導士達の半分にも満たない者しか合格出来ない。
ただ中級魔導士となればそれなりの地位と権限が与えられ、活動の範囲も広がるので目指す者は絶えない。
そんな中級魔導士が次に夢見るのが、魔導士の中でも最上位である上級魔導士だ。
（上級魔導士の上に特級魔導士というクラスがあるが、あれは特殊なものと考えた方がよい。）
だが最上位と言われるだけにそこに到達する事は容易では無かった。
中級魔導士として数々の課題をこなし高い実績を積み上げ、時には上級魔導士に付いて学び、多くの昇級試験を突破せねばならないからだ。
その際最大のネックとなるのが上級魔導士達だ、理由はまあ単純だ、連中は己の事しか興味が無い。
後継を育て導くなど時間の無駄だと思っているうえに、上級魔導士が増えれば己の権限や影響力が減ると考える上級魔導士は多い、要は自分達の権益を奪われたくないのだ。
その結果、多くの上級魔導士達は中級魔導士の指導など、様々な理由を付けて断る事が多い。
だからここ何年か新しい上級魔導士は任命されておらず、リベアを悩ませている。
その中で例外中の例外が夏樹だった、もっともその任命過程は物議を呼ぶ事になったが。 というのも夏樹は養成機関に入る事も無く、初級や中級魔導士を飛び越え、上級魔導士として任命されたのだ。
これは多くの関係者を驚かせたが、特に驚愕しそして怒り狂ったのが上級魔導士達だった。
自分達が苦労して突破してきた事を何一つせず、いとも簡単に上級魔導士になったのが気に入らなかったのだ。
だから上級魔導士達の非難は、今回の決定を下した魔導管理局長官のリベアに集中した。
元々上級魔導士達はリベアを嫌っており（理由は夏樹に対するものと同じ）、機会があればその地位から引きずり落としてやろうと考えていたのだ、もちろん後釜に自分が就こうという野心を持って。
プライドが高く普段は結束しない上級魔導士達が徒党を組んだのはそういう理由があったのだ。
だがそんな上級魔導士達の意図はリベアの一言で粉砕される事になる。
「それでは貴方達はカオスを夏樹の様に１人で封印出来たのですか？」
多くの上級魔導士達が失敗した封印をまだ魔導士にもなっていなかった夏樹が成功させた事実に、彼らは沈黙せざるしかなかった。
リベアに言わせれば、上級魔導士達がこちらの世界で封印を成功させていれば、カオスを別次元へ逃亡させる事も無かったし、魔導力に目覚めたばかりの夏樹に頼る必要も無かった筈だ。
しかも夏樹は封印を成功させる代償に命を失う寸前だったのだ。
これに最初は身内びいきだと疑っていた初級・中級魔導士や関係者はこぞってリベアを支持した。
前に言った通り、上級魔導士には高い地位を持っているが、連中の思惑で人数的には少数派だ。
その事が災いし、上級魔導士達は引き下がるしかなかったのだ。
ちなみに夏樹はこれら一連の事を病院でリハビリ中だった事もあってまったく知らなかった。
退院後、リベアに「貴女は今日から魔導管理局所属の上級魔導士に任命されました。」と言われ、一連の説明を後から聞かされる事になったのだ、夏樹が大いに困惑させられたのは言うまでもない。
だが異存なぞ認められる訳も無く、夏樹の上級魔導士承認は行なわれたのだった。
こうして他に例を見ない経歴を持つ上級魔導士が誕生したのだった。