前書き

これは「僕はウェイトレス！？」の未来の可能性の一つを書いたものです。
よって本編とは完全に繋がっていないところがあるかもしれませんが、ご了承下さい。

告知編を見てみる

---

「ようこそいらっしゃいました、本日は誠心誠意お勤めさせていただきます。」
入ってきた女性のグループに、待機していた女子店員が近づき、優雅なお辞儀をして挨拶する。
「「「はい、お願いしますね！」」」
女性達はその店員を見ると一斉に嬉しそうにそう答える。
「それではご案内いたしますので、こちらへ。」
女子店員はにこやかな笑みを浮かべ、青と白を基調とした店内をお客である女性達を案内してゆく。
「ついているわね、彼女に案内してもらえるなんて。」
「ああ、あの格好本当に似合っているわ。」
「こんなに身近に見れるなんて･･･」
嬉しそうに話しながら歩く女性達。彼女達を先導してくれるその女子店員を憧れの目で見ている。
確かに肩上で切り揃えられた黒髪や整った顔立ち、同性から見ても魅力的な女性だ。
だが彼女を更に魅力的にしているのは、その服装だった。
青のロングスカートのワンピースにフリルの付いた白のエプロン、頭の上にはフリルのカチューシャ。
そう、その女子店員はメイド服を着用していたのだ。いや店にいる女子店員全員が着用していた。
店の名は『ブルーガーデン』。いわゆるメイド・カフェである。
そしてそのメイド・カフェに訪れるお客達（特に女性）に絶大な人気があるのが、
『ブルーウィンド』の元ウェイトレスである、木村夏樹（１９）だった。

あれから３年。夏樹は相変わらず女性だった（笑）。
本人の思いとは裏腹に身体の女性化は更に進んでいたのだ。
何しろ脛毛はもちろん髭さえ未だに生えない。声変わりも結局起こらず、むしろソプラノ化しつつあった。しかし口調は変わらずなので、初対面の人間を戸惑わせている。そのせいで女の子らしい口調にしなさいと毎回忠告されている。
体型はスレンダーで変らないが、腰が更に細くなったし、胸は無い（当たり前だ）が、下着を着けているせいか多少膨らんで見える。
こうなってくると、これはもう何かの呪いではないかと、夏樹は真剣に悩んでいる。誰かが自分を女性にしようとしているんじゃないかと。
これで心が女性化しないのはある意味脅威的なことだ、流されやすい夏樹にしては（笑）。
しかし、それ以外は流されるままに進んでいたのだが････
まず高校卒業後の進路。夏樹としては、４年制大学に進学（もちろん男子学生としてだ）するつもりだったのだが。
「ナツキちゃんは、私と一緒に結城女子短大に行きましょう、いえぜひ行くべきです。」
という某お嬢様と母親の陰謀（？）により、その短大の入学試験を受ける羽目になった。もちろん結果は合格だ。
そして何故か他の大学の入試はキャンセルされており、浪人か短大への入学か、しか選択肢は残されていなかった。
「家は浪人を養う気なんかないからね、分かっているだろうけど。」
いや選択肢なんて物は端っから無かったようで、夏樹の結城女子短大への入学が決まった。
ちなみに一緒に入学した者の中に、某お嬢様と同僚ウェイトレス、高校時代の友人達が含まれていたのは当然だった。
夏樹としては、大学生活中に”男”に戻る算段をしていたが、結局女子短大に入れられ、更に女性化を進めさせられてしまった。
そしてこれが夏樹の卒業後の進路を決定付ける事になる。
卒業後の進路として夏樹には『ブルーウィンド』の正社員というのが大方の見方だった。
だが夏樹としてはそれは絶対避けたかった、何しろそれでは完全にウェイトレス決定だからだ。
といって普通の会社ではＯＬ（笑）になるしか無く、やむなく同じ接客業を探した。もちろん男性店員として就職する為に。
しかしここでも、某お嬢様と母親が暗躍したのだ。が、夏樹はまったくそれに気付かなかった。
確かに『ブルーウィンド』への就職に関してあっけなくそれを引っ込めたことからして怪しかったのだが。
人の良い夏樹は、ようやく分かってくれたのかと喜び、疑わなかったのだ、そこに隠された意図があったのに････
そんな中夏樹が見つけたのが、最近新たな接客業の分野に進出してきたという新進の会社だった。
働き場所は最寄り駅の傍というのが多少気になったが（実を言えばこの町を出たかったのだが）、贅沢はいえない。
なおその会社の募集した職種は接客係で男女両方という条件だった。だがここが曲者だった。　
実はこの会社の募集案内は、この女子短大以外には出されていなかったのだ。つまり最初から男性は応募出来ないようになっていたのだ。
そして応募できる人間の枠も既に決められていた（それが誰なのかは、説明の必要はあるまい。）
夏樹は最初からこの会社に導かれるようになっていたのだ。本人がそれに気付くのは就職が決まった後だった。

そう、僕は驚きのあまり声も出ずにいた。
入社式当日、そこに集った新入社員と上司となる面々を見て･････
「これから一緒に働けるなんて嬉しいですわ、ねえ皆さん。」
満面の笑みを浮かべておっしゃるお嬢様と見慣れた方々・・・何で皆ここにいらっしゃるんですか？
一緒に短大に進学したあのメンバーが全員勢ぞろいしているのだ。だがそれ以上に驚かされたのが、
「というわけで皆さん、不慣れな店長ですけど宜しくお願いしますね。」
『ブルーウィンド』の元マネージャー。
「雅美同様お手柔らかにね、何しろマネージャーなんか初めてだからね。」
こちらは『ブルーウィンド』の元フロアチーフ。
「何でお二人が？」
僕の問い掛けに二人は顔を見合わせてから言う。
「まあ転職したという事になるのかしら？」
「どちらかと言うと転属でしょ、元々同じグループ内なんだから。」
つまりこの会社は『ブルーウィンド』の系列会社だという事らしい。
要はやっと逃げられたと思っていたら、実は取り込まれていたって事？呆然としていた僕はふとある事に気付く。
「という事はこの会社ってレストランなんですか？」
「いいえ･･･レストランではないわ、カフェよ。それもちょっと特殊な。」
店長さんが答えてくれる。･･･その隣で意地の悪い笑みを浮かべて立つマネージャーさん。何か嫌な予感が･･･
「特殊って何がです？」
僕以外の新入社員の人達はどうやら知っているみたいで、誰もが意味深な笑みで僕を見ている。
「何と言うか･･･服装とか接客の仕方とか････」
「･････？」
「まあ簡単に言えば、メイドの格好をしてお客さんを接客する、メイドカフェというわけよ。」
････今何て言いましたか？メイドの格好？メイドカフェ？
「な、な、な、なっ・・・。」
「なっとう？あれネバネバして食べ辛いのよね。」
「違いますっ！　何でそうなるのかと聞きたいんです。」
ワザとらしいマネージャーさんのボケに、律儀に返してしまう僕って一体（泣）。
「だってここそういう店だからね･･･ゆくゆくは他の町にも支店を出すらしいわよ。」
けらけら笑いながら言うマネージャーさん。
「そういう事ですわナツキちゃん。我が牧瀬グループの新規事業ですの。」
発案者はこのお嬢様なんだろうな･･･僕は絶望感に囚われながら思った。
ここを辞めても他の就職先など直ぐに見つからないだろうし、そのまま逃がしてくれそうもなかった。

・・・と、こうして夏樹の『ブルーガーデン』への就職は決まったのだった。

「それではこちらへお座り下さい。」
メイドである夏樹は座席を引くと、案内してきた女性のグループの一人一人を座らせ、改めてお辞儀をする。
「ようこそ『ブルーガーデン』へ、本日皆様をお世話する木村夏樹です。宜しくお願いしますね。」
「はいこちらこそ！」
「初めて来て夏樹さんにお世話してもらえるなんて凄くラッキーですよ。」
「メール、メール。」
グループの女性達はまるで天にも昇りそうな雰囲気である。夏樹の方は引きつった笑みを浮かべつつ何とか対応しようとする。
「えーと・・メニューはテーブルに有りますので、お決まりになりましたら、ベルを鳴らしてお呼び下さい。」
「「「はい！！」」」
微笑みながらお辞儀しテーブルを離れる夏樹。内心色々なものがあるのだがそれを外に出さないのは流石である。
チリーン･･･
１メートルも歩かないうちに近くのテーブルから呼び出しがあり、夏樹はそちらへ向かう。
「はい、何かご用でしょうか？」

「ご苦労様、メイド長さん。」
休憩の為控え室に戻ってきた夏樹にマネージャーのクリスが話しかけてくる。その顔は完全に面白がっているのがはっきり分かる。
「クリスそれくらいにしておきなさい･･･ご苦労様ナツキちゃん。フロアリーダーは慣れたかしら？」
『ブルーガーデン』の店長である雅美がクリスをたしなめながら聞いてくる。
「そう簡単には慣れませんよ･･･それにしても、やっている事が『ブルーウィンド』の頃と変わって無い気がするんですけど。」

さてこの辺で『ブルーガーデン』メンバーの紹介をしておいた方がいいだろう。

　店長：斎藤雅美
　マネージャー：クリスティーヌ・ランバート
　フロアチーフ（メイド長？）：木村夏樹
　メイド（従業員）：牧瀬恵理香　紅林恵　佐藤翔　島崎裕香　遠藤杏子

ハッキリ言って『ブルーウィンド』時代の関係者が勢揃いである。もっとも偶然では無いのだが。
何しろお嬢様の恵理香が他のメンバーを抱き込み、夏樹の母親と牧瀬グループ総帥をバックに付けた結果だから。
しかし夏樹にしてみれば当時と同じ事をさせられている気がしてしょうがない。いやあの時より悪化していると思える。
第一に夏樹がフロアチーフ、店ではメイド長と呼ばれる、だという事だ。実は指名された時に断ったのだが。
「ナツキちゃんがやるべき！」という全メンバーの一致した意見と、店長の雅美の業務命令により断れなかった。
第二に夏樹の人気が『ブルーウィンド』時代を遥かに越えていた事だ。お陰で店が開店するとテレビや雑誌の取材が殺到した。
お客さんも連日殺到（ほとんどが女性だったが）状態であり、夏樹は連日目が廻る忙しさだ。
終いには芸能界デビューまで来たが、これはさすがに断固拒否した。女性タレント（笑）なんて夏樹はまっぴらだったからだ。
出来れば平凡な一生を送りたい、夏樹は思っていたのだが、現状はそれとは正反対に進みつつあった、まるで今の身体のように。

「でも流石ね･･･貴方がフロアチーフというだけで物凄い反響だもの。」
雅美は心底感心している。確かに夏樹がバイトでウェイトレスをやっていた時を遥かに上回るものがあった。
そこへ恵理香が乱入、夏樹の両手を握りしめて言う。
「そうですわナツキちゃん、貴方がいればこそこの人気ですわ。」
いや乱入して来たのは彼女だけではなかった。
「そうですよナツキちゃん。ああ、ここに就職して良かったです。」
頬を染めながら夏樹の背後に抱き付いてくる裕香。
「まったくです･･･一緒に働けて感激です。」
同じように頬を染め夏樹の左腕に抱き付く紅林恵（メグ）。
「ああ毎日が楽しくしょうがないよ、ナツキといるとね。」
夏樹にサムアップして笑いかける佐藤翔。
「ナツキさんのメイド服姿･･･素敵です。」
感激しすぎて涙を流しながら右腕に抱き付く杏子。
全員世の男性陣が放って置かないだろう美人達に囲まれ、男ならこんな状況になれば狂喜するかもしれない。
しかし残念ながら夏樹は中身はともかく外見はどう見ても女性だ。お陰で傍から見れば怪しい百合の世界（笑）。
もっとも恵理香を中心とする一同にしてみれば、相手が夏樹なら例え女性（実際は違うが）でも構わないと思っている。
夏樹本人としては複雑な思いだ。女性に慕われるのは嬉しいが、同性と見なされているのだから対処に困っている。
「ちょっと裕香さん、何抱きついているんですの！？」
「そういう恵理香さんこそ何手を握っているんですか！？」
「馴れ馴れしく腕に抱きつかないで下さい紅林さん。」
「そちらこそ何腕にぶら下がっているんです遠藤さん。」
「どうでも良いけど皆くっ付きすぎ！私だって････」
夏樹を中心に睨み合うメイド服の女性陣。そう、これが状況の悪化している事の三つめ、夏樹をめぐる女の闘い（笑）である。
高校時代から既に静かな争いが続いていたのだが、特に夏樹にご執心なメンバーがここに集い、その争いがさらに激化しているのだ。
ちなみに後の二人、雅美とクリスだが・・・
「従業員間の恋愛（？）には立ち入りません。」
雅美は匙を投げた態度を取っている、ただ時々何かにつけ夏樹を食事や買い物に誘っているので、争いにまったく無関係ではない。
「いやあ、これは見ていて楽しいわ。」
クリスの態度は･･･あの頃からまったく変わっていなかった。彼女の行動基準は相変わらず、”楽しいかどうか”、である。
あと補足しておくと、店に男性従業員は一人も居ない、いや居させなかったと言った方が正しい。関係者全員女性で固められている。
ちなみに上記メンバー以外の人間を上げると、店の内外のデサインを担当したのが、元美術部長（現建築デザイナー）。
衣装担当が、元演劇部の衣装係（現ファッションデザイナー）だったりする。
またそれは客層に言えるところがある、圧倒的に女性客が多いのだ。普通こういう店は男の、それもマニアが多いと思うだろう。
しかし『ブルーガーデン』では違っていて、訪れるのは２０代の女性がもっとも多かった。次が１０代の少女達と続く。
あと数はそれ程多いわけではないが、主婦やある程度お年を召した婦人方も訪れてくる。
言っておくが別に女性専用と謳っているわけではない、ただ常に若い女性で溢れかえっていれば、カップルはともかく男性個人は入りにくいのだろう。
その女性客のお目当てが夏樹なのは言うまでもないが、実は他のメンバーも負けず劣らず人気がある。
個性的な美人達という事もあるが、洗練かつ優雅さに溢れた給仕、行き届いた接客態度などが受けているのだ。
それに落ち着いた店の内装、レベルの高い飲み物や軽食、女性なら誰でも着てみたくなるデザインのメイド服。
全てが高いレベルで合わさっているからこそ『ブルーガーデン』は高い支持を勝ち得ているといえるだろう。
それが有るからこのような状況でも夏樹はここを出る気になれないのだ、要は働き甲斐が持てるのだ。
もっともそれに倍するトラブルが起きなければもっと良いのだけれど、と夏樹は切に願っているのだが。
今、眼前で繰り広げられているこの状況は正にそれだと夏樹は思う。
「ちょっと皆落ち着いて･･･僕の事で争わないで。」
このごろの夏樹は、そんな個性的な彼女達の仲を取り持つのがルーチンワークとなりつつあった。
「･･･そうですわね。ここは争いを止めて、今度の休み、夏樹ちゃんと皆さんで過ごしましょう。」
「「「「はい。」」」」
「あ、私も良いかしら？」
「もちろん私も参加ね。」
雅美とクリスも加わり、夏樹の次の休みの予定は決まったのだった、本人の意思とはまったく関係なく。
「は、はははは････」
夏樹は力なく笑うしかなかった。ここ最近の休みはこんな感じだった。一人で休みを過ごせたのは果たして何回あったのか？
どうもメンバー間で抜け駆け禁止の協定が出来てるらしく、休みとなれば全員で過ごす羽目に夏樹は陥っている。
もっとも嫌ならきっぱりと断ればいいのだが、彼女達の気持ちを無下に出来ない、人の良い夏樹には無理な話だった。

鍵を開け、マンションの自分の部屋に入る夏樹。
「今日も疲れたな･･･」
郵便受けから持ってきた新聞や手紙をテーブルに置き、ソファに座りながら夏樹は呟く。
郊外に立つこのマンションに夏樹は今一人で暮している。今までの生活を変える為就職に合わせて家を出たのだが。
実情はその時と何も変わっていないのは何故だろう？夏樹はため息を付く。呪うは自分の身体か、それとも周りの人達か？
頭を振ってそんな考えを忘れようとする、今更何を嘆いても状況は変わらない事くらい夏樹も理解しているつもりだ、ただ･･･
「・・・ほんと広すぎる部屋だよな。」
一人暮らしの筈なのに、何と３ＬＤＫなのだ。もちろん部屋代もそれなりにするが、今の夏樹の給料ではまったく問題ない。
店ではフロアチーフで、人気ナンバー１の売れっ子（笑）。基本給に様々な手当てと、並みのサラリーマンの年収を越えている。
一度貰いすぎでは、と言った事があるが、「貢献しているのだから当たり前です。」と店長の雅美に諭されてしまったのだ。
だがそれにしても最初はこんなに広い部屋を借りるつもりは無かったのだが、その辺は例のごとくお嬢様が絡んでいる。
良いお部屋を紹介しますと言われ連れて来られたのがここだったのだ。驚いた夏樹が「広すぎるのでは？」と言ったのだが。
「一緒に住めば問題ありませんわ。」
その一言で騒ぎが発生したのは必然だった、何しろ部屋を見に他のメンバーもそこに居たのだから。
「一緒に・・・って誰と？！」
数時間に及ぶ議論の末、一緒に住む話は撤回された。そのままでは全員が押し掛けかねない状況だったからだ。
ただし夏樹が借りるのは決定事項とされ、皆が毎回休日前夜に泊まりに来る、という事で落着したのだ。
それ以後、このお泊り会は余程の事が無い限り続けられている。お陰で部屋には全員の部屋着や寝巻きが置かれている。
気になる部屋割りだが、夏樹は自分の部屋という事で一室で寝ている、他は３人づつ２室の割り当てだ。
ただし気を付けないと誰かしら夏樹のベットに潜り込んでくるので、お泊り会の日は気が抜けなかったりする。
夏樹にとっては困惑なのだが、彼女達は”同性”として見ているので全然気にしていないらしい。
「大体普段は一人なのにこんな部屋だもんな。」
この辺は大分不満なのだけど全員の反対で変える事もままならない、夏樹の部屋である筈なのに。
独り言を言っている事に恥ずかしくなった夏樹は新聞と共に持ってきた郵便物をチェックし始める。
･･･化粧品やらエステやらのダイレクトメールは全て中身も見ず廃棄だ。もちろん夏樹は男だから必要ないと思っているからだが。
ただし化粧はさせられている、接客という仕事上しかたがないからだが。といって化粧を極める気は無いし、エステなどする気はもっと無い。
「まあナツキちゃんは若いから軽い化粧で十分だし、エステしなくてもいい身体つきだし･･･羨ましいわ。」
半分羨望の篭った言葉を雅美に言われてしまい冷や汗を掻いた夏樹だった。
「・・・あれには参ったよなあ・・・。」
そんな事を思い出しながら郵便物を見ていた夏樹はあるハガキを見て、目を見開く。
「美沙さん？」
夏樹にとっては忘れられない女性である、宮島美沙からのエアメールだったからだ。
高校卒業後、彼女は水泳で有名な大学に進学し、そこで大活躍しており、日本代表にも選ばれている。
確か今は強化合宿でアメリカへ行っている筈だ。夏樹は懐かしさに包まれながら、エアメールを読む。

『久しぶり、元気ですか夏樹君。 私も元気にやっています。もう毎日練習ばかりで、観光する暇も無し。毎日プールとホテルの往復です。 でもそれももう直ぐ終わり。来月には日本へ帰れそうです。３ヶ月ぶりの日本、待ちどおしいわ。 夏樹君の方はどうかな？メイドカフェに就職したと聞いた時は驚いたけど、日本を経つ前に見たらとても似合っていたわね。 でもそんな事言ったら夏樹君は怒るかな。 色々と大変だと思うけどがんばってね。日本に帰ったら会いましょう。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　宮島美沙　』

「そうか、美沙さん日本へ戻ってくるんだ。うん、ぜひ会いたいな。」
高校時代から自分を支えてくれていた美沙。夏樹にとってはかけがえのない女性だ。
実は二人は皆に隠れて連絡を取り合っている。理由は夏樹を囲む女性陣が原因だ。
彼女たちは美沙を、自分達にとって最も危険な相手だとして敵視しているのだ。
お陰で会うのも一苦労である。今まで何度乱入された事か･･･夏樹はため息を付く。
ちなみにこの二人、相変わらず友達以上恋人未満な関係のままである。
夏樹としては”男性”として告白を、と思っているのだが。その道は険しい。
何しろこの二人が一緒に歩いていると、夏樹が女性で美沙が男性の逆転カップルに見られるか、
酷くなると、百合カップル扱いである。･･･夏樹の想いが実るのが何時になるのか？それは誰にも分からない。
頭を振ってそんな思いを頭から追い出すと、夏樹は美沙の帰国日に自分の休みをどうやって合わせるか考え始める。
出し抜かなければならない女性陣には悪いとは思うが、美沙との再会を邪魔されたくはない夏樹。
今日は夜どおし考えなければならないようだった。
もっとも後日、美沙と夏樹は再会するが、
「ちょっとナツキちゃん！」
「え、恵理香さん？！それに皆も・・・何でここに？」
・・・・と、予想通りお嬢様を中心とする女性陣に襲撃され（笑）修羅場になるのだが。

こうして騒がしい時を夏樹はこれからも過ごしていくのだろう。これもまた人生･･･なのかもしれない。