ナツキちゃんの夏祭り

僕の名前は木村夏樹。ひょんなことから、ここ「ブルーウィンド」でウェイトレスをすることになってはや １週間、まだまだウェイトレス姿に抵抗があるんだけど・・・。

通用口から入って誰もいないことを確認して女子更衣室の前に立つ、いつもこの中に入るときはためらってしまう。さあ深呼吸して、
「ガチャ」（あ、まずい誰か入ってきた。）
あわてて更衣室に飛び込むと、たちまちみんなから声がかかった。
｢ナツキちゃん、おはよう！」
｢おはようございます、ナツキちゃん｣
僕のすぐ後ろからクリスさんが入ってきた。
｢おはようみんな。｣
｢おはようございます。｣
｢ねえ、今この部屋の前に変な男がいたような気がしたんだけど、誰か入ってこなかった？｣
｢ナツキちゃんが入ってきたところですけど。｣
｢ああ、ナツキだったのか、だったらいいんだけど。ナツキもなんで入るのためらっていたの？｣
｢だって僕は男ですから・・｣
｢へっ、ああそうかナツキちゃんって男だったんですね。｣
｢ええっ！、それどういう事ですか？｣
｢だってねえ、私達と同じウェイトレスしているし、ウェイトレス姿にあっているし、どう見ても男には見えませんわよ。｣
「そうそう、ボーイシュな女の子にしか見えないよ。」
「そ、そうですか？」(僕は男に見てもらってないんだ(涙))
現実を突きつけられてただ涙するナツキ君だった。

｢ねえ、そういえばここの商店街の夏祭りが明日、あさってにあるらしいんですけど、みんなで見に行きませんか？｣
裕香の提案に更衣室はにわかに騒がしくなった。
｢あさっては遅番だから、行くなら明日がいいね。｣
｢７時くらいまでなら私も見に行けます。｣
｢夏祭りなんだから浴衣を着ていきたいけど、着付け出来ないしな〜。｣
｢浴衣の着付けなら簡単だよ、それに今はマジックテープで止める帯もあるし、みんなで浴衣着て歩こうよ。｣
｢でも私そんな帯もってないよ。｣
｢ママの着付け教室の練習用に何本かかってあるから、それを借りてくるよ。｣
｢じゃあ、下駄も持ってこないといけないですわね。｣
｢うん、そうだね、浴衣には下駄じゃなきゃ。｣
｢ナツキも行くよね？｣
突然言われた僕は目を白黒させ聞いた。
｢みんな浴衣着ていくんだよね？僕、浴衣なんて持ってないよ。｣
｢じゃあ、ママにナツキの浴衣を借りてくるよ、下駄も私のが2足くらいあったはずだから。｣
｢さあ、そろそろ時間よ！事務室に行きましょう。｣
夏祭りの話は途中で終わってしまった。

仕事が終わって着替える時にはみんな疲れているのか夏祭りの話は出てこなかった。
自宅に帰り母に夏祭りの話をすると、さも行きたそうに｢ナツキの浴衣姿が見たい｣といっていた。

翌日また女子更衣室の前でためらっていると、クリスさんが大きな袋を下げて通用口から入ってきた。
｢おはよう、ナツキ｣
「おはようございます。」
｢ナツキの浴衣借りてきたから、一緒に着替えようね。｣
｢どうもすみません。｣
クリスさんと一緒に更衣室に入っていくと、恵理香さんたちは既に着替えを始めていた。
｢おはようございます。｣
「おはようございます。」
「今日の夏祭り楽しみですね、夕べなかなか眠れなかったんですよ。｣
｢あはは、私も楽しみにしています。｣
｢みんなの帯を借りてきたから、一緒に着ようね。｣
夏祭りの話をしながらも、着替えを終わらせ事務室に出て行くみんなだった。

ブルーウィンドの店内は夏祭りに来たカップルや、浴衣を着た女の子のグル−プなどでにぎわっていた、仕事をしながらナツキは浴衣を着た自分を想像して楽しんでいた。
(浴衣に角帯を締めて、ちょっと着崩して、いなせな感じで、ウーンいい感じ)浴衣を着た自分を思い浮かべ一人ご満悦な夏樹君であった。

早番の仕事を終え、更衣室に戻ったみんなにクリスさんが浴衣の帯を渡し始めた。
｢これが裕香、これが恵理香、そしてこれがナツキ用の浴衣一式。｣
｢へーこんな風になっているんですね。｣
裕香さんと恵理香さんは興味深そうに帯を見ている。その様子を見ながらナツキは浴衣を出し固まってしまった。
「ク、クリスさん？こ、これって女物の浴衣じゃありませんか？」
｢うん？そうだけど、それがなにか？｣
｢僕は男ですよ！こんなの着れません。｣
ナツキの手元にはあざやかな紫の生地にあやめを描いた浴衣があった。
「ああっ！そういえばナツキは男だったんだ。すっかり忘れていたよ。」
｢その浴衣ナツキちゃんによく似合うと思いますわよ。｣
｢え、恵理香さん、僕にこの浴衣を着ろというんですか？｣
｢だって、せっかくクリスさんが用意してくれたんだし、ナツキちゃんによく似合うと思うから。｣
｢うん、私も似合うと思うよ。｣
「そ、そんな！」
呆然としている僕を横目にみんなは浴衣に着替え始めていた。
｢ああ、ナツキ、きのう言い忘れたから新しいのをもってきたからこれを着てね。｣
クリスさんはビニール袋に入った白い下着なようなものを渡してきた。
「なんですかこれ？」
｢ブラスリップだよ。｣
｢エエッ、こんなものまで着るんですか？僕いやですよ。帰ります！｣
更衣室を出ていこうとしたナツキは3人に囲まれた、
｢そんなことが許されると思っているの？覚悟しなさい。｣
｢脱がしちゃえ！｣
ナツキはクリスに後ろから羽交い絞めにされ、恵理香と裕香に脱がされた。
｢クリスさん、胸が背中に当たっている、胸が！｣
ナツキは背中に当たる胸の感触にそれどころではなかった。
服を脱がされ、頭からブラスリップをかぶされたところでようやく解放されたナツキだった。
｢はいこれ羽織ってね。｣
すっかりあきらめたのか言いなりに浴衣に腕をとおし、左身頃を前に持ってこようとしたところで声がかかった。
｢女の浴衣は右身頃が前なの。覚えておいてね。｣
すっかり女の子扱いされるナツキだった。

｢さあ、みんな着替え終わったし出かけましょうか。｣
クリスが声をかけたときそこには女の子が4人並んでいた。
夏樹はすっかり女の子に仕立てられ、女物の下駄を履いている足のつめにペティキュアまで塗られていた。
｢公園のほうに出店があるそうだから行ってみましょう。｣
クリスを先頭に通用口を出て行く面々だった。

「あれ？ナツキさん？ナツキさんの私服初めて見ました。」
ナツキたちがしばらく歩くと、店によく来ている女子高生たち５人組に会った、彼女たちもお祭りを見に来ているようだった。
(普段は男だからナツキにあうことはないんだよ。)
心の中でそういってにこやかに彼女たちに話しかけた。
｢お祭りどうだった？｣
｢私たちも今、来たところなんです。ご一緒していいですか？｣
｢いいよ、みんなで見て回ったほうが楽しそうだからね。｣
クリスさんがみんなで行くことに同意したので、９人の女の子たちが一団になって商店街を歩いていく。浴衣を着ているだけでも目立つのに、ブルーウィンドのウェイトレスたちが浴衣姿で歩くのは、浴衣のファッションショーのように華やかなものだった。
周りの男たちはその集団に目を奪われ、彼女連れの男は彼女に怒られていた。（彼女もナツキたちに目を奪われていたのだが・・）

公園には舞台が組まれ、出店が公園の周りを囲んでいた。
｢何々、カラオケ大会６時から？　みんなでカラオケ大会に出ない？｣
クリスさんの提案にみんな乗り気そうだった。
｢あの、僕、歌あまり知らないから・・｣
みんなの前に出たくないナツキはそういって不参加を表明したが、
｢なに言っているのよ、こういうのはノリよノリ！　みんなで歌えば怖くない！これだけ人数いるとモー娘の歌がいいかな？そうすると人数が足りないかな？｣
クリスさんにそういわれ押し切られるナツキだった。
結局９人で、モーニング娘のLove　マシーンを歌うことになり舞台の上の人になった。
｢それではブルーウィンド娘による、Love　マシーンです。ではどうぞ！｣
司会者の声に導かれ、舞台に立つナツキたち、前面に浴衣を着たナツキたちが並び、背景に女子高生たちが踊っている、ナツキとしては後ろに居たかったのだが、女子高生たちに前面に押し出されてまったのだった。
前面のナツキたちは浴衣だからあまり激しく動けないので、ナツキにはよかったのだが、歌を知らないことの後ろめたさが、ナツキを恥ずかしそうにさせ、その恥じらいが観客を魅了した。

歌い終わったナツキたちが舞台を降りると司会者が後を受け、みんなに告知した。
｢本日のカラオケ大会は浴衣美人コンテストも兼ねています、お帰りの際にはぜひ投票を済ませてからお帰りください。｣

もちろん浴衣美人コンテストの優勝者はナツキだった。
しかもナツキの歌っている姿が地域版の新聞に載り、ナツキの思惑とは反対に女の子として有名になっていくナツキだった。

後日ナツキの元には新品の女物の浴衣が届けられ、それとともに歌っているナツキたちを撮った写真がたくさんブルーウィンドに届けられ、ナツキの反対にもかかわらず、入り口に飾られ、ナツキを女の子としてみんなに印象づけた。

｢僕は男だ〜〜！！｣
夏樹のむなしい叫びはみんなには届かなかった。