「いらっしゃいませ、ブルーウィンドへようこそ。」
今日も僕はブルーウィンドでアルバイトに精をだしていた。
ここに勤めはじめて、早4ヶ月にもなる。
ウェイトレス姿にもすっかり慣れてきて・・・
夏樹「って、・・・なんでこうなったんだ・・・」

そう、僕の名前は木村 夏樹。
高校1年の男子学生・・・のはずだった、・・・このバイトを始める前までは。
僕の知らないところで女の子に間違われて、成り行きでウェイトレスにされてしまった。
いろんなことがあって、今では僕が実は男だということは誰も想像すらしていない。
「ふぅ・・・」
思わず溜息をつく僕に
「きゃあああ、憂いのある表情もステキ★」
なぜか女子学生の黄色い声があちらこちらから飛んでくる。
僕はホントは男だから女の子にモテるのは嬉しいはずなのに・・・
喜んでいいのやら落ち込んでいいのやら。
でも、ここを辞めるとさらに大騒動になりそうな気がして、辞めるに辞められない僕だった。
「・・・あ、雪・・・」
まだ12月に入ったばかりだというのに、例年だと2月に降る雪がもうちらついている。
『そういえばもうすぐ・・・』


サンタの季節

僕はウェイトレス?クリスマスver

もうすぐクリスマスという、そんなある日のこと----
「え?クリスマスイベントですか?」
マネージャーの雅美さんがスタッフ一同を事務室に集めて説明しだしたのは、
今月の21日から25日にかけて行うイベントの話だった。
「そうなの。
お客様に今年一年の感謝の意味をこめて、クリスマスイベントとして行うことになったのよ。」
「雅美、イベントって、去年は割引券配ってたけど今年は違うの?」
去年も勤めていたクリスさんが、雅美さんに質問した。
「もちろん今年もいつもどおり割引券を配るわよ。
でもただ配るだけじゃ、この不景気にお客様も来ていただけないと思うの。
そこで、皆さんから良いお知恵を拝借できないかと思って、集まってもらったのよ。」
そう説明する雅美さん。
お嬢様の恵理香さんが手を挙げる。
・・・? 何だか僕の方をちらちらっと見ているような気がするんだけど・・・。
「それならサンタさんの格好する、というのはどうでしょう?
ねぇ、ナツキちゃん★」
「え?僕?」
急に僕に話を振られて驚いてしまった。
「・・・なるほど。店で一番人気のナツキちゃんにサンタクロースになって配ってもらうのね。」
雅美さんがちらりと僕の方を見る。
「それなら、配るだけじゃなくて店内での仕事もサンタさんの格好でいてもらいたいわ。」
隣にいた裕香さんの発言に
「うんうん。」
みんなが頷く。
『あれ・・・?』
いつの間にか、みんなが僕の方を迫るように見ている。
え・・・とこれは・・・、つまり・・・。
「「「「もちろん、やってもらえるわよね、ナツキちゃん♪」」」」
「あ・・・はい・・・」
・・・・頷くしかない僕だった。
『・・・・・・まあ、いいかな。サンタクロースの格好といえば、下にズボンを穿くから。』
僕は、子供の頃に見たサンタクロースの格好を思い出していた。
やっと堂々とズボンが穿けるっ、と僕の心の中はそんな晴れ晴れとした思いでいっぱいだった。


「え・・・?これ・・・?」
「そうですわ、女性のサンタさんっていえばこの格好ですよ。」
更衣室内で恵理香さんが僕に示したのは、真っ赤なミニスカのサンタクロースの衣装だった。
「え・・・っと、僕は一応女性じゃないんだけど・・・」
「何言ってるんですか、ナツキちゃんにはこれが一番似合いますっ。
似合ってかわいいと思ったからこそ、これを提案したんですよ。」
・・・甘かった、返す返すも甘かった、最初からそのつもりだったのか。
そういえば恵理香さんには、以前もメイド服着せられたんだよな・・・。
「大丈夫です、この真っ赤なロングブーツ履けばミニスカでもそんなに寒くありませんわ。」
恵理香さんは、僕がミニスカを嫌そうにしたのは寒いからだと思ったらしい。
「い、いや、寒いから嫌だっていうわけでは・・・」
「とにかく早く着換えてくださいな。・・・お手伝いしてさしあげましょうか?」
「い、いや、1人で着られますから・・・」
一緒にいたがる恵理香さんを更衣室の外に出した。着換えを異性に見られるのはやっぱり恥ずかしい。
「・・・はぁ・・・」
僕はまた溜息をつきながら着換えはじめた。


「わぁ、やっぱり思ったとおりですー。」
「ホント、似合ってるわね。」
着換え終えた僕がみんなの前に出ると、いつもどおりの反応が返ってきた。
「じゃあ、これが”クリスマス限定・お食事10%割引券”だからよろしくね。」
雅美さんが割引券の束を白い大きな袋に入れて、僕に手渡した。
「今年の成功はあなたにかかってるから。」
そう真剣な顔つきで言う雅美さんのそばで恵理香さんも話し出す。
「実は、今年新たにメインイベントを作ったんですけど、
初めての試みなので条件付きで開催っていうことになったんです。
たくさんお客様が来られたら、メインの抽選会ができる手筈になっているんですよ。」
そういえば恵理香さんはこの店のオーナーのお孫さんだったっけ。
「わかりました、がんばって配ってきます。」
とにかくやってみるしかないようだ。
「じゃあ行ってきま・・・」
「わぁ、遅れてすみませんっ。」
「え・・・?」
外に出ようとした僕の前に現われたのは、トナカイの着ぐるみを被った人だった。
「遅いわよ、本間君。サンタが来てるのにトナカイがいないんじゃサマにならないでしょ。」
雅美さんがトナカイを叱咤する。
「ヘイヘイ・・・」
軽薄男・本間 秀一が着ぐるみの中で毒づく。
「じゃあ、サンタのお嬢さん、まいりましょうか。」
トナカイ・秀一が前足で、まるで騎士(ナイト)のように僕の手を取る。
「本間さん、あくまでボディーガードとして付き従うだけなんですから、
ナツキちゃんに変なこととかしないでくださいね。」
恵理香さんがトナカイをにらんで警告する。
「しませんってばっ。・・・信用ないなあ。」
と言いながら秀一も着ぐるみの中では内心嬉しそうである。
僕のこと、本当の女の子だと思っているからだろうな。
もし、彼が”ナツキは本当は男”だと知ったならどういうリアクションをとるのだろう・・・?
僕は彼を騙しているようで何だか申し訳ないような気持ちになった。
「じゃあ、今度こそホントに行ってきます。」
サンタガール(?)とトナカイは、冬の寒空の下へくりだした。


「きゃあああ、ナツキさんかわいいですー。」
外に出ると、ここでもいつもどおりの反応が返ってきた。
「クリスマスは『ブルーウィンド』へ食べに来てくださいね。よろしくお願いします。」
僕達は集まってくる人達に割引券を配っていった。
「ナツキさん、お店でもサンタの格好するんですか?」
周りから質問される。
「うん、夜だけだけど、これで給仕しますよ。」
これは裕香さんの提案で既に決まっていたことだったので、僕はそのまま答えた。
今思えば”夜だけ”だと言ったのはまずかったかもしれない。
「わぁ、楽しみです、絶対行きます。」
周りの反応は好感触だった。おかげで用意していた何百枚もの割引券は、すべてなくなってしまった。
トナカイ・秀一が僕の肩をたたきながら言う。
「ナツキちゃん、雅美さんに頼んでまた明日刷ってもらうから、今日は店に戻るよ。」
「う、うん。」
まだ割引券をもらってない人もいて、僕はその人の残念そうな顔を見るのがつらかったので
「大丈夫。割引券は明日も配る予定だし、券がなくてもお食事はできますよ。」
と話しかけた。
「は、はい。わかりました。」
話しかけられた人の顔が、ぱあっと明るくなった。僕もほっとする。
「う〜ん、こういうところがナツキちゃんの魅力なんだな。」
秀一が感慨げに話しかけてくる。
「もぉ、からかわないでくださいっ。」
僕はちょっとふくれた。
僕達が店に戻る時もたくさんの人たちが付いて来る。
秀一がいなければ僕は店に戻れなかったかもしれない。


そして、初日(21日)夜は----
店に入りきれないほどのお客様が波のように押し寄せてきた。
所属スタッフ全員で仕事をこなすことになったが、それでも間に合わないほど忙しい。
忙しいんだけど、なぜか店内は明るいムードが流れている。
「ナツキさぁーん、次こっちお願いしまーす。」
「はぁーい、じゃあこのポーズで・・・」
オーダーを待っている間、しばらく僕のサンタ姿の撮影会になっていたのだった。
ポーズを取るのは恥ずかしいけど、オーダーが間に合うまで我慢しよう。


「やっぱりナツキはすごいわ・・・。」
そんな僕を見ながらクリスさんが感心したようにつぶやく。
「でもお客様みなさん、ちゃんとオーダー待っていただいてるから嬉しいですね。」
「そうだね、ホントなら”まだか、まだか”と急かされるはずなのに。」
裕香さんや他のスタッフも忙しいわりにはゆったりした表情で話す。
「これもナツキちゃんがお客様を退屈させないようにしてるからかしら。」
事務室から明るい表情の雅美が出て来た。
「あ、雅美さん。どうでした?」
恵理香さんが尋ねる。どう、とはメインイベント・抽選会のことである。
雅美さんはその問いにVサインで答える。
「条件クリアで開催できることになったわ。
最初にオーナーに進言してたとおり、最終日の25日に5000円ごとのレシートで
1回ガラポン抽選会。あとはこれを貼るだけね。」
雅美さんは既に作成済みの告知用ポスターを持っていた。
ガラポンの景品の内容は、『1等賞・5000円お食事券』など、金額の違いはあるが
すべてお食事券やデザート無料券だった。
「もちろん、ガラポン担当はナツキで決まりよね?」
クリスの問いに
「あら、みなまで言わなくてもわかってくれてるものだと思ってたわ?」
あっさりと返す雅美さん。
知らないのはナツキ本人だけであった。
「でも、ナツキちゃんなら絶対最後までやってくれるから。」 雅美さんがつぶやく。周りも同じ気持ちでいるのか他には何も言わない。
「さ、しゃべってないで仕事仕事、ナツキちゃんの頑張りに応えなきゃ。」

(後日談)
最終日、僕はガラポンの受付係をやることになった。
行列を予想して、抽選会場は前もって広い場所に設けてはいたが、
それでも朝からすごい行列になってしまった。
補佐に雅美さんやクリスさん達が代わる代わる付いてくれたが、接客のメインはほとんど僕だ。

ガランガランガラン★
「おめでとうございますー、1等賞ですー!」
「わあーやったぁ!」
お食事券が当って喜んでいる人を見ると僕も嬉しくなる。

「あ〜残念でした、参加賞のキャンディーですね。」
「あらぁ〜ショック、ナツキさん、また来年もやってる?」
「え・・・?そ、それは・・・」
僕が返答に困っていると、
「その予定でおりますので、その時はご利用お待ちしております。」
雅美さんが答えてくれた。
そのあと僕の方を向いた雅美さんは、にこっと笑いかけながらこう言った。
「ということなので、ナツキちゃん、決定したら来年もよろしくね。」
「は・・・はぁ・・・」
この時、もう僕はこの店から一生離れられないんじゃないかと恐怖した。


ガラポンもようやく終って、僕は家路についた。
イベント中はいろんな人と話もできてそれなりに楽しかったが、
帰った途端、終ったという安堵感からか疲れがどっと出てしまった。
そのまま自室のベッドに倒れこむ。
母さんが”お疲れさま”と声を掛けてきたのにも気付きもせず・・・

「もう・・・、もうサンタの季節も衣装も懲り懲りだよ・・・」

END

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〜作者コメント〜

  この特別編は副管理人(舞夢)からのアイディアで書かれています。
  なので、本編と少し感じが違っていたらすみません。