春━
新しい学年が始まる。
そして僕は決心していた。春からは”普通の男子生徒”に戻りたい・・・と。

春休みのある日。
僕は自分の姿を部屋にある姿見鏡で見ていた。
この姿見鏡は、母親が「”女の子らしく”身だしなみはちゃんとしなさい」と言って置いていったものだった。
”女の子らしく”とは、本当の性別が男の僕にとっては全然大間違いだが、鏡を壊すわけにも捨てるわけにもいかず、そのままになっていたものだった。

「・・・どうして僕は女の子として扱われてしまうのだろう？」

自分を産んだはずの母親すらそうなのだから、バイト先の「ブルーウィンド」の人たちがパッと見で僕の事を女の子と間違えて（イヤ、弄んで？）いても仕方ないのだろうか。
自分の姿を頭のてっぺんからつま先までじっとよく見てみた。


髪・・・
細くて風になびくようにサラサラした髪の毛だ。頭の上の方でいわゆる”天使の輪”が輝いている。
これで、もう少し髪の毛が太ければ・・・。

目・・・
大きめで丸い目だ。何となく目の中がキラキラしている。
これで、もう少し目が小さければ・・・。

鼻・・・
小さめで整った形だ。
これで、もう少し大きければ・・・。

口・・・
口も小さめだ。
これで、もう少し大きければ・・・。

肌・・・
あまり日焼けしていなくて、触ると何となくつるつるしている。
これで、もう少し浅黒くて、ザワザワしていれば・・・。

肩・・・
細めで、何となくなで肩だ。
これで、もう少し大きくていかついていれば・・・。

胸・・・
さすがにふくらんでいない。
・・・あ、あたりまえだ、これでふくらんでいたら大変なことに・・っ！
でも、胸板すらないっていうのも・・・。

おしり・・・
小さめで、贅肉もなさそうだ。
これで、もう少し大きければ・・・。

腕・足
細くて、贅肉どころか筋肉もなさそうだ。
これで、もう少し筋肉モリモリだったら・・・。



「はあああ〜・・・」
何となく空しくなって、思わずため息をついてしまった。
これじゃあ、外見はどこからどう見ても”女の子”じゃないか？
・・・・って自分で認めてしまってどうする！

「夏樹、さっきからどうしたの？鏡をず〜と覗き込んだりポーズを取ったりして。」
「わああっ？」

背後には、いつの間にか母親が立っていた。
「い、いつからいたんだ？」
「髪の毛を触っていたあたりから」と言いながら母親はニッと笑う。
「やっと夏樹も”女の子”として目覚めたのね。」
ガクッ！
僕は思わずコケた。
「な・・・な、な、何でそうなるんだよっ！」
「照れない照れない。鏡を見てるあんたは女の子そのものだったわよ。
ウフフフ。今日はお赤飯にしようかしら♪」
母親はルンルンしながら台所に向かっていった。
「もぅ〜いいかげんにしろー！」

父さんも仕事ばっかりで全然相談にのってくれないし、高校卒業したら、絶対こんな家、出ていってやる〜！
・・・と思ったけど、そうなったら、僕はちゃんと就職して一人立ちできるのだろうか不安になった。
バイト先と同じようなことが今後も起きないともかぎらない。
もしかしたら、僕はどこへ行ってもこんな状態から抜けられないのかも・・・。

･････････････････････････
「はぁ・・・・」
僕はますます落ち込んでしまうのだった。

「とにかく・・・」
僕は気を取り直して出かける支度を始めた。
階下に下りると台所にいた母親と出くわす。
「あら？夏樹。どこか出かけるの？」
「うん、ちょっとね・・・。」
僕は目的の場所を悟られないように答えた。
「出かけるんだったら、そんな色気の無いシャツとジーンズはやめなさい。
春なんだし、春らしくおしゃれしていかないと。買っておいた服があるでしょう？」
それはフリルがいっぱいついた、いかにも”女の子”してる服だった。
「そんな恥ずかしい服、着れないよ・・・。」
「何言ってるの？あんたに一番似合ってるじゃないの。
近所の人に服も買ってもらえないのかと思われたら、そっちの方が恥ずかしいでしょ。」
『恥ずかしく思うのは母さんだけじゃないか。』
僕は心の中でそう叫んでいた・・・声に出さないのは僕の抗議など聞いてくれないことは最初からわかりきっているからである。
「さあ、早く着替えてらっしゃい。でないと、外には出させませんよ。」
母親は玄関のところで仁王立ちになった。どいてくれそうにもない。
「・・・・わかったよ。」
僕は渋々着替えることにする。母親の理不尽な要望に応えているのは今日はどうしても出かけたい場所があるからだ。
『外に出たら、即行で着替えちゃおう。』
今着ているシャツとジーンズを鞄に詰め込むと、母親が好みそうなフリフリの服に着替えた。
「・・・じゃあ行ってきます。」
「はい、いってらっしゃい。」
母親は僕の着ている服に満足したらしくニコニコしながら見送ってくれた。

僕は、駆け足で駅ビルへ向かった。
誰にも見つかりませんように・・・
「あら、夏樹ちゃん。おしゃれして・・・デート？」
僕の願いも虚しく、近所のおばさんに早速見つかってしまう。
「い、いや、そういうわけではないんですけど・・・。」
考えてみれば、このおばさんも僕が本当は”男”だとわかっているはずだ。
でも、僕が小さい頃には、うちの母親と一緒になって僕に女の子の服を着せていたっけなあ。
「よく似合っているわよ。じゃあ気をつけてね。」
『・・・よけいなお世話だ！』
僕は心の中で悪態をつく・・・声に出さないのは（以下略）。
おばさんは、何となくちょっとニヤケた感じで去っていった。
このふうだと、恵理香さんや裕香さんに会ったら、もっと厄介なことになりそう。
他に知っている人に会わないように、早く行こう。
僕は誰にも見つからないよう裏道を通ったりして駅ビルに向かった。

誰にも会わずにようやく駅ビルにたどり着いた僕は、女性用洗面室の個室に入った。
女性用に入るのも恥ずかしいのだが、いくら僕が本当は男とはいえ、さすがにフリフリの格好で男性用には入れない。
ここで持ってきたシャツとジーンズに着替える。
『やっぱり、この服装が一番落ち着くよ。』
今まで僕が持っていた男性用の服はほとんど母親に捨てられてしまった。
この服装が、”女性用にも使える”ということで僕に残されたものだったのだ。
もうこれ以上男性用の服は買ってもらえそうにないので、「ブルーウィンド」でアルバイトしたお金で自分で”男性用の服”を買うことにしたのだ。
『あとは、新宿まで行って服を買えば・・・』
ここで知り合いに会ってしまったら、僕の計画が絶対邪魔されてしまうはず。
家の近くならその危険性はあるけど、新宿なら人込みにまぎれて買うことができるだろう。
フリフリの服を鞄に詰めて個室を出る。
・・・ジーンズ姿の僕を見て、誰も不思議に思ってくれないことがちょっとショックだった。
この格好で女性用にいても違和感が全然なかったらしい。
「はあ〜・・・。」
鏡を見ながらさらに落ちこむ僕だった。
決めた！買う服は絶対男らしく見えるやつにするぞ。

着替え用の服が入った鞄を駅のコインロッカーに入れると、僕は新宿行きの電車に乗った。



新宿の百貨店に着く。
『・・・・ここまでは順調だな・・・』
早速紳士服売り場へ向うと、お目当てのものをきょろきょろと探し始めた。
『まずはポロシャツとスラックス・・・・』
「婦人服売り場は下の階ですよ？」
「わあっ？！」
いつの間にか若い女性の店員さんが僕のそばにいた。
そんな注意を受けるってことは・・・つまり僕は”男”として見られてないってことなのか・・・？
『自分で着る服です。』
・・・なんて答えたら、変に思われるだろうか？まさか”男”だという証拠を見せるわけにもいかないし。
（そんなことしたら、ますます怪しまれて捕まってしまうのがオチだ・・・。）
「ご案内しましょうか？」
店員さんが優しく聞いてくる。
「い、いえ、こちらで買いたいものがあるんです。」
何とかごまかそうと答える。
「では贈答品ですか？」
「え・・・？」
「あ、すみません。どなたかにプレゼントされるのかと思ったものですから。」
むぅ・・・、こうなったらとことんごまかしてやる。
「え・・・と、そ、そんなところです・・。」
一応そう答えておこう。別に贈り先まで調べられるわけじゃないし。
「では、サイズのほうは？」
サイズ・・・？今まで自分で買ったこともないし、サイズいくつかなんて考えたこともないよ。
ここ最近女性もののサイズでしかわからないからな。男性ものも同じで考えていいんだろうか？
あああ〜自分の事なのに、ちゃんと確認しておけばよかったよ。
「自分で着てみたらわかりますから、試着を・・・」
「はい？」
店員さんが僕の何気ない一言に驚く。
しまった、つい余計なこと言っちゃったかな。
「・・・ああ、だいたい同じぐらいのサイズなんですね。でも、男性と女性じゃ肩幅とか違ってくると思いますよ？
買うのが初めてでしたら、ご相談にのりますので遠慮なくおっしゃってください。」
いや、そばにいられると余計買いづらいんですけど・・・
このままじゃ僕の計画がおじゃんになってしまう。
それにしても百貨店の店員の接客ってこんなにつきまとってくるもんだったっけ？
ここはきっぱり断ってしまおうか・・・？
「あ、あのですね・・・」
「はい、遠慮なさらずにどうぞっ！」
店員さんの明るい笑顔と真摯な態度に、僕ははっきり言えなくなってしまった。
・・・ダメだな、僕のこんなところがいけないんだ、僕が女装させられるハメになったのもこのせいだ。
でも、この人を困らせるようなことは僕にはどうしてもできない。
「・・・お任せします。」
「はい、お任せくださいっ！」

こうして僕は、自分の服を買うのに、在りもしない男性のイメージで買うことになってしまった。


買い物が終わった後、僕は美沙さんに連絡を取り、彼女の家を訪ねる。
「・・・それで、それが買わされた服・・ってわけなの？」
僕から事の一部始終を聞いた美沙さんは、僕の買った服を眺めながら口を開いた。
「買わされた、というかなんと言うか・・・・・・」
僕は頭を掻きながら答える。美沙さんはちょっとあきれ顔になっている。
でも、僕の計画はここからが本題なんだ。ちゃんと言わなきゃ。
「あの・・・それでこれを預かっていてもらいたいんですけど・・・。」
「え？どうして？自分ちに持って帰ればいいじゃない。」
「持って帰ってあの母親に見つかったりでもしたら、せっかく買ったこの服が僕の知らぬ間に捨てられてしまうかもしれないんです・・。」
「・・・それで私を頼ってきたわけね？これもあなたの計画のうち？」
美沙さんは僕をジロリとにらむ・・・怒っているのかな・・・？でも僕には・・・
「僕には美沙さんしか頼れる人はいないんですっ！」
感極まって、思わず美沙さんの手を強く握り締めてしまった。
「な、夏樹君・・・っ、ちょっと・・・」
美沙さんは握ってくる僕の手をはらうのけるようにしてから、自分の手を僕の肩の上においた。
「落ち着いて、夏樹君。あなたの気持ちもわからないでもないわ・・・でも、こういうことははっきり言わないと・・・」
そう言った後、美沙さんはバツが悪そうに笑った。
「・・・そう言う私もあなたのことをとやかく言えないかもね。
私服姿、特にジーンズの格好で婦人服売り場にいると、男性に間違えられることが時々あるのよ。」
「美沙さんもですか？」
「ええ。下着売り場なんかにいたら変な目で見られることもあるから、そこに行く時はできるだけ女らしい格好して行かなきゃダメなのよ。」
「・・・なんか、お互い苦労しますね。」
「そうね。」
お互い顔を見合わせると、ちょっと照れくさいような何だか安心したような、そんな複雑な気持ちになった。
美沙さんといると安心するのは、同じような悩みを持つ親近感からだろうか。
「・・・いいわよ、預かってあげても。」
美沙さんがにっこり笑いながら言葉を続ける。
「この服を着たくなったら、私のところを訪れてきてくれるんでしょう？」
「え、ええ。まあ、そうです。・・・あの、今さらなんですが、ご迷惑じゃありませんか？」
「うちのことなら心配ないわよ、うちの両親には”女の子”って話しておくし。」
美沙さんは悪戯っぽく笑った。
「え・・・と、それは・・・」
やっぱり”女の子”扱いになってしまうのか。
でも、女性の部屋に男が訪れることのほうが、美沙さんのご両親にいらぬ心配をかけてしまうことになるだろう。
これは仕方ないことなのかな。
「そうだわ！」
美沙さんが急に思いついたようにポンと両手をたたいた。
「夏樹君が服を買うのに苦労してるなら、私が買ってきてあげてもいいわよ。」
「え、そんなことお願いするわけには・・」
確かに今回のように自分の服を買うのにこんなに苦労しているなら、買いやすい人に頼むのがいいのかもしれない。
でも、いくら何でもそこまで迷惑かけられないだろう。
「ウフフ、私は下着を買うのに苦労してるんだから、代わりに、私の分は夏樹君に買ってきてもらおうかしら？」
「え？！それは困りますっ！」
僕が女性の下着売り場で、しかも美沙さんの下着を買うなんて・・・そんな恥ずかしいことできるわけがない。
「冗談よ冗談。そんなこと頼んじゃったら、ますます夏樹君、”女の子”として見られちゃうからね。」
・・・・でも美沙さんの顔は、冗談で言っていたとは思えなかった。

僕は、美沙さんに買った服を預けると、母親に僕の行動がバレないようフリフリの服に着替え、家路に着いた。



「ただいま〜。」
「おかえりなさい、夏樹・・・」
出迎えた母親は僕の顔を見ると、何かに気づいたようにこう言った。
「・・・おまえ、何かいいことでもあったの？」

ギクリ

こ、ここで気づかれちゃダメだ、美沙さんにもますます迷惑がかかる。
「な、何でもないよ。」
「・・・そう？じゃあ、夕飯できるまでちょっと待ってなさい。」
「うん、わかった。」
僕はそそくさと自分の部屋に戻っていった。

・・・僕は、ちゃんと計画通り遂行できたのだろうか・・・？




翌日、ファミリーレストラン「ブルーウィンド」
僕はいつも通りウエイトレス姿でお客様を迎える。
「いらっしゃいませ、ブルーウィンドにようこ・・・そ・・・」
入ってきたお客様を見て僕は固まってしまった。
そこにいたのは昨日僕の買い物を手伝って（？）くれた百貨店の店員さんだったのだ。
『な、なんでこの店に・・・？』
「あ〜、どこかで見た顔だなあと思ってたら、やっぱりここの店の有名ウエイトレスさんだったんだ〜。」
「あ、あの・・・」
「あれから気になってたから、ここのホームページをチェックして、実際に確認しに来たのよ。」
僕の困り果ててる顔を他所に話が止まらないお客様。
「は、はあ、それはどうも・・・」
「ナツキ、ちゃんとお礼言わなきゃダメでしょ。」
何事かと駆けつけてきたクリスさんが僕に耳打ちすると、今度はお客様に向き直った。
「ありがとうございます。」
クリスさんが僕の代わりとしてお礼を言うと・・・
「ナツキちゃん・・だったわね、で、どう？洋服プレゼントした彼氏、喜んでもらえたかしら？」
昨日の話を持ち出してきた、お客様。
クリスさんの目がキランと光ったような感じがして、僕は慌てて話を遮ろうとする。
「あの、今その話は・・」
「あ、ごめんなさい。内緒だったのかしら？」
悪気はなかったような顔で言われてしまっては、怒るに怒れない。
しかも相手はこの店の”お客様”で来ているのだし。
「と、とにかくお席へご案内しますので・・・」
お客様を席へ案内しようとした僕にクリスさんが悪魔のような表情で話しかける。
「ナツキちゃん。あとで話はゆ〜っくりと聞かせてもらうわよ。」


う〜、どうやって話をごまかせばいいんだろう。
こころなしか胃がキリキリしてきた僕だった。

作者コメント

作品タイトルは「〜陰謀」と仰々しく付いていますが、結局こんな感じになりました。
まあ、もともとこの作品自体”コメディ”のつもりで書いていますので、あまり深くつっこまないでいただけるとありがたいです。