セキュリティーブルー・第一章

　入り組んだ海岸線を、低空でしかもかなりの速度で飛行している航空機があった。
　双発プロペラの輸送機。
　そこは民間航空路からかなり離れた空域だった。
　しかもその航空機は識別の為の標識を一切つけていなかった。
　普通の民間の航空機ではないことは確かだった。
　どこへ向けて飛んでいるのか・・・。

　そして同時刻に同じ空域を飛んでいる航空機がもう一機あった。
　同じ双発でも、プロペラ機以上の推力を生むジェットエンジンを積んだ鋼鉄の翼。
　ランバート家私設海上警備救難部隊「セキュリティーブルー」所属のＦ／Ａ−１８ホーネット戦闘／攻撃機。
　そのコールサインは”ハンター１”。
　航空母艦シルフィード航空機班・班長、相沢祐一の愛機だった。
　その祐一のＦ／Ａ−１８は海岸線を見下ろす感じで飛行していた。

　「こちらハンター１。所定空域の哨戒を完了した。異常なしだ。」
　そこで溜息をつくと言葉を付け足す。
　「結局、何の収穫も無かったな。」
　祐一はそう言って海上を見る。
　そんな彼に無線の相手が答える。
　『コントロール了解。ご苦労様です。』
　航空母艦シルフィード作戦班・班長、天野美汐は労いの言葉を掛ける。
　誰に対しても丁寧なその口調から、祐一に年寄りくさいと言われてしまう女性だ。
　シルフィードはその空域で出没する所属不明機を捜索していた。
　もちろんただの航空機なら、彼らも気にしなかっただろう。
　それが非合法の物資を輸送していなければの話だが。
　「今回は香里の情報もハズレだったな。まあ、こういうこともたまには有るか。」
　祐一はそう言って肩を竦める。
　『そうですね。非常に珍しいですけど。』
　美汐もそう言って苦笑いする。
　「とりあえず帰る。腹減ったし。」
　祐一はそう言うとＦ／Ａ−１８を帰還コースに乗せようとする。
　『ちょっと待って下さい。』
　だが突然美汐が祐一を止める。
　『今、警戒機が所属不明の航空機を探知しました。エリアは３−５９です。』
　祐一はレーダーのレンジを切り替えて探査を始める。
　「こっちでも探知した。かなり低空を飛んでいやがる。」
　祐一は捉えた目標に接近して行く。
　やがて祐一は前方を低空で飛ぶ双発プロペラ機の肉眼で発見する。
　「見つけた。まあ、これほど怪しさ抜群のやつもいないな。」
　双発プロペラ機は明らかにレーダーの探知を避ける為に海岸線ぎりぎりの超低空を飛んでいる。
　祐一はＦ／Ａ−１８をその所属不明機に接近させて行く。
　『どうですか。』
　美汐が聞いてくる。
　「今、位置につけた。これから警告する。」
　祐一はＦ／Ａ−１８のバルカン砲の照準を双発プロペラ機の前方に向けると発射ボタンを押す。
　発射された弾丸が前方を掠めたとたん、双発プロペラ機はスピードを増しさらに高度を下げて逃亡を図ろうとする。
　「こっちの指示には従う気はないみたいだ。」
　祐一は冷静に機体を操りながら状況を報告する。
　「とりあえず海上に誘導して・・・。」
　だが、逃亡しようとしていた輸送機は操縦を誤ったのか突然機体を傾けると海岸線に墜落する。
　エンジンや部品を撒き散らしながら、輸送機は海岸の砂浜を滑って行く。
　「ち、焦ってヘマしたな・・。」
　祐一は愛機を旋回させながら輸送機を見る。
　数百メートル滑って輸送機は漸く止まる。
　『ハンター１、状況を報告して下さい。』
　美汐が話しかけてくる。
　「奴（やっこ）さんは海岸線に予定外の着陸をした。救護機を寄越してくれ。」
　上空から輸送機を確認しながら祐一は状況を報告する。
　『コントロール了解。ハンター１はそのまま待機して下さい。』
　「了解した。このまま待機する。」
　大破した輸送機の上を祐一のＦ／Ａ−１８が旋回しながら救援隊を待つ。
　一時間後、ヘリが接近してくるのに祐一が気づく。
　『ハンター１、こちらアタック１だ、聞こえるか。』
　「聞こえる。こっちは燃料がぎりぎリだ。後を頼む。」
　『アタック１了解。』
　ヘリが海岸線に着陸するのを確認すると、祐一は上空を離れていった。

　着陸したヘリから銃を手にした数名の人間が降り立ち、墜落した輸送機や周りを警戒する。
　その後ろから刀を手にした臨検班・班長川澄舞が臨検班・班員の沢渡真琴と共に降りてくる。
　「あゆ、いいと言うまでヘリの中にいるんだ。」
　舞は振り向いて、ヘリから降りようとしている医療班・看護士のあゆに言う。
　「うぐぅ、分かったよ。」
　そう言ってあゆは医療カバンを持ったままヘリに残る。
　舞は頷くと、真琴に合図して墜落して大破している輸送機に近づいて行く。
　その二人を周囲を警戒しながら付いて来る臨検班の班員達。
　やがて一行は輸送機にたどり着き、機体の周りを調べ始める。
　機体は下部の方を激しく破損していたが、幸いなことに火災を起こしてはいなかった。
　そのうち機体を調べていた班員の一人が壊れて半開き状態のドアを見つけ、舞に報せてくる。
　「ここから入れそうです･･ここから突入しますか？」
　舞はドアを確認すると、真琴達に指示をする。
　「はちみつくまさん。ドアをバーナーで切断して･･･突入します。」
　真琴は頷くと、他の班員が持ってきたバーナーでドアの切り離しを始める。
　数十分後、ドアは機体から切り離され入口がぽっかりと開く。
　舞は刀を構えるとドアから素早く機体の中に入る。

　機体の中は酷い有様だった。
　物があちらこちらに散乱しており、足の踏み場も無い。
　やがて舞を追って真琴達も機体の中に入ってくる。
　「あうー、何これ・・・。」
　真琴は機内の様子を見て顔を顰める。
　「真琴、パイロットがどうなっているか確認して。」
　舞はそう指示すると、機内の状況を調べ始める。
　真琴は班員一人と一緒に輸送機のコクピットへ向う。
　５分後、戻ってきた真琴が状況を報告する。
　「パイロットはケガしているみたいだけど、生きているわ。」
　舞は頷くと、通信機でヘリに待機しているあゆにこちらに来るよう指示する。
　「あゆ、怪我人がいる･･･来てくれ。」
　あゆはヘリから降りると、こちらに小走りにやって来る。
　墜落した輸送機にたどり着き、乗り込んでくるがそこで何かに躓き倒れ込む。
　それも真琴を巻き込んで････
　「うぐぅ〜。」
　「あうぅ〜。」
　二人は床の上でもつれ合ってジタバタしている。
　「・・・二人とも何をしている・・・・」
　舞が呆れたように呟く。
　「だってこのあゆあゆが･･･」
　「ぼくはあゆあゆじゃないよぉ。」
　二人はよっぽど変に絡み合ったのか、なかなか立ち上がれない。
　舞は他のメンバーと共に二人を引き離す。
　「まったくこれだからあゆあゆは････」
　起き上がった真琴が同じく起き上がってきたあゆに文句をつける。
　「だからぼくはあゆあゆていう名前じゃないってば。」
　あゆはそんな真琴に反論してくる。
　「それくらいにしておけ二人とも。」
　舞が何時までも続きそうな言い争いに割って入る。
　「あゆ、怪我人が操縦席に居るから頼む。真琴、案内して。」
　「うぐぅ、分かったよ。」
　「あう〜、了解。」
　二人は舞の指示に頷くと操縦席に向う。
　二人を見送った舞は輸送機の後方、荷物室へ向う。
　歪んで開かなかったドアを何とかこじ開けて中に入る舞と臨検班のメンバー達。
　中は機内以上にめちゃめちゃだった。
　積み上げてあった荷物はあちらこちらに飛び散っており、ほとんどが壊され中身が出ている。
　舞はメンバーに合図し散らかっている荷物を調べはじめる。
　ほとんどは食料品だったが、舞は荷物室の奥でラベルの貼られていない袋が多数散乱しているのを見つける。
　「･････････」
　舞はその一つを拾い上げてじっと見つめる。
　暫く何かを考えていた舞は無線機を作動させるとあゆを呼び出す。
　「あゆ、薬物検査キットを持ってこっちへ来て。」
　ちょうど負傷者の収容を終わっていたあゆは真琴と共に荷物室へ来る。
　「舞班長、何かあったの？」
　真琴が聞いてくる。
　「この袋の中身を調べて････」
　舞はそう言って袋をあゆに渡す。
　渡されたあゆは袋を破り、中の粉を取り出す。
　それを薬物検査キットを使い調べてゆくあゆ。
　周りのメンバー達はそれをじっと見つめている。
　試薬をたらし反応を見ていたあゆが顔色を変えて舞を見る。
　「これってヘロイン･････」
　それを聞いた舞はメンバーを見て指示を飛ばす。
　「真琴･･･栞お嬢様に至急連絡を。あと応援も要請して。」
　真琴は連絡する為にヘリへ向う。
　あゆは臨検班のメンバーと共にヘロインの回収を始める。
　にわかに慌しくなる機内。
　それを見ながら舞は軽く溜息をつきながら呟く。
　「ややこしい事態になる･････」


　この時代、国家という概念はもはや絶滅に近い存在になっていた。
　代わりに世界を支配しているのは、強大な多国籍企業だった。
　それらは経済はもちろんのこと、政治までもコントロールする存在だった。
　特に世界の動静に影響を与える５個の企業を所有する一族は、かつての王侯貴族を思わせるものがある。

　あらゆるメディアと情報産業を支配下に置く、ローズ家。
　石油や天然ガスなどあらゆる天然資源の採掘と精製を仕切る、カーセル家。
　多くの銀行と証券会社を所有し、莫大な資金により世界の経済を動かす、李家。
　食料の生産・加工から流通までを支配する穀物メジャー、ベック家。
　そして、海上輸送の殆ど全てと陸上輸送の一部を支配する、ランバート家。

　これら５つの一族は人々から、Ｆｉｖｅ･Ｋｉｎｇｄｏｍ（５つの王国）と呼ばれていた。

　ハワイ･オワフ島。
　この南海の美しい島に、ランバート家が太平洋一帯で運用する船舶を統合する施設が置かれていた。
　別名・船団司令部とよばれる広大な施設の中にある建物の一つに男女6人の人々が集まっている部屋があった。
　「するとこの輸送機の飛行には、運送部門の者が関わっていたと言うんだな。」
　男が手元の書類を捲りながら発言する。
　それを受けて女性が答える。
　「はい、何者かがランバート家が所有する運送部門のシステムを利用し、非合法の物資をあの一帯で運んでいたと思われます。」
　前面には大きなプロジェクター、机と椅子が並ぶそこは会議室だった。
　「その者が誰かは分かったのか？」
　先ほど発言した男性の隣にいた初老の男性が発言する。
　「残念ながら特定は出来ていませんが、アジアのある支社の人間だと思われます。」
　別の男性が答え、会議室に沈黙が落ちる。
　「とにかく早急にその人間と密輸組織を捜し出す必要があるわね。」
　プロジェクターの前に立つスーツ姿の女性が発言する。
　その声に今まで議論していた男女が、その女性を一斉に見る。
　腰まで伸びたウェーブの掛かった髪、整った顔立ち。
　香里・香坂・ランバート。
　セキュリティーブルー司令官である、栞・香坂・ランバートの姉である。
　だがこの姉妹はあらゆる面で対象的だった。
　二人を知る祐一いわく、「これほど正反対な姉妹というのもないんじゃないか？」
と言う言葉が全てを表している。
　妹である栞が周りを和ませる雰囲気を持つに対し、姉は常に緊張感を相手に持たせる。
　年齢のわりに幼く見られることが多い栞に対し、年齢以上に見られることが多い香里。
　「まあ、栞は子供っぽくて、香里は必要以上に年･･大人っぽいからな。」
とはこれまた祐一の言葉だが。
　ちなみにそのセリフを言った祐一は、栞から「そんなこと言う人嫌いです。」と言われ、香里には鉄拳を喰らっていたが。
　しかし最も対照的なのはその立場かもしれなかった。
　その「セキュリティブルー」という力で敵対する勢力に睨みを利かす妹。
　それに対し姉の方は、張り巡らされた情報網という力で敵対勢力に対抗している。
　その為か表に出るのは栞の方が多く、香里は目立たない存在だった。
　もっともそれこそが香里の狙いだったのだが。（目立たないことが重要なのだから。）
　もう一つ違うのは、栞は少なくとも身内に対しては救助活動などで貢献しているが、香里の活動はちょっと違う。
　時にその活動はランバートの全部門に及ぶ。
　いわゆる内部査察であり、今回のように事件に内部の人間が関わっていることが明白な場合などそうである。
　ある意味香里は身内にも恐れられていると言える。
　「その支社には今度栞達が警備の視察という名目で行く事になっているわ。」
　香里は腕を組みメンバーを見回す。
　「その時に査察要員を乗り込ませます。もちろん極秘でね。」
　組んでいた腕を外し、地図を投影しているプロジェクターを見る。
　「査察要員の指揮はどうしますか･･･栞お嬢様にお任せするのですか？」
　話を聞いていたメンバー、香里直属の部下の一人が質問してくる。
　視線をプロジェクターからその部下に移し香里は答える。
　「もちろん私が行うわよ。」
　当然と言わんばかりの香里。
　「ただし表向きは栞の査察だから、私達の方は目立たないようにしなければいけないけどね。」
　香里はそう言うと苦笑いする。
　「場合によっては栞の直属･･ＭＧＴに手伝ってもらうことになるかもしれない。」
　プロジェクターの前からブラインドの下りた窓際に行く香里。
　「まあそうならないように祈ってるけどね。」
　ブラインドを開けて外を見ながら香里は呟いた。


　３日後･洋上を航行中の空母「シルフィード」･会議室。
　「香里が来るのか？」
　主要スタッフを集め「セキュリティーブルー」最高指令官の栞が今回の任務を説明した。
　その中で今回行われる極秘の査察に香里が直々に来ると聞いて、思わず祐一が驚いた声を上げる。
　「はい、祐一さんに会いたがってましたよ。」
　栞はそう言って悪戯っぽい表情を浮かべ祐一を見る。
　「俺は遠慮したい････」
　そうぼやく祐一を遮って、整備班・班長北川が喜びの声を上げる（笑）。
　「何と香里お嬢様が来るのか････相沢、喜べ。」
　「だから人の話を聞けって･･･」
　祐一は呆れた表情を浮かべて北川を見る。
　「香里とは久しぶりだよ〜。ね、お母さん。」
　香里とは幼い時から親しかった航海班･班長水瀬名雪は嬉しそうに母親の医療班･班長である秋子さんに話しかける。
　「そうですね、１年ぶりかしら。」
　秋子さんもそんな名雪を見て頬に手を当てるという何時ものポーズで答える。
　「祐一さんは嬉しくないのですか？」
　聞かれて祐一は苦笑いを浮かべて秋子さんに答える。
　「そんなことはないんですけど･･･」
　祐一もまた香里とは幼い頃からの知り合いだがどうも苦手だった。
　「まだ栞の方が付き合いやすいからな。」
　そんな祐一を見ていた栞が嬉しそうに言う。
　「ありがとうございます祐一さん･･･でもそんな事言ったらお姉ちゃん怒りますよ。」
　それを聞いて祐一が憮然とした表情を浮かべる。
　「あはは〜、香里お嬢様とお会いするのは楽しみですね舞。」
　栞の副官を務める倉田佐祐理は、隣にいる舞にこれまた嬉しそうに話している。
　「はちみつくまさん、香里お嬢様と会うの久しぶり。」
　表情はあまり変わらないが舞も嬉しそうだった。
　「美汐さんもお姉ちゃんと会うのは私の所に来て以来になりますね。」
　栞が美汐に話し掛ける。
　「そうですね･･･お会いできるのが楽しみです。」
　控えめな笑みを浮かべ美汐は答える。
　美汐はかつて香里の下で情報評価の仕事をしていたことがあった。
　その後美汐は栞が「セキュリティーブルー」の司令官に就任した際に、その能力を買われスタッフに迎えられた。
　「それで天野はおばさんくさく････」
　「何度言っているか分かりませんが、物腰が上品と言って下さい祐一さん。」
　美汐が祐一を睨みつけて言う。
　「それに香里お嬢様に知れたらまた鉄拳を頂くことになりますよ。」
　「うぐぅー。」
と、あゆが聞いたら「それボクのセリフ。」と言いそうな声を上げる祐一だった。
　ピー
　その時部屋に置かれていた電話の呼び出し音がして、美汐がそれに出る。
　「はい、会議室です。」
　暫く相手の話を聞いていた美汐が、栞に報告する。
　「香里お嬢様の連絡機があと５分で到着するそうです。」
　栞は頷くと全員を見渡して言う。
　「それでは皆さん、迎えに行きましょうか。」


　双発の輸送機がシルフィードに着艦してくる。
　栞を始めとするセキュリティーブルーの主要スタッフはアイランドの側に立ち、輸送機が滑走し近付くのを待つ。
　やがて側で停止した輸送機がプロペラを停止すると、ドアが開き一人の人物が姿を現す。
　ブルーのスーツを着た若いその女性は香里だった。
　香里はスーツケースを持った数人の部下を連れて降りてくる。
　「シルフィードへようこそ。歓迎いたしますわ香里お姉さま。」
　栞が丁寧な言葉と態度で挨拶する。
　香里は髪を片手で掻き上げると栞に答える。
　「よしなさいな･･･ここは海の上で誰も見てないわよ。」
　栞はにこっと笑うと何時もの調子に戻って話を続ける。
　「そうですね･･･それでは改めて、お久しぶりですねお姉ちゃん。」
　「ええ、久しぶりね栞。」
　香里もにこやかに笑うと栞の髪をなでる。
　「香里〜元気だった？」
　名雪が栞の後から出て来て香里に話しかけてくる。
　「名雪････貴方も元気そうね。」
　香里は名雪の手を取ると嬉しそうに答える。
　「私は元気だよ･･･香里も元気にやっているみたいだね。」
　ガッツポーズをしながら答える名雪とそれを見てほほえむ香里。
　旧友二人は再会を心底喜び会う。
　「お疲れ様です、香里お嬢様。」
　香里の前に今度は佐祐理と舞が立って挨拶してくる。
　「佐祐理さんに舞さん･･･お元気そうでなによりです。」
　二人と握手する香里。二人とも香里とは名雪同様古い付き合いだ。
　「香里お嬢様･･･ご無沙汰しております。」
　佐祐理と舞に続いて美汐が挨拶してくる。
　「元気そうね天野さん･･･活躍は聞いているわ。元上司としては鼻が高いわ。」
　香里の言葉に美汐が恥ずかしそうに俯いて話す。
　「恐縮です。お嬢様に恥をかかせぬよう精進します。」
　それを聞いていてやっぱり「オバさんくさいな。」と言った祐一は美汐と香里の鋭い視線に晒される。
　「香里お嬢様･･･お会いできて光栄です！」
　鋭い視線にびびった（笑）祐一を押しのけ、北川が感激した面持ちで話しかけてくる。
　「えーと･･･貴方、誰？」
　香里が戸惑った表情で答える。
　ガーン！
　衝撃を受けて立ち尽くす北川整備班･班長（笑）。
　祐一が苦笑いをしながら北川を見て香里に話しかける。
　「北川整備班長殿だよ･･･香里お嬢様。」
　香里はそんな北川班長など目をくれず（笑）、祐一を見て目を細める。
　「あら、相沢祐一航空機班･班長殿････お久しぶりね。」
　祐一は苦笑いしながら香里と握手する。
　「そうだな･･･でも出来れば再会したくはなかったぞ。」
　香里はにこやかに笑うと傍にいる北川班長を片手で脇に追いやり、祐一の顔を覗き込む。
　「あら、つれないわね･･･また一発お見舞いされたいのかしら。」
　「いや遠慮する･･･あれは効いたからな。」
　祐一は笑みを浮かべて迫ってくる香里を見て、後ずさりながら答える。
　「まあそれくらいにしておいて下さいお姉ちゃん･･･祐一さんにはこの後に私を護衛してもらわないといけませんので。」
　栞が笑いを堪えながら二人の間に割って入る。
　香里は肩を竦めると「そうね、ちゃんと栞の護衛やってもらわないとね。」と言って祐一から離れる。
　「それではこちらへ。」
　栞はそう言って香里達をアイランドの方へ促す。
　香里は栞と並んで歩きながら話しかけてくる。
　「そうそう。査察の間、栞の部屋を本部に使わせてもらいたいんだけど。」
　「別に構いません･･･私はその間は支社の方に詰めることになると思いますから。」
　栞は姉の言葉に頷きながら答える。
　今回の仕事は栞の支社における警備状況の視察が表向きの理由なので、先方に行かなければならない。
　「あと、貴方が連れて行くＭＧＴにこちらの査察要員を入れさせてもらうわ･･･現地での査察の為にね。」
　香里は後ろを付いて来る自分直属の部下たちを見ながら話す。
　「ただし、荒事には向いていないからその辺は宜しくね。」
　香里は苦笑いを浮かべながら栞に言う。
　「分かってますよお姉ちゃん。」
　栞はそう言って笑いながらアイランドのハッチから艦内に入る。
　その後を祐一達主要メンバーや香里達の部下が続く。
　ちなみに北川班長は暫くの間、飛行甲板の上で呆然としていたそうである（笑）。


　４機のヘリコプターがエンジンを始動しウオーミングアップを始める。
　その横を艦首のカタパルトへ誘導されるＦ／Ａ−１８ホーネット「ハンター１」。
　さらにその後方からもう一つのカタパルトに誘導される別のＦ／Ａ−１８ホーネット。
　その周りを走り回る各種作業員達。
　シルフィードの飛行甲板はにわかに騒然となりはじめる。
　やがて艦首右側のカタパルトにセットされた「ハンター１」に通信が入る。
　『ハンター１へ、こちらコントロール。』
　美汐の声がヘルメット内に響く。
　「こちらハンター１、発進準備よし･･･先行した警戒機は配置についているか？」
　『はい、既に所定の位置につきました。今のところ海空に不審な物は探知されていません。』
　澱みなく返ってくる美汐の返事を聞いて頷く祐一。
　「ＯＫ！それじゃ行って来る。」
　祐一はそう言うと外の作業員に合図する。
　『はい、お気をつけて･･･栞お嬢様をよろしく御願いしますね。』
　美汐の言葉に送られて祐一のＦ／Ａ−１８ホーネットはカタパルトで打ち出される。
　続いて隣のカタパルトからもＦ／Ａ−１８ホーネットが打ち出されて行く。
　艦首のスチームカタパルトからの蒸気が消える頃、アイランドのハッチから栞が、後ろに舞と真琴を従えて現われる。
　そしてさらにその後からバッグを持った８人の女性達が続く。
　栞は何時ものスーツにストールを引っ掛けた格好だが、後に続く舞や真琴達の格好は違っていた。
　紺色のワンピースにフリルの付いたエプロン、足元は白のストッキング、そして頭のカチューシャ。
　それはどう見てもメイド服にしか見えなかった。そう、舞達は全員メイドの格好をしていたのだった。
　空母の飛行甲板にメイド服の集団というのは違和感があるが、誰も気にとめる様子はない。
　一糸乱れず歩く彼女達の中には、先日のコバヤシ丸制圧作戦時の臨検班にいた者もいる。
　そう、格好はメイドだが、全員舞配下の臨検班のメンバーである。
　彼女達は栞の身辺の世話をするとともに警護を行う為に選ばれた精鋭達だった。
　射撃や格闘、ヘリや船舶の操縦や爆発物の処理･･･全員がそれらに精通している。
　もちろんメイドとしての様々な技能も見に付けているエリート中のエリート達。
　そして時には栞の手足として様々な任務を遂行することもある。
　そんな彼女達のことをセキュリティーブルー内では”Ｍａｉｄ・Ｇｕａｒｄ・Ｔｅａｍ”、通称ＭＧＴと呼んでいる。
　ＭＧＴと共に待機しているヘリの一機に乗り込む栞。他の随行員達もそれぞれ他のヘリに乗り込む。
　ドアが閉じられ飛行甲板の作業員が発進ＯＫの合図をすると、ヘリが一機づつ飛び上がってゆく。
　４機のヘリはシルフィードの近くで編隊を組むと、一路目的地へ向け飛行を始める。


　シルフィード・ブリッジ。
　ヘリが編隊を組み離れてゆくのを見送る香里と佐祐理。
　「さてと始まったわね････うまくいってくれると嬉しいんだけどね。」
　香里が腕を組みながら誰ともなく呟く。
　「大丈夫ですよ香里お嬢様。」
　佐祐理は微笑みながら香里に話しかける。
　彼女は栞のいない間シルフィードの指揮を任されていた。
　「そうね、栞と舞達なら心配はないでしょう。」
　組んでいた腕を外し香里はブリッジを出ていこうとする。
　「私は栞の部屋に行っているわ。何かあれば知らせて。」
　佐祐理は頷いて返事をする。
　「分かりました。あ、お食事はそちらでよろしいでしょうか？」
　香里は手を挙げ了承の合図をしてブリッジを出る。
　残された佐祐理は再びブリッジの窓からヘリが向った方向を見詰める。
　こうしてランバート内の査察作戦は開始されたのだった。

初稿2002/09/27