僕はウェイトレス？■学園編■

9月1日。新学期。
とある家の2階にある部屋。
ベッドからむくりと起き上がると伸びをする少女。
時計を確認し、ベッドから下りるとドアに向う。
Ｔシャツにズボンといういでたちの少女はノブを回し…
「どうでもいいけど、”少女”ってなんだよ…。」
その少女の名は、木村ナツキ。
16歳の女子高生。
「違うだろが…。」
その少年の名は、木村夏樹。
16歳の元男子高生。
「”元”ってなんだよ。」
今日から女子高生として生活が始まるのに、まだごねている。
「うるさいー、俺は男だー。」
あきらめなさいって…それが君の運命だ。
「う、うう……何でこうなるんだー！」

僕の名前は木村夏樹…だが今日からは木村ナツキとなる。
御崎高校の1年女子。
でも夏休みが始まる前までは、れっきとした1年男子だったのだが。
その夏休みに、とあるファミレスでバイトしようとしたのが、そもそもの始まりだった。
店の人のちょっとした勘違いから、僕はウェイターではなくウェイトレスをやることになってしまったのだ。
その容姿から女の子に間違われることの多かった僕がウェイトレス姿になればどうなるか…。
結果は付近の中高生達の人気者となり、男であると言えなくなってしまった。
そしてプールの一件。
これが決定的となり僕は同僚のウェイトレスやクラスメイトの女生徒達だけではなく、街のほとんどの人達から女性と認識されてしまったのだった。
駄目押しとなったのは夏休み最後の日に訪ねてきた理事長と担任教師。
何時の間にか僕はある事情から男装している女性とされ、元に戻すのが教育だと言われてしまい、２学期から女生徒として登校するようになってしまったのだった。
「ふ〜う…。」
溜息を付いて夏樹は階段を下りリビングへ向う。
リビングの机の上には母親が既に、トーストと目玉焼きを用意していた。
「あら、おはよう。」
母親が（普段以上ににこやかだった）そう言って夏樹を迎える。
「うん、おはよう。」
挨拶を返してイスに座る。
ＴＶがニュースを放映しているのを見ながら、母親が入れてくれたコーヒーを飲みながらトーストをかじる夏樹。
「なに景気の悪い顔をしてんだい。今日から２学期だろうに。」
母親がそう言って夏樹の顔を見る。
「景気も悪くなるさ、今日から僕は…」
くわえていたトーストを皿に戻すと母親を睨む。
「こら、女の子が”僕”なんて言うもんじゃないわよ。」
母親が夏樹を嗜めるが…
「あのな…こうなったのは一体誰のせいだと思っているんだよ。」
そう、自分がこうなってしまったのは…誰が何と言おうと母親だと夏樹は思っている。
「しょうがないわよ、それが貴方の運命。」
しれっとした顔で言う母親。
夏樹はそんな母親に絶句するだけである。
「ほら早くお食べ、ゆっくりしてていいのかい。」
母親の言葉に時計を見る夏樹。
確かにそろそろ着替えた方がいい時間だ。
トーストをコーヒーで飲み込むと、自分の部屋に行く。
そして部屋に入った夏樹はＴシャツを脱ぎ、パッド入りのブラジャーを付ける。
その辺の動作は慣れたものだった（笑）。
ちなみに下は既にショーツを履いている。
今までは家に帰れば男の下着にしていたのだが、母親に2学期からの為と言われ、家でも女性の下着を付けさせられていた。
ズボンを脱ぎ、下着だけになった夏樹はふとクローゼットの鏡を見てしまう。
そこには水色の下着を着た女の子の姿が映っていた。
（どう見ても女の子だよな…これじゃ。）
深い溜息を付く夏樹。
とにかくこのままでいるわけにいかないので、夏樹はハンガーに掛かっている制服に手を伸ばす…がそこで手が止まる。
今日から着てゆく御崎高校女子制服。
これを着てしまったら…
状況はもう後戻りできない所に来ているのは分かっているのだが。
夏樹は手を伸ばした状態でしばし動けなくなる。
「ナツキ、何やってんだい。」
母親の言葉に我に返り、夏樹は白いブラウスを着る。
続いて青の膝丈のスカートとニーソックスを履く。
最後に赤いリボンタイを胸元に付け完成である。
だがそこで再び動作を止めてしまう夏樹。
後は鏡で着付けをチェックするだけだが、夏樹は怖くてその鏡を見る気になれない。
その姿は多分、いや完璧に似合っているだろう。
それが自分でも分かっているだけに夏樹は動けない。
しかし、何時までもこのままでは居られない。
意を決すると振り向いて鏡を見るが…。
（う…やっぱり。）
そこには制服を完璧に着こなしている自分の姿があった。
見なきゃよかった…夏樹は心底思ったのだった。
…………
で、リボンタイを直し、鞄を持つと部屋を出て階段を下り洗面所に向う。
そこで髪にブラシを掛ける。
夏樹の髪は今や肩に掛かる位に伸びていた。
本当は休み中に切りに行くつもりだったが、母親をはじめ女性陣に止められていた。
彼女達曰く、「それ以上切ったら男の子みたいになっちゃうじゃない」というのだが。
もちろん夏樹は「なっちゃうって…僕は男ですけど」と反論した。
だが、既に夏樹が男であるということを完璧に忘れさっている彼女達に一蹴されたのは言うまでもなかった。
髪のセットを終り洗面所から出た夏樹はそこで母親と出会う。
「へー、これは…完璧に女子高生だね。」
母親は心底感心したように言う。
「う、うるさい。だいたい…」
そんな母親に夏樹が文句を言おうとしたが。
「こら、女の子がそんな乱暴な言葉遣いをするもんじゃありません。」
と逆に窘められるのだった。
「もういいよ…。」
夏樹は溜息をつくと鞄を取り、玄関で靴（もちろん女生徒用）を履きドアを開ける。
「じゃ行って来ます。」
まだ夏の日差しが残る青空のもと、夏樹はその一歩を踏み出したのだった。


夏樹の家から御崎高校まで行くのに、一旦最寄の駅に出る必要があった。
というのも駅から通学用のバスが出ているからだった。
ちなみに家を出た夏樹は駅へ行く途中、近所や通りすがりの人たちの注目を浴びていた。
「へー思ったより可愛いのね」とか「制服似合ってるね」と言われ、なかには「握手して下さい」と言う（多分、近所の中学生だろう）女の子達もいた。
おかげで駅にはぎりぎりに着いてしまった。
（明日からはもう少し早目に出た方がいいみたいだな…。）
登校1日めでウンザリしてしまった夏樹だった。
その駅のロータリーには既に生徒達が男女別に並んでバスを待っていた。
というのもバスは男女別に運行されている為だった。
夏樹は何時も通りに、その列の最後尾に並んだのだが…
既に並んでいた生徒達は夏樹を見てざわざわとし始める。
「…？」
夏樹はなんでそんなに騒ぐのか不思議だったのだが…
「ちょっとナツキ、貴方はそっちじゃないでしょ。」
突然後ろから声を掛けられる。
振り向いた夏樹の前に二人の女生徒、佐藤翔と紅林めぐみが立っていた。
二人ともクラスメイトであり、夏樹と同じ美術部員である。
「え、そっちじゃないって？」
翔とメグは顔を見合わせると二人して夏樹の腕を取り引っ張っていく。
「そっちは男子用のバスでしょ、貴方はこっちの女子用でしょ。」
翔は呆れたように言ってくる。
「しょうがないわよ、今まであっちを使っていたんだから。」
そう言ってメグが夏樹を庇ってくれる。
そんな二人の会話を聞いて夏樹は初めて、自分が男子用バスの列に並んでいたことに気付く。
まあ、夏樹はたとえ女子高生の格好をしていても自分は男と思っていたので、つい何時も通りに列に並んでしまったのだが。
夏樹が翔とメグとともに女子用バスの列の所に到着すると、それに気付いた女生徒達にたちまち囲まれてしまう。
「わー本物だ」とか「ウェイトレス姿もいいけど、制服もいいわね」と夏樹を取り囲んだ女生徒達は口々に言って夏樹を見る。
「い、いやその…」
そんな女の子達の迫力にたじたじになる夏樹。
先ほどの男子達は遠巻きに見ているだけだったのだが、女の子達は同性（笑）ということで遠慮がなかった。

やがてバスが到着し、夏樹はようやく開放される。
バスに乗り込んだ夏樹は翔とメグと一緒に3人がけの座席に座る。
通路側にメグで窓際に翔、当然夏樹はその真ん中に座ることになる。
本当は一人で座るつもりだったのだが、2人に引っ張ってこられてしまったのだった。
女子しかいないバスの中は当然甘い香りに包まれており、夏樹は落ち着かなかった。
まあ当然といえば当然で、夏樹は容姿はともかく”男”なのだから。
（もしかしてこれから毎日これなのか…）
くらくらしながら夏樹は憂鬱になる。
ちなみにこういう香りはブルーウィンドの女子更衣室でもするのだが、夏樹は短時間で着替えて出るので何とかなっていた。だが、バスでは降りるまで逃げられない（学校までだいたい20分くらい掛かる）。
しかも今はその脇を翔とメグという二人の対称的な美少女に固められている。
この二人はクラスの男子生徒達に絶大の人気がある。
ポニーテールの似合う快活な翔と、腰まで伸びた髪で控えめな性格のめぐみ（メグ）。
二人が美術部に入った時などは、その二人目当てに入部希望者が殺到したらしい。
もっともそんな下心丸出しの連中は、部長の三枝先輩によって排除されたらしいが。
夏樹はその容姿のおかげで逆に先輩や他の女子部員に気に入られて（笑）入部を許された唯一の男子部員（今は女子部員だが）だった。
「それにしても今まで男子のバスで大変だったわね、なんせ連中むさくるしいし。」
翔が両手を頭の後ろで組んで話し掛けてくる。
「本当にそう思いますわ…でも今度からは大丈夫ですよ。」
メグはにこやかに笑い夏樹を労わるように手を握ってくる。
（そう言っても、一応僕もそのむさくるしい男なんですけど。）
どうもこの二人、男嫌いとまでいかないまでも男性にはあまりいい印象を持っていないらしい。
おかげで一時期、二人は同性愛者では？と言われたこともあった。
夏樹も「木村君女の子だったらよかったのに」と言われて思いっきり引いた覚えがある。
「そうそう、ナツキもこれから大変だろうけど私たちに任しておいて。」
翔は頭上で組んでいた自分の手を外すと、メグと同じ様に夏樹の手を取る。
この二人にとって夏樹が女の子であったことは大変喜ばしいことだったらしい。
夏樹にしてみれば複雑な心境なのだが…。


バスはやがて学校の正門に到着する。
ドアが開き夏樹は翔とメグとともにバスを降りる。
そこでまた夏樹は、バス通学以外の生徒達（主に女子）に囲まれてしまう。
おかげで校門前は大変な混雑になり、それは教師達が解散させるまで続いた。
「それじゃ先生の所に寄っていくから。」
ようやく混乱から抜け出た後、靴を下履きに履き替えた夏樹は翔とメグにそう言って別れる。
予鈴が鳴り、静かになった廊下を職員室に向いながら夏樹はだんだん憂鬱になってくる。
できればこのまま逃げ出したい気分だったが、根が真面目の夏樹には、さぼるなどできるはずもない。
そうするうちに職員室に着く。
「失礼します。」
そう言って職員室の扉を開け中に入る。
そのとたん教師達の視線が夏樹に集まり、思わず後ずさりしそうになる夏樹。
こんな時間に生徒が来れば何事かと思われてもしょうがないのだが。
取り合えず夏樹は会釈すると自分のクラス１−Ａの担任である長谷川涼子の元に向う。
「先生、おはようございます。」
夏樹に挨拶を受けた長谷川先生は夏樹の姿を見て満足そうに頷く。
「はい、おはよう木村くん。制服似合ってるわよ。」
一体このセリフ朝から何回聞いたことか…
「はあ、ありがとうございます。」
夏樹は少々うんざりしながらも律儀に答える。
「まあ不安かもしれないけど、先生に任しておきなさい。」
先生は頷くと出席簿を取り、立ち上がる。
「はあ…」
夏樹は先生に促されて職員室を出る。
なお、夏樹が長谷川先生と話している間中、他の教師達の視線が自分に集中していたので夏樹は落ち着かなかった。
（うーん…何だか視線が痛い。）
考えてみれば夏休み前までは男子生徒だったのが、休みが終わったら女生徒になっていたのだから、普通はそういう反応になるだろう。
夏樹は深く溜息をつくと長谷川先生の後を追って職員室を出て行く。
だが、二人が出て行った後の教師達の反応は夏樹の想像していたのとはだいぶ違っていた。
「いやー、ＴＶで見たより美人ですな。」
「そうですね、あんな可愛い生徒が男装していたなんて驚きです。」
「やはり今の方がよいですな…。」
なぜか非常に評判が良かった。
廊下を教師の後に続いて歩きながら夏樹は転校生になった気分を味わっていた。
それは過去一度経験した転校のことを思い出させる。
しかし、今回は転校ではない…もしかするとそれ以上にややこしいかもしれないのだ。
なにしろ今まで男子生徒だったのが、女生徒として学校生活を始めるのだから。
教室が近付くにつれ夏樹は三度び憂鬱な気分になっていく。
（クラスの連中…どういう反応を示すのかな。）
夏樹にとってそれが一番気がかりだったのだが、先ほどの職員室同様に想像していたのとは大幅に違うことに夏樹は気付いていなかった。

時間は少しさかのぼる。
夏樹と別れた翔とメグは１−Ａの教室へ入る。
その二人を見たクラスメイト達が駆け寄ってくる。
「あ、翔、メグ。…どお？ナツキさんは。」
クラスメイトを代表してクラス委員の女生徒、牧村美香が聞いてくる。
「ええ大丈夫よ。今、長谷川先生の所に行ってるわ。」
翔が答えるとクラスメイト達は一様にほっとした表情を浮かべる。
「それでどうなんだよ、木村のやつ。」
男子生徒の一人、所沢一哉が聞いてくる。
「あんたね、女の子に”やつ”はないでしょ。」
翔がそう言って一哉を睨む。
「そうです、ナツキちゃんはれっきとした女の子なんですから。」
メグもそう言って男子連中を見る。
既にここでも夏樹は完全に女生徒として受け入れられていたのだった。
「ブルーウィンド」のウェイトレス姿にプールでの一件とこれだけ揃えば当然なのだが。
「まあまあ、そのくらいにして…で、どうなの？」
メガネをきらりと光らせながら美香が聞いてくる。
「それはもう、制服姿もとても素晴らしいです。」
頬を赤くしながらメグが答える。
「それは言えるね、ウェイトレス姿にも負けてないね。」
翔も腕を組みながらその点を強調する。
二人の言葉はクラスメイト達をヒートアップさせる。
もはや夏樹が一学期まで男だったことは完全に忘れ去られていた。

そんなクラスメイト達の盛り上がりを知らない夏樹は担任の長谷川先生と共に１−Ａの教室の前に到着していた。
「それじゃここで待っていてね。」
長谷川先生はそう言うと教室の中に入って行く。
ざわついていた教室の中が静かになる。
日直の号令が掛かり生徒達が立ち上がる音が聞こえてくる。
夏樹は緊張が最高潮に達してゆくのを感じていた。

教壇に立った長谷川先生は、教室を見渡すとおもむろに話しはじめる。
「みなさん、おはようございます。
夏休み中、大きな事故も無くこうやって揃うことが出来て、先生は嬉しいです。」
先生はそこで一旦言葉を切ると生徒達を見て話を続ける。
「皆さんは休み中に変わったこともなかったようですね。でも…」
生徒達の間に微かに緊張が走る。
「このクラスの生徒の一人に大きな変化がありました。」
物音一つしないクラス内。
「もう既に知っている人もいるでしょうが、それは木村夏樹君のことです。」
生徒達の視線は自然と教壇横の扉に集まってくる。
「彼…いえ、もう彼女と呼んだ方がいいでしょうね…は家庭の事情により今まで性別を変えて生活していました。」
長谷川先生の静かな声に何も言わず聞き入る生徒達。
「しかし、こんなことを何時までも続けさせるわけには出来ません。」
真摯な長谷川先生の話に生徒達は静かに聞き入る。
「それが歪んだものである事は皆さんにも分かると思います。」
先生はそう言うと目を瞑り、生徒達は先生の次の言葉を待つ。
「よって彼女は2学期から女生徒として通ってもらうことになりました。」
教室内にざわめきが広がるが、すぐに収まる。
既に知っていた事とはいえ、やはり驚きは隠せないらしい。
「皆さんもとまどいが有るとは思いますが、彼女のこれからの為にも協力してあげて下さい。」
先生はにこやかに笑うと「木村さん入りなさい。」と扉の向こうに話し掛ける。
ガラ…
扉が開き教室に入ってくる人物に一斉にクラスメイト達の視線が集まる。
そして…

わーーーーーー。

次の瞬間１−Ａの教室内から歓声が響いた。
クラスメイト達の前に立っているのは何処から見ても完璧な女生徒、しかもとびっきりの美少女だったのだ。
大半の連中は夏樹のウェイトレス姿を知っており、学校の制服も似合うとは思っていたのだが…。
（こ、これほどとは…）
その瞬間クラスメイト達は全員夏樹に再度魅了されたのだった(笑)。
夏樹は男女含めたクラスメイト達のそんな反応にすっかり引いてしまう。
（な、何だよこの反応…）
クラスメイトが突然男から女に変わったのだ、当然クラスの大半は不審に思ったり嫌悪感を抱いたりすると夏樹は思っていたのだが。
その想像は見事に外れ、何の問題もなくクラスに受け入れられたのだった。
「え、っとその…色々な事情があって…」
とにかく気を取り直し夏樹はクラスメイトに話し掛ける。
「分かっているから安心して…クラス全員が貴方の味方よナツキちゃん。」
クラス委員の美香が代表して答える。
その言葉にクラスメイト達は深く頷く。
「は…ははは、ありがとう…。」
夏樹は心の中で号泣するのだった。
こうして夏樹とクラスメイト達のファーストコンタクト（？）は終わったのだった。


夏樹の紹介(笑)が終わると、簡単な連絡事項の伝達があり、その後講堂での全校集会に向う。
翔やメグ、美香などの女生徒達と共に夏樹は教室から講堂へ移動させられる。
その間に「制服似合うわね」とか「髪綺麗ね、シャンプー何使っているの？」とか言われ、すっかり女生徒の中に溶け込んでいる夏樹だった。
やがて講堂に着き整列する夏樹（もちろん女生徒の列）。
しばらくして壇上に理事長が現われて集会が始まる。
それは何時もの休み明け特有の、「休みはもう終わったのだから気持ちを切り替えて」とか「３年生は受験に備えて…」など通り一遍の話で終わるはずだった。
だが今日は違っていた。
「ところで諸君も知っていると思いますが、うちの生徒が休み中に勇気ある行動をしました。」
聞いていた全校生徒は即座にそれが何か理解し、退屈に騒いでいた生徒達が静かになる。
一方夏樹はその言葉を聞き、別の意味で静かになる。
（り、理事長先生もしかして…）
その話に該当するものを夏樹は一つしか知らない。
言わずと知れた自分の関わったあのプールでの事……。
「その生徒の名は１−Ａの木村ナツキさんです。木村さんこちらへ。」
理事長先生の言葉に真っ青になる夏樹。
「さあナツキちゃん、早く行かないと。」
美香が夏樹の身体を後ろから押す。
「い、いや委員長、僕は…」
翔やメグも夏樹の両手を引っ張って連れ出そうとする。
「ほら何してるの…早く早く。」
「がんばってね、ナツキちゃん。」
他の女生徒達も夏樹を壇上の方へ送り出そうとする。
クラスの女生徒達の応援を受けて（笑）壇上に上げられる夏樹に全校生徒の注目が集まる。
出来れば逃げ出したい夏樹だったが、にこやかに笑い待っている理事長先生や長谷川先生。初めて夏樹を見てその姿に注目して見ている他の教師達。
下の方から応援しているクラスメイト達。
夏樹は引きつった笑みを浮かべながら壇上を理事長先生の元へと向う。
理事長先生は夏樹がそばに来ると、肩に手を置き皆の方に向け話しはじめる。
「彼女はプールで溺れていた子供を誰よりも早く助けました。」
夏樹は恥かしさに顔を真っ赤にしながら理事長先生の話を聞いてた。
その姿がまた彼女（笑）の奥ゆかしさを見せ、生徒や教師達を魅了していた。
「その素晴らしい勇気を称えたいと思います。それから…」
理事長先生はそこで咳払いをし、話を続ける。
「今、彼女はこの姿ですが、前までは違ってました。」
生徒も教師達もそんな理事長先生の話を聞き入っている。
「その事で誤解する人もいるかもしれませんが、そこには深い理由があります。」
理事長先生は講堂にいる生徒と教師達を見ながら話し続ける。
「彼女のプールでの行動を見れば、けっして邪なものがないと分かっていただけると思います。
…ですから皆さん支えてあげて下さい。」
講堂に大きな拍手が響く。
こうして夏樹は、御崎高校の女子生徒として認められたのだった…本人の意思をまったく無視されて（笑）。
その後、地元の消防署から人命救助の表彰が行われ全校集会は終わったのだった。


教室に戻り自分の机に突っ伏す夏樹だが、直ぐに他のクラスの生徒を含めた女子に囲まれ質問攻めに遭う。
（た、助けてくれー。）
一学期まで友人だった男子に助けを求めようとしたが…
その男連中といえば女生徒の輪を遠巻きに（うらやましそうに）見ているだけだった。
頼りにならない男子生徒の代わりに夏樹を救ったのは意外な人物だった。
それは…
「ナツキちゃん！お客さんが…。」
女子生徒の一人が興奮した様子で夏樹に話し掛けてくる。
「え、お客さんって…？」
その女生徒に言われて教室の扉の方を見る。
そこには背の高くきりっとした表情をした一人の女生徒が立っていた。
「あれ…もしかして宮島先輩じゃ？」
周りの女生徒達がざわめきだす。
「宮島先輩？」
夏樹の呟きに女生徒の一人が答えてくれる。
「宮島美沙先輩…御崎高校水泳部のホープよ。」

これが木村ナツキと宮島美沙との初めての出会いだった。