僕はウェイトレス？■学園編■

宮島美沙。御崎高校水泳部員。
幾つかの大会で優勝し、現在最も期待されている選手。
もっとも夏樹はクラスメイトに教えてもらうまで、彼女のことは知らなかった。
黒いショートカットの髪に長身という姿は水泳選手というより宝塚の男役に見える。
そのせいか男子高生より女子高生のファンが多いらしい。
「ナツキちゃんみたいだね。」
と言うのは宮島先輩のことを教えてくれた女子生徒の言葉だった。
その言葉に苦笑いしながら、夏樹は扉の所で待つ宮島先輩のもとに向う。
「貴方が木村ナツキさん？」
宮島先輩は目を細めて夏樹を見る。
「はい、そうですが。」
（美人というよりハンサムかな…）
側で見ると特にそう感じる。何か凛々しい感じが夏樹はしていた。
（まあ、そんなこと言ったら怒られるかな？）
仮にも女性にそんな感じを抱いてしまったので夏樹は心の中で苦笑する。
「あ、ごめんなさい。私は水泳部の宮島美沙といいます。」
彼女は軽く会釈して自己紹介をする。
「実は貴方に話があるのだけど…」
美沙は周りを見て苦笑いして言う。
「放課後、室内プールの所まで来てくれないかしら。」
確かに回りは校内の有名人二人の話を固唾をのんで注目していた。
「そうですね…分かりました。」
夏樹がそう言うと、タイミング良くというかチャイムが鳴る。
「それじゃ待っているから。」
そう言って美沙は2年の教室へ戻って行く。
ギャラリーも解散し、それぞれの教室へ戻って行く。
こうして噂の二人の最初の邂逅は終わったのだった。

ホームルームが終わり、夏樹は軽く伸びをする。
（何とか第一日が終わったか…）
半日だったのにえらく長く感じた夏樹だった。
「ねえナツキ、これから室内プールに行くの？」
翔が、帰る用意を始めた夏樹に聞いてくる。
「まあね、約束したし…」
カバンを抱えて立ち上がりながら答える。
「でも話ってなんだろね？」
メグが翔の隣に来て夏樹に話しかける。
「水泳部のホープから直々の話といえば、やっぱりスカウトかな？」
美香も夏樹の側に来て話に加わる。
「何しろナツキちゃんのプールでの活躍は有名だからね。」
メガネをキラリと光らせて美香が断言する。
「そうよね…あれは凄かったもんね。」
「そうそう、カッコよかったわ。」
「今思い出しても感激だわ。」
何時の間にか夏樹の周りにはクラスの女生徒達が集まっていた。
「まさかナツキちゃん、水泳部に行かないわよね？」
メグが心配そうに聞いて来る。
夏樹はメグに笑いかけると答える。
「まさか…それにたとえそうでも、僕は美術部を辞めないよ。」
夏樹のその言葉にメグと翔の二人が安心した表情をする。
だいたいブルーウインドのバイトもあるし、いくらなんでも運動部には入れない。
「それじゃ…また明日。」
集まった女生徒達に手をふって夏樹は教室を出て行く。
その姿を見送った女生徒達はさっそく夏樹が水泳部に行くかどうかで議論し始める。
「あの素晴らしい泳ぎなら、ナツキちゃん大活躍だと思うけどな。」
美香が手を組んでうっとりした表情でしゃべる。
「でも本人は乗り気じゃないわ。」
メグが美香の意見に反論する。
「そうだよ、あくまで自分の意思が大事だよ。」
翔もメグの意見を後押しする。
彼女達の論議は果てしなく続いていった。

御崎高校のプールは最近完成したばかりの室内プールだった。
実は完成が遅れ夏樹をはじめ1年生はプールの授業を受けていない。
（プールの授業があれば女の子に間違われることは無かったよな。）
室内プールのある建物に向かいながら、夏樹はそんなことを思った。
もっともプールの授業があったとしても現状に変わりがなかった可能性が高いのだが。
「あ、あの娘が例の…」
「へえ…なかなか可愛いじゃない。」
通りすがりの上級生や同級生の女生徒達の視線は相変わらず集まってくる。
もはや学校で夏樹のことを男だと思っている人間はいないように見えた。

ただし、何事にも例外がある事を、夏樹はこの時点では失念していた。

夏樹はやがて『室内プール入口』と書かれたドアの所に着く。
始業式当日ということで周りは閑散としている。
ドアを開け夏樹は靴置き場に入り、そこで靴を脱いで先に進もうとして止まる。
目の先には『男子更衣室』と『女子更衣室』の二つのドア。
（えーと…僕の場合はやっぱり”女子”の方？）
その姿ならそうなのだが、ここに至ってもなお夏樹は躊躇していた（笑）。
「あの…」
そんなことをしているうちに突然後ろから声を掛けられる夏樹。
「ひゃー！す、すみませんっ。」
慌てて謝り始める夏樹に声を掛けた女生徒が目を丸くする。
「すみません…って、あれ？」
お互い見詰め合ってしまうこと数秒、声を掛けてきた女生徒がにこっと笑って言う。
「木村ナツキさんですよね…どうなされました？」
夏樹は自分がかなり恥ずかしいリアクションをしたことに気付き顔を赤くしながら答える。
「えっと、水泳部の宮島先輩にお会いしたくて来たんですが。」
それを聞いて女生徒が頷く。
「そうですか、それじゃこちらへ。」
その女生徒に引っ張られて女子更衣室に連れ込まれる（笑）夏樹。
「いや…そのちょっと待って…」
だが抵抗むなしく夏樹は女子更衣室に足を踏み入れてしまう。
そこで着替えている女生徒達の姿を見てしまうんじゃ…と慌てる夏樹だったが、更衣室は誰も居なかった。
考えてみればまだ新学期が始まったばかりで部活も再開されていないらしい。
思わずほっとする夏樹は女生徒の先導で更衣室を抜け、シャワー室を通りプールサイドに出る。
「へーすごいな。」
夏樹は出来たばかりで綺麗なプールを見渡して驚く。
話には聞いていたが、これはかなり立派なものだった。
ここがこれからプールの授業で使われるのだから楽しみだなあと思った夏樹は次の瞬間、自分が今、置かれている状況に気付く。
（ちょっと待てよ…すると僕…もしかして女子のス、スクール水着で…っ？）
そのことに思い当たり夏樹は一人慌ててしまう。
そんな夏樹に気付かず先ほどの女生徒が話しかけてくる。
「ほらナツキさん、宮島先輩です。」
彼女の言葉に夏樹がプールを見ると、見事な泳ぎをしている女生徒の姿に気付く。
それは素晴らしい泳ぎで、夏樹は暫く見とれてしまったくらいだった。
やがてその女生徒はプールサイドに上がってくる。
その女生徒こそ黒い競泳水着を着た宮島先輩だった。
タオルを取り身体を拭いていた宮島先輩は見詰める二人に気付きこちらに近付いてくる。
「いらっしゃい木村さん。敷島さん案内ありがとう。」
にこりと笑い話しかけてくる宮島先輩。
こうして見てみると確かに凛々しくて格好がいい。
（騒がれるのも無理はないよな。）
夏樹は改めてそれを思った。
宮島先輩が、去年の文化祭では男装してミスターコンテスト（もちろん出場者は男子）に出場し、あわや優勝という所までいったというのは結構有名な話らしい。
「どういたしまして。それでは…」
その女生徒は頭をぺこりと下げると帰って行き、プールサイドには夏樹と宮島先輩が残される。
「ここじゃなんだし…着替えるから更衣室で待っていてくれるかしら。」
宮島先輩に促されて夏樹はプールサイドをあとにする。
夏樹は更衣室にある休憩コーナー（ここにはそんな物もあった）で居心地の悪い思いをしながら待っていた。
何しろ後ろのロッカーのところでは、宮島先輩が着替えているのだから。
先ほどから着衣がこすれる音がして夏樹は落ち着かない。
一応休憩コーナーとロッカーの間には壁があり、見えないようにはなっていたが。
やがて制服に着替え終えた先輩が夏樹のいる休憩コーナーにやって来る。
「お待たせしたわね。」
そう言うと夏樹の前に座る宮島先輩。
「さて…木村さん。」
夏樹の顔を覗き込みながら、宮島先輩が意味ありげな表情を浮かべる。
（何だろう…入部の勧誘っていう感じじゃないみたいだな。）
夏樹は緊張して、宮島先輩の次の言葉を待つ。
「ここに来てもらったのは他でもないの、貴方に聞きたいことがあって…」
宮島先輩が目が細め鋭い視線を浴びせてくる。
「どうして貴方…”男の子”なのに”女の子”の格好しているの？」

その瞬間、全てのものが停止した………ように夏樹には思えた。