僕はウェイトレス？■学園編■

「どうして貴方…”男の子”なのに”女の子”の格好しているの？」
その瞬間、全てのものが停止した……ように夏樹には思えた。

水泳部の宮島先輩に呼び出された夏樹は完成したばかりの室内プールの更衣室にいた。
そこで夏樹は宮島先輩―美沙―から衝撃的な質問を受けていた。
「えーと……それは…。」
突然の言葉に、夏樹は何を答えていいのか分からずに固まってしまう。
確かに自分は男であり、本当なら周りの人からそう言われるのが当たり前なのだから動揺する必要はないはずだが…。
自分が女の子に見られてしまうと諦めていた夏樹は、はっきりいって動転していた。
"くす…"。美沙はそう笑うと、今まで夏樹に向けていた視線を和らげる。
「困らせちゃったかな…。別に貴方を責めているわけじゃないわ。」
美沙は視線を夏樹から外し、椅子に座り直すが、その姿ははっきりいって格好がいい。
「あの…どうして分かったんですか？」
夏樹は美沙の顔を見ながら聞いてみる。
ほとんどの人が自分を女性と勘違いしているのに、何故先輩だけが分かったのか不思議だった。
「そうね…貴方の発する雰囲気かしら…。」
美沙はそう言って少し複雑そうな表情を浮かべる。
夏樹は、そんな憂いを帯びた表情の美沙を見ながら聞き返す。
「雰囲気？」
「そう、確かに容姿は完璧に女の子ね。」
（何かそうはっきり言われるのもなあ…。）何だか悲しくなる夏樹だった。
「でも貴方から感じるのはやっぱり男の子なのよ。」
美沙はそう言って夏樹はじっと見る。
「それにね…私が貴方と似ているとこがあると思ったからかな。」
「？」
不思議そうな顔で美沙を見る夏樹。
「私もこういう容姿しているせいか間違われるのよね。」
確かに、短い髪や、可愛さと言うより凛々しさを感じさせる顔立ち。
同世代の女子に比べれば高い身長、そして身のこなし。
「まあ、高校生になって制服や水着を着るようになったらそれも少なくなったけど。」
場に暫し沈黙が落ちる。
「私服で歩くと、よく女の子達に声を掛けられたわ。」
やがて美沙は自嘲気味に言いながら夏樹を見る。
「だからかしら…貴方の雰囲気と容姿にギャップを感じたの。」
夏樹はそんな美沙をじっと見続ける。
正直いって、そんな指摘をされたのは初めてだった。
夏樹はその容姿の為、周りから女の子扱いされてしまうと諦めていたのだから。
もしかすると美沙は自分もそういう扱いをされてしまう故に夏樹のことが分かったのかもしれない。
「今日来てもらったのは、そんな貴方と話をしたかったからだったの。」
美沙はそう言って笑う。そしてその笑顔に見とれてしまう夏樹。
（本当にカッコいいな…自分もこうだったら女の子に見られることなかっただろうな。）
夏樹は心の底からそう思っていた。
そんな夏樹の視線に気付いた美沙は暫し何か考える仕草をした後、悪戯っぽい笑みを浮かべ夏樹に言う。
「もしかすると私達って面白い組み合わせになるかもしれないわね。」
「……」
不思議そうな顔をする夏樹。
「男のような私と女の子のような貴方････普通とは正反対のね。」
「はい？」
その言葉に固まってしまう夏樹を可笑しそうに見る美沙。
「冗談よ。」（でもそれもいいかもね…）
美沙がそんなことを考えているとは知らない夏樹だった。
（だって彼、私より女の子らしいんだから…。）
それまでその容姿の為に男の子の役回りを演じさせられることが多かった美沙だったが、自分以外にもそんな境遇の者がいるとは思っていなかった。
しかも本当の女の子より女の子らしい男の子なのだから、美沙は驚かされていた。
一方、同じ境遇の人間に会えて嬉しかったのも事実だった。
自分にとってはもしかすると運命的な出会いなのかもしれないと美沙は思っていた。

「今日はありがとうね。話せて楽しかったわ。」
美沙は立ち上がりながら夏樹にそう笑いかける。
「いえ、僕も楽しかったです。」
事実、夏樹も美沙と話せて楽しかったと思っていた。
同じ様な境遇の者と会えて嬉しかったのは夏樹も同様だったからだ。
「今度貴方のバイト先にも行くわ…その時は宜しくね。」
「はい、お待ちしてます。」
短い時間だったが夏樹もまた美沙に好意を持ち始めていた。
「それじゃね…夏樹くん、いえナツキちゃん。」
こうして二人は別れたのだが、この出会いがどんなことを招くか、その時夏樹は考えもしなかった。

更衣室を出た夏樹は一旦教室へ鞄を取りに戻った。
教室にはもう既にクラスメイトはおらず、鞄を自分の机から取り上げた夏樹は一人で下校することにする。
（これからどうしようか？）
夏樹は校門でスクールバスを待ちながら時計を見て考える。
まだ時間は1時過ぎだったので時間はたっぷりあった。
（そうだ、ブルーウィンドに行ってみるか。お腹もすいたし。）
バイトの予定は無かったが、夏休み以降行っていないことを思い出したのだった。
一応、次の勤務は今度の土曜日だったが、行ってはいけないこともないだろう。
やがてバスが来たので数人の生徒と共に乗り込む夏樹。
「ナツキさんお帰りですか？」
一緒に乗ってきた女生徒達に囲まれて質問される夏樹。
「えーと…ブルーウィンドに行くつもりだけど。」
つい正直に答えてしまう夏樹（笑）。
「そうなんですか？あの〜私達もご一緒させていいですか。」
女生徒達は期待に目を輝かせて聞いてくる。
「それはまあいいけど…」
そう答える夏樹は次の瞬間喜んだ女生徒達に抱きつかれてしまい真っ赤になってしまうのだった。

取り巻きに囲まれて（笑）、夏樹はブルーウィンドに到着する。
「いらっしゃいませ、ブルーウィンドへようこそ。」
入った所でクリスに迎えられる夏樹とその御一行（笑）達。
「あら、ナツキじゃない、久しぶりね。」
クリスはそう言って夏樹の後ろを見る。そして一言…
「相変わらず凄いわね…ファンの人たち。」
そう、夏樹の後ろには、バスに乗っていた女生徒だけでなく、降りた駅からここまで来る間に増えた人達（ほとんどが女子中高生だった）がいた。
「はあ…すいません。」
そんなクリスの言葉にすまなそうに答える夏樹。
もはや恒例となった風景だった。