僕はウェイトレス？■学園編■

「いらっしゃいませ、ブルーウィンドへようこそ。」
ブルーウィンドに入って来た女子高生のグループをにこやかな表情で迎える夏樹。
「はいナツキさん、また会えて嬉しいです。」
女子高生達は夏樹を見て喜びの声を上げる。
「はは…ありがとう。それじゃご案内しますね。」
彼女達を席に案内する夏樹。
「しばらくお待ち下さい。」
一礼して席を離れる。
「すいませんナツキさん。」
別の席からも御指名で声が掛かる（そのほとんどが女の子達からだった）。
それは、とある日のブルーウィンドの光景だった。

「ふー。」
休憩時間になり事務室へ帰ってきた夏樹。
「相変わらず人気あるわね、女の子に。」
先に休憩していたクリスが笑って声を掛けてくる。
「憎いね…この女殺し。」
「な、何言ってるんですかクリスさん。」
夏樹はクリスの言葉に慌ててしまう。
まあ確かに夏樹目当てで来るお客は圧倒的に女の子が多かった。
もちろん男の客も居ないことはないのだが、夏樹の周りを女の子達が囲んでいるので近付くことが出来ない。
お陰で夏樹の周りは何時も黄色い声が渦巻いている状態で、付いた名称が
”ナツキの百合の花園”である。
「そっちこそ何言ってんだが…ナツキを見るあの娘たちの目。あれは完全に恋する女の子ね。」
腕を組んで断言するクリス。
「これじゃ彼氏も作れないわね。」
クリスは悪戯っぽい笑みを浮かべて夏樹を見る。
「か、彼氏って…」
（僕は男ですよ、いくらなんでも…）
苦笑いしてクリスに答えようとした夏樹は後ろから急に抱きつかれる。
「ナツキちゃんは殿方とお付き合いなんかしませんよクリスさん。」
抱きついて来たのは恵理香だった。
「え、恵理香さん？」
抱きつかれ驚く夏樹。
「なるほどね…これじゃ無理か。」
クリスさんはそう言って笑う。
「ナツキちゃんはずっとそのままでいてくださいね。」
恵理香はそう言いながらさらに強く抱きついてくる。
（そのまま…って一生女の子でいなくちゃいけないってことかな恵理香さん。）
夏樹は一瞬そう考えて落ち込みそうになったが、背中に感じる感触に慌てる。
「あー！恵理香さん何やってるんですか！」
ドアの方から裕香の怒った声が聞こえてくる。

ムギュウ！

今度は前の方から裕香に抱きしめられる夏樹。
「ちょ、ちょっと裕香ちゃん…。」
今度は前の方からの感触にさらされてしまう。
「ナツキちゃんは恵理香さんだけのものじゃありません。」
裕香はそう言って恵理香を睨む。それに対し
「それは分かっておりますわ。でもここで一番親しいのは私ですけど。」
恵理香も負けていない。
「本当にもてるわね…女の子に。」
クリスはニヤニヤしながらそんな３人を見ている。
「笑ってないで助けて下さいぃ。」
夏樹の窮状はマネージャーの雅美が来てくれるまで続いた。

大騒ぎな休憩時間を終えてフロアに戻る夏樹。
「全然休憩できなかった……。」
何だか余計疲れた様な気がする。
その時、ドアが開けられお客さんが一人入ってくるのに夏樹は気付く。
服装を軽くチェックしてからお客さんの元に向う。
「いらっしゃいませ、ブルーウィンドへようこそ。」
笑顔を浮かべ何時も通りに挨拶する夏樹。
「お客様はお一人様ですか。」
入って来たのは一人の男性。
身長は夏樹よりやや高く、黒いジャケットにズボンとシャツという格好をしている。
きりっとした顔つきで夏樹は思わず見とれてしまう。
「ええ、一人です。」
ハスキーボイスの声で答える男性。
ふと夏樹はその声と顔つきに覚えがあるような気がした。
（え……どこかで？）
男性を席に案内しながら夏樹は考え込む。
（誰だっけ？）
思い出せそうで思い出せない。
「あの…ここでいいんですか。」
考え事をしていた夏樹は男性の声に我に返る。
「は、はいそうです。どうぞ。」
慌てて対応する夏樹に男性はぷっと吹き出す。
「ふふ…どうしたのかな夏樹君。」
突然名前を言われて夏樹は男性の顔を見る。
「あ…貴方は？」
にこっと笑う彼、いや彼女。
水泳部のホープである学校の先輩、宮島美沙。
「久しぶりね。」
その仕草は男性そのものであり、夏樹は口をパクパクさせるだけだった。
「お冷は出ないのかな。あとメニューも。」
先輩は笑みを浮かべ夏樹を見つめてくる。
「え、えと…少々お待ち下さい。」
夏樹はそう言うと普段の倍のスピード（笑）でお冷とメニューを取りに戻る。
「えーと、どうぞ。」
お冷を置き、メニューを渡す。
普通はここで「注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」と言って離れるのだが。
夏樹は何事もない表情でメニューを見ている宮島先輩・美沙をじっと見る。
「先輩…一体その格好は？」
だが美沙はそんな夏樹の問いを聞いてないふりをして注文をする。
「そうね。コーヒーとレアチーズケーキをお願いね。」
ＰＯＳを取り出し夏樹は無言で注文を入力する。
「注文を繰り返します。コーヒーとレアチーズケーキですね。暫くお待ち下さい。」
諦めて、マニュアル通りの返事をして厨房に戻ろうとする夏樹。
「夏樹君、今日は仕事何時までなの？」
背後から美沙が小さな声で話し掛けてくる。
「え、16時…午後４時ですけど？」
夏樹もまたつられて小さな声で答える。
「ふーん。それじゃ４時半にこの先のハンバーガーショップで待っているから。」
美沙はそう言うと窓の外に目を向ける。
しばらくその姿を見ていた夏樹だが、美沙がそれ以上何も言う気がないと分かると、仕方なく厨房に向う。
（一体何だっていうんだ？）
首を捻るばかりの夏樹だった。
ところで、夏樹は自分の行動を最初から最後まで周りから注目されていたことなど気付いていなかった。
そして１時間ほど店にいた美沙は何事もなかったように帰っていった。
「今の男の人…知り合い？」
ちなみに美沙が帰った後、夏樹はクリスに聞かれたが。
「まあ、学校の…」
と言うしかなかった。（その時クリスの目が光ったことに夏樹は気付いていなかった。）

定時になり、夏樹は早めに着替えるとクリス達に「用事があります」と言って店を出る。
ハンバーガーショップはブルーウィンドから３軒ほど離れた場所にあった。
入口のドアを開け中に入る夏樹。
時間が時間だけに店の中は学校帰りの学生が多かった。
しばらく周りをキョロキョロ見ていた夏樹は、座席に座り手を振っている美沙に気付く。
頷くとカウンターに向いジュースを買うと、美沙の座席へ向う。
座席に着くと美沙は嬉しそうな表情を浮かべる。
「来てくれたんだ。嬉しいな。」
夏樹は苦笑いしながら答える。
「ああ言われたんじゃ…断るヒマもなかったし。」
「ふふ…。」
しかし改めて見ても美沙は男の子そのものだった。
「でも今日はどうしてそんな？」
夏樹は美沙の格好を指して聞く。
「前に話したと思うけど、ちょっと男の子っぽい格好するとこうなるのよね。」
自嘲気味に話す美沙。
（そう言えば、私服だと男の子に間違われるって言ってたっけ…。）
何かそういうとこも自分と似ているなと思ってしまう夏樹。
「まあこの格好で会ったら、夏樹君がどういう反応を見せるか興味あったし。」
ぺろっと小さく舌をだして笑う美沙。
「はあ…。」
としか言えない夏樹だった。
そんなふうにしばらく話をした後、
「ところで話は変わるというか、こちらが本当の用事なんだけど。」
当然口調を改め美沙は言う。
「今度の日曜…デートしないかな？」
「へっ！？」
意外な言葉に夏樹は変な声を上げてしまう。
「あの…それって本気ですか？一応僕は…」
美沙は夏樹の言葉を手で制すると、にこっと笑って言う。
「大丈夫。当日は私、この格好で来るから。そうすれば外面的には問題ないでしょう。」
確かにそうかもしれないが。
誰もこの２人が外見と中身が正反対なカップルとは思わないだろう。
「で、どうかな夏樹君。」
（どうすりゃいいんだ、これ。）
デートに誘われるなんて生まれて初めてである。しかも異性から（笑）。
しかし女装して、男装の女の子とデートというのは……。
（やっぱり変だよな。）
できれば自分はきちっとした男の格好で、美沙には女の子の格好で来て欲しいのだが。
現状では無理だろう。かといって女の子の格好の自分と美沙とではデートと言わないだろうし。
「ダメかな？」
考え込んでいた夏樹の顔を覗き込むようにして聞いてくる美沙。

ドキッ！

至近距離で見詰められて心臓が跳ね上がってしまう夏樹。
「い、いえそんなことはありません。」
のぼせ上がって思わず返答してしまう。
（あ…！）
「よかった。それじゃ今度の日曜日の１０：００に駅前でね。あっ、場所は任せておいて。」
ウィンクして立ち上がる美沙。
「それじゃ楽しみにしているから。」
彼女…いや彼はそう言って、ゴミを捨てて出て行く。
「はっ！」
我に返り立ち上がって引き止めようとした時には、もう美沙の姿は無かった。
（デート決定？）
呆然とする夏樹だった。

ところで夏樹はブルーウィンドの時同様気付いていなかったが、ここに入ってきた時から夏樹たちは”ある集団”からじっと見られていた。
そして「あのナツキさん（ちゃん）が男の人と！？」ということで騒然となっていたのだ。
知らぬは本人だけだった（ちなみに美沙は確信犯である）。
そして２人を見ていたのは”彼女ら”だけではなかった。
夏樹の仕事中から怪しいと思って見ていた人物がいた。
（ふーん、あのナツキがデートねぇ…。）
２人の背後から話を聞いていたその人物は、誰あろうクリスだった。
そして机の上の手を震えさせながら聞いていた２人の人物。
「ナ、ナツキちゃんがデ、デ、デート…。」
「わ、私もまだしてもらっていないのにぃ。」
恵理香と裕香だった。
そんな２人を見てクリスが言う。
「さてお２人さん、どうする？」
２人は顔を見合わせる。
「どうすると言われても…。」
「うん…。」
「ふむ、それじゃほっておく？」
そんなクリスの言葉に考え込んでしまう２人。
「いえそれも…。」
そこで目をきらりと光らせるクリス。
「ＯＫ！お姉さんに任せておきなさい。」
クリスは胸をどんと叩いて言う。
何となくそんなクリスに嫌な予感を覚える恵理香と裕香だった。

こうして夏樹のファーストデートは本人の意思に関係なく決まり、周りを巻き込んで進んで行くことになるのだった。