僕はウェイトレス？■学園編■

カレンダーをじっと見る夏樹。
「ふーーー。」
深い溜息をつく。その姿は憂いを帯びた美少女そのもの。
これが実は"男"だというのだから…もっとも周りの人間に完全に忘れ去られているが。
夏樹・１６歳。ファーストデートまで、あと３日だった。


ところで本人は気付いていないが、夏樹のデート事件の影響は広範囲に拡がっていた。
ただ、デートと知っていたのは「ブルーウィンド」のウェイトレス連中だけで、他はナツキが"男の子"と会っていたという衝撃的な（笑）事実という違いがあったが。
この為、両者の動きは大きく違ってくるのは仕方がないことだった。

まず、「ブルーウィンド」のウェイトレス達…
中心はナツキ大好きの恵理香と裕香、そして何時も騒動の中心にいる（笑）クリス。
恵理香と裕香の二人はハンバーガーショップ以来ナツキにべったり付き、バイトのない日も夏樹がバイトの時にはわざわざ客として店に出てくる。
「ねえナツキちゃん。今度の休み、天気になるかなぁ？」
「今度のお休み、お茶会でもしようと思うのですが、ナツキちゃんはどうなさるのですか？」
などと探り（？）を入れてきたりしていた。
クリスといえば
「そういえば、この前の男の子って誰？」
とストレートに聞いていた。
そんな3人に困惑するマネージャーの雅美。一人事情を知らないせいもあったのだが。
それに対し夏樹の方は間近に迫っているデートのせいでそれどころでない為、3人の思いと1人の困惑には気づかなかった。

そしてデートとは知らない他の連中といえば…
彼女達（もちろん全て女の子）は、直接はナツキに聞いてくることはなかった。
その代わり彼女達が何をしていたかといえば…
ＮＦＮを駆使し皆のアイドル（笑）・ナツキに接近する男の情報を集めていた。
ちなみにＮＦＮとは「ナツキ・ファン・ネットワーク」の略である。
もともとは有志によって作られたインターネット上のホームページだったのだが、女子中高生達を中心にアクセスが広がってゆくうちに、幾つかのファンクラブとも連携し大きくなっていったものだった。
もちろん夏樹やウェイトレス達は、存在そのものをまったく知らなかった。
だが、そのネットワークでもなかなか敵（笑）の正体は分からなかった。
まあそれはそうだろう。何しろ相手は本物の男ではなくて男装した女子高生なのだから。
しかも夏樹と同じ高校のもう一人のアイドルとは想像も出来なかっただろう。

そんな周りの出来事をよそに、デートはその日を迎えることになる。


駅前・ＡＭ９：５０
夏樹は既に到着して美沙を待っていた。気が進まないのに律儀に約束の１０分前に来るのは彼女（彼？）の性格を表している。
（まったく…こんな形でデートなんて。）
朝起きた時からそんな思いに捉われている夏樹。まあ、女装した男子高生と男装した女子高生のデートなのだから、当たり前と言えば当たり前だったが。
（美沙さんはどう思っているんだろう？）
夏樹としてはそこがよく分からない。彼女の話からは美沙自身が男に見られてしまうことを喜んでいる様には見えなかったのだが･･･。
（もしかして…からかっている？）
どうもネガティブな思考になってしまう夏樹。
それはそうだろう。夏樹が女装していることを不自然に思っていると言っていたのだ。
自分に女装の嗜好が有るのではと疑ってこんなことを…と思ってしまっても仕方がないだろう。
だが、夏樹は気付いていなかった。美沙がこの出会いに運命的なものを感じているということに。
ところで今日の夏樹の服装といえば、白いカッターシャツに、青いジャケット、チェックのフレアスカートだった。
ファーストデートの割には今一つパッとしないが、女装してというのでは仕方ないだろう。
まあ母親に"デート"だと気付かれない為にも、あえてそうしたのだが。
（知られたら絶対に恥かしい格好をさせられるに決まっている。）
それは夏樹のデートを後日知った母親が、「そうと分かっていれば私がコーディネイトしてあげたのに」と言われ、思いっきり少女趣味の服を出してきた事で証明されたのだった。

時計の針が丁度１０：００を指した時、夏樹は声を掛けられる。
「待たせたかな？」
青いジーンズに黒のシャツを着た少年、の格好をした美沙だった。
それがまた非常に似合っているのだから、別の意味で夏樹は羨ましい。
こんな姿を見ては、彼女の学校の制服姿や水着姿が不自然に思えてしまう。
そういった意味では、美沙は夏樹と同じなのかもしれない。
「いえ、それほどは…」
何となく定番（？）の会話をしてしまう。絵に描いた様なデートの始まりだ。
「それじゃ行こうか。」
夏樹の手を取り、キップ売り場に向う美沙。
「え、あの…」
引っ張られていく夏樹。既に美沙のペースに乗せられているのだった。
（どうなるんだ一体……？）
それは誰にも分からない。

ところでそんな二人を見ている、複数の目があることに夏樹は気付いていなかった。
そしてそれがどんな混乱を招くかも……

こうして夏樹の波乱なファーストデートは始まったのだった。