僕はウェイトレス？■学園編■

電車の中は休日とあって結構混んでいた。カップルや家族連れ、友人のグループ。
その中で２人、夏樹と美沙の"男女逆転カップル"はある意味目立っていた。
片やボーイッシュな美少女、片やジャニーズ真っ青な美少年の組み合わせである。
目立たない訳がなかった。視線が集中して夏樹は恥かしくてしょうがない。
だがその視線の中に好奇心以上のものが含まれていることに夏樹は気付いていなかった。
「あの…今日は何処へ？」
夏樹は隣に座り笑顔を浮かべている美沙に聞く。
それにしても今の美沙は完璧に"男の子"である。服装も仕草も完璧である。
そんな美沙に見とれる女の子達もいる。夏樹も、何も知らなかったら同性（笑）と思っただろう。
「遊園地でも行こうかと思ってるんだ。いいかな？」
美沙はそう言って夏樹の顔を覗き込む。まるでキスをするように。思わず固まる夏樹。
「あ……！？」
次の瞬間、夏樹は絶叫を聞いたような気がして呪縛が解ける。
（何ぼんやりしているんだ…）
頭を振って周りを見渡す。しかし絶叫を上げた様子の人物は見当たらない。
「…？」
「どうしたの？」
いぶかしがる夏樹を不思議そうに見ながら美沙が聞いてくる。
「いえ…気のせいみたいです。」
曖昧に答え夏樹は考え込む。（何だったんだろう･･･？）
「ところで行き先は遊園地だけど、いいの？」
先ほどの質問を再びしてくる美沙。
「え…あ、はい。いいです。」
夏樹は考えを中断して答える。
（ま、いいか。それより…遊園地か…
先ほどの絶叫のことは忘れ、これからのことを考える夏樹だった。

ところでその絶叫を上げた当の人物は…
クリスは慌てて恵理香と裕香の口を押さえていた。じたばたする２人。
「もうあんた達は…バレちゃうじゃない。」
呆れて二人に言うクリス。
そう、それはクリス・恵理香・裕香のウェイトレス３人組だった。
夏樹の貞操を守る為というクリスの発案の元（実のところは単なる好奇心）、朝の夏樹の家からずっと追跡しているのだった。
ちなみに３人は隣の車両から２人を食い入るように見ていた。その姿は、はっきりいってかなり怪しかった。
「それにしてもいいムードよね。」
クリスのつぶやきを聞いてさらに暴れる２人。
じたばた、じたばた。
「ほらほら、静かに。」
更に強く二人の口を押さえるクリス。奇妙な３人組の監視は続く。
ところで夏樹を監視しているのはこの３人だけではなかった。例のＮＦＮのメンバーも別の所で夏樹を監視するのに加わっていた。

自分をそんな多数の目が監視していることに気付かず夏樹は相変わらず考え込んでいた。
（遊園地でデート…でもこんな格好でとは…）
夏樹だってデートを夢見たことは何度もあった。しかし自分が女装して相手が男装。
しかもそれが両方とも似合いすぎているのだ。どう考えても真っ当ではない。
「はぁ〜…」
深い溜息を付いてしまう夏樹。それに気付いた美沙が言う。
「どうしたの？デートなんだからそんな顔しないで。」
「そう言われても…あの…美沙さんはどうも思わないんですか？」
あまりにもあっけらかんとしている美沙を見て夏樹は思わずそう聞いてしまう。
何だか自分ばかり悩んでいるみたいで馬鹿らしくなってくる。
「何が？」
美沙は笑いながら答える。どうやらこの状況を全然何とも思っていないらしい。
「何がって…、…もういいですよ。」
夏樹は諦めたように言って窓の外に流れる景色を見る。
美沙はそんな夏樹を見て笑いながら言ってくる。
「まあナツキちゃんも楽しまないと…」
（そんな気にならないよ…）夏樹は心の中でぼやく。
まあ記念すべきファーストデートがこれでは、ぼやきたくもなるだろう。
そのうち電車がトンネルに入り、向かい合った窓に自分のバストアップが映る。
それは何処から見ても女の子の姿。そして傍らに座る男の姿の美沙。
何だか奇妙な感覚を受ける。
（これ…現実なんだろうか？）
何だか悪夢を見ているような気がする。もっとも悪夢としてなら夏休みのバイトから既に始まっていることになるのだが…

「憂いを帯びた表情もすてきですねナツキちゃん。」
「うん。」
考え込む夏樹に見とれている恵理香と裕香。
「……」
苦笑いするクリス。だがクリスは気付いていなかった。周りに恵理香達と同じ様に夏樹の姿に見とれている女の子達がいたことに……


車内アナウンスが遊園地のある駅に着くことを告げている。
まだ見とれている２人を促しクリスは立ち上がる。
電車がホームに滑り込んで行く。
「それじゃ行こうか。」
美沙も立ち上がり夏樹を促す。
「あ、はい。」
頷いて立ち上がる夏樹。電車は停止しドアが開くと他の乗客と共に降りる２人。
空は何処までも青く、爽やかな風が吹いていた。