疾走する光球。
それを追う一つの影。 何処とも知れない場所で、その追いかけっこは行われていた。 いや、ただの追いかけっこでは無かった。 時々双方から光が放たれ、それを双方が奇妙な紋章の障壁を発生させてお互いに弾いている。 弾かれた光は地面や木々に当たり爆発を起こす。明らかに戦っている、だが誰が何の為に? やがて戦いは双方動かずに光を撃ち合う状態になる。何時までも続くかと思われた戦いだが、追っていた影の方の様子がおかしい。 明らかに光を撃ち出す速度が落ちてきている。同時に相手の攻撃を防ぐ障壁が弱くなってきている。 そしてとうとうダメージに耐えられなくなったのか、その影は膝を地面についてしまう。 「く、こんなに力を付けているなんて。」 その影はローブを纏った20歳くらいの、金髪で碧眼の美しい女性だった。 しかしその美貌も増え続ける大小の傷で見る影もなくなってゆく。 「これ以上システムに損傷を受けたら、修復できなくなる。」 女性は焦っていた。彼女は与えられるダメージによって徐々に動けなくなりつつあるようだった。 「BTSが使えれば・・・・しかしこちらの世界でそれは望むべきもないか・・・あぅぅ!」 ついに相手の攻撃が女性の障壁を粉砕し、数十メートルもその身体を吹き飛ばし地面に激しく叩きつける。 『メインシステム損傷率、許容範囲を突破。緊急モード移行。全システム停止!停止!』 暫く地面の上で小刻みに震えていた女性は、そんな機械的な声を上げると動かなくなる。 その姿を見ていた光球は彼女が完全に動かなくなると、移動を開始する。が、その動きはふらふらしている。 どうやらこちらもダメージをまったく受けなかったわけではないらしい。輝きも心なしか鈍くなっている。 しばらく木々の中を彷徨っていた”そいつ”は、ある大木の中にすぅと消える。 だが先ほどの女性を含めそれを見ていた者は居なかった。沈黙がその一帯に落ちる。 ややあって動かなくなった先ほどの女性の身体が地面に吸い込まれるように消え始める。 暫くしてその姿は完全に消滅した。青いクリスタルで出来た六面体のペンダントらしき物を残して・・・・。 僕は魔法少女?僕はウェイトレス?・パラレル編 青い空の下、道を歩く3人の小学生達。傍目には女の子3人組に見える一行。
だがそのうち一人は何だか居心地の悪そうな顔をしている。それに比べ残りの二人は楽しげだ。 実はこの3人組、正確には女の子が3人というわけではないのだ。その内一人は男の子なのだ。 それが先ほどから居心地が悪そうにしている人物なのだが、その容姿を見る限り誰にも男の子には見えないだろう。 さらさらした髪、柔らかな曲線で描かれた目鼻、華奢な体格。横を一緒に歩いている本物の女の子と比べても遜色がない。 服装は半ズボンに黒っぽいシャツという格好なのに、どう見ても男の子の格好をした女の子にしか見えない。 その彼(彼女?)の名は木村 夏樹。緑山小学校の4年生だ。 幾らなんでもこの年になれば、男と女の違いが心身ともに出てくる頃だ。そしてそれぞれに別れ、別個の小さな社会を形作る。 だが、夏樹の場合は心(内面)は男として成長しているのに、身体(外面)はそれとは逆の方向に成長しているのだ。 お陰でクラス内での夏樹の扱いは完全に女の子だ。友人も女の子が多いし、常時女の子達のグループに入れられている。 もちろん学籍上は夏樹は男だから、授業は男として受けているが、教師さえ男女どっちにしたら良いのか迷う有様だ。 「そういえば夏樹ちゃんは、今度の休みはどうなさるのですか。」 一緒に歩いていた女の子の一人、腰まで伸びた髪、丁寧な喋り方という正にお嬢様な風貌の牧瀬恵理香が聞いてくる。 ちなみに彼女の家は街でも有名な名士の家なので、正真正銘お嬢様である。 「よかったら私達と遊園地に行かない?」 もう一人の女の子、セミロングで元気一杯な島崎裕香が誘ってくる。 この二人、クラスでも夏樹と特に仲の良い女の子達だ。 何時もこの3人で行動する事が多い、といっても二人に夏樹が引っ張り回されてるというのが正確なのだが。 「ゆ、遊園地?それは行きたいとは思うけど。」 年頃の男の子としては女の子達と一緒に行動するというのは恥ずかしいのだが、裕香と恵理香の方はまったく気にしてくれない。 まあ2人からすれば夏樹は仲の良い同性の(笑)友人という扱いだからしょうがないと言える。 「じゃ決まりね。楽しみだな。」 夏樹は承諾したつもりはないのだが、気の早い裕香はもう行くものと思っている。 恵理香は苦笑いしていたが、彼女も夏樹と一緒に遊園地に行く事は嬉しかったので、別に反対はしない。 「取り合えず詳しい話は明日でもしましょう裕香ちゃん。」 こうして夏樹の次の休みの予定は決められたのだった。そこに本人の意思はなかったのは何時ものことだ(笑)。 そのうち3人は何時もの公園の前に着きそこで別れる。3人にとってここが集合場所と解散場所(登下校時)なのだ。 「それじゃ2人とも。」 「ええ、ごきげんよう。」 「うん。また明日。」 挨拶を交わし別れる3人。裕香は小走りに、恵理香は優雅に、そして夏樹は少々疲れた感じで三方向に別れる。 「・・・ああ、今日も女の子として過ごしてしまった・・・。」 一人になった夏樹は呟く。 どうも疲れの原因は、身体的というより精神的なものらしい。とぼとぼと何時もの通り、公園の中を通って森の中に入る。 夏樹の家は、この公園に隣接する森(といっても大した物ではないが)を抜けた先にあった。 本来は公園を迂回して行くのだが、こちらの方が距離が短いので夏樹は余程の事が無い限りこのコースを行く。 「男の格好して言葉遣いも気をつけているのに、何で女の子扱いされるのかな。」 夏樹自身は男としての意識を持ち、言動を心がけているのに、何故周りは女の子として見るのか理解できないでいた。 でもそれは夏樹自身の容姿が最大の原因であるのだが、本人はまったく理解していなかった。 「まったくこれも母さんが・・・・・」 愚痴をこぼしていた夏樹の声がそこで止まる。何だか周りの様子がおかしいことに気付いたのだ。 それに何時もなら森を抜けるのにこんなに時間が掛からない筈だ。夏樹は今、先も見えないほどの森の中にいる自分を認識する。 「こ、これって?」 慌てて周りを見渡すが、鬱蒼とした森しか見えない。あの公園の森はこんなに深くないはずだ。 次の瞬間、戸惑う夏樹の周りを青い光が覆い、視界が真っ青に染められる。 『私の声が聞こえますか?』 狼狽する夏樹に誰かの声が話しかけてくる。でもそれは声だろうか?何だか頭の中に直接響いてくるような・・・・ 「誰?」 見渡すが、回りは真っ青な光のせいで何も見えない。 『良かった、聞こえるんですね・・・あの、驚かせて申し訳ありません。 私は個体コードBT−9000、シリアルナンバー09123−WE−430と申します。』 「ビーティー?シリアルナンバー?」 聞いた事のないアルファベットと数字の羅列に夏樹は混乱させられる。 『あ、すいませんでした。パーソナルネームはクリスと言います。そちらでお呼び下さい。』 夏樹の混乱した様子に気付いたその声が言ってくる。 「クリス・・さん?君は一体何処にいるの?」 相変わらず周りは青い光に満たされており、クリスと名乗った相手の姿を見る事は出来ない。 『残念ながら私はメインシステムの機能の90%を喪失している為、個体イメージを維持出来ません。ですからこの状態でコミュニケーションを取る事をお許し下さい。』 「はあ・・・・」 夏樹は相変わらず混乱したまま、クリスの言葉を聞いている。 『私はある”もの”を追ってこの世界に来ました。 一度は補足したのですが逃げられ、その際多大なダメージを受けてしまいました。』 「ある”もの”?」 『私と同じ人工知性体です。』 「?」 首を傾げる夏樹。 『貴方の世界で言うと、コンピューターに人格が備わったものとお考え下さい。』 「クリスってコンピューターなの?」 夏樹の疑問に答えたクリスの言葉に驚く。今までの受け答えからてっきり人間だと思っていたのだ。 『そうです。と言っても、あなた方の世界のものとは根本的に違うので、正確な比喩とは言えないのですが。』 夏樹はふと、マンガやドラマの中に出てくる人間のように振舞うことが出来るコンピューターを思い出す。 『私達も貴方達同様に自分で物事を考えて行動できます。ただ能力的には人間を超えます。 高い倫理観を持たされたうえに高度な能力を発揮するには、たくさんの制約が有ります。 しかし”あいつ”はそれを持たされていません。』 クリスの言っていることを夏樹は理解できなかったが、切迫した状況なのは何となく分かった。 『その為非常に危険な存在です。何しろ自分の思うがままにその能力を使い、周りにどんな被害が及んでも罪悪感を感じません。』 ボゥ 後ろにある樹木が光を発し始めたが、夏樹もクリスもそれには気付いていなかった。 『私はそれを捕らえる為派遣されたのですが、ダメージが酷く実行不能です。 救援を呼ぼうにも次元間通信システムが破損しており、それも出来ないのです。』 「そ、そうなんだ。」 夏樹は相変わらずクリスが何を言っているかよく理解できなかったが、深刻なことはその口調で分かった。 『このままではこの世界に重大な影響を与えかねません。ですから貴方に協力をお願いしたいのです。』 「協力って・・・何をすればいいの?」 誰か大人を呼んで来いとでも言うのだろうか?確かに子供の自分では何も出来ないだろうし。 『奴を捕らえる為に貴方の力を貸してほしいのです。』 「ぼ、僕が!?だって僕はまだ子供だよ?」 力を貸してくれと言われ戸惑う夏樹。 『貴方は私の声を聞くことができました。それが最低条件なのです。』 「最低条件?」 何で声が聞こえる事が最低条件になるのだろう?夏樹は不思議そうに聞き返す。 『私とコミュニケーションを取れると言う事は、貴方がBTSを使えるからです。』 「ビーティーエス?」 次から次と出てくる難解な言葉に夏樹は目が回りそうである。 『バトル・ツール・システムの事です。それを使えば奴に・・・』 ドン! クリスの説明を背後から響いてきた音が遮る。 「うわ!!」 思わず振り向いた夏樹は、倒れてゆく樹木とその前に浮かんでいる光球を見た。 『奴が・・・こんなところに潜んでいたの?!』 「これが・・えっ!」 夏樹が見ている前でその光球はみるみる大きくなり、何かの形を形成しはじめる。 やがてそれは鋭い爪と牙をもつ姿に変わっていく。 『そ、そんな!個体イメージを作り出している?』 「こたいいめーじ?」 『私のような人工知性体は、人間とコミュニケーションを取る為に人間と同じ姿形のイメージを作り出すことができます。』 凶暴な姿を取ろうとしている相手の前でクリスは説明を続ける。 『やろうと思えば人間型以外のイメージも作り出せます、といっても普通はプロテクトされているので出来ないのですが。』 「・・・・・・・」 『奴はどうやらそのプロテクトが外されているようです。これでは他のプロテクトも外されている可能性があります。』 今や目の前の”そいつ”は夏樹の数倍の大きさになり、形もさらに凶悪になっている。 「ど、どうするの!?」 その姿に夏樹は腰が抜けそうな恐怖を感じて叫ぶ。今やそいつの牙と爪は一撃で夏樹を切り裂けるほどだ。 『BTSを起動します。今から言う言葉を復唱して下さい。』 ギェェェ!! ”そいつ”は何とも言えない絶叫を上げて夏樹を見下ろす。その目は完全に獲物を捕らえている。 迫り来る恐怖におののく夏樹だが、もうこれはクリスの言うとおりにするしかないと腹を据えた。 「わ・・わかった。」 『蒼き風よ我が命に答えよ。』 「蒼き風よ我が命に答えよ。」 すると今まで周りを覆っていた青い光が夏樹の眼前の一点に集まり六面体のペンダントになる。 『起動コードを確認、対象者のパラメータをBTSに登録。』 突然目の前で起きた現象に”そいつ”の動きが止まる。 『トランスフォーム開始。』 その瞬間、ペンダントは青い光球に変わり、何時の間にか現れた杖らしき物に組み込まれる。 『それを掴んで下さい。早く!』 クリスの声に夏樹は目の前に浮かんでいる杖を掴む。すると身体が青い光に包まれる。 「な、何?」 『BU展開!』 身体を包んでいた光が消える。 「え?」 そして光が消えた後の自分の姿を見た夏樹が固まる。 「こ、これって?」 そこには右手に青い光球を付けた杖を持ち、白いジャケットに青いリボンを付けたシャツ・・そして足首まである白のスカートを履いた自分がいた。 「ス、スカート!?」 『来ます!』 一瞬パニックに陥った夏樹はクリスの声に我に返る。 ブォォォ! 凶悪な爪を振り上げ迫ってくる”そいつ”。その姿に夏樹は動けなくなる。 (やられる。) キィィーン! 襲ってくるだろう痛みを予想し目を閉じていた夏樹は、甲高い金属音に驚き、目を開ける。 爪は夏樹の上方で止まっていた。まるで何かに遮られたかのように。 『防御フィールドです。対象者に危険が及んだ場合に自動的に展開します。』 攻撃を弾かれた”そいつ”は夏樹から後退し、距離を保ち様子を伺う。 「それでこれからどうすればいいの?」 ”そいつ”から目を離さないようにしながら夏樹はクリスに尋ねる。 『攻撃する方法は有りますが、その為には貴方が命令コードを唱えることが必要です。』 「命令コードを唱えろって言ってもどうすればいいの?」 『それほど難しい事ではありません。すでに貴方の意識は私のデータバンクに接続されていますので、分かるはずです。』 距離を保っていた”そいつ”は再び攻撃を開始しようというのか、爪を振り上げこちらを睨みつけてくる。 『さあ、意識して下さい。そうすれば浮かんでくるはずです。そしてそれを唱えて下さい。』 ギェェェ!! 再び絶叫を上げ迫り来る”そいつ”。今度は二つの爪を左右から夏樹に喰らえようとする。 そんな中、夏樹は目を瞑り、意識を集中する。すると何かの言葉が脳裏に浮かび上がってくるのが分かる。 (これが命令コード?) 『今です!』 「ウィンドダガー!!」 杖を上に掲げ、夏樹は意識に上ってきたその言葉を叫ぶ。 ズシーン!! 夏樹に迫っていた”そいつ”を、見えない風の短剣が切り裂く。思わぬ攻撃に焦ったのか、その巨体はもんどりうって横の樹木に突っ込む。 「す、凄い。」 衝撃で倒れた樹木の下でじたばたする”そいつ”と自分が持つ杖を交互に見て夏樹は思わず呟く。 ボゥ・・・・ 凶悪な形をしていた”そいつ”は光ったかと思うと、最初の光球の姿に戻って行く。 『どうやらカオスも私との戦いでダメージを受けていたようですね。』 その光景を呆然と見ていた夏樹にクリスが言う。光球は明滅を繰り返している。 「カオス?」 『”そいつ”の名前です。カオス=混沌、とはぴったりな名前です。』 光球は明滅が止まり動かなくなる。それを見て夏樹は息をつく。どうやら終わったようだ。 『後はカオスを回収すれば終わりです。それにしても危うい所でした、貴方には何て言って感謝すれば・・・』 クリスがそこまで言った時だった。光球が再び光を取り戻し、被さっていた樹木を跳ね除けて空中に飛び上がる。 「ク、クリスさん!?」 『まだ動けるというの?』 動揺する二人の前で光球はさらに輝きを強めると夏樹に突進してくる。 「うわ!!」 思わず杖を前に掲げ目を瞑る夏樹。 ガキン!! 凄まじい衝撃音がする。驚きに目を開けた夏樹は、光球が再び防御フィールドに弾かれたのを見る。 『カオスは逃げるつもりです。』 クリスの言うとおり、光球は弾かれた後、夏樹から急速に離れようとしている。 『追って下さい、早く!』 クリスの声に夏樹は慌てて光球を追おうと足を踏み出した瞬間、光球から放たれた光が足元に刺さり爆発する。 幸い衝撃は防御フィールドで防がれたが、爆発が収まるまで一歩も動けなくなる夏樹。 『逃げられた・・・・』 クリスは悔しそうな声を上げる。夏樹は周りを見渡すが、既にあの光球=カオスの姿は無かった。 二人はしばし沈黙する。夏樹は落胆するクリスに掛ける言葉が見つからなかった。 『・・・・こうしていても仕方がありませんね、とりあえずBUを解除します。』 夏樹の身体を先ほどの青い光が覆う。 『亜空間フィールドも解除します。多少目眩がするかもしれませんがご心配には及びません。』 さらに強い光が夏樹の視界を奪う、まるで世界が光の渦に巻き込まれるような感じだ。 すっと見慣れた日の光が戻ってくる。夏樹は何時も通る森の小道の真ん中に立っていた。 「今のは・・・夢?」 あの光球=カオスとの戦いで樹木は倒れて地面のあちこちが穴だらけだったのに、周りにはそんな痕跡は残っていない。 『先ほどの場所は亜空間フィールドで囲まれた、いわば特異空間です。不必要な干渉を避ける為に私が展開していました。』 「クリスさん?」 声はするが彼女(?)の姿は見えない。いや、思い出してみれば最初から声だけで姿は見ていない。 『私は貴方の手の中にいます。』 言われた夏樹は何時の間にか手に握っていた物に気付く。それは青いクリスタルで出来た六面体のペンダントだった。 「これがクリスさんなの?」 『はいそうです。 まあ本来なら貴方と同じ形態をとるのですが・・・先ほど言ったように現在出来ません。ただこういうことはできます。』 ペンダントから光が上に立ち昇ると、やがてそれが女性のバストアップを形成する。 「わっ!」 その現象に驚く夏樹。それを見てクリスが微笑む。その微笑に見とれる夏樹。 (綺麗な人だな。) 金髪で碧眼の20歳代だろうか、かなりの美人だ。外見は兎も角(笑)、内面は男の子の夏樹はどきまぎする。 『ご協力を感謝します。とっさの事とは言え貴方には多大なご迷惑をお掛けしました。』 クリスはその美しい顔を曇らせて言う。 「それは良いんだけど・・・これからどうするの?」 『・・・・・・・・』 クリスは沈黙した。ややあって口を開く。 『カオスを捕らえなければなりません。奴はたぶんこの一帯の何処かに潜伏し、騒ぎを起こすでしょう。』 「でもクリスさんだけでは駄目なんでしょ?」 先ほどの話からすると、クリス一人ではあいつと戦えない。誰かがクリスと一緒に戦わないかぎり・・・ 『そう・・なんですが・・・』 苦悩するクリスを見て、夏樹は何処かで聞いた言葉を思い出す。 ─もしもの時に自分に出来る事が有るのなら、迷わずに行動しなければならない。─ 今がその時ではないのか。流される事の多い夏樹だが、責任感と人を思いやる気持ちは強い。 「クリスさん、僕が手伝うよ。」 だから迷わずに夏樹は言う。困っているクリスを放っておけない、それに自分には手助けする事が出来るのだから。 『それは助かりますが・・・しかし危険です。それに私にはそれに対するお返しもできません。』 「クリスさんが助けてくれるでしょ。それにこれは僕の意思だからお返しなんかいらないし。」 夏樹はクリスにそう言って微笑み返す。 『ありがとうございます。』 クリスは目に涙を浮かべ答える。 『そう言えば貴方のお名前をお聞きしてませんでしたね?』 公園に戻ってベンチに座った夏樹にクリスが聞いてくる。ちなみにここでは人の目が有るのでクリスのバストアップは消している。 「そうだっけ、それじゃ改めて自己紹介するね、名前は木村夏樹。近くに有る緑山小学校の4年生だよ。」 青いペンダントを手に持ち夏樹が答える。傍から見るとちょっと異様な光景かもしれない。 『夏樹さんですか、容姿に違わず可愛いお名前ですね。ああ、声を出さなくても念じるだけで会話できますよ。』 (そうなんだ、その方が良いね。ちょっと回りが気になるし・・・) 夏樹は苦笑いする。実は公園にいる人達の視線が気になっていたのだ。 ただし、夏樹と彼らの考えていることは違っていた。 夏樹はその奇異な行動ゆえに注目されていると思っていたが、 実際は可愛い女の子(笑)がペンダントを握ってベンチに座っている光景が絵になっているが故の注目なのだが。 相変わらず自分の容姿が周りに与える印象を取り違えている夏樹である。それがある意味悲劇(喜劇?)なのだが。 (でも可愛いってのは止めて欲しいな。僕には似合わないよ。) 男と自覚している夏樹にとって可愛いという表現は嬉しくなかった。 『そんなことありませんよ、夏樹さんはとても可愛い女の子ですよ。』 (へっ・・・?) 『でも、女の子なのに僕と言うのは止められた方がいいと思います。あ、でも似合わないというわけではなくて・・・・』 クリスの言葉を聴きながら、夏樹はとてつもなく嫌な予感を覚えていた。 それに今思い出したのだが、あの時着せられた服は確か・・・ (・・・ちょっと聞きたいことが有るんだけど、クリスさんは僕が女の子だと思っているの?) 『・・・あの・・違うのですか?』 絶望的な思いに囚われる夏樹。どうやらクリスも他の人たち同様に夏樹を女の子だと思っていたらしい。 どおりで服を変えられた時に下の方をスカートにされた訳だ。いや上着だって女の子向きの可愛い物だった。 『あの・・・もしかして男の方だったんですか。あ、あのすいませんでした、てっきり女の方だと・・・』 (いえ分かって頂ければ・・・何時ものことですし・・・慣れました・・・。) 疲れきった表情で夏樹は答える。 生まれてこのかた、初対面の人間に女の子に間違えられるのはもはや恒例行事だった。 (ですから先ほどの服装、スカートは止めて欲しいんですけど。) 取り合えずそれを変えてもらわない事には恥ずかしくてしょうがない。そう思って言ったのだが。 『申し訳ありません。今となってはBUの変更はできません。』 (え、それって何で?) 『BTSへのパラメータ登録時に、夏樹さんを女性としたのです。これはある条件が揃わないと解除できません。』 (条件って?) 『生命活動を停止した場合・・・つまり死んだ時です。』 余りの事に夏樹は固まる。それはそうだろう、事有る毎にあの格好をしなければならないと言われてるのだから。 (その服装、BUだっけ・・・使わないというわけにはいかないの?) 一筋の希望にすがって夏樹はクリスに聞くのだが・・・・・ 『BU、つまりバトルユニホームのことなんですが、これはBTSを使用する際に絶対必要なものなんです。 もしこれを着ないでBTSを使ったら、その力の反動で使用者の生命が危険に晒されてしまいます。』 (・・・・・・・・) 『そういう訳でBTSを使う為には、あのBUを使って頂くしかないのです。』 呆気なくその希望は消えていった。夏樹はショックでへたり込んでしまう。 『やはり駄目でしょうか?』 そう言えたらどれだけ良かっただろうか・・・しかし、夏樹はそれが出来ない性格だった。そして結局は流される(笑)。 (一度言った事ですからやります・・・でも本当にあの服装じゃないと駄目なんですか?) 『・・・・はい。』 何でこうなるんだろうと夏樹は思う。何で皆で寄ってたかって僕を女の子にするのだろう。何が悪いんだろう。 思考の深遠に囚われる夏樹だった。 ここに異世界からやって来た脅威と戦う一人の美少女戦士(笑)が誕生した。 その戦いがどうなって行くかは・・・・誰も知らない。 作者コメント「僕はウェイトレス?」の設定をモチーフに「変身ヒーローもの」をお遊びで書いてみました。本当は「魔法少女もの」にしたかったのですが、書いているうちにちょっと変わってしまいました。 続きは・・・書くかどうか決めていません。(2005/01/13) P・S タイトル変更、2作目を追加しました。(2006/01/23) |