人通りの絶えたビルとビルの間にある暗い夜道。だがそれは居た、ビルの壁際に張り付き真っ赤な目をぎらぎらさせて。
たたた･･･
その時、夜道を走る足音がして、一つの人影が現れる。
「見つけた、カオス！」
凛々しいが、まだ幼さが残っている少女のような声が発せられる。壁に張り付いていたそいつは、その声に警戒するように身構える。
やがて壁際まで駆け寄ってきた人影に、街灯の光が当たり、その姿をはっきりと見せる。それは･･･先ほど声の通り、まだ幼い少女だった。
白いジャケットに青いリボンを付けたシャツを着て、足首まである白のスカートにショートブーツを履いている。そして手には青い光球を付けた杖を持っている。
「ウィンドダガー！」
少女がそう叫び、杖を掲げると次の瞬間、壁に張り付いていた物の周りに、見えない何かが刺さる。だがその物は咄嗟に避け、地面に降り立つ。
ギェェェ！！
降り立った物、それはまさに化け物だった。大きさは大型犬並みで、鋭い牙と爪を持ち、少女に向けて咆哮を浴びせる。
「ウィンドロープ！」
その咆哮に一瞬たじろぎながらも少女は杖を化け物の方に突き出しながら叫ぶ。すると見えない何に絡め取られたように化け物は動けなくなる。
グェ！！！
化け物は何とか逃れようともがきながら口を大きく開け、少女に絶叫を浴びせながら、何か塊を吐き出して、飛ばしてくる。
少女は突き出していた杖を顔の前に引き戻すと、身構えながら言葉を発する。
「ウィンドプロテクト！」
バシィィ！！
化け物が飛ばしてきた塊は、少女の手前で何かに遮られ粉砕されるが、次の瞬間凄まじい光と爆発音を発生させる。
そして光と音は二人の間から周りに急速に広がり、街灯を激しく揺らし、ビルの壁を染めあげたが、唐突に消え失せる。
打って変わって静寂と暗闇に包まれた夜道に立っていたのは、先程の少女のみ。化け物の姿は消えていた。

「逃げられちゃった･･･かな？」
そう呟きながら周りを見渡す少女。顔には落胆の表情が浮かび、肩を落としている。
ちなみにあれ程の爆発を身近で受けたのに彼女には傷どころか、その服装に汚れ一つ付いていない。まるで爆発など無かったかのようだ。
それは周りの状況にも言える。これだけの騒ぎにも関わらず誰も姿を現さない。近くには光が灯された民家が多数あるのに、だ。
少女はため息を付くと、杖を見つめて呟く。
「ごめんクリスさん、また逃げられちゃったみたいだよ。」
すると杖にはめられていた青い光球が、ぼっと光り何かが空中に映し出される。
「いえ･･･夏樹はよくやってくれました。取りあえずこの近辺であいつが起こしていた事件はもう起こらないでしょう。」
浮かび上がったのは２０代くらいの、金髪で碧眼の美しい女性だった。リアルでまるで本当に生きているような映像だ。
「それだけでも良かったかな、でもこの格好やっぱり恥ずかしいなあ････」
自分の姿を見渡しながら夏樹はぼやく。まとわりつくスカートにほとほと困ってしまっているようだ。
「そうですか？とっても似合っていると思うのですが。」
「ク、クリスさん･･･何度も言うけど僕は男なんだよ。」
クリスの言葉にがくっとなりながら夏樹は言う。そう、こんな格好をしているがれっきとした男なのだ。
彼（？）の名は、木村夏樹。地元の小学校４年、一応男の子なのだ。しかし今のスカート姿からはとても信じられないだろう。
どうみても女の子にしか見えない。実はこの容姿が夏樹にとっては最大の悩みであった。そしてこれが原因で今の状態になっているのだから。

事の起こりは一週間前のクリスとの出会いに始まる。その日の学校帰りに夏樹は何時の間にか奇妙な森に紛れ込んでしまったのだ。
それはクリスが作り出した特殊な空間で、彼女は自分の呼びかけに反応してくれる相手をそこで待っていたのだ。
偶然そこに入り込み、クリスの呼びかけに応えた夏樹はその直後、彼女が追ってきた『カオス』と呼ばれる存在と遭遇してしまった。
そして『カオス』によって絶体絶命の危機に陥った夏樹は、クリスの言うままにＢＴＳを起動し、先程の姿に変身（？）したのだ。
初めて使うＢＴＳに戸惑いながらも『カオス』の撃退には成功したが、捕獲寸前に一瞬の隙を尽かれ逃亡を許してしまう。
その後クリスが『カオス』を追ってきた理由を知った夏樹は、彼女を手伝って『カオス』を捕まえる決意を固めたのだった。
ちなみに、このＢＴＳと言うのは、『バトル・ツール・システム』と呼ばれるもので、今夏樹が持っている杖の事を指している。
先程夏樹が化け物相手に使った魔法のようなものは、この杖、正確にはそこにはめ込まれた青い光球によってもたらされたものだったのだ。
そしてその青い光球こそ、今バストアップのみで空中に現れているクリスの真の姿なのだ。彼女はＢＴＳの中枢を司る人工知性体なのだ。
しかし『カオス』を追うことを承諾した夏樹も今の服装には困っていた。とは言えこれは普通（タダ）の服ではない、ＢＴＳを扱うために絶対必要なものなのだ。
通称『ＢＵ』、バトルユニホーム＝戦闘服である。クリスの話によればＢＴＳの発する力を効果的に発揮させる役目を持つらしい。
これが無ければＢＴＳを扱う事が困難になるだけでなく、能力が発動した時の反動に耐えられない。だから身に付けないわけにはいかないのだ。
それならきちんと男物にすればよかったのだが、クリスが夏樹の性別を勘違いし、今の『ＢＵ』を設定してしまったのだ。しかも設定変更不能というおまけ付き。
これにより夏樹はＢＴＳを起動する度に、この衣装に変身する羽目になったのだ。一方のクリスもこの状況には困惑を隠せないでいた。

「それは分かっているのですが･･･」
最初夏樹に会った時、センサーからもたらされた情報を分析したクリスのシステムは、９８％の確率で彼を『女性』と判定したのだ。
いくら『カオス』との闘いで全システムの大半が作動不能に陥っていたとはいえ、人間の性別という基本的な事を間違えたことにクリスはショックを隠せない。
人間の識別では高い能力を持つ人工知性体も、夏樹のような容姿は想定外だったようである。まあそれだけ彼が”女の子”らしかったという事なのだが。
「もういいよそれは。それより帰った方が良いよね、家を黙って抜け出してきたし。」
この問題にあまり触れたくない夏樹はそう言って話を打ち切ると、杖を掲げて解除の呪文（？）を唱える。
「蒼き風よ、我を元ある姿に････」
『コード確認。ＢＴＳ解除シークエンス開始。』
空中に浮かび上がっていたクリスの映像が消え、その代わり機械的な声が蒼い光球から響く。すると蒼い光が夏樹の全身を上から下へ走ってゆく。
すると先程まで着ていた服が消え、黒のスラックスに白いＴシャツという服装に変わってゆく。一方、光球は杖から外れると形を変え始める。
どんどん縮んでいって、やがてそれは六面体のクリスタルになると、先程の杖が鎖となって繋がり、ペンダントとなって、夏樹の手のひらに収まる。
『亜空間フィールド停止。』
その声で静寂に包まれていた夏樹の周りに様々な喧騒が戻ってくる、それまで何かに遮られていたのが開放されたかのように。
実は夏樹達は戦いの最中、関係ない人々の介入を防ぐ為に、この場所を他所から隔離していたのだ。まあ一種の結界と言えるかもしれない。
亜空間フィールドでこの場所を通常の時空間から切り離して･･･と言う説明を受けたが、夏樹にはまったく分からなかったのは言うまでもない。
兎に角夏樹はペンダントを首に掛けると、家に戻る為歩き始める。あまりぐずぐずしてはいられない。子供が出歩くにはちょっと遅すぎる時間だからだ。
それに認めたくは無いが、こんな格好をしていても夏樹は女の子に見られてしまう傾向があるから、余計目立ってしまうのだ。
正直いって夏樹は、着ている服は男物の筈なのにどうしてそう見られてしまうのか納得が出来ないでいるのだが。まあ容姿故の悲劇（喜劇？）と言えるだろう。
ちなみに周囲の監視ついでに夏樹を見ていたクリスも、外見的データを見た限りでは、周りから女の子と認識されるのは避けようが無いと判断していた。
そしてどうしてもこう結論せざるを得なかった。今着ている服より、先程の『ＢＵ』の方が可愛かったと。本人にはとても言えない結論であったが。
何とか見つかることもなく家にたどり着いた夏樹は足音を忍ばせて自分の部屋に向かう。今、家には母親しか居ない、父親は単身赴任中だからだ。
その母も何時も早くに寝床に入るので、密かに出入りするのは難しくない。とはいえ不意に起きてくることもあるので夏樹は慎重に行動する。

「・・・ふ〜う。」
部屋に入り一息ついた夏樹は、Ｔシャツの下に入れていたペンダントを取り出し、机の上に置くと、パジャマに着替える。
「お疲れ様でした夏樹。そういえば明日は出掛けるのでしたね。」
机の上に置かれたペンダントからクリスの声がそう訊いてくる。夏樹はベッドに腰を下ろしてカレンダーを見ながら答える。
「うん。友達と遊園地にね･･･行くのは女の子ばかりだけど。」
少々憂鬱そうに言う夏樹。この年齢の男の子としては女の子と一緒にというのはやはり恥ずかしいものがあるのだ。
もっとも、その女の子達側には”男の子と遊びに行く”という意識は無い。夏樹は彼女達の間では完全に同性扱いだからだ。
その完璧（？）な容姿の為に夏樹は同性である筈の男の子達からも、”女の子”と認識されている。まあそのお陰で虐めなど起きないのだが、本人にとってはそれは慰めにもならないだろう。
ちなみに明日の遊園地行きは、クラスで親しい女の子の友達（笑）の二人に半ば強引に決められたものだった。
「・・・明日、土砂降りにでもなって中止にならないかなあ・・・。」
夏樹はふとそう漏らす。夏樹にとって気が進まないことなので、何とか回避したいところではあるのだが。
「その可能性はないですね、明日は絶好の行楽日和でしょうから。」
クリスは気象データを基に答える・・・事務的ともとれるような答え方なのは、人工生命体であるクリスにとって人間が持つ微妙な感情は想像できないからである。

「はあ・・・」
こればっかりは、どうすることもできない夏樹であった。

作者コメント

第１作より１年ぶり、その続きでもある第２作目を追加しました。
実はこの話、だいぶ前から既に作り始めてはいたのですが、途中で執筆を止めていた作品です。
どちらかというと今回は、第１作の後日談みたいな感じで短いお話です。このままお蔵入りしようかと思ったのですが載せてみました。この続きは・・・書くかどうかはまだ決めていません。（2006/01/23）