魔狼剣・飛雷

「…そうだったよな、ライ」
「そうだな」
大木を懐かしそうに見上げながら過去の事を思いだしていた隼人とライ。
「隼人、どうしてこの木が未だに倒れないか、わかるか？」
突然ライは隼人に向き直ると、真剣な口調で隼人に尋ねた。
「いや、全然。でも不思議な木だよな」
「…この木はオレ達一族にとっては神聖なる『降雷の儀式』が行われる場所…。元々、妖しの能力が宿っている木だった…」
「え？」
ライが自分の一族のことを話し始めた。
「オレの一族─魔狼族─は雷力術を源にした妖魔の一族なんだ」
「ちょ、ちょっと待って。それって…」
隼人は自分でもあまり鋭いとはいえない頭脳をできるだけ早く回転させた。
「まさかとは思うけど…妖怪が出る噂の元って、ライの仲間…？」
「妖怪とは失敬なっ」
ライはかなり憮然とした表情を見せた。
「あ、いや、ゴメン」
「…ま、下等な人間から見れば、そう見えなくもないかもな」
一人納得したライは言葉を続ける。
「それで、オレもあの時儀式を受けてたんだ。そしたら、余計な人間のガキに邪魔されてな」
「オレのことか？」
その時の隼人のあまり罪悪感のなさそうな顔に、ライは少し頭にきた。
「ああっ。おまえのせいで儀式は不完全になるわ、もうこの場所は使えなくなるわ、惨々だよっ」
ライは牙を剥きだして隼人に向かった。
傍目から見れば、犬が少年に唸りをあげているようである。
「わ、悪かったよ。悪かったからそんなに吠えなくても」
「わかればよい」
ようやくライは唸りを鎮めた。
「でも、まさかそんなことやってたなんて思わなかったし…」
そう言う隼人を尻目に見ながらライは溜め息をついた。
「おかげでオレはおまえと離れられなくなってしまった…」
「そんなに大事な儀式だったのか？」
と言いながら少し狼狽気味になる隼人。ライはそれを見て少し気持ちが落ち着くような感じがしていた。
「………ま、いいか。オレは結構おまえのことも今の生活も気に入ってるからな」
ライは隼人に笑顔を見せた。…その顔が隼人にとっては変な顔に見えたので、どう対応したらいいかわからなくなった隼人。
「あ、それはどうも…」
とりあえず愛想良く礼を述べた。

「ところで、これからどうするんだ？親父の加勢にでも行くのか？」
「あ…ああ…」
隼人は実はそのことでずっと悩んでいた。
自分のこの未熟な剣術の腕なら父の足手まといになるのではないか、それなら、今は父の言うとおり逃げた方がいいのか、と。
「あの村長を期待するならやめときな。何だかんだ言っても、結局、一族の使命よりも自己保身の道を選んだようだし」
ライもそばで助言する。
「わかってるよ、そんなこと」
「それに、あの日下部とかいう奴、あれは只の人間じゃないぜ。
オレの鼻にはピンと来た。」
「え？」
隼人にはライの言葉の意味がよくわからなかった。
「…そう言えば、おまえ、ずっと吠えてたっけ。やっぱり強いってことか？」
「愚か者っ。どんな強い人間でもこのオレ様に適うものかっ、
…ただの人間なら、なおさらな」
「どういうことだ？人間じゃないって…こと？」
ライはますます神妙な顔つきと口調になった。
「いいか、隼人。はっきり言っておく。よく聞けよ」
険しい顔で隼人に詰め寄るので、隼人は思わず後ずさりした。
「奴らは妖怪だ。しかもかなりの高級位だとオレは見ている。
おまえの親父がどんな剣豪であろうと、勝ち目はないと思うぞ」
「そんな…」
「あと、綾女さんのことも」
「綾女さんも？」
綾女の名前が出たので、隼人は思わずライに詰め寄った。ライはさらに話を続ける。
「ああ、奴らの企みか何かは知らんが、彼女が何をされるかわかったもんじゃない」
「じゃ、じゃあ、どうすればいいんだ？」
「立ち向かうというのなら、力を貸してやらんでもない。
オレとおまえが力を合わせ、本来の能力を発揮すれば、勝算はある」
「本来の…能力？」
ライは大木を再び仰ぎ見た。
「『降雷の儀式』ってのは、一族の能力を最大限に増幅させるものだった。
だが、不完全に終わったために、本来オレに注がれる魔力がおまえにも少し流れこんだんだよ」
ライは隼人に向き直り、詰め寄る。
「…これがどういう意味がわかるか？」
「オ、オレも妖怪になったってことか？」
ライは隼人の答えに落胆を通り越して激怒した。
「だからーっ、オレは妖怪じゃないと言っとろうが。頭の悪い奴だなー、まったく」
「ゴ、ゴメン」
「まあ、人間に理解できる話ではなかろうと薄々思ってはいたがな」
ライは隼人に自分の尻尾を向けて話を続ける。
「おまえの魔力はその右腕に封印されている。だから右手でオレの尻尾を掴め。そうすれば封印が解け、二人の力を合わせることができる」
「バカ言うなよ。ライも知ってるだろう、オレの右手は動かないって…」
「それは封印されているためだからだ。オレの身体におまえの意志が流れることこそが封印を解く鍵となる」
隼人は自分の右手を見た。
”本当に動くのか？オレの右手…”
ライは尻尾を隼人の右手に近づけた。
「どうする？隼人。あとはおまえの意志次第だ。おまえの意志をオレの身体に直接感じさせろ」
「う…」
隼人は躊躇した。
自分の右手が動くような気がしていたが、それも気のせいではという気持ちの方が強くて勇気を出せないでいた。
「怖いとか、彼らを見捨てるつもりなら、それでも構わないがな。
人間どもがどうなろうとオレの知ったこっちゃない。
ただ、おまえも男ならどっちにするのかはっきり決めてくれ」
ライにそう言われてもまだ勇気が出ない。
確かに、ライの言うとおり、尻尾に触れれば右手が動くかも知れない。
だが、それは同時に妖怪達と闘うという選択をすることにもつながるだろう。
隼人にとっては『もしかしたら、もう後戻りできないかも知れない』ということも意味していたのだ。
決断を下せない隼人にしびれを切らしたライは、いらつき始めた。
「ああああ、もおー。綾女まで見捨てるつもりじゃあるまいなあ？！」
ライの言葉で隼人の脳裏に綾女の笑顔が浮かんだ。
─綾女さんを失いたくない─
その想いが、隼人に自分自身を納得させるように頷かせる。
それを見るライにも隼人の決意が届いた。
「ようやく決心したか、世話やかせやがって」
「ライ…、オレの意志を受け取ってくれるか？」
「だから、さっさとやれってんだ」
一人と一匹はお互いに頷いた。
”動け、オレの右手！”
隼人は何とかライの尻尾に触れようと努力する。
すると、右腕が自然にライの尻尾に吸い寄せられるように動いた。その動きは、まるで右腕自身が意志を持ったかのようだ。
そして、指先がライの尻尾に触れる。
「あっ！？」
ライの尻尾の先が目映いばかりに光った。
一瞬、隼人の視界が真っ白に染まった。あまりの眩しさに思わず目を閉じる───




「おい、いつまで目をつぶってるんだ？」
ライの声に隼人が目を開けると、隼人の右手に大きな刀剣が握られていた。
「オレ…刀を持ってる…？」
右手の指を開いたり閉じたりしてみた。
”･･･動く？”
刀剣を持った右手を挙げたり下げたりしてみた。
”動くぞっ”
自分の右手が動くことに喜びを隠せない隼人。
「あれ？そういえばライは？」
気づくと、目の前にいたはずのライがいなくなっている。
「ライ？どこに行ったんだ？」
「ここだよ」
「ここ？」
回りを見回す隼人。
「ホント鈍いな、おまえも。ここっていったらここ。
おまえの手の中」
右手に握られた刀剣の中からライの声がする。
「おまえ…刀になったのか？元に戻れないってことは…？」
「ご心配無用。ところで、今すぐ奴らの城に向かうのか？
それとも、何か作戦でも考えて…？」
隼人は首を横に振る。ライはやっぱりというように言葉を続けた。
「…と、おまえに期待しても何も出ないか…」
「ライ、どういう意味だよ？だいたい、急にこんなことになって作戦も何もないだろ？」
「まあまあ」
そう言いながらライは元の犬、いや実際は狼の姿に戻った。
「じゃ、オレの意見を言おう。
まず、おまえの親父の安否だがな、たぶんしばらく無事だな」
「たぶん…って、そんな曖昧な」
「確証はあるさ。おまえに渡されたその紫の包みだよ」
「これ？」
村長から渡された紫色の包みを見た。紫地の布に白で葉模様が書かれている。
「その模様、柴宮家の家紋だろ」
「ああ、父上から聞かされていた模様と同じだからな。これが何か？」
「うむ。その家紋もそうだが、その包み、二重になっていないか？
布切れにしちゃ分厚い感じがするんだが」
「え？」
包みの布をよく調べてみると、中に何か薄くて硬いものが入っていた。それを取り出してみる。
「金属の…板？」
手の平に収まりそうなぐらい小さな金属板には文字と何処かの地図のようなものが刻まれている。
いずれも不明瞭でどんな内容が書かれているかはっきりしない。
「何だろう？これ。宝の地図か何かかな？」
「それを江原が狙っているとしたら、その在りかを知っているおまえの親父を生かしておくかも知れんだろ」
「これがオレの手にあるうちは、父上は生きている可能性があるってことか」
隼人は手にしていた金属板を握り締めた。
「そう。もう一つは隼人、おまえの存在だよ」
「オレ？」
「江原が柴宮家の関係者をすべて根絶やしにしようとしているのなら、おまえの親父を囮に使うことも考えられる」
「オレをおびき出すためだな…」
隼人は胸の鼓動が高まってくるのを抑えきれなかった。
”自分は狙われている”
その言葉が真実味を帯びて隼人の身に迫っていた。
初めて日下部に出会った時の彼に対する視線が、恐怖に変わっていく。
不安が一気に隼人の心に押し寄せた。
「ライ…、オレ一人でできるのかな…」
弱音を吐く隼人。
「一人じゃないだろ、心配するなって」
ライもそんな隼人の心を見逃さなかった。隼人の足元に寄り添って、勇気づけるように力強く声をかけた。
「このオレ様がついているからな」