魔狼剣・飛雷

村長に追い出されるように村をあとにする隼人とライ。
家紋のついた紫色の包みの中は、わずかばかりの大判小判、そして小振りの木刀だった。
「オレが子供の頃、剣術指南受けてた時に使っていたやつか・・・。
・・・今さらこんなものでどうしろっていうんだ・・・？」
隼人は自分の右腕を見た。
彼の右腕は肘から指先までがまったく動かない。まるで赤茶色の蛇が腕を走っているかのような大きな傷跡。物を持つにもその支えになるぐらいしか、彼の右手は機能しないのだ。
「・・・・で、これからどうするんだ？」
「え・・・？」
隼人は突然の呼びかけに振り向いた。だが、周りを見回しても誰もいない。
若くとも年老いているともいえるその声の主にまったく聞き覚えのない隼人は、警戒心を強めた。
「どこ見てるんだ？ここだよ、ここ。おまえの足元だよ」
「足元？」
足元にいるのは犬のライしかいない。
「ま、まさかな・・・」
隼人はライの顔を覗きこむ。その瞬間ライが、目を閉じて頷いてからニィッと笑った。
「今の声・・・ライ？！」
「ご名答〜・・・って、ようやく気づいたか、愚か者が」
ライの態度はかなり大きい。
「おまえ・・・いったい何なんだ？」
「まあ、ついてこい。話はそれからだ」

朽ち果て縦に真っ二つに割れてはいるが、なぜか倒壊しないで立っている巨大な木。
その木の下で、隼人とライは見上げるようにたたずんでいた。
「覚えているか？隼人。この木の中でオレたち出会ったんだよな」
「ああ。・・・５年前だったな」
隼人は、あの日のことを思い出していた。雷に打たれて右腕が動かなくなった日のことを・・・。

§　　　　　§　　　　　§　　　　　§　　　　　§

「隼人っ、何だ、そのへっぴり腰はっ」
その日の午後、村里離れた山の中。
ここは、夜になると妖怪が出ると噂され、村人は誰も近づこうとはしない場所。
雨が近いのか、空は厚くおおわれ怪しい雲行きとなっている。
辺りは夕刻前というのにかなり薄暗い。
父から学ぶ剣術の修行は、いつにもまして厳しかった。
父の主君であった柴宮氏の命日が近づいていたからかもしれない。
だが、まだ幼き隼人にはそんな都合などわかるはずもなかった。
「ち、父上、もう嫌ですっ」
思わず握っていた木刀を放り投げる隼人。
「何ぃっ、そんなことで一人前の武士になれると思っているのかっ。こんなことでは、亡き殿の仇・江原は討ち取れんぞっ」
他の仲間を失った父にとっては、隼人が残された唯一の同士であった。
”仇討ちが出来るのは、もはやこの二人しかいない、なんとかしなくては”
そんな感情に支配された男は、隼人のことを自分が守るべき息子とは思えなくなっていった。
何のためらいもなく、自分が持っていた木刀の先で隼人の肩を押す。
「ほれっ、もう一度っ」
「父上っ、僕たちしかいないのに、どうやって江原を討てとおっしゃるのです？」
「だから強くなるのだ。多くの弱者より一人の強者が勝利を勝ち取れることもある。
それがわからんのかっ」
「わかりませんっ」
隼人はそのままその場を走り去った。
「ま、待て、隼人っ」
父が呼び止めるのも聞かず、隼人は山の奥へと消えてしまった。
折りしも、空からぽつりぽつり雫が落ち始める。遠くで雷鳴も響いてくる。
「やはり降ってきたか。これは・・・荒れるな」
そうつぶやいた男は、隼人が消えた方向へ歩き始めた。

案の定、それから間もないうちに雨が激しく降りはじめた。
隼人は巨大な木の窪みで雨やどりをしていた。
雷鳴は、その大木に近づくかのように徐々に大きくなっている。時折、まぶしい光を発する。
「・・・父上はご病気なんだ・・・だから僕につらくあたるんだ・・・」
隼人の目には涙が浮かんでいる。
幼き彼には、今までの修行がつらすぎたのだろう。それとも雷が怖いのを我慢しているのか。

（ぴかー、ごろごろ）

「うわっ」
ものすごい雷鳴に思わず耳をふさぎ身を丸くする。その時、彼の背後でかすかに鳴き声がした。
（くぅぅぅぅーん、くん、くん）
「あれ？」
隼人の背中に暖かい小さなものを感じる。
後ろにはいつの間にそこにいたのか、子犬が丸くなっていた。
子犬の目はどうやら隼人を警戒しているようなのだが、小さいためか全く迫力がない。
「ごめん、ごめん。おまえも雨やどりかい？」
隼人が狭い中で子犬を抱えた瞬間─

（どごおぉぉぉぉぉぉぉぉん）

隼人の目前が真っ白になった。彼の右腕に激痛が走り、その痛みで気を失う。
そして、彼の意識が戻ったのは、それから一週間後、自分の家の中だった。
父が心配そうに顔を覗きこんでいる。
「・・・父上・・・」
「何も言うな・・・」
そう一言言うと、悲しい顔で首を横にふった。
隼人は自分の右手の感覚がなくなっていることに気づいた。
そしてそばには、あの子犬が額をケガした姿で悲しげに鳴いていた。

隼人の髪の色は銀色に変色していた。右腕も神経をやられたのか動かなくなっていた。
父はなんとか隼人の右腕が使えるように治そうとしたが、これ以上の回復は見込めなかった。
「もはやダメか・・・」
父は隼人の修行をあきらめざるをえなかった。
そして隼人には、村人たちの好奇な目が待っていた。