「遠藤麻耶です。西中から来ました。好きなことは･････」
教室の中で、真新しい制服に身を包んだ少女達が座っている。
そして今その少女達は順番に立ち自己紹介をしている。

郊外に建つこの有名女子校では今日入学式が行われた。
その入学式を終えた新入生は、これから一年を過ごすことになる教室に入り、
クラスメイトとしてこれから一緒に学校生活を過ごすことになる者達と対面しているところだった。
「はい、ありがとう遠藤さん。それじゃ次の方。」
担任の女性教師は出席簿を確認しつつ促す。
次に立ち上がった女生徒を見て担任の教師や生徒達が一斉に溜息を漏らす。
何しろ腰まで伸びた美しい黒髪と碧色の瞳を持つ、神秘的で神々しい美少女だったからだ。
「初めまして、神城綾と申します。以後よろしくお願いします。」　
周りからの視線に困惑しながらも彼女は自己紹介を続ける。
「中学はＦ県です。この学校に進学する為に親戚の家に下宿させてもらってます。」
しーんとする教室に響く声は、その姿同様、聞く者の心を神聖な気持ちにさせる。
だが喋っている本人は恥ずかしくてしょうがなかった。

それは注目されているというだけではなかった。自分が女の子の格好をして女子高にいることだったからだ。
といっても女装しているわけではない。身体的にいえば完璧な女の子だ。
だが一ヶ月前までは男だった・・・信じられない話だが本当にそうだったのだ。
”彼”を”彼女”に変えてしまった原因。
それは下宿している親戚の家に関係あった。

「大変だけどがんばりなさい神城さん。では次。」
次々と行われる自己紹介を聞きながら綾はため息を付く。それがまたクラスメイト達の注目を集めることになっているのだが。
生徒達の自己紹介が終わり、担任から諸注意が伝えられ、その日は終わった。
「ふ〜う。」
緊張感から開放されて綾は伸びをすると、カバンを持って立ち上がる。そんな彼女に話しかけてくる生徒がいた。
「あの神城さん、良かったらご一緒に帰りませんか。」
綾の前に自己紹介した遠藤麻耶という生徒だ。
「えっと遠藤さんですよね。でもどうして私と？」
「はい、神城さんの下宿先と私の家は近所のようですし、色々お話したいと思いまして。」
活発な印象のショートカットの少女だった。
「ご迷惑でしたか？」
「いえ、そんなことは････。私は構いませんけど。」
綾としては一人で帰りたいところだが、せっかく誘われているのを断るのも悪いと思い承諾する。
「それではまいりましょう。」
優雅に一礼して教室を出てゆく麻耶。伝統的な女子高だけあって、在籍する生徒は誰もがお嬢様だ。
やっていけるんだろうか？クラスメイト達にぎごちない挨拶をしながら綾は麻耶の後を追って教室を出る。
もっとも本人は気付いていないようだが、綾自身も容姿だけならそんなお嬢様達に負けていないのだが。


「すると神城さんはお家のご都合でこちらにお一人で来られたわけですか。」
下駄箱（これもやたらに豪華だった）から学校指定の通学用靴を取り出し、履き替えながら二人は会話している。
「ええそうなんです・・の。」
やたら丁寧な言葉使いに戸惑いながら綾は靴を履き替え終えると、麻耶と共に校門へ向かう。
周りには綾と同じ制服に身を包んだ少女達が歩いている。
（うーんやっぱり場違いだよ僕が居るのは･････）
この地方では知らぬ者の居ない、西園寺女子学院。開校は明治に遡ると言われる学院だ。
二人は校門を出ると、バス停前にいる他の学生の後ろに並ぶ。このバスを使う学生は全校生徒の半分くらいだ。
残りは車による送り迎えだ。さすが県内外のお嬢様が通うといわれる学校だけのことはある。
やがて来たバスに乗り込む綾と麻耶。ちなみにこのバス、学院生徒専用車で駅までの直行便だった。
よって運転手を除けば乗っているのはこの生徒だけということになる。
また車両はかなり大型で、便数も多いので混むこともなくゆったりと乗れる。お嬢様学校はバス通学も優雅だ。
もっともそのお陰で綾としては落ち着かない。何しろ周りは女性ばかりだ。つい最近まで男だった身としては辛いものがある。
バスの中で綾は麻耶と話をする。と言っても麻耶が主に聞き役で、綾はそれに答えるという感じだったが。
「それじゃ綾さんも巫女を？」
「ええそうなんです麻耶さん。」
何時の間にか呼び方も名前で呼び合うようになっていた。綾としては恥ずかしいのだが麻耶にそうするように言われたのだ。
ちなみに会話に出てきた巫女云々は、綾の下宿している親戚の家がこの辺では有名な神社であるからだ。
「神北の巫女といえば、近隣の女性達には憧れの存在ですわ。うらやましいです。」
「そ、そうなんですか。」
うっとりした表情を浮かべる麻耶に対し、綾は引きつった表情になる。別に好きで巫女になったわけではないのだから。
綾が巫女をすることになったのは、身体が女性になったことと深く関係しているのだ。
やがてバスは駅に到着する。二人は降りると連れ立って駅前の町並みを通って行く。
歩きながら会話を続ける綾だが、周りから集まる視線が気になってしまう。まあそれも無理は無いだろう。
二人とも西園寺女子学院の制服である青のセーラーカラーに赤いタイのセーラー服を着ているのだ。
何しろ西園寺女学院といえばこの辺ではとても有名な学院だ。ただ綾が注目されるのはそれだけでは無い。
今では数少なくなったセーラー服姿のそれも飛びっきりの美少女なのだから。もっとも本人は戸惑うばかりだが。
駅前の街並みを抜けると、自然の残る住宅街になる。ここは古くからの住民が住む地区なのだった。
「それでは私はこちらですので。失礼しますね。」
「はいこちらこそ、失礼します。」
街外れに続く分岐点で二人は挨拶を交わして別れる。麻耶は街の中央付近にある自宅へ向かい、綾はそのまま道を進む。
そしてその先にやがて赤い鳥居と古めかしい石段が現れる。そこはうっそうとした森に囲まれた神聖な場所。
ここが綾が下宿している親戚の家であり、この辺一帯の神事を司る『宮内神社』である。
「お帰りなさい薫、いえ綾ちゃん。」
石段を登り境内に入ったとたんに声が掛けられる。視線を向けるとそこに立っていたのは、白衣に赤い袴を身に着けた女性だった。
「ただいま慧さん･･･」
この宮内神社の巫女であり、綾の二つ上の従姉妹で学院の先輩でもある神北慧だった。
まだ高校生ながら、『宮内神社』の最も重要な神事を担う一人だった。ちなみに『だった』と言うのは今はもう一人いるからだが。
他ならぬ綾がそうだからだ。二人は『宮内神社』の巫女の中では二人しか居ない特殊な能力の持ち主達だ。
「入学式はどうだったかしら？」
微笑みながら慧さんが聞いてくる。彼女は箒を持っている、どうやら境内を掃除していたらしい。
「･･･緊張しました。だって女性しかいないですから。」
「そりゃ女学院だからね。」
西園寺は生徒はもちろん、教職員も全て女性という学院だった。
「それは聞いていましたけど･･･やっぱりきついですね。」
綾はため息を付く。女性初心者（？）の彼女にはしんどいものがあったようだ。
「まあ早く慣れるしかないわね。」
と、そんな綾を見て慧は苦笑いしていたが、ふと表情を引き締めると言う。
「あ、帰ってきて早々に悪いんだけど、すぐに着替えて神殿に来て欲しいんだけど。」
「今日も御神刀の扱い方のレクチャーですか？」
「そうよ、貴女も早く慣れないとね。妖（あやかし）は何時出るか分からないしね。」
綾は更に深いため息を付く。
「やはりやらないと駄目ですか？」
「やらないと駄目でしょうね。」
慧の言葉に更に深いため息を付く綾だった。