そもそも神城綾、いや本名・神城薫がこんなことになってしまったのは、丁度一ヶ月前にここ『宮内神社』に来た時に遡る。

「ふーう、やっと着いたよ。」
改札口から出てきた薫はほっと一息ついて周りを見渡す。Ｉ県桜木市。薫にとってはこれから生活の基盤になる街だ。
「そう言えば、慧さんが迎えに来てくれるだったんだよな。」
この街に来るのは５年ぶりの薫の為、従姉妹の『神北慧』が来てくれることになっていた。
「慧さんと会うのは久しぶりだな･･･確か最後に会ったのは小学生の時だっけ。」
当時彼女は中学生。年上のお姉さんにほのかな思いを抱いていた事を思い出す。彼女はそのころから美人だった。
今は１８歳、『宮内神社』で既に巫女として働いている筈だ。それも高校に行きながら････
「薫･･･君？」
綺麗になっただろう従姉妹の事を考えていた薫は、涼しげな声に我に返る。振り向くと一人の女性。
トータルネックのセーターと膝丈のスカートを履いたその女性は、５年前の姿と大分変わっていたが、すぐに誰だか思い当たった。
「ええ慧さん、お久しぶりです。」
「やっぱり･･･本当に久しぶりね薫君、元気だった？」
今の彼女は５年前の清楚で落ち着いた雰囲気が更に増して、目の冴える美人のお姉さんになっていた。
「はい元気にやってます。あ、これからよろしくお願いします。」

僕は地元のＦ県から桜木市にある高校へ進学する為、３年間彼女の家でお世話になるのだ。
「はいこちらこそ。それじゃ行きましょうか。」
彼女と共にロータリーを抜け郊外へ向かう。僕が下宿する家は駅から歩いて２０分位の所にある。
「･･･それにしても薫君、ますます可愛くなったね。最初見たとき女の子かと思ったわ。」
慧さんのその言葉に僕はがくっとなる。彼女はにこにこしてそんな僕を見ている。
そう自分で言うのも何だが、僕の容姿はその年の男にしては･･･貧弱だった（泣）。
体型は小柄、肩も撫肩で、手足には余分な筋肉が付いていないせいかとても細い。しかも体毛が生えて無いせいかスベスベだ。
顔つきだってぱっちりした目鼻立ちのせいで、逞しさとか精悍さとは無縁だ。おかげよく女の子に間違えられる。
「気にしているんですから言わないで下さいよ慧さん････」
情けない僕の言葉に彼女は笑みを更に深める。そして一歩前に出て手を後ろに組み振り向いて言う。
「ははは、ごめんね。でも昔は妹が出来たと思ってうれしかったのよ。」
そう昔は彼女の家に遊びに行くと、まるで姉妹のように遊んだものだった。ままごとやったりおはじきやったり････
恥ずかしかったけど、彼女と遊ぶのは楽しかった。ただし･･･････
「また私の服着てみる？薫君に似合う服あるのよ。」
やたら僕に女の子の格好をさせるのだ。そしてその格好で一日僕を連れ回すのだ。
「勘弁してください慧さん、この年でそれはとても恥ずかしいんですけど。」
それでなくてもこの容姿のせいで、『女装』させられる機会が多いのだ（文化祭などで毎年やらされた）。
「それは残念ね、まあ時間はあるから････」
さり気なく怖いことを言う慧さん。ホント勘弁して欲しいんですけど。

やがて二人は目的地に着く。慧の家であり、薫の下宿先であり、桜木市を含めたこの地域の神事を司る『宮内神社』に。
「変わってませんねここ。」
懐かしいものを見るように周りを見渡す薫。最後に見た時とまったく変わらない風景に顔がほころぶ。
「そうね･･･さあ上がって、お父様もお待ちになってるわ。」
慧と共に神殿や社務所の前を通り抜け、奥まった所にある建物に着く。ここが今日から薫が世話になる所だ。
「さあ入って。疲れたでしょう？」
「はい、失礼します。」
扉を開け中に入る二人。ちなみに神社にある家とはいえ、中は普通の住宅と変わらない造りだ。
「おお来たか･･･大きくなったな薫君。」
迎えてくれたのは宮司の格好をした男性。『宮内神社』の最高責任者であり、薫の叔父である神北真一だった。
薫の母親は慧の母親の妹になる。つまり真一は薫の母親の義理の兄になるわけだ。
よって慧は母親方の従姉妹ということになる。
「芽衣子さんは元気にやってるかい？」
「はい、お世話をかけますがよろしくお願いします、と伝えてくれと。」
「そうか。今日からここを自分の家と思って過ごして欲しい。私も慧も歓迎するよ。」
そしてため息を付いて続ける。
「家内が亡くなって、ここも二人だけでは侘しくてね。君が来てくれるというので慧も私も嬉しいよ。」
「お父様･･････」
真一の妻であり、慧の母親、つまり薫の叔母は５年前に亡くなっている。そう薫が慧と最後に会ったのは、叔母の葬式だった。
「すまんな湿っぽい話をして･･･さあ慧、薫君を部屋に案内してあげなさい。薫君、それじゃ夕食の時でも詳しい話をしよう。」
「はい叔父さん。」
頷くと真一は家を出てゆく。
「･･･さあこっちよ薫君。」
慧に促され薫は二階にある用意された部屋に向かう。この家は一階はリビングやキッチン、風呂があり、２階は各自の部屋がある。
用意された薫の部屋は慧の部屋の真向かいだった。その隣が真一の部屋。他に幾つかの部屋があるが今は使われていないらしい。
ドアを開け中に入ると、６畳にベッドと机、クローゼットのある明るい部屋だった。
「届いた荷物は一応全部そこにあるわ。」
「すいません掃除までやってもらって････」
部屋は綺麗に掃除され、ベッドの布団も真新しい。薫は恐縮して頭を下げる。
「気にしないで･･･お父様も言ったけど、薫君がここに下宿してくれるって聞いて私達本当に喜んだんだから。」
実は最初、薫は市内にアパートでも借りて住むつもりだった。だがそれを聞いた真一が、自分達が世話をすると言ってくれたのだ。
「そういえば薫君の進学する高校って、あの星林高校よね、男子校の。」
「はい･･･そう言う慧さんは西園寺女子学院の、３年生ですよね。」
星林も西園寺もこの市や県どころか、全国的にも有名な学校だ。ただしお嬢様学校の西園寺の方が星林より知名度は高いが。
「ええ、お互いがんばりましょう。それじゃ私は夕食の用意が出来たら呼ぶから･･･」
「はい。」
部屋を出てゆく慧を見送ると、薫は置いてある荷物を見る。
「さて、夕食まで片付けないと。」
さっそく荷物の整理を始める薫。だが思ったより時間が掛かり、結局夕食までは片付かなかった。

夕食はささやかだったが、心のこもった暖かいものだった。３人は互いに会えなかった５年間に起こったことを披露し盛り上がった。
食事が終わると、風呂に入り、床に就く。疲れもあり薫はすぐに深い眠りについた。これからの生活に思いを寄せながら。

しかしその夜、薫の人生を１８０度変えてしまう事件が起こる。