僕はウェイトレス？

なぜこんなことになってしまったのか。
いやそれは解っている。
全ては自分が原因なのだということは。
それでも言わずにはいられない。
「なんでこうなるんだ〜。」

僕の名前は、木村　夏樹。
１６歳のごく普通の男子高生。
いや、普通とはいえないのかもしれない。
それは僕の容姿や声に関してなのだが。
普通１６歳となれば、いろんな意味で男らしくなってくる頃だろう。
ところが、僕ときたら同年代の男子に比べても背は低く小柄で線も細いのだった。
決定的なのは声で、未だに声変わりが来ないのだ。
そして僕の顔つきと髪。
認めなくはないのだけど、整った鼻筋やパッチリした目元。
そう、はっきり言えば女顔なのだった。
髪の毛も女の子みたいな柔らかい髪質。
おかげで、会う人みんな僕のことを女の子と勘違いしてしまう。
小学生の頃など担任の先生だけではなく、クラスメイトからも女の子扱いされていたぐらいで。
中学生になって制服を着る様になってはそんなことは無くなったのだが。
それでも何かというと”お前、女じゃないのか”とクラスメイトから言われてしまう始末で。
高校に進学し、クラスで自己紹介した時もクラスの女生徒たちに、
「もしかして、木村くんって男装の麗人？」
と言われてしまい、妙に一部の女生徒達（他のクラスを含む）に人気が出てしまったのだった。
制服姿でもこんなもんだから、私服姿になれば言わずもがな。
ナンパや女性相手のアンケート、化粧品の試供品を貰ってしまうのも日常茶飯事だった。
とにかく、僕にとってはそれが今一番の悩みだった。
もっともこの後のことを考えれば、そんな悩みなど取るに足りないことだったのだが。

高校に入って最初の夏休みに僕はバイトをすることになった。
とりたて欲しい物があった訳ではないのだが、家でごろごろしているのも何だったし。
幸いにバイトは禁止されていなかったので、両親の承諾を貰うことも出来た。
バイト先は求人雑誌から幾つかピックアップし検討した結果、あるファミレスを選んだ。
そのファミレスはウェイトレスの制服が可愛いと有名な所で、結構人気のあるバイト先だった。
女の子はそのウェイトレスの制服を着たい為に、男の方はウェイトレスの制服を身近で見たい為に。
もっとも仕事の方はその割りにハードらしく、あまりバイトのなり手がいないらしいとは、そこにバイト経験のあるクラブの先輩の話だった。（ちなみに僕の所属クラブは美術部。）
一応その先輩の紹介という事で面接を受けることになったのだが、その先輩（３年の女生徒）に
「木村君なら、ウェイトレスの制服の方が似合っているんじゃない。」
と言われ、クラブの他の女生徒達に納得されたのには閉口してしまった。
約束の時間の１０分前にそのファミレス「ブルーウィンド」に到着した僕は店内に入る。
「ブルーウィンドへようこそ。お一人様ですか。」
早速ウェイトレスの人が出迎えてくれる。
その制服は店名に相応しく青がメインの物で、膝丈のスカートのメイド服っぽい物だった。
着ているウェイトレスさんは僕と同じ年の人で、長い髪を束ねていて清楚な感じがした。
「いえ、バイトの面接なんですが。どこに行けばいいんでしょうか。」
「それでしたら、裏にある従業員用の入り口から入って事務室へ行って下さい。」
そのウェイトレスさんは、丁寧に教えてくれる。
「はい、ありがとうございます。」
僕はお礼を言うと一旦外に出て、店の裏側に向かった。
積み上げてあるダンボールやコンテナなどの間を通り抜けると、従業員用と書かれたドアがあった。
軽くノックをしてみてからドアを開き屋内に入る。
両側に幾つかのドアがある廊下を見渡すと、奥に事務室と書かれているドアがあった。
そのドアの前に行った僕は緊張で少し震える手でドアをノックする。
「はい、どうぞ。」
室内から返事があったのでドアを開けて尋ねる。
「あの、アルバイトの面接はこちらでよろしいのでしょうか。」
「ええ、そうですよ。」
答えたのはイスを回してこちらを見ている女性だった。
机にパソコンが置かれ、何かを入力している途中みたいだった。
「実は今日面接を受ける予定の木村　夏樹ですが。」
僕がそう言うとその女性は、
「木村さんね。お待ちしてました。」
と言って笑った。
とても笑顔の素敵な女性で、僕はドギマギしてしまった。
その女性は立ち上がると、つっ立っている僕に中に入る様に促した。
「失礼します。」
そう言って僕は事務室に入りドアを閉める。
「こちらへ。」
僕は事務室の奥にあるソファに案内されて座った。
女性は書類らしい物を持って対面のソファに座る。
「初めまして。マネージャーをやっている斎藤雅美といいます。」
女性はそう名乗ると、先ほどの素敵な笑顔を僕に向けてきた。
「は、はい。よ、よろしくお願いします。」
おかげで僕は少しどもってしまう。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。面接といっても簡単な事を聞くだけですから。」
斎藤さんはそう言って僕の緊張を解してくれる。
「はい。」
今度は何とかどもらずに答えられた。
「それではまず期間ですが、８月一杯出来ますか。」
斎藤さんは最初の質問をしてきた。
「はい。それは大丈夫です。」
クラブも無いし、旅行の予定も入っていない僕はそう答える。
「解りました。あと、週に何日出られますか。」
斎藤さんは次々と質問して来る。僕はそれに答えていった。
「問題は無いみたいですね。結構です。」
やがて斎藤さんはそう言うと、書類を机の上に置き息をつく。
「後は店長と話してからですが、採用はされるでしょう。」
僕はそれを聞くとほっとした。まあ、ここまで来てダメだったら目もあてられない。
「それにしても三枝さんもいい人を紹介してくれたわ。」
ここで話に出て来た三枝さんというのはここを紹介してくれた例のクラブの先輩だ。
「そういえば、三枝先輩は一年のころからずっとバイトしていると聞いたんですが。」
三枝先輩の話が出たので、僕は斎藤さんに先輩の事を聞いてみた。
「ええ、とても頼りになる人で私も助かったわ。」
斎藤さんは立ち上がりお茶を入れ直しながらそう答える。
「彼女、今年は受験で駄目でしょ。だから残念だったけど。」
僕の前に入れ直したお茶を置き、ソファに座る。
「木村さんみたいな人を紹介してくれて助かるわ。」
そう言って斎藤さんはほっとした表情を浮かべる。
「そ、そうですか。ちょっと照れますね。」
先輩いったい何て話したのかな、僕はちょっと苦笑してしまう。
「それじゃ、これに記入をお願いできるかしら。」
書類の中から一枚出すと、僕の方に差し出した。
身上書と書かれたそれは、名前や住所を記入するものらしい。
「わかりました。」
僕はペンを取ると上の方から記入して行く。
それほど難しい項目はなかったので記入には時間はかからなかったが、最後の方にあった項目を見て僕は斎藤さんに聞いてみた。
「服のサイズですか？」
斎藤さんは僕の書いた身上書を覗き込むと答えてくれる。
「ええ、その人のサイズの制服が有るか調べないといけないの。」
「なるほど。解りました。」
僕は納得するとサイズを記入して書き上げ、斎藤さんに渡そうとしたが、
ちょうどその時電話が鳴ったので、斎藤さんは受話器を取り、話しはじめてしまった。
どうしようかと思っていると、自分の机に置くようにと斎藤さんが身振りで示すので、彼女が使っていた机の上に置く。
やがて電話の終わった斎藤さんは別の書類を棚から取り出すと僕に渡す。
「あと、これはご両親に書いてもらう承諾書。あなたは未成年だしね。」
手渡された書類を見て僕はうなずく。
「それでは明日、10時ごろ来てください。」
「はい、あのよろしくお願いします。」
僕は立ち上がって会釈すると事務室を出た。
廊下を通り従業員用ドアを開け外に出て、ようやくほっとする。
「採用はされるみたいで良かった。」
僕は明日からのことをあれこれ考えながら帰途についた。
だが僕はこれから起こるべきことを予想すべきだったのかもしれない。

マネージャーの斎藤雅美は、面接で中断していた入力作業を終え一息ついた。
冷たくなってしまったお茶を飲みながら入力に間違いないか確認する。
それを終えた雅美は、改めて夏樹の身上書のチェックを始めた。
本来ならその場でチェックして不備を直してもらうのが彼女のやり方だったが、
店長の不在や本社への提出書類の準備でそこまでやる時間を取れなかったのだ。
雅美は身上書を最初の項目から丹念にチェックしていく。
「名前、住所、年齢・・・と。これでＯＫ・・・。」
そう思った雅美は項目の一つで書き忘れている所が在るのを見つけた。
それは名前の次にある性別の所だった。
「あらあら、しょうがないわね。」
やはり書いた後チェックしとけばよかったかしらと思った雅美は、苦笑いしながら性別の女性の所を○で囲む。
やがて確認を終えた身上書を置くと、こんどは備品倉庫へ向かう。
「このサイズのウェイトレスの服、確かもう一着あったわよね。」

翌朝僕は８時には目が覚めた。
いつも学校に行くのと同じ起床時間だったので、ベッドの上で軽く伸びをすると直ぐ目が覚める。
ブルーウィンドへは１０時までに行けば良いので、朝飯を食べてから行っても十分間に合う。
シャツにスラックスというラフな格好になると、朝飯を食べに一階に下りて行く。
「あら、早いじゃないの。」
キッチンにいた母が僕を見てそんな声を掛けてくる。
「今日からバイトだから寝坊するわけにいかないじゃないか。」
僕はそう言ってイスに座りＴＶを見る。
母はパンと牛乳の入ったグラスを僕の前に置きながら話す。
「レストランだったっけ。まあ、いい社会勉強にはなるだろうけど。」
母は僕のことをじっと見ると顔に意地悪そうな笑みを浮かべてとんでもない事を言う。
「で、レストランではウェイトレスをやるのかい。」
僕は危うく牛乳を噴出しそうになる。
「何言ってんだよ。それを言うならウェイターだろ。」
僕はムキになって母に言い返す。
まったくこの母親ときたら、何かと僕を女の子扱いして、からかう。
まあ、今の自分の容姿を見ればそう言われてもしょうがないのかもしれないけど、やはり腹が立つ。
「そうかね。ウェイトレスの方が似合っていると思うけどね。」
三枝先輩みたいな事を言う母に僕は二の句がつげない。
そんな僕に構わず、母は洗い物をする為にキッチンに戻って行く。
文句の一つでも言いたかったが、そろそろ出かける時間なので自分の部屋に戻る。
サイフやハンカチを持ちパーカーを着るとキッチンに居る母に、
「それじゃ行ってきます。」
と言って玄関を飛び出す。
「気をつけて行っておいで。」
そんな母の言葉に送られながら僕はブルーウィンドへ向かった。

ブルーウィンドは、僕の家からバスで３つ目の所に有る。
今日はもちろん正面の入り口では無く、裏側の従業員用へ向かった。
「失礼します。」
僕はそう言ってドアを開けて中に入ると先客がいた。
「あれ、あなたは。」
その先客は昨日会ったウェイトレスさんだった。
「あ、どうも。」
僕は慌てて頭を下げて挨拶をする。
「ということは採用されたんですね。」
そのウェイトレスさんはにこにこしながら聞いてくる。
「はい、おかげ様で。もっとも今日正式に決まるんですが。」
「それなら大丈夫ですよ。今後とも宜しくお願いしますね。あ、私、牧瀬恵理香と申します。」
昨日会ったマネージャーさんとはまた違ったすてきな笑顔の女性だった。
「僕は木村　夏樹といいます。こちらこそよろしくお願いします。」
お互いに挨拶をすると牧瀬さんは更衣室へ、僕は昨日行った事務室へ向かった。
そして昨日のようにノックしてからドアを開ける。
その直後従業員用ドアを開けて誰かが入って来たようだったが、僕が振り返る前に事務室のドアが閉じる。
「おーっと。遅れる、遅れる。」
入って来たのは金髪、碧眼の外国人女性だった。
もっともその割りに淀みない日本語をしゃべっている。
彼女は足早に更衣室に向かい、慌しくドアを開け中に入って行く。
「はーい、エリカ。おはよう。」
「はい。おはようございます。」
二人は挨拶を交し、着替えていく。
「そういえば昨日マネージャーさんの言っていた新しいバイトの方に会いました。」
先に着替え終わった恵理香が、ふと思い出したように隣の女性に話し掛ける。
「へー。どんな子なのかな。」
話し掛けられた女性は着替えを続けながら答える。
「私と同じ位の年の女の子です。ちょっとボーイッシュな感じですね。」
「マネージャーの雅美もなかなかの美少女と言ってたしね。会うのが楽しみね。」
もちろん僕はこんな会話がされていたなんてその時はまったく知らなかった。

事務室に入った時、マネージャーの斎藤さんは電話しているところだった。
僕は会釈すると昨日のソファに向かった。
「分かったわ。それならしょうがないわね。ええ、気にしないで。それじゃ。」
電話を切ると斎藤さんは机の上から書類を取り、ソファに来た。
「ごめんなさいね。どたばたしてしまって。」
「いえ、構いませんよ。それより何かあったんですか。」
斎藤さんは溜息をつくと、書類を机の上に置く。
「今日になって急に一人ウェイトレスの子が休むことになってね。」
机の上に置いた書類の中から一枚取り出すと、僕の前に差し出した。
シフト表と書かれたそれには、今日の出勤者の名前が４名書かれていた。
「しかも、店長までも本店の方へ急に行くことになっちゃって。」
斎藤さんはそう言うとシフト表を見つめる。
「だから貴方にもすぐ出てもらう事になるわね。もちろん簡単な仕事だけど。」
それには僕も驚いたが、状況を考えればしょうがないかもしれないと思い、
「はい、分かりました。」
と返事をする。
斎藤さんは僕の返事を聞くとほっとした表情になる。
「それじゃ、シフト体制や勤務時の注意なんかを教えますね。」
場所を事務室から、隣の会議室に移し説明が始まる。
そしてちょうどその頃。

「ちょっと、裕香。大丈夫なの？」
先ほど恵理香といた金髪の美女が、壁に寄りかかっていた少女に声を掛ける。
「あ、クリスさん。大丈夫です。」
声を掛けられて少女−島崎裕香−が答えるが、顔は青ざめており、とても大丈夫そうに見えない。
クリスと呼ばれた金髪の美女は心配そうに裕香を見つめる。
「あまりムリしないほうがいいわよ。なんなら事務室で。」
「でも、高村さんがお休みですし、店長さんもいらっしゃらないし。」
裕香はそう答えるとなんとか体を起こし、フロアに向かおうとするが再び姿勢を崩す。
「裕香！」
クリスは慌て裕香の体を支える。
「ちょっとしっかりしなさい。裕香。」

「こんなところかしら。もし分からない事があれば後々教えますので。」
斎藤さんはそう言うと書類をまとめて立ち上がる。
僕も貰った書類を手にして座っていた会議室のイスから立ち上がる。
「それじゃ、さっそくだけど制服に着替えてフロアの方に出てもらえるかしら。」
会議室のドアを開け、斎藤さんは僕に指示する。
「私や他のメンバーでフォローするから、心配しないでね。」
そう言って僕の不安を取り除いてくれる。
「あ、はい。」
斎藤さんは僕の返事に頷くと書類を自分の机の置く。
「更衣室には貴方の名前が張ったロッカーがあるから、そこに入っている制服を着てね。」
そう言った後に斎藤さんは付け加えるように注意してくれる。
「あ、そうそう。更衣室はここを出て左の方にある赤いテープの貼ってあるドアよ。」
「はい。着替えたらここへ戻ってくればいいんですね。」
「ええ。そうしたらフロアの方へ行って、他のメンバーと引き合わせるわ。」
斎藤さんの指示に従い、僕は事務室を出て先ほど恵理香さんが向かった方へ向かう。
「え・・と、赤いテープだったな。」
そのドアは反対側に青いテープの張ったドアの隣にあり、すぐに見つかった。
そして僕はためらいも無くその部屋に入る。
「・・・？」
入って最初に気づいたのは、何かとっても甘い香りだった。
それは学校のクラスメイト達の半分からする特有の香り。
戸惑いが僕の心に広がってゆく。
こんな容姿だが、僕だってれっきとした男である。
そしてこんな香りは少なくとも自分の属する側では絶対しない。
まさかね。僕は湧き上がる不安を何とか納めようとして周りを見渡す。
とにかく自分のロッカーを探そうとネームプレートを端から見ていた僕は、そこに書かれている名前を見て衝撃を受けた。
『牧瀬　恵理香』
そして隣には僕の名前のプレート。
「はは・・。これってやっぱり。」
意を決して僕はロッカーを開く。
そして・・・・・。
次の瞬間更衣室に僕の絶叫が響く。
「なんで〜！！！」

突然事務室のドアが開かれ、クリスが裕香を抱えて入ってくる。
マネージャーの雅美はそんな光景に驚き席から立ち上がる。
「クリス、何かあったの？それに裕香ちゃんも。」
クリスは裕香をソファに寝かしながら答える。
「裕香が急に倒れて。どうも朝から具合が悪かったみたいで。」
「そんな。大丈夫なの？裕香ちゃん。」
雅美はソファの上で苦しそうにしている裕香に声を掛ける。
「すいません。迷惑を掛けてしまって。」
裕香は何とか起き上がろうとしたが、クリスが止める。
「裕香。いいから寝てなさい。」
裕香はそう言われてまたソファに体を横たえる。
「困ったわね。これじゃウェイトレスとして出られるのはクリスと恵理香さんだけになってしまうわ。」
雅美は深刻な表情を浮かべてクリスと裕香を見た。
自分が入ったとしても３人。これから昼の忙しい時間帯になればとても間に合わない。
クリスは事務室を見渡すと雅美に聞く。
「そういえば例の新人さんの子は？」
「今、着替えてもらっているところよ。後は彼女にがんばってもらうしかないわね。」
そうすればウェイトレス３人に自分をいれて４人になり、なんとか回せるだろうと雅美は思った。
「いきなり注文を取らせたり、レジを任せるわけにはいかないけど。」
あとは遅番の子に早めに出てきてもらえば、なんとかなるはず。
雅美はシフト表を見て出られそうなメンバーを考えはじめる。
そんな時、事務室のドアが開き夏樹が飛び込んでくる。

「斎藤さん。これっていったい・・・。」
僕は大慌てで制服を片手に事務室に駆け込む。
だが、部屋の重苦しい雰囲気に言葉を途切れさせてしまう。
「ちょうど良かった。貴方が新人さんね。」
金髪で碧眼の美女が、僕を見ると流暢な日本語で話し掛けてくる。
「ええ、そうですが。」
制服の上からもわかるナイスバディの女性を、僕は思わず見つめてしまった。
「木村さん、もしかして制服のサイズ合わなかったかしら。」
斎藤さんは手にしていた受話器を置くと駆け寄ってくる。
「ち、違います。なんでウェイトレスの制服なんですか？」
僕は心底情けない声を上げて雅美さんに手に持っていたウェイトレスの制服を見せる。
「え、だって貴方・・。」
「僕は男ですってば。いくら何でも着れません。」
「え〜、ウソ〜！？」
斎藤さんだけでなく金髪の美女に、今気づいたのだがソファに寝ていた女の子までが叫ぶ。
「ちょっと、雅美、どうなっているのよ。」
金髪の女性が、驚いて固まっている斎藤さんに詰め寄る。
「てっきり女性だと思って。でも、本当なの？」
僕は聞いてくる斎藤さんに思わず脱力してしまう。
「本当に本当です。僕はれっきとした男です。」
僕は必死になって斎藤さんや金髪の女性、ソファに寝ている女の子に説明する。
最後の手段として生徒手帳まで見せて納得してもらう。
「本当にごめんなさいね。なんとお詫びをしたらいいか。」
頭を下げて本当にすまなそうにしてくる斎藤さんに僕は苦笑しながら答える。
「いえ、分かってもらえたらいいですよ。ところで何かあったんですか？」
僕はソファに苦しそうに寝ている女の子を見ながら聞いてみる。
「そっ、そうよ、雅美。こんなことしてる場合じゃないわ。」
金髪の美女・クリスさん（先ほど自己紹介された）は思い出したように叫ぶ。
「緊急事態なの。彼女・・裕香さんが倒れてしまって。」
斎藤さんは切羽詰った顔で僕に話し掛けてくる。
「貴方には悪いけど、独り立ちしてもらわないといけないということ。」
クリスさんが、斎藤さんの後を継いで言ってくる。
「分かりました。僕に出来る事なら。」
状況が状況だけに僕は承諾する。
「それじゃ、早速。雅美、彼の制服を・・。」
「あ〜！！！」
クリスさんのセリフを、斎藤さんの叫びが途切れさす。
驚いた僕とクリスさんは何事かと斎藤さんを見た。
「制服よ。てっきり女性だと思ってウェイターの制服なんか用意してないわ。」
斎藤さんは真っ青な顔をして叫ぶ。
「何てこと。予備とか無いの？」
クリスさんはそんな斎藤さんを落ち着かせるように肩に手を当てて聞く。
「在庫は無いの。今から手配しても間に合わないわ。」
斎藤さんは首をふって答える。
部屋に先ほどより重い空気が広がってゆくのが僕には分かった。
いったいどうしたら良いのかと僕は途方にくれてしまった。
だが、ここから事態は急展開する。
「・・こうなったらしょうがないわね。」
クリスさんはそう言うと僕の両肩に手を乗せる。
僕は彼女の様子に体を引こうとしたが。
「あの〜、動けないんですけど。」
そう、僕はガッシリとクリスさんに両肩を掴まれて身動きができなくなっていた。
「貴方、ウェイトレスとして店に出なさい。」
「え、え〜！！！」
クリスさんのセリフに僕は絶叫する。
「ちょっ、ちょっとクリス、いくら何でもそれは・・・」
斎藤さんは慌ててクリスさんを止めようとする。
「何言ってるのよ、雅美。この危機を乗り越えるにはこれしかないのよ！」
クリスさんは僕の肩をさらに強く掴むと、斎藤さんに答える。
「時間が無いのよ。この際男だろうが構わない。」
クリスさんは僕の頭からつま先まで見渡すと、にやりと笑って付け加える。
「それに彼、ウェイターよりウェイトレスの方が絶対に似合うわ。」
「・・・！」
「た、確かに・・・。」
クリスさんのセリフに斎藤さんとソファに寝ている裕香さんはなぜか納得してしまう。
「待って下さい。僕の意思はどうなるんですか？」
何だか話が変な方に行きそうになり、僕は慌てて斎藤さん達に抗議したのだが、
クリスさんはそんな僕の顔に自分の顔を近づけて来て睨む。
「あなた、倒れた裕香ちゃんに働けと言うつもり？
それともこのままお店の危機を見捨てるつもりかしら？」
「う！」
僕はそのクリスさんのセリフに完全に固まる。
確かにこのままでは店の営業は完全に止まるだろうし、病気の裕香さんを働かせるというわけにも。
で、でも〜。だからといって僕が女装してウェイトレスをやるなんて・・・。
斎藤さんも裕香さんもそんな僕を申し訳なさそうな表情をして見つめている。
「クリス。もういいわ。」
斎藤さんが意を決したようにクリスさんに言う。
「今回のことは私の責任よ。彼にそんなことをやらせるわけにはいかないわ。」
泣きそうな表情をなんとか抑えようとしながら斎藤さんが笑うが、そうとうムリをしているのが分かる。
「いえ、自分の責任です。私がこんな状態にならなければ。」
裕香ちゃんが半べそをかきながら謝ってくる。
う〜。これじゃ断ったら僕が一番悪いということになるんじゃないのか。
「２人にこんなこと言わせて、さあ、どうするの？」
クリスさんがさらに迫ってくる。
「わ、分かりました。でもどうなっても責任はもてませんよ。」
僕はとうとう承諾した。だって、これ以上２人の悲しい顔を見るのは辛すぎる。
それは自分に出来ることがあればやるという僕の信条でもある。
「ＯＫ！さすがは男の子ね。お姉さんに任せなさい。」
クリスさんは目を輝かせ僕の肩を叩く。
「とびっきりの美少女にしてあげるわ。」
ああ、もしかして早まったかもしれないと、僕はクリスさんを見てその時思った。
「でも本当に良いの木村さ・・・くん。ムリをしなくても。」
斎藤さんはそう言って僕を気遣ってくれる。
「ははは。まあ、初めてではないし。」
そう、この容姿のせいか昔から女装させられることが多い僕だった。
「さあ、時間がないわ。こちらは私に任せておいて。雅美は応援の方の手配を。」
クリスさんはウェイトレスの制服を持つと僕を更衣室の方へ引っぱってゆく。
斎藤さんはそれを見ながら電話を取り上げて応援に来てくれそうなメンバーに連絡をしはじめる。

時計の針は１２時になろうとしていた。もうすぐランチタイムになる。
雅美は店に出て接客しながら、恵理香に事情を説明していた。
「え、男の方だったんですか？」
恵理香は驚いた顔して雅美を見る。
「そうなの。私も最初に会った時はぜんぜん判らなかったわ。」
雅美は食器を片付けながら恵理香に、ため息混じりで答える。
「私もですよ、雅美さん。まさか男の方だとは思いも・・。」
そんな時、事務室に繋がる廊下に２人のウェイトレスが現れた。
一人はクリスだったが、もう一人は・・・・。
真新しいウェイトレスの制服に身を包み恥ずかしそうに俯いている一人の少女。
「へっ？き、木村くん・・・。」
雅美はその姿を見て絶句する。
「どう？なかなかのもんでしょう。」
クリスはそう言うと、そのウェイトレスを２人の前に押し出す。
「こうなると本当に女性ですね。事情を知らなかったらさっきの話は信じられませんわ。」
恵理香も驚くのを通り越して、なぜか感動している。
「どうやったの？クリス。完璧じゃないの。」
雅美も夏樹のウェイトレス姿を見てなぜか興奮して聞いてくる。
「私は何もやってないわ。せいぜい髪をそれっぽくしたぐらいよ。」
クリスは親指を上げて二人に言う。
「もう素材が違うのよ、この娘。髪も肌もまさに逸品よ。」
（そんなこと言われても嬉しくないですよ、クリスさん・・・。）
夏樹は心の中で号泣していた。
「とにかく、これで完璧。美少女ウェイトレス、ここに誕生よ。」
クリスのセリフに２人は思わず拍手するのだった。

「とりあえず、ナツキちゃんはクリスについて動いて下さい。クリスお願いね。」
「OK！　ナツキちゃん、がんばろうね。なあに、すぐ慣れるって。」
２人の間ではすでに僕は女の子として扱われているらしい。
呼び方からしても既にそうだし・・・・・（泣）。
「がんばりましょうね、ナツキちゃん。」
いや、恵理香さんもそのつもりになってるみたいだし。
「遅番の人が２時には来てくれるので、がんばってくださいね。」
斎藤さんは皆を励ます。
クリスさんは手を叩くと店内へと歩き出す。
「ほんじゃ、戦闘開始といきますか。」

しかし恥ずかしい。ひたすら恥ずかしい。
確かに過去なんどもスカートを履かされてきたが、大概は知り合いの前であった。
まあ、それはそれで非常に恥ずかしかったのだが。
でも、今回みたいに不特定多数の人達の前でこんな格好をさせられるとは思ってみなかった。
「う〜。スカートって何度穿いても慣れない。」
慣れてしまったらある意味怖いのだったが。
いや、それ以前に何度も穿かされている方も問題か。
そんなふうに考え事をしながらいたら、
「ほら、何やってるの、笑顔でお出迎えよ。可愛い顔が台無しよ。」
クリスさんにそう言われて僕は我に返った。
「ブ、ブルーウィンドへよ、ようこそ。お一人様ですか。」
うう。顔が引きつるし、言葉遣いが慣れない。
「ウェイトレスである以上、言葉遣いは明るく爽やかに心をこめてね。」
クリスさんはそう言ってウェイトレスの心得を教えてくれる。
「それに貴方みたいな美少女のウェイトレスさんに言われれば男性なんか大喜びよ！」
そんなの嬉しくありませんよ〜！僕は心の中で絶叫する。
しかし、その後はそんなことを考えている余裕など無かった。
ランチタイムが始まり、ブルーウィンドは一日でもっとも忙しい時間に突入していったからだった。
とにかく忙しい。それこそ店内をあちらこちらにスカートをひらめかせ走り回る。
もう、僕はスカート姿が恥ずかしいだのと言うことなど感じているヒマなどなかった。
まあ、入りたての僕はお客さんの席への案内や後片付けくらいしか出来ないから、他の人に比べれば楽と言えば楽だったが。
「大丈夫かしら？ナツキちゃん。」
恵理香さんが、給仕の合間に僕に聞いてくる。
細い身体なのに、あれほど動き回っていても息切れ一つ付いていない。
それに比べ、男の僕は恵理香さん達比べれば大して動いていないのに、もうへたばっていた。
「は、はい。何とか。」
僕は何とか笑顔を作ると恵理香さんに答える。
 「そうですか。でもムリはしないで下さいね。まだ、慣れていないのですから。」
恵理香さんはそう言って気遣ってくれる。
僕はそんな心遣いに嬉しくなったが、次の恵理香さんのセリフを聞いて愕然とする。
「それにしてもすごい人気ですよ、ナツキちゃん。」
「え？」
恵理香さんは嬉しそうに話すが、僕はだんだん嫌な予感がしてきた。
（ま、まさか・・・。）
「あの新しいウェイトレスさんはどんな人ですかって、さっきから聞かれてばっかり。」
僕はそれを聞いてだんだん血の気が引いてくる思いだった。
（や、やっぱりそうか。）
実は僕もうすうす気づいてはいた。
案内するたびに、お客さん達は僕をちらちらと見る。
そして僕が離れると、たちまち顔をつき合わせて何か興奮したように話し出す。
最初は女装がばれたのかと思って冷や冷やしていたが、どうも様子が違う。
違うと思っていたけど、やはり・・・。
「まあ、このブルーウィンドじゃ今までなかったキャラだからね、貴方は。」
そんな所にクリスさんがやってきて話に加わる。
「今までなかったキャラって？」
僕はクリスさんのセリフに思わず聞き返してしまう。
「ボーイッシュで、しかも初々しいし。何か、男女構わずファンが出来そうね。」
「何ですか、それー。」
僕は情けない声を上げる。
「増援部隊、ただいま到着しました。」
そんな３人に後ろから軽薄な声が掛けられる。
「あら来たわね、秀一君。」
クリスさんはそう言って後ろを振り向く。
「そりゃクリスさんが困っているんじゃ、この本間秀一、何があっても駆けつけますってば。」
秀一と呼ばれた軽薄そうな青年は気取ったように答える。
（何だ？この男。軽すぎだよ。）
僕は半ば呆れたようにその男を見ていた。
「相変わらず調子がいいわね。」
クリスさんも苦笑いしながら、その男に答える。
どうやら何時もこんな調子らしい。
「もちろん恵理香さんもですよ。」
男はそう言って恵理香さんにも話し掛けてくる。
「はあー。そうですか、それはどうも。」
男のそんなセリフに素っ気なく答える恵理香さん。
キザなセリフは二人には届いていないようだった。
そんな秀一の視線が自分に向かい僕は緊張した。
「おっと、このボーイッシュな娘はいったい？」
「新しいバイトの娘よ。名前は木村夏樹ちゃん。」
クリスさんは僕の肩を抱き紹介する。
「へえー。あ、オレ本間秀一。よろしくお嬢さん。」
（お、お嬢さん？）
僕は何か言い返そうとしたが、その前にクリスさんに言われてしまう。
「こら、入ったばかりの娘をナンパするんじゃ無いわよ。」
（クリスさん、ナンパって僕は男ー。）
「さあ、着替えて手伝いなさい。忙しいんだから。」
「へーい。本間秀一、直ちに着替えて戦線に加わります。それじゃ後でねナツキちゃん。」
秀一はそう言って、ロッカールームへ向かう。
「クリスさん、僕は・・・。」
彼が行った後、僕はナンパ云々に抗議しようとしたが。
「相変わらず軽薄な殿方ですね。ナツキちゃんも気を付けて下さいね。」
そう恵理香さんに言われ後が続かなくなる僕。
「まあ、相手にしないのが得策ね。」
クリスさんは肩を竦めて頷くと、僕と恵理香さんを促す。
「さあ、もう一踏ん張りよ。頑張りましょう。」
「ハイ。」
僕と恵理香さんは頷くと店内に戻っていった。

昼のピークが終わり、遅番のメンバーが出て来たこともあり、ようやく僕達は休憩できた。
事務室に戻った僕は、女装してのバイトということもあり疲れ切っていた。
「ご苦労様。とても助かったわ。」
先に事務室に戻っていた斎藤さんに感謝の言葉を掛けられる。
「裕香さんの方も大したこともないそうよ。明後日には出て来られそうだし。」
斎藤さんは心底ほっとした表情で話す。
「貴方に何ていって感謝したら・・・本当にありがとう。」
深く頭を下げる斎藤さんに僕は恐縮してしまう。
「いえ、そんな。僕は自分に出来ることをやっただけですよ。」
（恥ずかしかったけど、良かったかな。）
僕はささやかな満足感に浸っていた。
「とにかく良かったです。僕もこれで明日からウェイターとして・・・。」
「それはムリだと思うわよ。」
戻れますねと言おうとした僕のセリフを遮って、部屋に恵理香さんと一緒に入ってきたクリスさんが言う。
「へ？それはどういう・・。」
僕はクリスさんに聞き返す。
「だって貴方、今日のことでお客様や他の男性従業員に完全にウェイトレスとして認知されたのよ。」
クリスさんは僕の顔を見ながら説明する。
「明日からウェイターの格好で店に出たら、貴方完全に変態扱いよ。」
「そ、そんなー。」
考えてみればそうだった。
僕が男なのにウェイトレスをしたことを知っているのはクリスさん達だけだ。
それってつまり・・・・。
「まあ、今後もウェイトレスとしてバイトって事ね。」
僕は情けない顔をして、斎藤さんを見る。
彼女も申し訳ない顔をしながら話す。
「ごめんなさい。こんな事になってしまって。でも、それしか方法が。」
冗談じゃない、こうなったらやはりこのバイト辞めるしか・・・。
「辞めるなんて言わないわよね、ナツキちゃん？」
そんな僕の気持ちを見透かしたクリスさんが言ってくる。
「そんなの男じゃないわよね。」
なんでこの時だけ男扱いなんだー、と思ったが言えなかった。
斎藤さんと恵理香さんの期待の目が、僕に向けられていた。
クリスさんは腕を組み”やってくれるわよね”という眼つきで見ている。
包囲網は完璧だった。もはや、逃れる見込みはゼロだった。
「分かりました。明日から宜しくお願いします・・・。」
僕はうなだれて答えると、女性陣から歓声が上がる。
「明日からの楽しみが増えました。ナツキちゃん、今度服でも一緒に見に行きましょう。」
恵理香さん、服ってまさか女物ですか。
「これでローテーションを組むのが楽になるわ。それに人気も出そうだし。」
斎藤さん、最初のすまなそうな態度はどこへいったんですか。
「雅美よ、ナツキちゃん。私だけ苗字で呼ばれるのは寂しいわ。」
異様な迫力で僕に迫ってくる斎藤、いや雅美さん、僕の心を読まないで下さい（泣）。
「心配しないで。ウェイトレス全員が貴方の味方よ。絶対に他の従業員やお客さんには話さないわ。」
クリスさん、何を心配しないで良いんですか。
「「「宜しくね。ナツキちゃん。」」」

３人のセリフに、僕はその場に倒れ伏すのだった。


木村　夏樹（１６歳・男）改め木村　ナツキ（１６歳・女）。
波乱万丈なバイト生活がこの時から始まったのだった。