僕はウェイトレス？

ナツキ「ブルーウィンドへ　よ、ようこそ。」

可愛い制服と、お姉さまから妹、スポーツ少女にお嬢様まで。
様々な属性（笑）を持つウェイトレス達。
豊富なメニューと手頃な値段。
ファミリーレストラン『ブルーウィンド』。
巷で有名なこの店にまた新しいウェイトレスのバイトが加わった。
名前は木村　ナツキ（１６歳）。
このボーイッシュな美少女は、その初々しさで男連中を、
その言動で女の子達の人気を集めていた。

ナツキ「誰が美少女だ！！！」

本名：木村　夏樹。　性別：男。
ひょんなことからウェイトレスをやる羽目になった悲劇（喜劇）の女装男子高生。
彼（彼女）のバイト生活ははたして・・・・・？

女装してバイトをする羽目になって一週間。
僕はそっと従業員用のドアを開けて通路を見る。
人気の無いことを確認すると細心の注意をはらいながら中に入る。
ドアを静かに閉め、通路を更衣室へ向かう。
（確か今日の早番のウェイトレスはクリスさんと裕香さんだったな。）
まるで盗みに入るような気分にウンザリしながら女子更衣室の前に立つ。
その前で僕は暫し躊躇する。
当たり前だ、ここは女子更衣室。
男子禁制、秘密の花園、未知の世界？
(何でこんなことに・・・。)
僕は向かいにある男子更衣室を見る。
（本来ならあっちのはずだったのに。）
溜息をついた僕は躊躇いがちにドアをノックする。
ドアが少し開かれて中から裕香さんが顔を覗かせる。
「あ、ナツキちゃん。おはよう。」
彼女はぱっと笑顔を見せると挨拶してくる。
「お、おはよう、裕香さん。入っていいかな。」
僕は引きつりながら裕香さんに聞く。
「何言ってるんですか。さあ、入って着替えてください。」
そう言うと裕香さんは僕を更衣室に引き込む。
「ちょっと待って・・。」
だが彼女はまったく躊躇せず僕をロッカーの前まで連れて行く。
「今日もがんばりましょう。」
彼女はそう言うと自分のロッカーを開け、服を脱ぎ出す。
慌てて僕は視線を外すと自分のロッカーを開ける。
が、その中に掛けられている制服を見て、憂鬱になる。
青い膝丈のワンピースに白いフリルの付いたエプロン、そしてカチューシャ。
このメイド服っぽい制服は老若男女に絶大な支持がある。
夏樹もこの制服に憧れていた。ただしそれを着た女の子にだが。
それをまさか自分が着てウェイトレスをする羽目になるとは。
「何しけた顔をしているのよ、ナツキ。」
「わー。」
後ろから思い切り叩かれてナツキ（夏樹）は声を上げてしまう。
「何をするんですか・・・って、ク、クリスさん？」
そこには上半身下着姿のクリスさん（２０歳）が堂々と立っている。
「うん、どうしたの？」
クリスさんはそんな僕の動揺を不思議そうに見詰める。
「いや、その格好・・。」
僕は思わずその光景に固まりそうになりながら、何とか答える。
「？」
クリスさんはまだ分かっていないようだった。
「クリスさん、それはチョット・・・。」
裕香さんが躊躇いがちにクリスさんに話し掛ける。
（よかった。裕香さんは分かってくれたみたいだ。）
「ナツキちゃんは恥ずかしがり屋さんなんですから。」
（って違うでしょう、裕香さん。）
夏樹は泣きたい気分だった。
もはや彼女達の間では夏樹（ナツキ）は同性扱いだった。
なにしろ着替えの最中に入って来ても彼女たちはまったく動じない。
それどころか夏樹に「着替えないの？」と言ってくる。
最初はこの着替えを一緒というのは問題があるのではないのかと聞いたのだが。
「どうして？　何か問題あるの？」
女性陣はまったく気にしていなかった。
（はあー、これって喜ぶべきなのかな。）
夏樹（ナツキ）は深い溜息を付く。
ちなみに制服の着替え方はすぐに覚えられた。
ここでは今までの女装の経験が役にたったのだが、嬉しくもなかった。

３人は着替え終えると互いの制服をチェックし事務室へ向かう。
「おはようございます、皆さん。」
事務室にはマネージャーの斎藤雅美が既に出社して仕事を始めていた。
「おはよう、雅美。」
「雅美さん、おはようございます。」
「あ、あの、おはようございます。」
にこやかに挨拶する雅美に３人が挨拶を返す。
「今日もがんばりましょうね。」

『ブルーウィンド』の営業時間は朝の１０：００〜夜の２２：００である。
よって早番は１０：００〜１６：００、遅番は１６：００〜２２：００の勤務になる。
そのうち早番のピークは１２：００〜１３：００で、遅番では１９：００〜２０：００になる。
当然その時間はナツキ達にとっては一日で一番忙しい時間帯となる。
客席へ案内し水とメニューを出し注文を受け、出来た料理を運び会計をし後片付けをする。
ウェイトレス達は店内をスカートの裾を翻しそれこそ飛び回るように動き回る。
さすがにナツキもこの時は女装が恥ずかしいとか考えている暇などない。
次々と来るお客さんをまだまだ慣れないながらも必死に対応するだけで精一杯だった。

ようやくピークを終え、ほっと一息をつくナツキ。
食べ終わった皿を片付け、店内に戻ってきたナツキは新しいお客さんが入ってくるのに気付く。
「いらっしゃいませ、ブルーウィンドへようこそ・・。」
だが次の瞬間ナツキは驚きのあまり言葉を途切れさせてしまう。
ナツキはそのお客を知っていた。何しろそれはナツキの所属する美術部の先輩の三枝由紀子だったからだ。
その彼女は制服ではなく私服を着ており何時もとは感じが違っていたが。
「？」
由紀子はそんなナツキを見て不思議そうな表情をしたが、その表情がやがて何か納得したものに変わる。
「あの、どうかしましたか。」
その声に我に返ったナツキは慌てて笑顔を作ると案内をする。
「え・・っと、失礼しました、ご案内いたします。」
案内しながらナツキは後ろの由紀子の視線が気になっていた。
（き、気付いた？）
だが、由紀子は何も言わず後を付いてくるだけだった。
やがて席に着いた由紀子に一礼して立ち去ろうとしたナツキに声が掛けられる。
「なかなか似合っているわね、ナツキくん」
ナツキは完全にその場に固まってしまう。
（き、気付いているよ。）
情けない顔をしながらナツキは振り返る。
そこにはニコニコしながらナツキを見詰める由紀子がいた。
その表情には最高の獲物を見つけてこれ以上の喜びはないというものが溢れている。
「あ、はは・・・。」
引きつった笑い声を上げるナツキ。
「あれー、ユキコじゃない。」
そんなナツキの後からクリスが声を掛けてくる。
「クリスさん、お久しぶりですね。」
由紀子はニコっと笑うと答える。
「そうね。今日はお客さん？」
クリスは固まっているナツキの肩を叩くと、お冷とメニューを取ってくるよう促す。
「ええ、そうです。でも・・・。」
慌てて戻ろうとするナツキの後ろで、由紀子は答える。
「後で雅美さんに会いたいですね。それに彼女のこともありますしね。」
由紀子は意味ありげな視線をナツキに向ける。
その視線に冷や汗を多量にかくナツキ。
（ど、どうなるんだ。）
夏樹（ナツキ）はこれからのことを考え気が滅入るのを感じていた。

「なるほどね。そういう訳だったのね。」
由紀子は雅美の説明を事務室で聞いていた。
「彼女、いえ彼には悪いと思っているんだけど・・・。」
困った表情を浮かべる雅美。
（どうでもいいけど雅美さん、呼び方が・・・。）
夏樹（ナツキ）は２人の側で会話を聞きながら座っていた。
「でもまあ、本当に・・・似合ってるわね。」
由紀子は、そんな夏樹（ナツキ）を見て笑う。
「バイトを紹介した甲斐があったわ。」
「は、はは・・・。」
夏樹（ナツキ）は情けない顔をして答えるしかなかった。
勤務時間が終わり、夏樹（ナツキ）はマネージャーの雅美や由紀子と一緒に事務室にいた。
ちなみに裕香は門限（！）があったので名残りおしそうだったが先に帰っていた。
クリスもこれから友人と約束があるというので居ない。
夏樹（ナツキ）も逃げようとしたのだが、更衣室の前で捕縛されここに連れて来られていた。
「まあ、夏季講習会の帰りに息抜きのつもりで来たんだけど。」
由紀子はそう言いながら手を組んで夏樹（ナツキ）をじっと見詰める。
「後輩のこんな可愛い姿を見れるとは思わなかったわ。」
「か、可愛いって、先輩〜。」
由紀子と雅美はそんな夏樹（ナツキ）を見て噴き出す。
「でも、制服はいいんだけど、今の格好はちょっとね。」
由紀子は夏樹（ナツキ）の全身を見て溜息を付く。
「確かにそうですね。ウェイトレスの時はあんなに美少女なのに。」
何故か同じ様に溜息を付く雅美。
今の夏樹（ナツキ）の格好は男物のジーパンにシャツという色気（笑）のないものだった。
まあ、夏樹としてはバイトの時は女装させられているのだから、普段着の時は絶対男の格好と決めているからだが。
「そんなこと言われても・・・。第一、美少女って、僕は・・・。」
そんな2人に抗議する夏樹だが、相手はまったく気にもしていなかった。
「そうだわ。ねえ、ナツキちゃん、明日は休みだったわよね。」
由紀子は何かを思いついたのか突然夏樹の手を掴む。
「え、そうですけど・・・」
嫌な予感を感じて逃げ腰になるが、手を掴まれているので逃げられない夏樹。
（どうでもいいけど先輩、”ナツキちゃん”って。）
呼び方が既に女の子の後輩への呼び方になっているのに夏樹は気が付く。
「明日家に来ないかしら？服をあげるわ。私のお古で申し訳ないけど。」
由紀子の唐突な提案に夏樹は固まってしまう。
「本当は新しい服でもと思ったけど、それはバイト代でも出たらということで。」
固まっている夏樹の前で話は進んで行く。
「それは楽しみですね。由紀子さんはセンスがいいし。」
本人を差し置いて盛り上がる二人の女性陣。
「それじゃ、明日駅に１０：００に待ち合わせね。」
そう言って由紀子は立ち上がる。
「お邪魔しました、雅美さん。また来ますね。」
雅美に挨拶し事務室を出て行く由紀子。
「ええ、また来てちょうだい。歓迎するわ。」
雅美は立ち上がりドアまで見送りに行く。

夏樹が我に返ったのは、雅美が戻ってきて声を掛けられてからだった。
こうして夏樹の明日の予定は本人の意思に関係なく決まったのだった。