僕はウェイトレス？

「明日家に来ないかしら？服をあげるわ。私のお古で申し訳ないけど。」
由紀子の唐突な提案に夏樹は固まってしまう。

「それじゃ、明日駅に１０：００に待ち合わせね。」

本人の意思に関係なく明日の予定は由紀子によって決まった。
（ど、どうなるんだ・・、僕は。）

翌日、待ち合わせの駅前。
時間は９：５０。
夏樹は待ち合わせの１０分前には着いていた。
空は快晴、気温もじりじり上がり始めていた。
休み中の為か駅前は多くの学生らしい男女が待ち合わせていた。
皆、夏の開放感からか明るい表情を浮かべ相手を待っている。
しかしその中で夏樹はどんよりした表情で今日の待ち合わせの相手を待っていた。
（ああ、やっぱり来ない方がよかったかな。）
しかし来なければ多分、どんなことを言いふらされるか分かったものではない。
女装してバイトしていたところを見られているのだ。
ふと見上げると時計はちょうど１０：００になったところだった。
「お待たせ、ナツキちゃん。」
涼しげなサマードレスを着た三枝由紀子が声を掛けてくる。
「は、はい。先輩。」
夏樹は引きつった笑顔を浮かべながら答える。
夏の日差しを浴び、由紀子はとても魅力的で周りの男たちの視線を集めている。
肩まである髪、整った目鼻、グラマーではないがそれなりに出ているところは出ているボディライン。
もっとも視線を集めているという点では夏樹も同じで、ここにくるまで何度も声を掛けられていた。
「それじゃ、行きましょうか。」
だが、由紀子はそんな視線など気にしていないようだった。
夏樹はそんな由紀子に半ば感心しつつ、彼女の後を追う。
（さすがだな先輩。）
学校では、その容姿にくわえ面倒見のいい性格で注目の的であるから、彼女はそんな視線に慣れっこになっているようだった。

由紀子の自宅は待ち合わせの駅前から２０分ほどの所にある静かな住宅街にあった。
門を開け由紀子は、夏樹に入るよう促す。
だが、ドアを開けようと由紀子がドアノブを掴む前にドアが中から開かれる。
出てきたのは由紀子より二つか三つほど年上の女性だった。
「あら、お帰りなさい、由紀子。」
「ただいま姉さん。これから？」
スーツを見事に着こなした女性が由紀子の問いに答える。
「ええ、夕飯には戻るわよ・・。」
そこで女性は由紀子の後ろにいる夏樹に気付く。
「あ、昨日話した部の後輩の子で木村　夏樹ちゃん。」
由紀子は自分の後ろに隠れようとしていた夏樹をその女性の前に押し出す。
「ふーん。あ、私は由紀子の姉で真紀子です。よろしくね、ナツキちゃん。」
真紀子さんはそう言ってにこっと笑う。
その仕草が由紀子にそっくりで、やはり姉妹だなと実感してしまう。
「は、はい、木村　夏樹です。よろしくお願いします。」
「それじゃね、ナツキちゃん。今度ゆっくりお話しましょう。」
真紀子さんそう言うと颯爽と駅へ向って歩いていった。
（でも、やっぱり”ナツキちゃん”なんですね。）
明らかに自分を女の子と思っていそうな真紀子さんに思わず溜息をつく夏樹。
「さあ入りなさい、ナツキちゃん。」
由紀子は玄関に入りながら落ち込んでいる夏樹に声を掛ける。
「はい・・・。」

夏樹は２階の由紀子の部屋に案内される。
「何か冷たいもの持ってくるわ、待っててね。」
由紀子はそう言うと部屋を出て行く。
残された夏樹は何となく部屋を見渡す。
なにしろ女性の部屋に入ることなど小学生以来であり緊張してしまう。
由紀子の部屋には、机と美術関係の本が多い本棚やベッド、クローゼットなどが置かれ、落ち着いた雰囲気を持っていた。
やがてドアが開き由紀子がコップを載せたおぼんを持って入ってくる。
「麦茶でいいかしら。」
彼女はそう言ってコップを夏樹に渡す。
「はい、ありがとうございます。」
受け取って一口飲むと、乾いていた喉に染み入るように入ってきて落ち着く。
しばらく２人はお互いの休み中の話をしていたが、麦茶を飲み終わると
「それじゃ始めましょうか。」
由紀子はそう言うと立ち上がり、クローゼットに向う。
「いや、別に急いでいませんから。」
夏樹は逃げ腰になっているが由紀子は一向に気にしていない。
「えーと、これとこれ、これも外せないわね。」
何だか不穏な（笑）セリフに夏樹の顔が引きつってゆく。
やがてベッドの上に様々な服が置かれて行く。
由紀子はその中からブラウスとフレアスカートを取ると、夏樹に手渡す。
「最初はこれね。着かたは大丈夫よね？」
手渡された服を見て夏樹は深い溜息を付く。
過去何度も女装させられているので女物の着かたは確かに大丈夫だったが（笑）。
（断れないよな・・。）
期待に満ちた表情で夏樹を見詰める由紀子。
「わ、分かりました。あの、どこで着替えたら・・・？」
夏樹はこうなったらヤなことは早めに済ましてしまおうと思い（笑）、由紀子に聞く。
いくらなんでも、女性の前で着替える訳にもいかないし、第一、恥ずかしい。
だが、返ってきた由紀子の答えに夏樹は固まる。
「ここでいいわよ、私は気にしないし。」
（い、いや、僕の方が気にするんですけど。）
何とか説得しようとする夏樹の服を由紀子は強引に脱がし始める。
「って何しているんですかっ？」
「時間がないんだから、早くするのっ。」
あっと言う間にシャツを脱がされる夏樹だった。
「わ、自分でやりますってば。」
慌てて上半身を隠す夏樹はなぜか色っぽかった。
「あれ？付けていないのね、ブラジャー。」
さらりと怖いことを言う由紀子。
「つ、付けるわけないじゃないですかっ。」
夏樹は真っ赤になって抗議するが、由紀子は相手にしない。
「それじゃ今度そっちを見てあげるわ。」
（できればそれはやめてほしいんですけど。）
と、本人に言えないところが夏樹らしかったが。

取りあえず渡されたブラウスとスカートを身に付けて、由紀子の前に立つ夏樹。
「うん、思った通りぴったりね。」
満足そうに頷く由紀子と恥ずかしさに真っ赤になっている夏樹。
それがまた夏樹を魅力的にしているのだが、本人は気付かない。
「それじゃ、次はこれね。」
次の服を渡す由紀子。その顔は楽しくてしょうがないという笑みで溢れている。
夏樹はひたすら早く終わることを願い、それを受け取る。
（がまん、がまん。）
自分に言い聞かせる夏樹だった。

それから様々な服を着せられた。
今日由紀子が着ていたサマードレスの色違いもの。
シャツにロングスカートの組み合わせ。
サマーセーターにタイトスカート。
さながらファッションショーの様に着替えさせられる夏樹。
しまいには水着まで着せられそうになったが流石にこれは固辞した。
（ただし持って帰るように言われた。）
そして最後に渡されたのは・・・・。

「こ、これってうちの学校の・・。」
由紀子の持っている服を指差して絶句する夏樹。
「そう、うちの学校の制服よ。」
それは夏樹と由紀子の通う御崎高校の制服。
「それって女子の制服じゃ・・・。」
白いブラウスに赤いリボンタイ、青の膝丈のスカートに白いニーソックス。
冬服にはこれにセーラー襟のブレザーを着る。
そのデザインの良さから近隣の女子中学生達に人気があり、毎年多くの入学者を集めている。
「絶対似合うと思ったから、一度貴方に着させてみたかったのよ。」
制服を持ってじりじりと迫る由紀子と、なんとか逃げようとする夏樹。
しかし、狭い部屋の中では逃げ回るのにはムリがあったうえにスカート姿（恐ろしく丈の短いワンピース）だった為、難なく捕まってしまう夏樹。
「た、助けて下さい〜。」
部屋に夏樹の絶叫が響いた。

数分後、御崎高校の女子制服を着たショートカットのボーイッシュな美少女が姿見の前に立っていた。
「う〜ん、これほどとはねぇ。」
由紀子は腕を組んでその美少女、夏樹を見詰めていた。
夏樹はもちろん恥ずかしさの為に身動きができない。
その姿は自分で見ても十分過ぎるほど似合っていた。
「私の目に狂いはなかったわ。」
由紀子は嬉しそうに夏樹の美少女姿を上から下まで見る。
「あ、あの、もういいでしょうか？着替えたいんですけど。」
夏樹としては早く元の格好に戻りたい心境だった。
「あら、もったいない。今日はそのままでいなさいよ。」
イタズラっぽく笑いながら由紀子が恐ろしい事を言う。
「それはやめて下さいー。」
夏樹は懇願するように、涙目で由紀子を見る。
そんな姿を見て由紀子は
（う、この子、本当に男の子かしら。本当は・・。）
心底そう思った。
最初に会った時から由紀子は、夏樹が何かの理由で男装しているんじゃないのかと思っていた。
今の姿を見ていると、あながち間違っていないんじゃないかと思えてくる。
その時だった。チャイムの音が下の階から聞こえてきた。
夏樹はビクッとして思わず部屋のドアを見る。
「ちょっと待っててね。」
由紀子はそう言うと部屋を出て１階へ向う。
（ちょうどいいや、今のうちに着替えてしまおう。）
夏樹は今日来る時に着ていた服を探す。
だが、次の瞬間下から聞こえて来た声に完全に固まる。
「あら、いらっしゃい。翔ちゃん、メグちゃん。」
（翔とメグって、佐藤と紅林か。）
２人とも夏樹と同じ美術部員でクラスメートだった。
（何で２人が・・・。）
「さあ、上がって頂戴。」
由紀子が２人を招き入れているのを聞いて、夏樹は逃げ出そうとするが今の自分の格好に気付き動けなくなる。
「はい、お邪魔します。」
「失礼します。」
２人が玄関に上がり階段を上ってくることにパニック状態になる夏樹。
「そう言えば見せたいものって何なんですか？先輩。」
翔の疑問に由紀子が笑って答える。
「それは見れば分かるわ。まあ、楽しみにしていて。」
（先輩―、まさか最初からそのつもりで。）
今更ながら夏樹は気付いたが、もはや後の祭りだった。
やがて３人が部屋の前に立つ気配がするが、夏樹は動けなくなっていた。
そしてドアが開き３人が入ってくる。
翔とメグの２人の視線と夏樹の視線がぶつかり、部屋に沈黙が落ちる。
「え、木村君・・・？」
「う、うそー。」
２人は目の前の美少女が自分達が知っている人物だと一瞬で気付き絶句する。
（み、見られた、もうダメだ。）
女子制服を着ているところをクラスメート、しかも女子に見られたのだ。
（もう、学校に行けないよー。完全に変態扱いだー。）
クラスメートに後ろ指を指され一人クラスで孤立する自分を想像して絶望感に襲われる。
が、しかし２人から返ってきたセリフは
「すごーい、本当に木村君なの？その格好凄く似合ってるわ。」
「完璧に女の子じゃない。やっぱりそうだったの？」
翔とメグはそう言って夏樹に駆け寄ってくる。
「いや、そのこれは・・・。」
思ってもみなかった反応に夏樹は戸惑ってしまう。
「どう？驚いたでしょう、二人とも。」
由紀子が夏樹の背後から肩を抱いて得意そうに話す。
「はい、とっても。」
翔は驚きを通りこしてただ感心するのみ。
「とても凛々しいです。ぽっ。」
メグは夏樹を潤んだ目で見ながら答える。
（何で２人とも受け入れているんだよー。）
夏樹は思わず心の中で２人に突っ込む。
「しかも、この娘いまブルーウィンドでもウェイトレスやっててね、そっちの姿もいいわよ。」
由紀子がさらに火に油を注ぐようなことを言う。
「え、それじゃ今話題のブルーウィンドのボーイッシュなウェイトレスさんって、もしかして。」
翔は驚いた顔をして夏樹を見る。
「へ？それって何のこと？」
そんな聞いたことのない話に夏樹は不思議そうな顔をする。
「私は友達から聞いたんですが、そんなウェイトレスさんがブルーウィンドにいるって有名らしいですよ。」
メグが夏樹に答える。
「私は妹から聞きました。近辺の女子中高生の間では知らない娘はいないって。」
翔はそう答えメグを見る。
「だから今日先輩を誘って見に行こうと思ったんですが。」
２人は揃って夏樹を見る。
「「それが木村君だったなんて。」」
「うそ・・。」
夏樹は絶句してしまう。
（何で・・・何でそんな話になってるんだー。）
「へー。それほどの有名人とはねー。」
由紀子は感心した顔をして夏樹を見る。
「僕だって知りませんよ。」
力なく俯いて夏樹は答える。
「まあ、それはいいわ。それより。」
時計を見ながら由紀子は夏樹を見る。
「そろそろお開きにしましょう。あ、服忘れずに持って行ってね。」
由紀子はそう言って服をまとめて夏樹に渡す。
それから翔とメグの方を向く。
「貴方たちもありがとう。そうそう、お礼といっちゃなんだけど」
服を袋に入れ立ち上がった夏樹を見ながら由紀子が言う。
「これからブルーウィンドに行かない？もちろんナツキちゃんも。」
「ぼ、僕はいいですよ。」
夏樹としてはこんな格好をクリス達に見られたくない。
「あ、いいですね。ぜひ一緒に行きましょうよ。」
「そうよ、遠慮なんかしないで。」
翔とメグの２人は夏樹の両手を掴み引っ張って行こうとする。
「でも、荷物が、それに着替えないと・・。」
「大丈夫よ、荷物は帰りに取りにくればいいじゃない。」
夏樹は必死に抵抗するが、由紀子に軽くいなされる。
「それにそのままの格好でもおかしくはないでしょう。」
にこりと笑い夏樹の背を押して部屋から押し出す由紀子。
「いや、それは・・・。佐藤さん、紅林さん、離して。」
「翔でいいわよ、私もナツキって呼ばしてもらうから。」
「私もメグって呼んでね、ナツキちゃん。」
今や完全に２人から同性扱いされる夏樹。
「さあ、行きましょうか。」
「「はい。」」
由紀子の言葉に２人が頷く。
「やめて下さいー。」
本日２度目の絶叫が響いた。

数十分後、ブルーウィンド。
「いらっしゃいませ、ブルーウィンドへようこそ。」
恵理香が入って来た４人連れを何時ものセリフと笑顔で迎える。
「こんにちは、恵理香ちゃん。」
先頭にいた由紀子が手を上げて恵理香に声を掛ける。
「由紀子さん？お久しぶりですね。」
恵理香は丁寧な物腰で挨拶する。
「今日は４人様でよろしいのですね。あれ・・。」
後ろの方でこそこそしている人物に恵理香が気がつく。
「あ・・・。」
相手の方も恵理香に気付き引きつった笑顔をする。
「ナツキちゃん？」
「は、はは、こんにちは。」
恵理香は夏樹をしばし見詰めるとニコって笑う。
「学校の制服ですか？とっても似合ってますね。」
（それだけですか恵理香さん。）
夏樹はガックリして心の中で呟く。
「ご案内します。どうぞ。」
４人は恵理香に案内され席に着く。
「お冷をお持ちしますのでしばらくお待ち下さい。」
そう言って恵理香は戻って行く。
「っと、由紀子さんじゃないですか。」
側を通りかかったウェイターが話し掛けて来る。
「久しぶりね、秀一君。」
由紀子に声を掛けて来たのは、あの軽薄男の本間秀一だった。
「今日はお友達と一緒ですか・・・って、何でナツキちゃんが？」
目敏く夏樹を見つけた秀一が驚いた顔をする。
「ナツキちゃんは私の部活の後輩よ、あとの２人もね。」
そう言われた秀一は夏樹の着ている制服を見て納得する。
「なるほど、ナツキちゃんは御崎高校だったんだね。」
秀一は「制服姿もいいな」と言って何度も頷いている。
「変な事感心していないで仕事しなさい。」
由紀子が呆れて声を掛ける。
「マネージャーに怒られるわよ。」
「へいへい、それじゃ。」
秀一はそう言うと別のテーブルに向う。（もちろん女の子のテーブルに）
「なんか軽薄な人ですね。」
翔が呆れたように呟く。
「まあね。」
由紀子は苦笑いを浮かべる。
夏樹も同じ様に苦笑いを浮かべていたが、ふと周りの声が耳に入ってくる。
「あの娘、御崎高校の生徒だったんだ。」
「あの制服、すっごく似合ってるよね。」
夏樹が周りをキョロキョロ見渡すとあっちこっちのテーブルに座る男女が夏樹達の方を見ているのに気付く。
「？」
そんな夏樹に由紀子が気付いて声を掛ける。
「どうしたの？ナツキちゃん。」
「いえ、なんか僕達見られているみたいな・・。」
由紀子も周りを見渡すと納得したように頷く。
「正確に言うと貴方を見てるみたいね。まあ、分かるけど。」
「え、それってどういう意味ですか？」
由紀子は満面の笑みを浮かべ答える。
「だって噂のウェイトレスのことだもの、皆注目するわよ。」
「え、それって・・・。」
夏樹は嫌な予感を感じて聞き返す。
「つまり、貴方が御崎高校の女生徒として知られたってこと。」
メグが何かに気付いたように手を叩く。
「あっ、それ多分あっと言う間に広がりますね。」
由紀子は頷くと夏樹を見る。
「そういうこと。ナツキちゃんはこれで完全に女子高生と認知されるわね。」
「へ・・・・。」
夏樹は今度こそ完全に固まる。
「えーーーーー。」

本日３度目の絶叫を夏樹は上げたのだった。