僕はウェイトレス？

４人はメニューを見てあれこれ議論して注文を決める。
しかし夏樹は先ほどのショックでその議論を聞いているだけだった。
やがて注文が決まった３人はチョコレートパフェを注文した。（夏樹もいつの間にかチョコレートパフェにされていた。）
やがて恵理香がお冷を持ってきて、注文を受ける。
「しばらくお待ち下さい。」
恵理香が注文を端末に打ち込み、一礼して下がる。
「え、僕もチョコレートパフェですか？」
夏樹くん気付くのが遅すぎ（笑）。
通っている学校がばれたのがそんなショックだったか。
「女子高生に間違われたことがショックだったんだよ。」
往生際が悪いぞ。
「そうよね、諦めなさい。」
由紀子さんもそう言っている。
「人ごとのように言わないで下さい〜。」

加速度的に悪化する周囲の状況に夏樹は翻弄されていた。
まず、由紀子から貰った服だが持って帰ったその日に母親に見つかり、思いっきり笑われた。
しかも次の日から着て行く様に言われてしまった。
もちろん抵抗したが、「人の好意を無にするんだ〜夏樹ちゃんは」と言われれば、押しに弱い夏樹である。
結局、女装姿で行くことに決定してしまう。
「だいたい近所の人たちに見られたらどうするんだよ。」
夏樹はそう言って最後の抵抗をするが、母親の一言であえなく潰れる。
「誰も不思議に思わないって、夏樹ちゃんだもの。」
そしてそれは、次の日に泣く泣くスカート姿でバイトに行こうと家を出たところで隣のおばさんに会って分かった。
「今日もバイトかい、大変だね。」
と何時も通りの挨拶をされてしまったからだ。
それからブルーウィンドへ行く途中に何人かの知り合いにあったが誰ひとり、夏樹の服装を見ても何も言わなかった。
最後には「僕の服装、変じゃないですか？」と顔見知りの女性に聞いてみたが・・・。
「そのスカート、夏樹ちゃんに似合ってるわね。」
と褒められてしまい、夏樹はただ呆然とするのみだった。
また、ブルーウィンドについてからも大変だった。
何時も色気のない格好（クリスさん談）だった夏樹が、お洒落な服装で来たのだ。
当然、クリスをはじめとするウェイトレス達に捕まり服の品評会をされてしまった。
しかも、恵理香と裕香が由紀子に対抗心を燃やしてしまい（笑）、
「「私もナツキちゃんに服を上げ（差し上げ）ます（ますわ）。」」
と言って翌日に服を持って来て、夏樹に着せようとしたのだった。
ちなみにクリスや雅美からも服を押し付けられたのは言うまでもない。
おかげで暫くは着て行く服に困らない夏樹だった。
だが夏樹の受難はまだ終わっていなかった、いやこれからが本番だったのだった。

日付が７月から８月に変わり、いよいよ夏本番になってきた。
連日最高気温を記録し、プールや海は大変な賑わいを見せていた。
そして夏樹の住む町には、屋内と屋外にプールが在りスライダーなどの設備も揃った、若者たちに人気があるスポットがあった。
もちろんブルーウィンドのバイト達の間でも話題になっていた。
こうなればブルーウィンド随一の行動派クリスが黙っている訳がなかった。
設備点検の為、ブルーウィンドが定休日となる日に正社員とバイトを含めた全従業員でレクリエーションを行おうと提案したのだった。
この提案は店長を始め全従業員の圧倒的賛成でブルーウィンドの正式なレクリエーションに決定した。
この決定に夏樹も大いに喜んだが、そこに大きな落とし穴が待っていることに気付いていなかった。
それはレクリエーション一週間前の遅番の休憩時間に発せられたクリスの一言から始まった。
「ねえ、明日水着見に行かない？」
その時事務室に居たのはクリスと雅美に恵理香、そして夏樹だった。
「あ、いいですね。私も新しい水着が欲しかったと思っておりました。」
恵理香が賛成すると、雅美も同じ様に賛成の意思表示をする。
「そうね、今年は新調したいと思っていたし。私も行ってもいいわ。」
クリスは頷くと声も高らかに宣言する。
「よし、明日は今度のレクリエーションの為の水着を買いに行くわよ。」
「今から楽しみですね。」
「今年の流行ってどうだったかしら？」
早速、女性三人はその話題で盛り上がっている。
水着と言えば、トランクス型くらいしか思いつかない夏樹にはよく判らない世界だった。
「まあ、男に比べれば女性の水着って色々あるみたいだし。でも、女の子って凄いな。」
感心することしきりの夏樹は、次のクリスの言葉に耳を疑った。
「おっと、ナツキちゃんも来るわよね。」
「え、ちょっと待ってください。今なんて？」
夏樹は当惑した顔でクリス達を見る。
「だから、ナツキちゃんも行きましょう、水着を選びにね。」
たっぷり数十秒固まってから夏樹は絶叫する。
「けど新しい水着なんて僕は・・・。」
だがそんな夏樹に恵理香は夏樹の両手を掴み迫ってくる（笑）。
「何を言っているんですのナツキちゃん、女の子なら去年の水着なんて着てはいられませんわよ。」
異様な迫力で迫ってくる恵理香に思わず引いてしまう夏樹。
「いや、そう言っても僕は女の子じゃ・・。」
そう言い掛けた夏樹の両肩をクリスが掴むと後ろから夏樹の顔に口を寄せて言う。
「と言う訳で明日昼にラムザ前に集合ね。」
ラムゼというのは駅前にある大きなデパートである。
「ナツキちゃんに合う水着を選んでさしあげますわ。ねえ、雅美さん、クリスさん。」
そう言って笑い掛ける恵理香にクリスと雅美も笑って答える。
「ええ、任せておいて。」
「ぴったりなのを選んであげるわよ、ナツキちゃん。」
もはや逃れられないのは明白だった。
（結局こうなるわけね・・。）
夏樹は心の中で涙するのだった。

翌日、ラムザ前。
このところこういう待ち合わせが多い気がする夏樹だった。
（天気はいいな、でも水不足が心配だよ。）
既に現実逃避気味である。
その日の夏樹の服装は涼しげな水色のワンピースだった。
前日クリス達から試着しやすい服装ということで、その服を指定されていたのだった。
（し、試着って女物の水着を？ああ、もう帰りたいよぅ・・・。）
夏樹はそれを考えるだけで憂鬱になるのだった。
しかも集合時間を過ぎても誰も来ないのだ。
とびっきりの美少女（笑）が一人でこんな目立つ所に立っていれば結果は明白である。
そう、先ほどから夏樹は代わる代わる男どもに声を掛けられていたのだった。
（男に声を掛けるなよな。）
心で毒づきながら、できるだけにこよかに断り続ける。
「ごめんなさい、人を待ってるので。」
まだ昼前だが夏樹はもう一日分の疲れを感じていた。
ようやくクリス達が来たのはそれから１０分後だった。
「遅いじゃないですか。」
やって来た３人に夏樹は言った。
「ごめんなさいね。でも・・。」
「そうね。」
クリスと雅美は顔を見合わせると笑う。
「悪いですわよ、二人とも。」
恵理香は苦笑いしながらクリスと雅美を嗜める。
「もてるわねナツキちゃん。」
クリスはニコニコしながら言ってくる。
「見ていたんですか、もしかして・・。」
夏樹は顔を青くして聞く。
クリスは満面の笑み、雅美は困った顔をして夏樹を見る。
「は〜。」
深い溜息を付き、夏樹は肩を落とす。
「影から見ていたのは悪かったと思いますが、相変わらずナツキちゃんは殿方に人気がおありですね。」
恵理香は頬に手を当てて感心している。
（うれしくないんですけど。）
「男の子だけじゃないみたいだったけどね、女の子達からも熱い視線が集まってたみたいだし。」
クリスがさらに追い討ちを掛けるようなことを言う。
そう、確かに男連中にナンパされる一方、女の子達（彼氏持ちも含め）からは何故かそういう視線を感じていた。
「まあ、注目度ナンバー１だもんね、ナツキは。」
クリスはそう言って笑うが、注目度なら今の方が凄いんじゃないかと夏樹は思った。
ナイスバディで金髪碧眼の美女・クリスと、
見る人をほっとさせるような穏やかに雰囲気を持つ知的美女・雅美、
そしていかにも深窓のお嬢様という雰囲気を持つ美少女・恵理香。
ここだけ周りと雰囲気が違っているようである。
「さあ、行きましょうか。」
クリス達はラムザの中に入ってゆく。
その華やかさは４人の姿が消えるまで周りを魅了していたのだった。

ラムザの中に入ってからも４人の注目度は変わらなかった。
あちらこちらから視線が集まり、おかげで夏樹は落ち着かない。
もっとも他の３人はまったく気にしていないようだったが。
エスカレーターを使い水着売り場に向う４人。
夏樹は逃げ出したい心境だったが、周りを囲まれ（笑）逃げられない。
やがて上るにつれてフロアの視界が開け、様々な色彩の森が見え始める。
それはあらゆる形と色で出来ており、夏樹にとっては正視できない世界だった。
女性用水着売り場、男にとっては決して入ることを許されない場所。
その前に立ち、夏樹は完全に固まってしまい動けない。
「ほら、つっ立ってないで早く来なさいよ。」
クリスが振り向き夏樹を促す。
「い、いや、やっぱりマズいでしょう。僕は男・・・。」
夏樹は後ずさりするが、後ろにいた恵理香に阻まれてしまう。
「女の子が女性用水着の売り場に行くのに、何がマズいんですの？」
と、夏樹を押し戻しながらマジな顔で聞いてくる恵理香。
（だから、僕は男だからマズいんです恵理香さん。）
そう思いながらも引きずっていかれる夏樹だった。
「どうですか、この水着なんかナツキちゃんに似合うと思いますよ。」
ブルーのワンピース（パレオ付き）を夏樹の身体にあてて恵理香が言う。
夏樹はそれを着た自分を想像し真っ赤になってしまう。
「そうかな、こういう大胆のもいいわよ。」
とクリスが真っ赤なビキニ（もちろんパレオ付き）を持ってきて、また夏樹の身体に押し付けてくる。
さらに真っ赤になる夏樹。今にも倒れそうである。
「あっと、これはどうかしら・・。」
さらに雅美がタンクトップビキニ（同じくパレオ付き）を持って、クリスの後ろに控えていた。
どうも３人は自分たちの水着を見るより、夏樹のを選ぶのに夢中になっている。
「あ、あの自分はいいですから、皆さんのを・・。」
と言っても３人は、そんな夏樹の言葉なんか聞いていなかった。
「ナツキちゃんにはこれがいいですわ。」
「こっちの方がいいって。」
「これなんかどうでしょうか。」
本人を差し置いて異様に盛り上がっていた。
（はあ〜。どうなるんだ。）
「よし、それなら皆のを全部着てもらいましょうよ。」
だが、夏樹がボーとしている間に事態は進展していた（夏樹にとって最悪な方向に）。
「え、ちょっと待って下さい。」
最悪の展開に夏樹は慌てる。
いくら何でも女性の水着を着れる訳がない、こんな姿でも男なのだから。
「あ、大丈夫よ、胸にはパットを入れば小さいの目立たないし。」
クリスが夏樹を試着室に引っ張って行きながら言う。
夏樹が恥かしがっているのを”胸が小さいから”と思ったらしい。
「下はパレオを付ければ恥ずかしくないわよ。」
雅美も夏樹の躊躇する姿を”人前で下半身を見られるのが恥ずかしいから”と思ったらしい。
「周りは女性ばかりだし、見るのは私達だけにしてあげますから。」
先ほどの彼女達が選んだ３着の水着を持って後から付いてくる恵理香が気遣ってくれる。
（そんなの慰めになりませんよ。）
泣きたい心境の夏樹だった。
結局、試着室に恵理香が選んだブルーの水着を持って押し込まれる夏樹。
「終わったら呼んでね。」
クリスはそう言って試着室のカーテンを閉める。
一人試着室の中に残された夏樹は持たされた水着を見て深い溜息を付く。
（やっぱり着なきゃ駄目かな？）
確かに今までに女装させられたことはあったが、せいぜい服どまりで水着や下着までは無かった。
それが今じゃ・・・。
夏樹は目の前にある姿身用の鏡に背を向けると、ワンピースを脱ぎ始める。
現われた服の下には女性用の下着があった。
実は皆から服を貰った時に”下着を付けていないのはおかしい”と指摘されてしまった。
その為、母親がスポンサーとなり、三枝先輩監修・クリス達ウェイトレス陣立会いで、その日に買わされたのだった。
もはや変態の域に入った気分だった。
だが、周りはそんな夏樹を”身の回りに関する知識が不足気味の女の子”だと思っているみたいだった。
仕方なく夏樹はブラジャーを外し、下はそのままでワンピース水着を着る。
胸にパットを入れ、下半身にパレオを巻く（見よう見真似だが）。
（これでいいのかな。）
まあ、鏡を見れば分かるのだろうが怖くて見れない夏樹。
「どう、終わったかしら。」
外からクリスの声が掛けられる。
「あ、はい。いいと思いますが。」
そう言うとカーテンが開かれて三人が覗いてくる。
その視線に夏樹は恥かしくて俯いてしまう。
（う、は、恥ずかしいよぅ。）
その時夏樹は自分で気付いていなかったが、両手を胸の前で組みもじもじさせながら内股で立っていた。
そう何処から見てもその姿は水着姿に恥ずかしがっている女の子であり、それが男であるなど想像も出来ない。
「お、なかなか似合ってるね。」
「青はナツキちゃんに合ってますね。」
「恥ずかしがらなくともいいのに。」
３人は各々感想を述べる。
「では、次いってみようか。」
クリスはそう言って自分の選んだ真っ赤な水着を渡す。
そして再びカーテンを閉められる夏樹。
（あと２着で終わるんだから、あと少し我慢すれば・・。）
そう言い聞かせて、次の水着に着替える夏樹。
（で、でもビキニは・・・。）
まるで裸になったみたいで、恥ずかしさは先ほどの倍は感じる。
それでも不自然さを感じさせない（男に見えない）体型が、夏樹は恨めしかった。
「Oｈ！　セクシーね。」
クリスはどこかのエセ外国人（？）の様な反応を示す。
「すごいですわ。」
「何か負けそう・・。」
他の二人も驚きを隠せない。
「私の選んだ水着はどうかしら。」
雅美は期待一杯の目で夏樹を見る。
そうして雅美の選んだ水着も着せられたが、多少露出度が少ないくらいで恥ずかしさは変わらない。
（でもこれで終わりだ。）
３着目の水着を脱いで安堵した夏樹だったが、それは甘かった。
その後次々と水着を持って来られ、試着させられるのだった。
（か、かんべんしてくれー。）

結局夏樹は最初に着たブルーに白いラインの入ったワンピース水着を購入することにした。（それが一番おとなしめだったから）
その後クリス達の水着選びに付き合わされ（そこでも恥ずかしさの余り昏倒しそうになった）、ようやく水着選びは終わった。
これで帰れると思った夏樹だったが、残念ながらそうはいかなかった。
「ついでに夏の服も見ていきましょう。」
というクリスの提案でラムザの中を連れ回される夏樹だった。

日が暮れるころに本日すべての買い物は終わった。
夏樹は疲れ果てて言葉も出ない状態だった。（他の三人はまだまだ元気だった・・・。）
その後は喫茶店で軽い食事を取り、四人は帰路につく。
（ようやく開放される。）
夏樹はそう喜んでいたが、その道すがらクリスに「今度のプール楽しみね」と言われて改めて気付く。
（そうだよ、そう。これを今度のレクリエーションの時着ないといけないんじゃ・・・。）
夏樹は暗澹たる思いで家に帰るのだった。
なお、家に帰った夏樹はその水着を母親に見つかり大笑いされた。

レクリエーションまであと６日。
できれば来ないでくれと願う夏樹だった。