僕はウェイトレス？�T

ナツキ主演の探偵物語特別編はクリスマスの前に放映された。
その時ナツキはといえば、『ブルーウィンド』で働いていたのだった。

冬休みに入り早番で出勤したナツキが更衣室のロッカーを開けると真っ赤なワンピースがかかっていた。
｢エッ！、この服は？｣
そういってあたりを見回すとクリスは既に着始めていた。
「25日まではこのサンタルックで給仕することにしたんだって、雅美から聞いてなかった？」
ナツキは首を横に振るだけだった。

裕香とクリスとナツキの3人で服の乱れを直しあい、事務室に入っていくと雅美さんが
「よくにあっているわよ。」
といってくれた。

10時になりお店が開店するとナツキ目当ての客で、座席はたちまちいっぱいになった。
客たちはナツキを見て、
「ステキです〜。」「よく似合っています。」「一緒に写真に写ってください。」などといわれていた。
4時近くになり交代の時間が近づいてきたが、ナツキのサンタクロース姿のことを聞きつけた人たちでお店は満員状態だった。
雅美さんのところには「ナツキちゃんのいるときにクリスマス会を開きたい。」との電話がひっきりなしにかかっていて、とても交代できるような状態ではなかった。
「ナツキちゃん、申し訳ないけど、こんな状態だからもう少し残業してくれる？」
雅美さんの言葉に頷くしかないナツキだった。
結局、閉店の10時まで残業したナツキだったが、
「明日から25日まで、ナツキちゃんとクリスマス会をしたいって言うお客さんで、開店から閉店まで予約でいっぱいなの。申し訳ないけど、明日からも残業してね。」
雅美さんに頼み込まれ、結局残業することになってしまった。

探偵物語の特別編、放送日9時を過ぎた頃まだまだお店には満員のお客さんがいた。
「いらっしゃいませ。ようこそブルーウィンドへ、現在満席ですので、カウンターならお入りいただけますけれど？」
そう挨拶したナツキは知った顔を見て驚いた。
「何でこの時間に皆さんがいらっしゃるんですか？」
そこにいたのは探偵物語の撮影スタッフたちだった。
「番組の最後にナツキちゃんからの生メッセージを流したくて来たのさ。」
「え〜、僕なんかじゃなくて金城さんのメッセージを流したほうが良いですよ。あの番組はストーリーと、金城さんの人気で成り立っているんですから。」
大真面目にそういうナツキにスタッフたちは、顔を見合わせため息をついた。
「最初はそうだったかもしれないが、今、1番人気があるのはナツキちゃんだよ。知らなかったの？」
「僕が1番、人気があるなんて信じられない。」
「じゃあ、同じ日時で、トークショウでも開いてどちらが人気あるか確かめようか？」
「ウーン、あまり人前に出たくないんだけど、興味もあるから1回だけなら、出ても良いかな。」
「よし決まった。じゃあ早速手配するよ。とりあえず今日の番組の最後に一言メッセージを流させてくれよ。その前に全員にコーヒーを飲ませてもらえるかな？」
「ハイ、それでは中へどうぞ。」

9時50分ごろから表に飾られたクリスマスツリーの横で放送を待っていた。
9時54分の10秒前からナツキの生メッセージがオンエアされた。
「みんな、Happy Christmas!」
ほんの10秒ほどの生中継だったため見逃した人間もたくさんいた。
既に混雑していたBBSに「ナツキちゃんのサンタ姿かわいかった。」
の書き込みがアップされると見逃した人たちからの再放送のリクエストメールが放送局に殺到し、増設したばかりのサーバーまでダウンすることになってしまった。
二日後、10秒間の動画が配信されることになると、ダウンロードする人が多すぎて、臨時に借りたレンタルサーバーまでダウンする騒ぎになってしまっていた。

ナツキのトークショウの話も急遽進められることになり、大手広告会社のＨ社が企画することになった。
「金城のトークショウについては、都心に近いところでキャパは少なめでいい、担当は近藤君がやってくれ、
ナツキについては、都心から少々離れても良いから、キャパがあるところを探してくれ、担当は加藤君がやってくれ。成人の日の放送で、告知のテロップを流して次の土曜日に、トークショウを開く、日がないから急いではじめてくれ。」
企画１課の課長の一言により加藤君が貧乏くじを引くことになってしまった。

トークショウに使えそうな施設に手当たり次第に電話をかけるが、１ヶ月もない状態では、大きいところはふさがっており、ようやく空いていたのはＴＳ市市民会館の大ホール（収容人員２０００人）だった。
（まあ、トークショウだし、キャパを確保するように言われたけど、これでは大きいすぎるくらいだよな。）
加藤君はナツキの人気を過小評価していた。
（整理券を配るようにしても、１割くらいは来ないから、それをスポンサーにまわすことにして、先着２０００人に入場整理券を出すことにすればいいかな？）
「課長、ＴＳ市民会館の大ホールが取れました。今からスポンサー探しと、市民会館の使用する手続きに行って来ます。」
「う〜ん、そこしかなかったのか？」
「ハイ？どういうことですか？」
「あそこでは２０００人くらいしか入らないだろう？」
「ええ、でもそれより大きいところは全部埋まっていましたので、それにトークショウでしょ？そんなに人は来ないと思いますけれど。」
「しょうがないか。うまいことスポンサーを見つけてこいよ。」

スポンサーは『探偵物語』のスポンサー４社がそのままトークショウのスポンサーもすることに同意した。ただ、いずれの会社も、入場整理券を最低１００枚はよこせと要求したのには困ったが、一般入場者を１８００人にすることで調整することにした。

ＴＳ市民会館の借りる手続きをするためにＴＳ市を訪れた、加藤は市民会館に隣接して、市民球場があるのに気がついた。
（もし録画するとか言い出すと大変だな、機材が置けるようにここも借りとくほうが良いかな？）
事務室をおとずれると、そこで市民球場の管理も行っていることがわかり、トークショウ当日も空いていることがわかった。
「じゃあ、市民球場も借りるので、お願いします。」
たいした金額ではなかったので加藤君は市民球場も借りることにした。

加藤が帰社すると課長から声がかかった。
「加藤君、スポンサーがＡ，Ｂ，Ｃ，Ｄの４社になったそうだな。」
「はいそうですけど？」
「Ａ社が２００枚、Ｂ社が１００枚、Ｃ、Ｄ社が１５０枚、整理券を追加でよこせといってきたので、出すことにしといたぞ。」
「えっ、そんなに出すことにしたんですか？スポンサーのお願いに行ったときに１００枚ずつの約束をしてきたので、全部で１０００枚になりますよ。」
「そんなになるのか、あとうちの会社用に１００枚、テレビ局用に１００枚欲しいんだが用意できるか？」
「はっきり言って無理です。そんなことしたら一般のお客は８００人しか入れられませんよ。」
「なに言ってんだ、スポンサーのところなんかほとんど来ないって。２０００人招待でテロップ入れても、１０００人しか集まらないこともあるし、まあ心配要らないだろう。」
課長のいい加減な言葉にあきれながらも、そう思わずにはやっていられないこともあり、無理やり納得する加藤君だった。

成人の日に放送された『探偵物語』にはナツキと、金城のトークショウの告知が、テロップで流され、特にナツキについては、当日テレビ局で整理券を配り、ＴＳ市市民会館で先着１５００人限定ということが流された。

トークショウを翌日に控えた金曜日の１２時、加藤は明日のことを確認しベッドに入った。
（看板は明日午前中に搬入するし、司会を鈴木アナに頼んだし、質問事項も確認したし、後はどれだけ人が来るかだな。）
そんな加藤の眠りは長く続かなかった。
朝５時過ぎに加藤の携帯が鳴った。
「加藤君、ＴＳテレビの前に整理券を求めて３００人くらい並んでいるそうだ。至急整理するように人をやってくれ。」
それは課長から、ナツキのトークショウに人が殺到しているから整理しろとの指示だった。
テレビをつけると、ちょうど天気予報の時間で、テレビ局のそばの歩道にあふれた人が写しだされていた。
『東京地方の今日の天気は晴れ、風も弱く穏やかな小春日和でしょう。』
アナウンサーの声を聞きながら着替えた加藤はテレビ局に向かって駆け出していった。

加藤がテレビ局についたときには集まった人は既に５００人を越えていた。
警備会社に連絡を取り、駆けつけた警備員により人々が整列させられ、その列は５００メートルにも及んだ。
時が経つにつれ、列はどんどん長くなっていった。
８時の時点ではすでに１キロも人が並んでいた。ＴＳ市民会館にとても全員が入れるはずもない。加藤は改めて、ナツキの人気に驚いていた。と同時にこれからトークショウをどうするか考えてしまった。
（課長がキャパ重視といったのは、これだけの人が来るのを見越していたのか！　さて、これだけたくさん来ると入りきれない人たちが騒ぎ出すかもしれないな。何か良い手はないかな？
う〜ん、そうだ！野球場でトークショウをすればもっとたくさんの人が入れるぞ！野球場は抑えてあるから、場所の変更を告知すれば良いし、看板も立てかければよい。天気予報も良いからこの手しかないな。）
加藤は携帯電話で課長に場所の変更を申し出ると、課長も状況からやむをえないと判断し、急遽、野球場でのトークショウという前代未聞の事態になった。

整理券は９時から配られることになり、その際に場所の変更も告知することになった。
『今日のトークショウはＴＳ市民球場になりました。防寒対策をしてきてください。』
配られた整理券は８０００枚にも上った。

ナツキが球場に入ったとき、ざわざわとした雰囲気が控え室に伝わってきた。
「今日は２０００人招待って聞いていたんですけど、何人くらい入っているんですか？」
ナツキを案内してきた加藤に尋ねた。
「えーと、多分１万人くらいかと思います。」
「金城さんのほうはもっと来ているんでしょうね？」
「それは絶対にないと思いますよ。」
「なぜですか？」
「デパートの屋上でイベントを開いていると聞いていますから。がんばっても３００人くらいしか入りませんよ。」

ナツキが１塁側のベンチからマウンド上に置かれた椅子に向かって歩いていくと、沸きあがる歓声がナツキをつつんだ、正面スタンドから左右の内野スタンドに人があふれかえっていた。
「それではナツキさんのトークショウを始めます。ナツキさんはあまりこういうのに慣れていないので、こちらの用意した質問に答えていただく形を取りたいと思います。それでは最初の質問です。探偵物語に出るきっかけは？」・・・
「ナツキさんの好きな歌は？」
「花かな？」
「それでは歌っていただけませんか？」
「１番だけなら･･」
ナツキの歌声はそこに来ていたすべての人に感動を与えた。

「そろそろ時間も押し迫ってきました、最後の質問です。ナツキさんの憧れの人は？」
「ウーン、自分をしっかり持っていて、周りに流されない人かな？」
「ナツキさんどうもありがとうございました。」
ナツキは立ち上がり、３塁側スタンドに向かって歩み寄り、大きく手を振った。
観客は手を振りかえしたり、拍手してそれにこたえた。
ナツキは３塁側から正面スタンド、そして１塁側のスタンドのフェンス沿いに歩きながら手を振りベンチに帰っていった。

こうして、ナツキのトークショウは無事に終わった。