僕はウェイトレス？�T

「うーん、どうしましょう。」
｢ウーン。｣
10月のとある日、｢ブルーウィンド｣の事務室で、ナツキと雅美さんは頭を抱えていた。
目の前のテーブルにはスケジュール帳が置かれ、10月の第3日曜日に3つの行事が書かれていた。

｢学園祭｣｢探偵物語収録｣｢商店街・1日商店街会長｣

｢まあ、やれるだけのことはやりますよ！｣ナツキはそう答えた。

　第3日曜日、朝10時から｢ブルーウィンド｣から御崎商店街をはさんで反対側にある公園で、1日商店街会長の任命式が行われていた。
公園を埋め尽くす人・人・人、任命式を陰から見ていた雅美さんが、そばの商店街の役員に聞いた。
｢ずいぶんたくさんの人が来ていますけれど、こんなにたくさんの人を集めるのは大変だったでしょう？｣
｢何人かサクラを頼んだんですけど、今はみんな人並みの整理に出ています。
私たちもこんなに人が来るとは思っていませんでした、商店街チラシに1行入れただけなのに・・・｣
｢それじゃあ、ここにいる人たちはみんなナツキちゃんのファン？｣
大きくため息をつく雅美だった。

｢それでは、今からナツキさんと一緒に商店街を歩く、商店街ウォークを行いますので、皆さん、ナツキさんのために道を開けてください。｣
商店会長の声に人一人がようやく通れる道ができた。
｢ブルーウィンド｣のウェイトレスの制服に身を包んだナツキが商店街に向かって歩き始めた。
その後姿に商店街の会長が一言つぶやいた。
｢これからどうなるんだろう？｣

500メートルしかない商店街だが、今日は大売出しのため通り全部が歩行者天国になっていた。
公園から｢ブルーウィンド｣まで普通に歩けば10分でつくのだが、30分たった今ようやく中間地点にたどり着いた。
商店街の人がわき道から人が入ってこないように規制してくれて、ようやくここまでたどり着けたのだ、本来はもう着替えて学園祭に顔を出そうかという時間なのだが、着替えのおいてある「ブルーウィンド」はまだまだ先である。
「皆さん、商店街を利用してください。」
ナツキは手をみんなに振りながら少しずつ歩いていた。
本来ドラマの喫茶店の衣装を着てくるのが一番わかりやすいのだが、衣装の借り出しなどを商店会ではできなかったため、イメージが似ている「ブルーウィンド」の制服を着ているのだった。

ようやく「ブルーウィンド」の前に到着したナツキは一緒に歩いてきたみんなに振り返り、
「これからも商店街をよろしく。」
と、挨拶し、手振りながら「ブルーウィンド」の中に入っていく、後に続いて「ブルーウィンド」に入っていこうとするファンたちをクリスや、男性アルバイトたちが押しとどめていた。
その間にナツキはセーラー服に着替え裏口から出て、服部学園に向かっていた。
「思ったより時間かかっちゃったなー。」
学校に向かう電車に乗りつぶやくナツキだった。

ナツキが校門をくぐると学園の生徒たちがナツキのところに集まってきた。
「「ナツキさーん、私たちの展示見て行ってください。」」
あまり時間のないナツキが困っていると、同じクラスの真由美がナツキの手を引っ張り出した。
「ナツキさんは、まず自分のクラスから見て回るんです。」
ほかの子たちも、自分の所属するクラスを見ることは当たり前と思ったのか、反対する子はいなかった。
「今日はクラスの展示に参加できなくてごめんね。」
「しょうがないよ、忙しいんでしょう？後は私たちでがんばるから、ナツキもがんばって。」
同級生たちの励ましを受けて、心なしか和むナツキだった。
ナツキが自分のクラスの展示を見終えると本格的に、ナツキの争奪戦が始まるはずだった。けれど、時間のないナツキはみんなを前にして、両手を合わせ、一言言った。
「ゴメン！、このあと撮影があるの、みんなの展示見たいけど時間がないから、本当にゴメンね。」
ナツキに謝られ女の子たちは何も言えなかった。

「ふー、遅くなっちゃったなー、これじゃぎりぎりにしか着かないなー。」
駅に向かって走りながらつぶやくナツキ、都内の移動には車を使うより、地下鉄や電車を使ったほうが早く着くことがよくある、スタジオまでは電車に乗るのが1番早そうだった。
撮影開始時間の直前にスタジオに入ることのできたナツキは、着替えもそこそこに監督たちに挨拶していた。
「おはよーございます。遅れてすいませんでした。今日もよろしくお願いします。」
「オハヨーさん、今日は７話分撮るから大変だけど、がんばってくれよ。」
「ハイ、がんばります。」

収録は６話まで終わったところで、監督が休憩を告げた。
「３０分の休憩にします。出演者は、控え室で待機してください。」
ナツキは２回目の収録のため、更衣室しか知らなかった。
同じウェイトレス役の娘に尋ねた。
「あの〜、控え室ってどこですか？」
「あなたの控え室はそのドアを出て、右に行ったところにあったはずよ。」
「ありがとうございます。」
ナツキのお礼の言葉を聞いていないかのように、彼女は背を向け、ドアを出て左に歩いていった。
「アレ？、ドアを出て右って言ってたのに･･、まあ良いか、とりあえず行ってみよう。」
ナツキはドアを出て右に歩いていくと、いくつかのドアがあり、それぞれに主要出演者の名前が貼られていて、そのひとつに木村ナツキ様と紙が貼ってあった。
ドアを開けて入ってみると、鏡台と椅子が一脚だけ置いてあった。
一人だけで時間をつぶすのがいやだったナツキは同僚役の女の子が歩いていった、ドアの反対側へ歩いていくと、出演者控え室とかかれたドアがあった。
ドアをノックして開けると、同僚役の女の子とマスター役の男性がテーブルを前にして談笑していた。
「あのー、ご一緒させていただけませんか？」
「ナツキさん用に個室が用意してあったと思ったんだけど？」
「ええ、部屋はあったんですけど、一人でいるのは嫌いなんですよ、ご一緒させてください。」
「エッ！、マネージャーさんは？」
「今日はいません。」
「え〜、今、人気のナツキちゃんにマネージャーがいないの？」
「う〜ん、そんなに人気あるんですか？、アルバイトと撮影のスケジュールは、お店のマネージャーさんに調整してもらっているんです。」
「お店って？」
「『ブルーウィンド』というファミレスです。」
「エ〜！ナツキちゃんファミレスでアルバイトしているの？、ほかにも仕事の話あるんでしょう？ファミレスなんかでアルバイトしなくても･･」
「別にアルバイトしなくても良いんだけど、お客さんから続けてくださいって言われるし、ほかの番組に出る気はないから、まあ仕方なくってところかな？」
「もったいない、私があなただったらほかの番組にもどんどん出るんだけどな♪」
「まあ、人それぞれいろんな考え方があるから。でも、君がすごい人気があることは間違いないぞ。」
ウェイトレス役二人の話を聞いていた、喫茶店のマスター役の男優が二人の会話に参加した。
「休憩後の撮影は公開されるそうだよ。」
「？？？公開されるって、誰にですか。」
「マスコミにさ！」
「え〜！そんな話があるんですか？」
「ああ、だからあがらないように気をつけて。」
そんな話をしているうちに時間になったのか、ADが出演者を呼びにきた。
「ナツキさんこんなところにいたんですか、探しましたよ。
皆さんも時間ですので、スタジオへおいでください。」

スタジオへ入ると先程までの撮影と違い、たくさんの人がいた。マイクを向けられるかと緊張していたナツキだが、それもなく撮影セットにたどり着いた。
「撮影再開します。第11話シーン２、3，2，1、キュー」

撮影が終わり帰ろうとしているナツキのところにADが近づいてきた。
「ナツキさん、このあと記者会見を行いますので、その衣装のまま控え室でお待ちください。」
「エッ！記者会見なんてあるの？」
「ええ、前回の記者会見にナツキさんいなかったでしょう？なぜヒロイン役がいないんだって話で、もう一度記者会見を開くことになったんです。まあ、ナツキさんの人気もあって前回よりもたくさんの人が来てますけど･･。準備ができ次第呼びに行きますので、しばらくお待ちください。」
（なんか大変なことになったな）ナツキはそう思いながらも、控え室に入っていった。

ものの5分ほどでADが呼びにきた。
会見場は別のスタジオで、ナツキは他の出演者たちや監督と一緒に入っていった。
そこには50人以上の人が待ち構えていた。
「制作発表のときの倍はいるな。」
金城の一言が、ナツキの人気のすごさを物語っていた。
「撮影途中の記者会見は珍しいことだが、記者さんの要望が多かったので開く事になりました。あまりきわどいことは質問しないでください。」
監督の一言により記者会見が始まった。
もちろん質問はナツキに集中した。

「ナツキさんの生年月日は？」「好きな物は？」「どこの出身ですか？」「彼氏はいますか？」
｢スリーサイズは？｣etc・・・

｢個人的な質問はお断りします。｣
監督の一言に会見場は静かになった。
｢ナツキさんの推理している場面のせりふ、かなり長いんですけれど、どうやって覚えているんですか？｣
｢べ、別に特にありません。監督からは、アドリブで演じて欲しいといわれているので、せりふって言うものは特にありません。｣
ナツキの発言に会場は騒然となった。
｢彼女が本当に推理して事件を解決していたのか。｣｢彼女は天才か？｣etc・・・
「ハハハ、まあ彼女には台本を渡していないから、彼女の言うことは正しいが、彼女が事件を解決している訳ではないんだよ。」
「？？？」
｢状況設定を彼女にみせて、推理してもらい、それに基づいて、事件現場を撮影するのさ。
そうすれば彼女がすべて推理したように見えるだろう。」
会場からは感嘆の声が上がった。
｢彼女の推理を妨げないように、監督も彼女にはNGを出さないしね。｣
金城がそういうと、
｢別にそういうわけではないさ、彼女がこちらの要求以上の演技をしているから、NGがないのさ。｣
監督の言葉に会場からは再度、感嘆の声が上がった。
「演技に厳しい監督にしては、珍しいですね。」
｢おいおい、俺はオニじゃないんだから、良い物は良いって言うさ、まあ、あの役が彼女のはまり役だったんだな。｣
｢これからも彼女を使っていかれるのですか？｣
｢年末の特番に彼女が主役の探偵物語を作りたいと思っている。｣
｢え〜聞いてませんよ！｣
ナツキが驚くと監督は笑って、
｢そりゃ聞いていないだろう、今はじめて言ったんだから。
出てくれるだろう？｣
｢そんな急に言われても･･･｣
｢ほかに考えてないし、記者さんも集まっているんだから、そういうことでよろしく。｣
またしても流されてしまう、ナツキだった。