僕はウェイトレス？�T

今、僕は都内某所にあるスタジオで、ドラマの台本読みをしている。
なぜこんなことになってしまったのか、すべては、夕べの母の一言から始まった。

『ブルーウィンド』でのアルバイトを終え家に帰った僕に、待っていたとばかりに母が声をかけてきた。
「ナツキ、明日はアルバイト休みだったよね？」
僕は月曜日から金曜日まで２時間のアルバイトをするようになり、雅美さんに頼んで明日の土曜日、１日、休みをもらうことになっていた。
「うん、明日は休みだけど、なんかあった？」
「私の友達の知り合い（つまりまったく関係ない人）からテレビドラマの出演者を探しているのだけど、イメージに合う人がいなくて苦労していたそうなんだけど、どこで見つけたかナツキの写真を見てぜひ出て欲しいと言ってきたの。
私は本人に聞いてからといったんだけど、是非にと言って強引に電話を切られてしまったの。
そんなわけで、明日城山スタジオに１時に行ってくれないかしら?」
「いやだよ！僕テレビになんか出ないってあれほど言ったじゃないか！母さん断わっといてくれよ！」
「そんなこと言わないで、母さんの顔を立てると思って、１回だけお願い。」
『街の美少女』に出演以来ナツキの元には、テレビに出て欲しいとか、写真集を出そうとか、果てはアイドルとして歌手デビューしないかなどという話が、いくつか来ていたのだったがすべて雅美さんに断ってもらっていた。

「あなたが行かなければみんなが困るのよ」
母に説得され城山スタジオに来た僕だった。
城山スタジオの入り口で守衛にプロデューサーの名前を告げると、Bスタジオに行くように言われた。
Bスタジオのドアを開け、中の入っていくと一人の男性が満面の笑みを浮かべて、近づいてきた。
「イヤー、よく来てくれたね、まさか来てくれるとは思わなかったよ。
これで、このドラマはヒット間違いなしだ。」
そういうと僕を出演者のところへ案内してくれた。
「あの〜？僕は何をすればいいんですか？」
「君は喫茶店のウェイトレス役で、会話はアドリブでやってもらえば良いよ。」
（はあ〜、別に僕でなくてもいいじゃないか。）
心の中で愚痴るナツキだった。

「もう一人の主役の柊ゆか君が来ていないが、時間だからカメリハ始めようか。ゆか君の分はナツキちゃん、代わりに台本を読んでくれるかい？」
「はい！」
出番のない僕が主役の代わりに台本を読み、カメリハが始まった。

カメリハが始まって３０分ほどたっただろうか、プロデューサーの携帯の呼び出し音が響いた。
「もしもし、なに！　ゆかが病気で入院？　当分退院できない？」
プロデューサーの大きな声に出演者全員が注目している。
「わかった。病気じゃあしょうがないな！」
そういって、プロデューサーは電話を切り、僕たちのほうに歩いてきた。
「今聞いたとおり、ゆか君が病気で入院して、当面来れないそうだ。だからこのドラマの収録をあきらめる。」
プロデューサーの話を聞いていた主役の金城　守が急に言い出した。
「このドラマの台本を読んで、すごく面白かったので、撮影中止なんてもったいないですよ。」
「でも、ゆか君がいなければ撮影できないだろう？」
「ゆか君の替わりは彼女にやってもらえばいいですよ。カメリハをしていて、彼女の表現のうまさに驚いていたんですよ。」
そういって僕を指さした。
「え〜！　僕、演技なんてできませんよ！」
そんな僕の言葉を無視して、プロデューサーと金城の間で話は進み、台本の一部を書き直し、僕は喫茶店のウェイトレスをする、準主役としてドラマに出る事になってしまった。

「第１話　シーン６行きます。」
「３・２・１・Ｑ」
喫茶店のセットの中に入ってくる主役の金城、ほかに客はいない。
「いらっしゃいませ、何になさいますか？」
「ああ、ホットコーヒー」
なにやら紙を拡げ考え込んでいる。
「お待たせしました。」
コーヒーをテーブルの上に置き、紙を覗き込む。
「なんですか？それ」
そういって、さっと紙を取り上げる。
「ちょ、ちょっと！」
「ふーん、虫食い文章の解読ですか？　私クイズやパズルが大好きなの。
何々、○ヶ崎の社に○日３時までに○千万置いておけ、警察に連絡すれば、○の命はない。まるで脅迫状ですね。最初の○は竜ですね。」
「えっ！　何で竜なんだい？」
「だってこの近所に何とかヶ崎って竜ヶ崎しかありませんもの。二つ目の○は１文字だから本でしょうね。今日は１２日ですから、三つ目は穴の周りの線のふちから、漢字の五でしょうね。最後の○は文脈から行くと、一文字の人の名前でしょうね。」
「ありがとう！」
金城が紙をひったくり駆け出していく。
「あ！　飲み逃げ！」
呆然とするナツキ。
「OK！」
１発でOKが出た。

「第１話　シーン１６行きます。」
「３・２・１・Ｑ」
喫茶店のセットの中に入ってくる主役の金城、
「あ！　このあいだ飲み逃げした人！」
｢このあいだはありがとう。わ！｣
ナツキにお冷をかけられ、逃げ惑う金城
「ゴメンゴメン、このあいだは急いでいたから。」
壁に貼ってある、チラシを指さし、
「コーヒーチケットください。」
というと、ナツキはにっこり笑って、
｢毎度ありがとうございます。3,500円です。｣
態度の急変にずっこける金城。
｢これからもご贔屓にしてください。｣
ナツキに言われ、手を差し出す金城
｢俺のほうこそ、これからも事件の解決に協力してくれ。｣
握手をする二人。
「OK」

第２話から第６話まで同じように問題の解明と、最後のずっこけ水をかけるシーンを撮り
初日の撮影は終わった。
｢ナツキ君、２時間後に記者会見があるから同席してくれないか？｣
プロデューサーにそう言われるが、女装姿で人前にたちたくないナツキは、記者会見の出席を断った。

ナツキが家に帰ると母親が出てきていろいろ聞いてきた。
「どうだった？撮影は？」
｢うん、チョイ役であまり出番なくて、僕的にはよかったかな？｣
｢なんて言う番組なんだい？｣
｢ウーン、台本の表紙に書いてあったけど忘れた。｣
｢この子はホントに、モー！｣
ナツキはドラマに興味がなく、端役だと思い込んでいるので、自分の出るドラマとはいえ、まったく興味がなかった。

ナツキと母親がそんな会話をしている頃『探偵物語』の制作発表が行われていた。
「ただいまより『探偵物語』の制作会見を行います。」
いきなり記者の質問が飛ぶ、
｢柊　ゆかさんが入院したそうですが、このドラマを作られるのですか？｣
監督が苦笑いしながら答えた。
｢今、制作会見と言ったでしょう、もちろん作りますよ。｣
記者たちは顔を見合わせた。会見予定時刻の１時間前に来た彼らは、人気のなくなったスタジオしか見ていなかった。注文の多い土屋監督なら撮影が押し、会見が遅れるのが当たり前であっただけに、記者たちは信じられないようだった。
｢じゃあ、柊さんの代わりは誰がやるのですか？｣
｢新人の娘だ。｣
記者たちは辺りを見回すが、それらしき人間はいない。記者たちを見て、プロデューサーが言った。
｢忙しい娘で、今日の会見には来ていない。｣
｢ええっ〜！　そんな！　いつ彼女に会えるんですか？｣
｢彼女の撮影は１ヵ月後かな？　それまでは画面で我慢してください。｣
｢こんな制作発表初めてですよ。｣
｢まあ、そう言わずに、ほかの役者はいるんだから。｣
｢それじゃあ、金城さん、彼女の演技はどうでした？｣
｢監督の秘蔵っ子らしく、すごくうまいですよ。｣
｢おいおい、勘違いしてもらっては困るよ、彼女はうちの劇団員じゃないよ。｣
｢エー、違うんですか？　ＮＧを１回も出さないし、監督のところの娘だと思ってました。｣
｢うちの劇団には彼女ほどできるのはいないよ、彼女がうちの劇団にいたら、いろいろな劇ができるのだがな。｣
「そんなにうまいのですか？」
｢ええ、こちらが彼女の演技に引き込まれそうなくらい。｣
｢それでは、ここら辺で、会見を終わりにさせていただきます。｣
｢探偵物語をよろしく！｣

翌日発売の新聞やテレビ雑誌などに、姿を見せ得ない新人女優のことが載り、女性の間では話題になっていた。
｢このドラマなかなか面白そうだわね。｣
｢ええ、見逃せませんわ。｣
クリスと恵理香さんが話しているのを聞いていたナツキだったが興味はない。
｢ナツキちゃんもドラマ好きでしょう？｣
｢ウ〜ン、あまり興味ないんだよね。｣
｢そお？面白そうなドラマがあるんだけど見て見ない？」
クリスさんの言葉に首を横に振る僕だった。

月曜９時から「探偵物語」が放送された。
そのころ、僕は自宅で、宿題の英語を調べていた。
玄関のチャイムが鳴ったので誰だろうと思っているとしたから、隣の洋子姉さんの声がした。
｢おばさん、テレビ見ています？　ナツキちゃんが・・・｣
呼ばれたわけではないので、宿題の続きをしていると、９時５０分ごろ下から声がかかった。
｢ナツキ〜、降りてきて。｣
１階の居間には母と隣の洋子さんがテレビを見ていた。
｢ナツキちゃん、撮影のときに金城さんいなかった？｣
｢金城さんって？　ウ〜ンと、もしかして僕が水をかけた人？｣
｢そう、私ファンなの、今度サインもらってきてね。｣
｢エー、でも僕みたいな端役にサインなんてもらえるかな？｣
｢なに言っているの、ナツキちゃんはあのドラマのキーパーソンよ。ナツキちゃんが頼めば１発よ。｣
｢でも、僕、出番少ないし、出ている時間短いから・・・｣
｢お願いね。｣
あいも変わらずナツキの認識は端役のようである。

その頃、テレビ局のサーバーはドラマの情報を得ようとする接続でダウンしていた。
同じ頃、ナツキのホームページでもＢＢＳの書き込みでサーバーがダウンしていた。