僕はウェイトレス？�T

２学期が始まってはや１０日、三笠山駅では朝の風景に変化があった。ナツキの登校を待つ生徒たちが駅の出入り口付近に人垣を作る。最初は数人だったのだが日々その数は増え続け今では５０人もの人がナツキの登校を待っている。しかも服部学園の生徒だけでなく、近所の高校の生徒までがナツキの出現を待っているのだ。

電車が着きたくさんの人間が改札口から吐き出される。一番最後にナツキが現れた。
「おはようございます。ナツキさん。」
ナツキを待っていた学生たちの声が唱和する。
「おはよう！　皆さん学校に遅れないでくださいね！」
人に騒がれるのが嫌いなナツキだが、集まった人に遅刻しないように注意する。その一言に感激し、ナツキのファンが増えていくことに本人は気づいていない。
駅でナツキを待っている人がいることに気づいて、３日前ホームルームぎりぎりの時間に登校しようとしたナツキだったが、その時間にもかかわらず１０人が駅に待っていたので、みんなが遅刻しそうになった。それ以降みんなが遅刻してはいけないと登校時間を早めにしたナツキだった。

転校してきたナツキに対するクラブ活動の勧誘はすごいものだった。ただナツキが体育の授業に参加しないのがわかると、体育会系のクラブは勧誘を控えた。文科系のクラブの勧誘はなおも続いた。
ナツキは御崎高校で入っていた美術部に入ろうと見学に行ったのだが、モデルを依頼され、いすに腰掛けさせられ、下校時刻ギリギリまでモデルをさせられた。出来上がったデッサンを見せてもらうと、ナツキの背景には乙女チックにバラやゆりの花が描かれ、自分がそのように見られていると思うと美術部にも入りたくなくなった。
ほかの文化部に行っても、モデルをさせられたり、宣伝に使われそうになったり、自分が楽しめないことがわかり、クラブ活動をあきらめたのだった。
そんなわけで、今は帰宅部のナツキだったが、一緒に帰ろうとナツキを待っている人間も増えてきて、どこに行くにもたくさんの人を引き連れて歩くナツキは三笠山界隈でも有名になっていた。
ナツキがおいしいといえばその商品はすぐに売り切れになり、ほかの商品も飛ぶように売れるが、ナツキがまずいといえばお客が一人も入らずつぶれてしまうので、ナツキにおいしいといわせようと飲食店が創意工夫し、三笠山がグルメな街として有名になるのはもう少し先の話である。

「ナツキさん、一緒に『ブルーウィンド』に行きませんか？」
声をかけてきたのは真由美ちゃんだった。
「ええ、いいけど、どうしたの？」
「斉藤マネージャーがそろそろナツキさんに出てきて欲しいって言っていたのですが」
「そうだね、クラブ活動もできないしブルーウィンドで働こうかな？」
ナツキの独り言をクラスのみんなが耳をそばだてて聞いていたのを知らないのはナツキだけだった。

「いらっしゃいませ、『ブルーウィンド』へようこそ、・・・」
『ブルーウィンド』の入り口を入っていくとクリスさんがいつものせりふで僕たちを迎えようとした。
「クリスさん、お久しぶり。」
僕たちの言葉に反応はなく、「こんなにたくさん入るかな？」とつぶやくのが聞こえる。
驚いて後ろを振り返ると僕たちとおんなじ制服を着た少女たちが３０人くらい並んでいた。
「雅美！」
店内でウェイトレスとして働いていた雅美さんを呼んだ。
呼ばれた雅美さんは入り口に来ると並んでいるお客さんに目を白黒させ僕たちに話しかけた。
「ナツキちゃん真由美ちゃん、急いで着替えて手伝ってちょうだい。」
お客として来た僕たちだったが、こんなにお客さんがいっぺんに来たのでは対処しきれないとわかったので、奥の更衣室で着替えて店内に戻ってきた。
「真由美ちゃんはお冷とおしぼりを出して、クリスとナツキちゃんはオーダーを取ってきてちょうだい。」
雅美さんの指示に従い、オーダーを取りに行くと女子高生たちから、
「ナツキさんには、その制服が１番似合いますね。」
といわれ、うれしいやら恥ずかしいやら不思議な感覚に襲われる。
（僕は男なんだから、この制服が似あわないほうがいいんだけど、似合うといわれるとうれしいな）
ほかのテーブルに行っても同じように言われ、また舞い上がってしまった。

注文の品を配膳し終えて、一息ついていると雅美さんからまた一声かかった。
「ナツキファンクラブの会員にプリクラ風のシールを販売することになったからよろしくね。」
「それが僕と何の関係があるんですか？」
「もちろん、あなたとのツーショットで写らなきゃ意味ないでしょ？」
店内にいる同じ学校の女子高生は全員プリクラシールを希望し、ほかの希望者と合わせ５０人もの人と写真を撮られることになった。
店内が静かになったのは６時を過ぎたころだった。
「いらっしゃいませ、『ブルーウィンド』へようこそ。」
来店した二人の女性客を見て真由美ちゃんが驚いたように声を上げた。
「ママ！」
そこには真由美ちゃんのお母さん（洋子さん）と山本先生がいた。
「どうぞこちらへ、お席に案内させていただきます。」
席につくなり山本先生が声をかけてきた。
「ナツキさんにはその制服が本当によく似合うわね、学校にもその制服で通ったら？」
「そ、そんなー、この格好で学校なんて行けません。洋子さんも何とか言ってくださいよ。」
「ナツキちゃんそこでターンしてみて、今度はエプロンはずしてターンして。」
何事か考えていた洋子さんがマネージャーさんを呼んでくださいと言うので、雅美さんを呼び、メニューを取りに戻った。
オーダーを取るのは雅美さんに任せ店内を見回すと遅番の恵理香さんが僕たちのところにやってきた。
「だいぶ落ち着いたから着替えてきたら？」
更衣室で着替え事務室に入ると雅美さんが待っていた。
「ナツキちゃん真由美ちゃん、ご苦労様。ナツキちゃんこれから毎日４時から６時までの２時間ずつ働いてくれない？売り上げが少し落ちているのよ。」
「うーん、まあよいですよ、でも時々は休ませてくださいね。」
「ええわかったわ、ナツキちゃんがいるとたくさんのお客さんが入ってくれるから助かるわ。」
（僕は客寄せパンダですか！）少しムッとしたが今まで休んでいたので強く出れなかった。
「それからここの制服を学校に持ってきてほしいと言う話だったので、持ち帰りを許可します。」
「えっ、誰がそんなことを言っていたのですか？」
「真由美ちゃんのお母さんと、先生よ。」
「なんだろねー？」
真由美ちゃんと首をひねったがわからない。とりあえず制服を持ち帰ることにした。

翌日学校に行こうと家を出ようとしたとき、母親から制服を忘れないようにとの指示がきた。
夕べ先生から連絡があったそうだ。
訳のわからないまま学校につくと、先生からあった指示は驚くべきものだった。
それは午後の生徒集会でブルーウィンドの制服を着てモデルをして欲しいとのことだった。
真由美ちゃんとブルーウィンドの制服に着替え体育館の舞台裏で待っていると、洋子さんの声が聞こえてきた。
「服部学園では永年セーラー服を制服にしてきましたが、違うタイプの制服があってもいいのではないかと言う声が上がってきていました。
そこで第二制服と言う形で、新しい制服も着用できるようにしたいと思います。
ナツキさん、真由美さん入ってきてちょうだい。」
僕たちが入っていくと驚きの声が上がった。
「第二制服はレストラン『ブルーウィンド』の制服と同じデザイン、同じ色にしたいと思います。エプロンの着用と髪飾りは各自の自由とします。ただしエプロンまで『ブル−ウィンド』と同じにするとお店の人にまちがわれるので、ブルーのストライプのエプロンの着用は禁止します。」
「もちろん、本物のウェイトレスさんはブルーのストライプのエプロンでもかまいませんけど。」
体育館の中に、『ナツキさん素敵！』『やっぱりナツキさんにはその制服が似合います！』などの声が広がった。
「第二制服の注文は、今日・明日の二日間購買で受け付けます。商品お引渡し時にお金を払ってもらいます。それでは解散。」
みんなが体育館を出ていくと洋子さんが声をかけてきた。
「ご苦労様、ナツキちゃんにはその制服が一番似合うからいつでも着てられるように考えたのよ。」
「でも、こんな制服、誰も着ないでしょう？」
「あら、そんなことないと思うけど。」
そう言うと洋子さんは出て行ってしまった。

３日後、「第二制服が明日届きます。交換の際には引換券を忘れないように。」との放送が入った。
その翌日、登校しようと駅に行くとブルーウィンドの制服を着た女性とが何人かいた。
セーラー服の僕を見つけて何人かが近寄ってきた。
「ナツキさんは、第二制服ではないんですか？」
「私たち、ナツキさんにあこがれて、同じ制服が着たいと思っていたんです。」
「ウーン、でもその制服って恥ずかしくない？」
「セーラー服って野暮ったくていやだったんです。この制服って可愛くて良いと思いますけど。」
みんなそう思うのか首を縦に振っている。
電車に乗り、三笠山の駅に着くとほとんどの女子高生が第二制服を着ているのがわかった。
『おはようございます。ナツキさん。』
今日も僕を待ち受けていた少女たちが一斉に挨拶した。
「ナツキさんは第２制服着ないのですか？この制服はナツキさんのためにあるようなものなのに！」
みんながうなずく。
第二制服ではエプロンで各自の個性を出しているようで、本当のメイドみたいなエプロンをしている子や、新妻みたいにフリフリのついたエプロンをしている子がいたりして個性豊かだ。
「ウーン、ちょっと恥ずかしいからその制服は着れないかな？」
「この制服のほうが可愛いから好きです。ほかの学校の子も可愛いって言ってました。」
「ナツキさんもこの制服を着てくださいよ。」
こうして服部学園の制服は、メイドタイプのワンピースに事実上なってしまった。
ちなみに男親からは大変に好評らしく、女親からも好評で、娘を服部学園に進学させようと競争率がさらに上がって、超難関校になっているらしい。