僕はウェイトレス？�U

ナツキがブルーウィンドを去ってしばらく経ったある日、雅美は事務室でパソコンに入力をしていた。
そこに休憩のためにクリスが入ってきた。
｢お疲れさん、お店のほうはどう？｣
｢閑古鳥が鳴いていて疲れるまでのこともないわ。そっちはどう？｣
｢惨憺たるものよ、ナツキちゃんがいたときに比べて、売り上げが６割減よ。このままじゃお店を閉めなければいけないわ。｣
｢何とかしなくちゃいけないわね。」
｢何とかって？｣
｢何かいい考えないかしら？｣
｢ほんと、良い考えないかしら？｣

扉が開き、学生服を着た見知らぬ人がひょっこり顔を覗かせた。
｢あの〜、ここアルバイトを募集しているということですけど、僕を雇っていただけませんか？｣
「ごめんなさい、今、男の子は足りているの。」
「そうですか。はあ･･･これで断られたの何件目だろう。」
「待って、ちょっと話を聞かせて。」
出て行こうとする学生服の男にクリスが声をかけた。
「はい？」
「クリス！」
雅美のとがめる声も気にせずにクリスは話しつづけた。
「君の制服についている校章、見たことないけど、どこの学校？」
「これは新潟の方の高校の校章です。」
「新潟？　何で新潟の高校の子がうちの店にバイトに来るの？」
「今度こちらのほうに引っ越してくることになったから。」
「そう、どこに住むの？」
「白川町です。」
「エッ！白川町？白川町って隣の県の白川町？」
「はい、その白川町です。」
「エー！　あそこからだとここへ来るのに1時間もかかるじゃないの。どうしてこんなところまで来たの？」
「最初は白川町で探したんですが、土木作業くらいしかなくて、そこの親方にお前のようなモヤシじゃ雇えないって言われたんです。」
「モヤシ？ぜんぜんモヤシには見えないけど？」
「行く先々で華奢だとか言われて、ウェイターなら良いかと思ったんです。自分としては、ぜんぜん華奢だとは思わないんですけど？」
今までの会話を聞いていた雅美が突然質問した。
「ちょっとその学生服脱いで見てくれる？」
「ええ、良いですけど。」
学生服を脱ぐと女の子がうらやむほど、スレンダーな容姿が、カッターシャツ越しに見えた。
「うらやましいくらい細いのね。」
「そうですか？僕としてはもう少し、筋肉が付いて欲しいんですけど。それでどこも雇ってくれなくて、それからウェイターの仕事を探していたんですが、なかなか見つからなくてここまで来たんです。」
「なぜそんなにしてまでアルバイトをしたいの？」
「母が病気で入院したので、父が看病につきっきりなんです。僕の面倒まで見きれないということで、こちらのおばの家に世話になることになったのですが、こづかいまでは貰えないので、自分で稼ごうと思ったんです。」
「そうなの、えらいわね。」
「でもさっき雅美が言ったようにここもウェイターは募集してないし、これからどうするつもり？」
「ほかのところも断られちゃったし、これ以上遠いと通えないし、どうにかここで雇ってもらえませんか？」
「雇っても良いわよ。」
「クリス！」
驚いて声を上げた雅美を無視して、クリスは話を続けた。
「ウェイターは募集していないけれど、ウェイトレスは募集しているの。女装すればウェイトレスとしてやっていけるんじゃない？」
「ウェイターは募集していないのに、ウェイトレスは募集しているんですか？」
「あなたがレストランに行った時に、オーダーを頼むのは、女性のほうがいいでしょ？
私たちがオーダーを頼むときも、男性のウェイターはよっぽどかっこいい人じゃなきゃ、同性のほうが頼みやすいもの。
だからレストランではほとんどがウェイトレスでしょう？
ウェイターは倉庫の片付けとか、変な人が来たときの対応に出て行くの。
責任感があってそれなりに、がっちりした人じゃなきゃ、ウェイターになれないのよ。あなたじゃちょっと頼りないもの。
女装すれば、素材がよいから良いウェイトレスになれると思うわ。」
「ぼ、ぼくに女装しろ言うんですか？」
「ウェイトレスをするからには女装は最低限してもらわなければならないわね。まあ、言葉遣いとか、しぐさまで、女性の真似はしなくてもよいけど、下着が見えないように、気をつけてもらわないといけないけどね。」
「そ・そんな・・」
「あんまり深く考えなくてもいいんじゃない？ウェイターもウェイトレスも仕事的には同じような物なんだから。」
「そ、そうは言っても・・・」
考え込んでいる彼にクリスは追い討ちをかけるようにこう言った。
「もし君がここに勤める事になれば、寮に入ることもできるよ。」
「クリス！寮なんかないでしょう？」
「雅美が残業で遅くなった時のために借りているあの部屋、どうせ使っていないんでしょう？だったら彼に貸してもいいんじゃない？」
「確かにあの部屋は使っていないけど、みんなのシャワー室として使うんじゃなかったの？」
「だから、あの部屋だけを彼の個室にして、ほかはみんなの共用にすればいいのよ。
水道代や、電気料･ガス代なんかどうせ最低料金は払わなくてはならないから、彼が住めば寮費としていくらか貰えるから、ちょうどいいじゃない。」
「そうは言っても、彼に女装を強要するのはどうかと思うんだけど？」
「私たちは条件を提示しただけ、決めるのは彼よ。」
クリスたちの話を聞いていた彼はとまどっていたが、意を決し口を開いた。
「判りました。お世話になります。ぼくの名前は、飛鳥　大和です。これからよろしくお願いします。」

この瞬間、『ブルーウィンド』に新しいウェイトレスの誕生が決まった。

つづく