トワイライトクライシス

序章


風が吹いている。
砂が舞い、全てを覆い隠そうしていた。
そしてそこにあるのは、廃墟だった。
家々の窓や扉は壊れ、壁は崩れかけており砂嵐の中に無残な姿をさらしている。
道は荒れ果てており、様々なものがうち捨てられている。
かつて多くの人々で賑わっただろう町は、今や消え去るのを待つだけである。
そんな誰もいないはずの廃墟の町を訪れる者などいないはずだった。
がしかし、その無人の町に誰かが訪れようとしていた。
その何かは最初「点」に過ぎなかった。
やがて、その点は大きくなると一台の車になった。
辺境の地では珍しくない、4WDの車は砂嵐の中の廃墟の町に向ってきた。
車は町の壊れた壁から中に入ると広場の真ん中で停止する。
エンジンが切られ、ドアを開けドライバーが降りてくる。
そのドライバーは砂塵よけのコートのフードを深く被り、マスクと防塵ゴーグルを付けている為、人相や風貌ははっきりしない。
ただ、その細身の体つきや動きが女性らしいということを示していた。

降り立ったその女性ドライバーは町を見渡すと車の近くにある一軒の家に向った。
その家のドアは外れかけており、女性が触ると中に倒れ激しい埃を上げる。
女性はその埃が晴れるのを待って中に入っていく。
部屋の中は外に負けず劣らず荒れ果てていた。
家具が散乱し床は穴だらけ、壁も所々崩れかけているうえに、どこもかしこも砂だらけになっている。
女性は躊躇せず部屋の奥へ進んで行く。
ふと居間と思われる部屋の壁に掛かっている時計を見つけ近寄る女性。
時計は壊れているのか動いておらず、今にも床に落下しそうな感じだった。
「もう時を刻むこともないのね。」
女性は時計を見てそんな言葉を発し、深い溜息をつく。
隣の寝室らしい部屋には夫婦のベッドと共にベビーベッドも置かれていた。
どちらもズタズタに引き裂かれ見る影もなく、ベビーベッドの上に赤ん坊のものと思われる玩具が残っているのが物悲しさを物語っている。

他の家もほとんど似たような状態だった。
女性は車を置いた広場に戻ってくると、どこの町でも広場に設置されている井戸を覗き込む。
そこには水面は存在せず、カラカラになった底が見えるだけだった。
「思ったより、枯渇が酷いわ。水脈が変わったのかしら。」
女性は井戸を覗きながら、腕を組み考えこんでいた。
そんな女性の近くに放置されたポンプらしい機械の影で何かが蠢きはじめていた。
しかし、女性は異変に気づかないのか背を向けたままで動かない。
やがて蠢いていた物は影から出てくると女性の背に静かに近寄っていく。
「シュー」
そいつはそんな音というか唸り声をあげ、牙を剥き出しにして女性に襲いかかろうとする。
が次の瞬間、広場に銃声が響きそいつは弾き飛ばされる。
何時の間にか女性の手には拳銃が握られており、振り向きざまに発射したのだった。
撃たれてのた打ち回るそいつは大きなクモのようにみえるが、大きさは50センチを超えている。
女性はそのクモもどきに近づくとさらに数発の弾丸を発射する。
やがてどす黒い体液を撒き散らしそいつが動きを止めると、拳銃を腰の後ろにあるホルスターに戻す。
女性はしばらくそのクモもどきを見下ろしていたが、何かに気づいた様に顔を上げる。
広場は何時の間にか風が弱まっており、あれほど舞い上がっていた砂塵も収まりかけていた。
「ようやく収まったようですね。」
そう言いながらフードを外しゴーグルとマスクを取った後に現れたのは20歳前後の若い女性の顔だった。
防塵用のコートもボタンを外し楽な状態にするとその下に紺色のワンピースに白いエプロンの様な物と赤のリボンらしい物を胸に付けた服が見える。
女性はもう一度クモもどきを見ると自分の車に戻りドアを開け乗り込む。
「ここはオーガーの町になってしまったというわけね。」
エンジンを掛け車を発進させながら町を見た女性はそう呟く。


21世紀に起こった巨大隕石の落下を後世の人々は「天空からの一撃」と呼ぶ。
この「天空からの一撃」により世界は大きく変わっていった。
数年に及ぶ日照の激減と、それによって引き起こされた食料生産の大幅な低下による大飢饉。
疫病の発生と社会基盤の崩壊による人命の大量喪失と国家の消滅。
多くの技術が失われ、人々の生活様式は何十年も前の状態に後退させられた。
そんな大混乱の末、生き残った人々は辛うじて生存できる環境を構築することに成功した。
だが、生き残った人々に降りかかる災厄はそれで終わった訳ではなかった。
今まで種の頂点にいたはずの人間は今やこの星では少数種になっていた。
そして現在この星に最大の勢力を誇っている物こそ「オーガー」と呼ばれる種だった。
「オーガー」は人間達より環境への適応能力に優れ、旺盛な繁殖力を持っていた。
過酷な環境に人間達が衰退し数を減らす中、彼らはその能力によって瞬く間に勢力を拡大し、この星の主となった。
やがて「オーガー」達は残された人々を、自分たちが生きていく為に狩り始めた。
そう、かつて人間達が生きる為、他の生き物を狩猟して生存してきたように。
こうして人々はこの星の支配者の地位を失ったのだ。
そう、永遠に・・・・。
人々は今、何時まで続くか判らない黄昏の世界を生きている。


女性が去った後、町は静寂につつまれる。
いや、そう見えただけで、町の至る所では去っていく女性を蠢めきながら見ている彼らの姿があった。
町は人々がいた頃とは違った喧騒に包まれていた。

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