トワイライトクライシス

一台のバギーが荒野を疾走している。
そのバギーは２人乗りのようだが、今は一人しか乗っておらずドライバーはフルフェイスのヘルメットを被っていて人相は分からない。
そのうち前方に城壁に囲まれた街が見えてくると、ドライバーはバギーをさらに加速させる。
あっという間にバギーは城壁に到達し、壁にそって走行しながら入口を探す。
入口に設置されている見張り台にいた若い男は、城壁にそってこちらに来るバギーに気づき、顔を上げる。
そのバギーは入口の手前で停止し、ドライバーが降りて来る。
見張り台の男は、近づいてくるそのドライバーに一瞥すると声を掛ける。
「旅行者か。この街に何もないぜ。」
声を掛けられたドライバーは、ヘルメットを外すと見張りの男に返事を返す。
「残念ながら仕事よ。できればゆっくり旅を楽しみたいけどね。」
男はヘルメットを取った姿を見るとヒューと口笛を吹く。
「いや、女性とはね。これは失礼。」
とたんに顔がにやける男に苦笑いをしつつ、女性は見張り台の方に近づく。
「職業はハンター。滞在期間は２,３日。これでいいのかい。」
その女性はそう言うと腰に両手を当て男を見上げる。
「へー。ハンターね。」
男はそう言って改めてその女性を見る。
マントを羽織ったその下に、確かに銃や大型のナイフを身につけているのが分かる。
「分かったよ。入りな。だが言っとくぜ。この街で騒ぎを起こせば即たたき出すぜ。」
男は軽薄な表情を消すと女性に言う。
その男も腰に銃を携帯しており、いつでも抜ける状態にしている。
「分かっているさ。ハンターの掟くらいわきまえているよ。」
女性はそう答えるとバギーに戻る。
男はそんな女性を見ながら電話を掛ける。
「女性が一人入る。ハンターだ。え、美人かだって。そんなこと自分で確かめろよ。」
入口の頑丈な扉が左右に開き、銃で武装した数人の男たちが見える。
バギーはその男たちに誘導され街の中に入っていき扉が閉められる。
見張り台の男はそれを見届けると再び見張りに戻ろうとしてふと気づく。
「そういえば、名前聞き忘れたな。失敗、失敗。」

バギーを扉の近くの駐車場に止めた女性は、ライフルなどの武器類を預け街のメインストリートに向った。
物資の中継点として使われるこの街は多くの人々で賑わっていた。
街中を歩く人々もこの街の住人以外に彼女のような荒事専門の人間や商人風の人間が多い。
様々な物資を載せた台車が行き来し、商談をする者や積み込みを行う連中の声が響く。
女性はそんな光景を見ながら、自分の目的とするものを探していたが、そのうち一軒の店の前で立ち止まる。
そこはハンター相手の各種装備品を売る店のようだった。
　『ランカスターの雑貨屋』
そんな看板がぶら下がっている店を女性は一瞥するとドアを開け店の中に入る。
「いらっしゃいませ。」
店内に入った女性に爽やかな声が掛けられる。
声がした方を見た女性はその相手の格好にあっけにとられる。
２０歳位のその女性は、何と言うか普段なら酒場等でよく見る様な格好をしていた。
紺のワンピースに白いエプロンをつけ、頭に白い髪飾りみたいな物を付けている。
言わばメイド服と呼ばれるものだが、そんな事を声を掛けられた女性は知る由もない。
ただ、酒場等でよく見る服だなというくらいしか知らない。
もっともそういった所のものに比べればスカート丈はひざ下まであり、きわどさなどはなかったが。
「どうかなさいましたか。」
メイド服の女性が何時まで経っても何も言わないお客に呼びかける。
その声にようやく客の女性は我に返ると思わず聞き返す。
「なあ、ここって酒場じゃないよな。」
聞かれたメイド服の女性は一瞬何を聞かれたか分からない顔をしたがすぐに答える。
「違いますよ。ここはハンター専用の装備品を扱うお店です。」
メイド服の女性はそう言うと店のカウンターへ向う。
「いや、悪いな。なんかその格好だと。」
カウンターに入ったメイド服の女性は笑いながら答える。
「まあ、確かにそうですよね。でも結構気にいっているんですよ。」
そんなものかなと客の女性は思ったがあえて言わなかった。
他人の趣味など考えてみればどうでもいい事である。
「で、何をお求めですか。」
メイド服の女性がメモを開きながら客の女性に話し掛ける。
「ああ。ライフル弾３箱と拳銃弾２箱、それに携帯用食料を５日分。」
客の女性の注文を、メイド服の女性はメモに書いてゆく。
「あと、バギーの調子が悪いんだが、どうにかなるかい？」
「それなら後で止めてある場所を教えてください。知り合いの整備工場に頼んでおきますよ。」
メイド服の女性がメモを見ながら答える。
「注文の物はどうしますか。今持って帰りますか。」
客の女性は肩を竦めるとメイド服の女性に答える。
「いや、明日でも取りに来るよ。」
「分かりました。で、今日の宿は決まってますか。」
メイド服の女性はメモを置くと客の女性に話し掛けてくる。
「いや、これから探そうと思っているんだけどね。良い宿屋でもあれば教えてくれると助かる。」
メイド服の女性は頷く。
「それならこの先の角にある宿屋に行って下さい。ランカスターの紹介と言えば大丈夫ですよ。」
「そうか。ありがとうよ。」
片手を上げ客の女性はそう言って店を出る。
「またのご利用をお待ちしてます。」


メイド服の女性の言うとおりの場所にその宿屋（酒場も兼ねているらしい）を見つける。
ドアを開け中に入る先ほどの女性。
昼過ぎのせいか客の姿もまばらな店内を通り、グラスを磨いているこの宿屋の主人らしい男がいるカウンターに向う。
途中４人くらいの男たちの横を通る時に無遠慮な視線を感じたが、女性は無視する。
主人は近づいてくるそんな女性を一瞥するとグラスをカウンターに置きタオルで手を拭く。
「よお。ランカスターの店で紹介されたんだけど。」
顔中傷だらけの大男、かつてはハンターでもあったのだろう主人はそれを聞いて女性をジロリと見る。
「エリカのとこの紹介か。まあ、良いだろう。」
主人はそう言うと棚から宿帳らしきノートを取り出し女性の前に投げ出す。
「それに名前を書いてくれ。あと、何日泊まってゆくんだ？」
女性はノートを開きペンを取って書き始めながら答える。
「１日だけでいいよ。明日には出発するからね。」
書き終わったノートを主人に返すとおもむろに尋ねる。
「ところで、谷はここから遠いのかい？」
ノートを見ていた主人は目の前の女性（ノートには『ロベリヤ・レインバーク』と書かれている）を見る。
「今、谷と言ったか？」
主人はロベリヤを信じられぬという顔つきで見ながら聞く。
「言ったよ。そう、谷。知らないわけないよね。」
ロベリヤは主人を見ながらそう答えカウンターの席に座る。
先ほどまで後ろの方でロベリヤの事を値踏みしていた男たちもそのセリフに顔を見合わせている。
「正気か、お前さん。あそこは・・。」
「正気さ。あそこが連中の巣だということも知っている。」
ロベリヤは隣近所に行くような気軽さで答えて主人の言葉を遮る。
「それでなんだけど。そこまでの道案内できる人間ているかな？」
主人は心底呆れたような顔をするとロベリヤに答える。
「そんな自殺願望のあるやつの知り合いはおらんよ。」
グラスを再び磨き始めながら主人はロベリヤを睨む。
「他所をあたりな。」
そんな主人の物言いにロベリヤは露骨に嘲るような表情を浮かべて主人を睨む。
「はん。ここの連中はそろいもそろって腰抜けばかりかい。」
そのセリフを主人がたしなめる前に、２人の話を先ほどから聞いていた男たちが立ち上がり近づいてくる。
それに気づいた主人が止める間もないうちに男たちはロベリヤを取り囲む。
「言ってくれるじゃないか。このよそ者が。」
ロベリヤは臆した様子もなく男たちを見回す。
「ほう。人の話を後ろでこそこそ聞いていたやつが何の用だい。」
ロベリヤと男たちの間に急速に険悪な空気が広がる。
「おい、お前たち。もめるなら外でやれ。」
主人はロベリヤと男たちを諌めようとするがお互い聞く耳を持たない。
もはや一触即発かというところで、店の扉が開き誰かが入ってくる。
その人物は店内を横切りカウンターの方、ロベリヤと男たちの背後に近づいて行く。
だが、ロベリヤと男たちはお互いにらみ合っていて気づいていない。
こうなったら割って入っても止めるかと主人が思ったとき、連中の背後に立つ人影に気づく。
「何をしてるの。」
短い一言だが男たちは電撃を受けたように体を硬直させ背後を振り向く。
ロベリヤも自分たちの背後にいる女性、先ほど会ったメイド服の女性に気づく。
（あれ、さっきの売り子じゃないか。）
ロベリヤは、突然現れたメイド服の女性とそして彼女の姿に硬直している男たちに困惑した。
「いや。それはこのよそ者にちょっと・・・」
男が言い訳をしようとするのをメイド服の女性はちらりと見ただけで黙らせる。
「騒ぎを起こすと、ベックが困るわ。」
メイド服の女性は次にロベリヤの方を見る。
「貴方もね。」
ロベリヤは目の前に立つ彼女が先ほど会った時とはまるで違う印象を受けていた。
それは、メイド服の女性はロベリヤと男たちに比べれば小柄で線が細い筈なのに何か圧倒される感じがするのだった。
特に男たちは先ほどの迫力は影を潜めオロオロしている。
「まあ、それくらいにしておけよ。エリカ。」
ベックと呼ばれた宿屋の主人がメイド服の女性、エリカに声をかける。
「さあ、お前らもさっさと自分たちのテーブルに戻れ。今日はエリカに免じて、たたき出さんから。」
ベックは男たちにそう言ってカウンターの前から退かせる。
「ああ、悪かったよ。それじゃ。」
男たちはロベリヤに目もくれずに自分たちのテーブルへ戻って行く。
その代わりにエリカはカウンター席の、ロベリヤの隣に座る。
「頼まれていた物を届けにきたわ。」
そういってエリカは何かの包みをカウンターに置く。
「助かるよ。何か飲むか。」
ベックは棚からグラスを出しながらエリカに聞く。
「オレンジジュースをお願い。それから、」
エリカは隣の、未だに状況について行けずにいたロベリヤの方を向いて聞く。
「貴方は何も頼まないのかしら。」