トワイライトクライシス

旅立ち


「貴方は何も頼まないのかしら。」
エリカのセリフにそれまで呆然としていたロベリヤが気づく。
「あんた一体・・・。」
だが、エリカはそんなロベリヤのセリフに答えず、自分の前に置かれたグラスに注がれたオレンジジュースを飲む。
毒気を抜かれたロベリヤは仕方なく注文をする。
「水割りを頼む。」
ベックは頷くとグラスを出しウィスキーを注ぐ。
「来て早々、騒ぎを起こすのは感心しませんね。」
エリカはそう言ってロベリヤの方を見る。
「連中が絡んできたのさ。」
ロベリヤは置かれて水割りを一口飲むと答える。
「私はただ谷に行きたいと言っただけさ。」
谷と言うセリフにエリカの目が細められる。
「そこまで行ける奴がいないって言いやがるからな。腰抜けしかいないのかと言っただけさ。」
エリカは溜息を付くと、さっきロベリヤと騒ぎを起こした連中を見る。
「それでですか。まあ、分からなくもないですが。」
エリカは飲み干したグラスをテーブルに置くとロベリヤの方を向く。
「理由は何です?あそこがハンターの墓場と言われているのを知らない訳ではないでしょう。」
ロベリヤはエリカのセリフを聞くと、持っていたグラスを置き答える。
「どうしても確かめたい事がある。私が先に進むためにね。」
それっきりロベリヤは口を閉ざし、水割りを飲み続ける。
カウンターに沈黙が落ちる。
やがて何事か考えていたエリカが、グラスを指で弾く。
「なるほど分かりました。そう言うことなら。」
そのセリフに、今まで黙っていたベックが慌てて口を挟む。
「おい、エリカ。」
エリカはそんなベックを真正面から見る。
ベックはそれだけで沈黙すると、肩を竦める。
「分かったよ。だが、ワシは知らんぞ。」
「向こうも勝手にやっているんだから構わないわ。」
エリカはベックのセリフにぴしゃっと答えると立ち上がりロベリヤに声を掛ける。
「申し訳ないけど、明日は門の所で待ってもらえますか。」
ロベリヤは顔を顰めると答える。
「何でだい。ここに持ってくるって言って・・・。」
「谷に行きたいんでしょ。だったらそうして下さい。」
エリカは反論を許さないという感じでロベリヤを見る。
そんなエリカに何も言えなくなるロベリヤ。
(何なんだ、この女。)
ロベリヤは今まで感じたことのない威圧感をエリカから感じる。
「それじゃ、明日。」
エリカは軽く会釈すると、何事も無かったような態度で出て行く。
そんなエリカをロベリヤはただ見送るしかなかった。
「ったく、何なんだ、あの女。」
ロベリヤはエリカが出て行くと、脱力したようにイスに座り込む。
「この辺じゃ、最強の人間さ。並みのハンターじゃ太刀打ちできないだろうな。」
ベックはロベリヤの一人言に答えると、カウンターの奥へ消える。
ロベリヤは水割りのグラスを持ったまま考えこむ。
エリカがテーブルに残したグラスの氷が小さく鳴った。


「これはかなり大きな仕事だぜ。うまくいけば大金が転がり込む。」
男が得意そうに喋っている。
「だから待ってくれよ。」
聞いていた女は不安そうに聞き返す。
「そんなうまい話があるとは思えないね。やめておくべきだよ。」
だが、男はそんな女のセリフにニヤリと笑うと答える。
「大丈夫さ。心配するなって。オレを信じろよ。」
だが、女はそんな男を引き止めようとする。
「やっぱりやめたほうがいい。どうも嫌な予感がする。」
「心配症だな。まあ、期待して待っててくれよ。」
男はそう言って部屋を出て行く。
「待ちなよ。おい。」
ドアが閉じられてゆく。
「待てよ。おい、待てってば。」

ロベリアはそこで目が覚める。
宿屋の硬いベッドの上、身体を起こすと深い溜息をつく。
「またあの時の夢かい。」
ロベリヤはベッドから出ると、顔を洗うために部屋を出る。

指定された場所に着いたロベリヤは門を見上げながら物思いにふける。
(やはり止めるべきだった。そうすれば・・・。)
拳を握り締めロベリヤは門を叩く。
その時、車両の走行音がして一台の4WD車がロベリヤに向ってきた。
「あいつか。」
ロベリヤは、その4WDが停止し運転手が降りてくるのをじっと待つ。
「おはよう。準備はOKですか。」
エリカはにこやかに笑いながら、ロベリヤに近づいてくる。
その格好は昨日のメイド服姿に、防塵用のコートを着込んでいた。
ロベリヤはそんなエリカを見ながら再び困惑を覚える。
(どっちが本当の彼女なんだろうな。)
宿屋でのイメージとはまた違う。
そう初めて店で会った時の彼女だ。
「ああ、大丈夫だよ。」
ロベリヤはそう言って頷く。
「そうですか、じゃ出発しましょう。」
エリカはそう言うと4WDに乗り込もうとした。
「ちょっと待った。あんたが来るのか。」
ロベリヤは慌てて、エリカを引き止める。
「はい、そうですが。」
エリカは不思議そうな顔をしてロベリヤを見る。
「道案内が必要なんでしょう、谷に行くのに。」
「そりゃそうだが。言っとくが人の面倒は見れないよ。」
ロベリヤはエリカを睨む。
エリカは肩を竦めると答える。
「構わないですよ。自分の身くらい自分で守れます。」
エリカがそう言って、ロベリヤを見る。
その目は昨日酒場で見た時のエリカの目だった。
「分かった。それじゃ頼むぜ。」
そう言って4WDに乗り込むロベリヤ。
「ええ、任せて下さい。」
エリカはそう言って運転席に乗り込む。
エンジン音を響かせ、4WD車は門に向かう。
空はどんよりとした姿をしていた。
門番をしていたのは、ロベリヤが来た時見張りをしていた男だった。
4WDは停止し、エリカが顔を出して挨拶をする。
「ご苦労さん。ちょっとピクニックに行って来るわ。」
男はエリカとその隣にいるロベリヤを見て驚いた顔をする。
「ピクニックって、そっちの姉ちゃんとかい。」
「まあね。女二人っきりだけどね。」
エリカはそう言って笑う。
男はにこやかに笑うエリカとしかめっ面のロベリヤを見る。
「まあ、確かにピクニックにしちゃ色気がないな。」
ロベリアがじろりと見ると、男は慌てて視線を外す。
「行っていいぜ。せいぜい気をつけな。」
男は言ってから、気づいたようにエリカに視線を戻し言う。
「おっと、エリカには余計だったかな。」
エリカは男を軽く睨む。
「どういう意味かしら。」
男は両手を上げて、ホールドアップの姿勢をとる。
「おっと勘弁してくれよ。あんたとやり合うのはごめんだぜ。」
男はおどけると4WDから離れて門を開放する為に機械室に入る。
やがて機械音がして門が軋みながら左右に開いて行く。
エリカは機械室で操作している男に合図すると、ギヤを入れ4WDを発進させる。

男は4WDが門を出るのを確認すると再び門を閉じる。
操作を終え、のびをしながら出て来た男はあることに気付く。
「ありゃ、また名前を聞きそこなったぜ。」

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