トワイライトクライシス

４ＷＤは道無き道をひたすら走り続けていた。
エリカは慣れているのか、その運転に危なげなところはなく、順調だった。
（不思議な女だぜ。可愛いくせに、いやに場慣れしてやがる。）
ロベリヤは、エリカの顔を横目で見ながらそんなことを考えていた。
彼女が素人なんかではないことは、ロベリヤには良く分かっていた。
第一、普通の町娘が、護身用とはとても見えない大型の拳銃とナイフを身につけているはずがない。
しかもそれらを使い慣れてさえいることをロベリヤは感じていた。
「どうかしましたか。」
エリカがそんなロベリヤに気づき話し掛けてくる。
「別になんでもないさ。それより谷にはいつ着くんだい。」
ロベリヤは視線を前の荒野に戻すとエリカに聞く。
「あと半日くらいかしら。今日は谷の手前まで行ってそこで野営になるわ。」
エリカはそう答えて、ダッシュボードから地図を引き出す。
ボロボロのかなり年季の入った手書きの地図だった。
それをロベリヤに渡す。
渡されたロベリヤはその地図に記載された"谷"という部分を見る。
出て来た街から遥か北西に向かった所にあるらしいことが分かる。
「どうでもいいけど、この地図いったい？」
ロベリヤはその地図から顔を上げると、隣のエリカを見る。
「うちの手製地図ですよ。安心して下さい、正確ですよ。」
この時代にまともな地図など存在しない。
結局、こういった個人作成の地図が頼りになる。
「お前さんが作ったのかい。」
ロベリヤは地図を折りたたむと、エリカに返す。
「父が作ったものですよ。もっとも最近は私が修正してますが。」
エリカは地図を受け取ると、ダッシュボードに戻す。
「どうでもいいけど、地図は見なくていいのか。」
ロベリヤは、時折り４ＷＤのダッシュボード上に付けられたコンパスを見て運転するエリカに聞く。
「大丈夫ですよ。谷への道順は覚えてますから。」
エリカはそう言って運転を続ける。
「そうかい。まあ、頼むぜ。」
それっきり車内に沈黙が落ちる。
（ったく、居心地が悪いっていったらありゃしない。）
こいつに案内を頼んだのは失敗だったか。
ロベリヤはそんなことを考え始めていた。
そしてふと気づくのだった。
（そういえばこいつ強引に案内するって言って来たんだよな。）
再び横目でエリカを見るロベリヤ。
（いったい何を考えていやがるんだ・・。）
一方、エリカはそんなロベリヤの思いに気づいているのかいないのか運転に集中していた。

途中休憩で止まるだけで４ＷＤ車は走り続けた。
そして日が中天にかかるころ、エリカは４ＷＤ車を岩場の影に止める。
「・・・？」
ロベリヤは不思議そうな顔をしてエリカを見る。
休憩ならほんの４，５０分前にしたばかりである。
だが、エリカはそんなロベリヤを残して車を降りると後ろに回り込む。
後方のドアが開けられて、キャンプ用具が降ろされる。
ロベリヤは４ＷＤ車を降りると、野営の準備を始めたエリカの所に行く。
「こんな明るいうちから準備するのか。」
エリカは手を止めるとロベリヤの方に振り返り答える。
「ええ、このまま行ったら谷に夜中に着いてしまいますからね。そんなのゾッとしませんから。」
そう言って準備を再び始めるエリカ。
「ほら貴方も手伝って下さい。」
「ああ、分かったよ。」
ロベリヤは溜息をつくと、エリカの手伝いを始めるのだった。

太陽が地平線に沈もうとしていた。
天空からの一撃後の気象異変で日の光が陰るようになったとはいえ、やはり日没となれば急速に回りは暗黒に飲み込まれていく。
岩陰に止められた４ＷＤ車の脇で、火を燃やし2人は暖を取りながら食事をしていた。
まあ、食事といっても缶詰を空け、粉末スープを沸かしたお湯で溶いただけの質素なものだったが。
その質素な食事が終り、片づけを終えたエリカは車から何かを引っ張り出してくる。
「何を始める気だい。」
ワイヤーとそれに繋がれた箱みたいな物を車から離れた所に設置し始めたエリカにロベリヤが聞く。
「ちょっとした侵入者避けのお守りです。」
設置が終わって戻って来たエリカはそう答えると、車から寝袋を取り出す。
「それじゃ休みましょう。」
二人は火をランタンに移すと、それを枕元に置き寝袋に潜り込む。

星さえ見えぬ夜空の下、岩陰に止められた４ＷＤ。
その傍らで眠りにつくエリカ達を遠くから見ている複数の眼があった。
それらはエリカ達がやがて動かなくなると、密かに近寄ってくる。
その数は７，８匹。
それらは十分な距離に近づくと、獲物に一気に襲いかかろうと走りだす。
が、次の瞬間先頭の一匹が何かに足を引っ掛けて派手に転ぶ。
それと共に甲高い音があたりに響き渡る。
その音にエリカとロベリヤは寝袋から抜け出すと、車のバッテリーに接続されたランプの光をそちらへ向ける。
そこにはオーガー達が、先頭の一匹の転倒に巻き込まれて蠢いていた。
「おやまあ、これは団体さんのお出ましかい。」
「そのようですね。まったく女性の寝込みを襲うなんて、いい度胸です。」
２人は既にそれぞれの銃を寝袋の下から引っ張り出している。
先ほどこけた一匹が体勢を立て直し、２人に襲いかかろうとしたが、ロベリヤの拳銃が放った弾丸に頭を吹き飛ばされる。
巻き込まれていた数匹はその攻撃を避けて飛び掛ろうとするが、今度はエリカの拳銃がそれを阻止する。
ロベリヤは隣で自分と同じ様に拳銃を撃つエリカを見て驚いていた。
（この女、なんて腕だい。）
光源といえば今点いているランプの光しかない。
射撃にはある程度腕に覚えのあるロベリヤもこれほど正確に射撃できる自信はない。
（それをこの女は・・・。）
的確に目標を捉えしかも確実に倒して行くエリカの射撃の腕にロベリヤは感嘆していた。
一方、奇襲を阻止されたオーガー達だったが数にものをいわせ押し寄せてくる。
エリカは車の下に入れていた箱を引っ張り出す。
「ヒュー♪」
中を見たロベリヤは口笛を吹く。
「火炎瓶か。」
エリカは頷くと一本取り出し、持っていたライターで火を着けるとオーガーの方へ放り投げる。
それをロベリヤが拳銃で狙い撃つ。
ぱっと火が空中で開き、オーガー達に降り注ぐ。
「ギェー。」
何ともいえない叫び声が起きオーガー達が火だるまになる。
そうして混乱状態になったオーガー達にさらに射撃を加え倒してゆく二人。

数十分後。
オーガー達は、吹き飛ばされたり焼かれたりしたものたちを残し、逃げ帰ってゆく。
それを確認し、すくっと立ち上がる二人。
これが後に、荒野の戦乙女と呼ばれることになる二人の初めての共同ハンティングだった。