僕はウェイトレス？■学園編■

雲一つない青空。
汗ばむくらいに気温は高いはずなのに風が何となく涼しげに感じる。
すっかり秋の気配。

「ナツキちゃん、今日は私達にどーんとお任せよ！」
メグを中心に同じクラスの”騎馬戦メンバー”がみな、夏樹の背中や肩をポンとたたいてくる。
そんな彼女達の勢いにつられて、思わず頷く夏樹。
「う、うん・・・。」

今日は体育祭当日。
夏樹は朝から落ち着かなかった。
何だか、一日中どこからともなく見られているような気がする。
（・・・いったい何だって言うんだろう・・・？）
夏樹は周りを見回してみたが、視線を向けてくる人が誰なのかわからない。
（・・・・う〜ん？）
首を傾げる夏樹。その夏樹の背後から・・・
「Good　Morning！ナツキ。」
聞き覚えのある声がする。
振り返ると缶ジュースを片手にしたクリスと恵理香がそこに立っていた。
「Hi！今日も暑いわね〜。」
「クリスさん？恵理香さん？　二人お揃いでなんでここに？」
「いやあ、メグから聞いて面白そう・・・もといコホン」
何か言いかけたのを誤魔化すように軽く咳払いすると、話を続ける。
「メグから、ナツキがブルマで騎馬戦に出るって聞いてね、見に来たのよ。」
「見に来た・・・って、お店は・・・”ブルーウィンド”はどうするんですか？」
「今日、私はオフで休みだよ？それに・・・。」
と言いながら周りを見回す。
「周りが・・・どうかしたんですか？」
夏樹もそのことは気になっていた。いったい何があったんだろう？
その説明は恵理香から受けることとなる。
「今の時間帯はお店もヒマになってるんですの。
どうやらNFNの皆さんも、ナツキちゃんを見に来てるみたいですわね。
あ、私はヒマなので、臨時でお休みをもらってきてます、サボリじゃないですよ。」
NFNとは”ナツキ・ファン・ネットワーク”の略称である。まあ夏樹のファンクラブのようなものだ。
もっともこのファンクラブ自体普通のクラブではなく、活動そのものが某情報機関CIAも顔負けの組織と化している。
ちなみに、恵理香は「ブルーウィンド」のオーナーの孫娘なので、この時とばかり立場を利用したようである。
「じゃ・・さっきから感じてた視線は・・・そうだったのか。」
夏樹はようやく納得がついたようにホッとした。
これ以上自分に向けられる視線の正体が何なのかわからないと、とても薄気味悪いからだ。
「それはそうと、ナツキあんた・・」
クリスは夏樹の下半身を見ながら話しかける。
「なんでブルマじゃないの？」
「え？」
「そうですわ、聞いてきたのと違いますっ。」
恵理香は頬を膨らませる。
夏樹は、この暑さにもかかわらずジャージ姿だった。
「だ、だって・・、クリスさん達も知ってるんでしょう？僕は・・・。」
そんな夏樹の言葉も耳に入らないかのようにクリスは話を続ける。
「これじゃあエリカも”ナツキちゃん、いつもジャージでつまんない〜”ってぼやくわよ、ねえ？」
と、恵理香の物真似をするクリス。
「もう、クリスさん止めてください〜。」
恵理香もそう言いながらまんざらではないようだ。
（・・・・もしかしなくても・・・遊んでる・・・？）
そう気づいた夏樹は、クリス達をこの場から追い出そうと背中を押した。
「とにかく、お二人は学校部外者なんですからここには立ち入らないで下さい。」
「わっ！ちょっとナツキ・・・。」
背中を押されたクリスは、その拍子に手にしていた缶ジュースを落としそうになる。
「あ！」
「わあ？」
偶然なのか（それともクリスの故意なのか？）、
プルトップの開いていた缶から中身がこぼれ、夏樹のジャージに振りかかった。
「あ・・・っちゃあ・・。」
クリスは片手で顔を覆う。
「これじゃあびしょびしょで気持ち悪いですよ〜！」
ジュースの成分のせいか、濡れた所が肌に張り付いてベタベタしている。
夏樹はその部分を肌から離すようにつまみながら、クリスを睨みつける。
「乾いたら臭いがついてもっとひどくなるかも。おわびに今洗ってきてあげるから。」
クリスはジャージを受け取る体勢を取った。
「どうしたのナツキちゃん？」
騒ぎを聞きつけてメグと翔が夏樹たちのそばにやって来た。
「わあ！クリスさん、見に来てくれたんですか？」
「挨拶はあと。
ナツキのジャージにジュースかけちゃったんで、洗ってこようと思うんだけど・・。」
そう言いながらクリスは、夏樹には気づかれないようメグ達にそっと目配せする。
「あ・・・ナ、ナツキちゃん、せっかくだからジャージ洗ってもらったほうがいいわよ。」
「そうそう、臭いがついちゃうと、もう穿けなくなっちゃうから。」
メグと翔は、クリスの話に上手く合わせる。
別にこの四人、最初から示し合わせたわけではないのだが、結果的に一つの目的に向かっている。
目的は”ナツキのジャージを脱がすこと”。
ジュースをこぼすきっかけを作ったのはあくまでも夏樹自身であるので、
そこまで計算されているとは考え付かない夏樹は、彼女たちの目的にまだ気づいていなかった。
「でも・・・替えのジャージは持ってないし・・・。」
「下にちゃんとブルマ穿いてるんでしょ。」
翔は確認のために聞く。

確かに穿いていることは穿いている。ただし夏樹が穿きたがっていたからではなく、
”もしもの為に”と母親から無理やり穿かされたものだった。
「こうしてサポーター付けとけば、ブルマ姿でも大丈夫よ。」
と、そう助言？までしてくれた母親。

（その”もしも”が本当に来ようとは・・・。）
「いちおう・・・。」
夏樹の答えに、クリス・恵理香の追い討ちがかけられる。
「だったら別に恥ずかしがることないですわ。」
「そうそう、ブルマは体操服の正装みたいなものだし。」
体操服といっても”女子の”だけどね、とクリスは心の中でつぶやく。
「・・・わかりました。」
何だかイマイチ納得がいかないが、このままベタベタなままで過ごすのも気持ち悪いので、仕方なく洗ってもらうことにしよう。
夏樹はそう思って、ジャージを脱ぎ、クリスにそれを渡した。

（よっしゃあ。）
目的が完遂され、四人は心の中でガッツポーズを取った。
サポーターを付けているせいなのか、ブルマ姿でさえ”夏樹が本当は男”だとはとても見えない。
いったいどうやってあの中に収めているんだろう？、とクリスは今さらながら感心する。
他の三人はといえば・・・”夏樹は元々女の子”ということをさらに強く認識させられていた。

「・・・そんなにジロジロ見ないで下さいよ。」
夏樹はできるだけ股の部分を見せないように隠す。
その体勢がまた可愛いさを増しているのだが、本人はそのことに全然気づいていない。
「クリスさん、早く洗ってきてください。この暑さなら乾きますから。」
「あ・・？ああ、ゴメンゴメン。」
夏樹に急かされ我に返ったクリス。
「じゃあ洗ってくるけど・・・、いくら暑くてもすぐには乾かないと思うよ、この布地のブ厚さじゃ。」
「・・・え？そうなんですか？」
「そうですわね・・・これ冬物ですし。」
恵理香がジャージの布地を確認しながら答える。
「・・・そういうの知らなかった？」
「はあ・・・。」
夏樹は項垂れながらため息をついた。
そういえば服なんて今まで自分で洗ったり乾かしたりしたことなかったっけ。
家では洗濯は全て母親がやってくれるし（しかも乾燥機付き全自動だ）、店ではクリーニングに出せばきちんと仕上がってくる。
クリスに洗ってもらっても、またすぐ着られるものだと思い込んでしまっていた。
もしかして僕は後戻りできないことをしてしまったのだろうか？そう思う夏樹に恵理香が止めを刺す。
「これぐらい常識ですわ。女の子なら普通、いろいろと自分で洗ったりするものですから。」
（いや僕は女の子じゃないって恵理香さん。）
夏樹はそうツッコミたかったが、その気力も出てこない。

「・・・大丈夫よナツキちゃん。そっちの姿のほうが断然いい。」
メグが夏樹の肩をポンとたたく。
「私、ますますやる気が出たわ。絶対ナツキちゃんを守ってみせるから。」
「え・・・？」
夏樹は一瞬何のことだかわからなかった。
「もう！騎馬戦のことだよ。あと２つ先のプログラム、”１年女子　騎馬戦”。」
翔も意気盛んだ。
それに引き換え夏樹はますます落ち込む。もうすぐ行われるんじゃどっちみちジャージは間に合わないじゃないか。
「メグ！翔！ナツキ！そろそろ集まんないと。」
同じ”騎馬戦メンバー”が呼びにきてくれた。
「今行くわ。」
翔がメンバーにそう答えると、夏樹のほうに向き合う。
「・・・何だか朝から周りの様子が変なの。どうやらナツキが目当てみたい。」
夏樹は、それは恵理香の説明どおりNFN（ナツキ・ファン・ネットワーク）の皆さんのことだと思っていた。
だが、実際にはそれだけではなかったようである。
それは、メグと翔の意気込みから感じ取れた。
（な、何が起こってるっていうんだ・・・？）
ブルマ姿もさることながら、周りの全ての事が不安になってくる夏樹。
「さあ、私達の戦場の始まりよ。行きましょう。」
「え？えええ？」
メグと翔に引っ張られていく夏樹。
ちょっと待って・・・と言おうとして声に出すのをためらった。
二人の顔には、いつもの”メグと翔の顔”とは違う何か強い意志のようなものが浮かんでいた。
（戦場・・・っていったい何なんだー？）


「・・・ま、要するにナツキのファンはNFNの皆さんだけじゃないってことよね。」
クリスは全てを見透かしたかのようにつぶやく。
「う〜、私もここの生徒であれば参加したですのにー。」
恵理香は地団駄を踏むかのように悔しがる。
（これでユカ（裕香）がいたら大騒ぎだったろうな〜誘わないでよかった。）
実はクリスは一人で来るつもりだったのだが、まさか恵理香が急遽休みを取って来るとは思ってなかったのである。
（それにしてもエリカってばこういう情報に聡いとは、さすがというべきか。）
実はエリカがNFN特別会員だということは極秘中の極秘である。

「とにかく一波乱・・・いや二波乱ぐらい起きそうだわ。」
心なしか風が強くなってきたような気が・・・した。