僕はウェイトレス？■学園編■

９月も何日か経った、ある日のこと。
夏樹のいる教室ではホームルームが行われていた。

「はいはい。じゃあ静かにしてください。」
と言いながら先生が黒板に体育祭の種目を順々に書き始める。
「来月に体育祭が行われることは知っていますね？
今から、それぞれの種目の出場者を決めたいと思います。
とりあえず希望があれば先に黒板に書いていってくださいね。」
先生の言葉に生徒達も黒板の前に集まりだす。
「ねえ、何に出たい？私これ。」
「これが一番楽できそう。」
ある人は周りと相談、ある人は自分で考えながら、
種目を決めて黒板に名前を書いていく。
そんな中、夏樹はまだ椅子に座ったままだった。

（体育祭？体育祭…って、やっぱり、僕はブ…ブ、ブルマで？）

夏樹は一人あせっていた。
それはそうだろう。
夏樹が女子高生として通い始めたのは２学期に入ってから。
１学期までは、普通の男子高生（のはず）だったのだ。
２学期も始まったばかりで、まだ体育の授業には出ていない。
この学校では、女子の体育はブルマ姿。下半身が目立ってしまう。
確かに女性の水着は着たことがある（正確には着ざるをえなかった）が、
あの時はパレオで下半身は何とかごまかせた。
だけど今度はそうはいかない。ブルマにパレオなど付けられるわけない。

（どうしよう、せめて…せめてショートパンツスタイルの学校だったら…。）
「ナツキちゃん？」
「わあ？」
考え込み中に急に声を掛けられ、驚く夏樹。声を掛けたのはメグだった。
「どうしたの？ナツキちゃん。もうみんな希望種目に名前書き終わってるわよ。」
いつの間にか、まだ希望種目に名前を書いてないのは夏樹だけとなっていた。
「あ、うん、わかった。」
あせってしまった夏樹は、立ち上がるとすぐに、黒板にある種目もよく見もせずに名前を書き始める。
「…ナツキ、それに出るの？」
翔が半ば驚いた様子で夏樹を見る。
「え…？」
自分の名前を書いた所の種目名をよく見てみる。

女子騎馬戦

「女子で…騎馬戦…？」
中学時代は男子で騎馬戦をやったことがあった。（あの時は、一番軽いからという理由で、上に乗っていた。）
でも女子で騎馬戦というのは見たことも聞いたこともない。
「聞いてなかったかしら？うちの伝統で１年女子は騎馬戦をするのよ。」
先生が補足説明をする。
（何ですかその伝統は…。）
夏樹は心の中でぼやく。とにかく書いたのは間違いだから消そう
と、黒板消しに手を伸ばそうとした。
「ナツキちゃんが騎馬戦出るなら、私も出る。」
メグが夏樹のその腕を掴む。
「ちょ、ちょっと待って…僕、じゃない私は…。」
「私も。」
「私も書く。」
弁解しようとする夏樹の言葉をさえぎるかのように周りの女生徒たちが集まり、
希望種目を女子騎馬戦に変更していった。
夏樹は彼女たちに邪魔されてしまい、自分の名前を書き直すことができなかった。
そして、女生徒たちが去った後に夏樹が黒板に改めて向かうと…
「…あらあら。全種目とも希望者で全員埋まったわ。じゃあこれで決定でいいですね。」
「えええ？」「はい！」
夏樹は一人異議ありの声を上げたが、その声はクラス全員にかき消されてしまう。
こうして夏樹以外の全員が賛成の下、ホームルームは終了した。
「あ、あのねえ…！」
抗議しようとした夏樹。だが
「ナツキちゃん、もう決まっちゃったんだから今さら変更なしね。」
「そうそう。ナツキが変更したら、せっかく決まったものが最初から決め直すことになりそうだし。」
メグと翔が夏樹の腕や肩を掴む…その表情は脅しにも見てとれた。
「ナツキちゃんとの練習、楽しみ♪」
メグのルンルン気分とは裏腹に、夏樹は先の事を考えると頭が痛くなる思いだった。
（はあ…大丈夫なのだろうか僕は…？）

とにもかくにも、体育祭に向けて練習が始まる。
練習といっても、隊列歩行やリレーのバトン渡しのタイミング、フォークダンスなど、それぐらいなものだ。
「ねえねえ、聞いた？
２年生女子は創作ダンスで、３年生は男女で仮装行列なんだって。」
「わあ…何だかそれも大変そうだね・・。」
クラスメイトたちが噂話をしている中、夏樹は膝をかかえこむように座り込んで一人固まっていった。
「ナツキ、どうしたの？」
翔が声を掛ける。
「そういえばナツキちゃん、ブルマじゃなくてジャージ穿いてきたんだね。
今日は結構暑いよ？」
夏樹の服装は、上は半袖の体操服だが、下は冬用のジャージのズボンだったのだ。
まだ残暑が厳しいその最中、その姿は少し暑苦しいようにも見える。
「あ、足元が冷えやすい性質なんで…。」
夏樹は軽く手を振ってごまかそうとした。本当はブルマ姿だと下半身の形が気になって仕方がなかったのだが。
「…そうだったっけ…？」
翔は夏樹に関しての過去をたどるように頭を軽く捻る。
「確か、４月のまだ肌寒い頃にブルマ穿いてたような気がするんだけど…。」
（そんなわけないだろ…。）
夏樹は心の中でツッコミを入れた。
自分が”女の子”として認識されるようになったのは、
夏休みに入って「ブルーウィンド」でアルバイトするようになってからだ。
春の頃は、まだ少なくても”男”として見られていたはずである。
どうやら、翔の頭の中では、既に”夏樹は最初から女の子”となっているらしい。
頭をかかえる夏樹。そしてそんな彼（彼女？）の背中ごしから抱きつくようにメグがやって来る。
「もう！ナツキちゃん、きれいな足してるのに隠しちゃつまんない〜。」
メグは頬を膨らませる。
「え？だ、だって別に誰かに見せるつもりないし…。」
急に異性（少なくても夏樹はそう思っている）に抱きつかれ顔を真っ赤にする夏樹。
なぜメグがそういうことを言うのか、夏樹はまったく理解できなかった。自分の足を見せることに何の意味があるのだろう？
「だって、同性として羨ましいんだもの。」
メグはさらりと言ってのけた。
どうやらメグも翔と同様に夏樹のことを思っているようだ。

この様子じゃ、たぶん他のクラスの女生徒たちも、自分のことを同性と思っているのだろう。
中学時代でも経験したように、騎馬戦ともなればかなり身体が密着することになるはずだ。
中学の時は同性（男子）ばかりだったけど、今度は…？

（…わぁ…）
想像するだけで血の気が昇り、ますます顔が真っ赤になってしまう夏樹。
「どうしたの？ナツキちゃん、顔がすごく真っ赤で…何だか熱いよ？」
メグが夏樹の頬を両手で包み込むように触れてきた。
「熱あるんじゃない？保健室へ行った方がいいかも。」
翔が夏樹の手を取って引っ張る。
「私、先生に話してくるね。」
メグが先生の元へ報告するため先に走って行った。
「あ、いや大丈夫だし…。」
本当は、夏樹の胸中は大丈夫どころではなかった。見た目は女の子でもこれは自分から望んだわけではない。精神はあくまで”男の子”なのだ。
…ただ、ちょっと（こうなってしまうと”ちょっと”どころではないが）気が弱くて、はっきりNOとは言えないだけだ。
それに今さら真実を言えるわけはなかった。そんなことができたなら、とっくの昔にやっている。
「あ、あの…。」
とにかく保健室に行くほどでもないと話そうとした夏樹。
「…私、知ってるのよ。ナツキ」
「え？！」
夏樹の話を遮るかのような翔の突然の言葉。
（も、もしかして…本当は男だってバレた…？）
心臓が飛び出さんばかりに驚いたのはいうまでもない。
バレた方が気が楽になると思う反面、バレたら恥ずかしくてここにはとてもいられない…
冷や汗が体中から吹き出る。
「わかってるわナツキ。
あなた、女子騎馬戦に出場希望するメンバーが全然いなかったので、あえてそちらを希望したんでしょ。」
「へ？」
…思いがけないセリフに、一気に気が抜けた。
「みんな騎馬戦に出るの嫌がってたからね。あのままなら、全然決まらなくてホームルームが長引いていたかも。
でも、ナツキのおかげで、すんなり決まっちゃったし。」
「いやあれはそういうつもりでやったわけじゃ…。」
何だかすごく勘違いされているようだ。
「謙遜しなくていいわよ。自分よりまず周りの事に気を配って行動するなんて・・尊敬しちゃうわ。」
翔は眼を輝やかせながら続ける。
夏樹にとっては、その”自分よりまず周りの事に気を配って行動”した事が全ての元凶になっているわけだが。
あの時、いくら頼まれたからってウェイトレスなんて引き受けなければ…。いや今となってはもう何を言っても無意味か…。
そう思う夏樹の両手を包み込むように翔は掴む。
「ホントはナツキも騎馬戦なんて出るの嫌だったんでしょ。だから身体の調子が悪くなったんだね。」
いやそれはとんでもない思い過ごし。
「でも、安心して。私たちがナツキを他のクラスから守ってあげるから。」
ドンと胸を叩くように力強く宣言する翔。
「だから一緒に頑張りましょ。」
「あ…え…え…と。」
何と言っていいのかわからなくなる夏樹。女の子に”守ってあげる”って言われた僕っていったい…
そうしているうちにメグが戻ってくる。
「私も一緒について行くわよ…って何話してたの？二人とも。」
私だけ除け者にされたと思っているのか、メグはジロリと翔を睨む。
「…そうね、メグも一緒に頑張りましょう。」
翔はそう言いながらメグの肩に手を置く。
「何だかよくわかんないけど…。
騎馬戦なら頑張るわよ。ナツキちゃんには指一本触れさせないんだから。」
メグも力強く宣言する。
この二人が味方なら、騎馬戦では恐れることなど何もないはずなのだが、
それはあくまでも”同性同士だったら”の場合。
「あ…あは・はははは・・。」
二人とは思惑が違う夏樹は、もはや力なく笑うしかなかった。

まだ、日差しは夏の面影を残し、
体育祭本番まで、あと２週間と迫っていた。