僕はウェイトレス？■学園編■

デートとは名ばかりでほとんど美沙が行きたい施設に振り回される夏樹。
「じゃあ、次あそこへ入りましょう。」
「え？あそこ…？」
美沙が指さした方向にあるのは、怪しげな施設、ホラーハウス。
「ぼ、僕、怖いの苦手で・・・。」
「なぁに言ってるの、男の子でしょ。
第一、作り物なんだから怖くないわよ」
「う、うん…。」
都合のいい部分だけ男扱いしなくても…作り物だとわかっていても怖いものは怖いんだから仕方ないじゃないか。
それにしても、どうして美沙さんは怖くないとわかってて入るんだろう？
怖くないならつまらないんじゃないのか？
夏樹はそんなことを思いながら美沙の後ろを付いていった。

「クリス、ナツキちゃんたちはホラーハウスに入ったわ…。」
遠くの方から夏樹たちの動きを追っていたクリス・恵理香・裕香の３人は、ホラーハウスの前に向かった。
「わかってるわよ、私達も入るわよ。」
「え〜、私、こういうの苦手…。」
恵理香がホラーハウスの看板を見て後ずさりする。
「何言ってるの、作り物なんだから怖くないでしょ。
第一、入らないと中でナツキたちがどんなことしてるかわからないでしょ。」
「そ、それも考えただけで恐ろしいわ…、私のナツキちゃんに何かあったら…」
３人は夏樹の後を追うように入ろうとする…
「な、何？この列…。」
いつの間にか、ホラーハウスには長い列ができていた。
「こ、これじゃ早く並ばないと、夏樹ちゃんたちの様子が見れませんわ…。」
「とにかく並ぶ！中に入れば後は押しのけてゆくまでよ、レッツゴー！」
クリスを先頭に、”夏樹のデート見学ツアー　一行”は怪しげな施設に足を踏み入れる。
「それにしても・・・日曜とはいえ今日はこんなに混んでたかしら…？」
クリスは思っていた。さっきから人の流れがクリスたちと同じ様になっているような気がする。
まあ、それはそうだろう。みんな、クリスたち同様夏樹を追っかけているのだから。
クリスは、そこまで深く考えなかったので、とにかく夏樹を追いかける。


「う・・ううう」
夏樹の方はというと美沙の背中に隠れるように歩いていた。
そういう仕草は、端から見れば”男に守られている彼女”に映ったかもしれない。
「ホントに怖がりね、私、ここよりもっと怖い所に入ったことあるわよ。
今度一緒に行ってみる？」
「ひゃあ！じょ、冗談でもそんなこと言わないで下さいっ！」
夏樹は肩をすくめ、泣きそうな顔で美沙を睨み付ける。
「…う〜ん、本気で行きたかったのになあ…。」
美沙は残念そうな顔で夏樹の肩をポンと叩く…

「きゃあああああ！」「いやあああ！」
どこからともなく悲鳴が何度も上がる。

「…な、何かすごい悲鳴ですね…、大丈夫かな…？」
あまりの悲鳴の数に、夏樹は自分の恐怖を忘れ、そちらのことを気にかけた。
「まあ、ここは”ホラーハウス”だから。心配することもないわよ。」
美沙は何事もないかのように出口へ向かった。
「ま、待って下さい美沙さん…っ。」
夏樹は美沙の後を追う。


「恵理香、裕香、またまたもぉ！気づかれちゃうでしょ！」
またも叫び声を上げた恵里香と裕香は、クリスに口をふさがれていた。
「で、でもクリス、ここは薄暗いからちょっとやそっとじゃバレないわよ…。」
「それに”ホラーハウス”ですから、悲鳴は付き物ですわ…。」
恵理香と裕香がクリスの手を払いのけながら弁明する。
「…ああ、もぉ。とにかく急ぐわよ。」
クリスは２人をせき立てる。
他にもどこからか悲鳴が上がったような気がしていたが、場所が場所だけに気にしない気にしない。


時間もそろそろ夕暮れ時になろうという頃。
夏樹たちはジュースを飲みながらベンチに座っていた。
「ふぅ〜。」
ため息をつく夏樹。美沙に振り回されているようでちょっとお疲れ気味だった。
でもデートすると決めた以上は、最後の最後まで付き合わないと後で何か言われそうで、帰るに帰れない。
「…夏樹君。」
「は、はい？！」
急に美沙から声をかけられて、反射的に夏樹は返事する。
デート中は、さっきまで”ちゃん付け”だったのが急に”君付け”になったが、夏樹本人はそれに気づいてない。
「何だか私の好きな所ばかり行っちゃったみたいで…もしかしてつまらなかった？」
美沙は、夏樹の疲れた様子を見て気になったのだ。
「あ、いえ、つまらないってわけじゃないんですけど・・・ちょっと僕には刺激が強すぎて…。」
「そう…じゃあ、今度は夏樹君が行きたい所を決めて。私、それに付いて行くから。」
「僕の行きたい所…？」
突然の美沙の申し出に最初はとまどっていたが、すぐ場所を決め、指さした。
「じゃあ、あの観覧車。」
ここの観覧車はかなり大きく、夕暮れ時から日没までの間アベックにも人気があるスポットだ。
「…夏樹君も結構大胆ね、二人きりになりたいなんて。」
美沙は少し顔を赤らめる。
「え？」
美沙が言わんとすることを夏樹はハタと気づいた。
「ち、違いますよ。そういう意味じゃなくてですね…。
僕は遠くの景色をゆっくり見るのが好きなんですよ。ほら、観覧車は高いし…。」
夏樹は誤解？を解こうと慌てる。
「…いいわよ、ちょうど夕日が見られそうだし。
さ、早く並びに行きましょう。今時分だと結構人気があるから混むかもよ。」
美沙は夏樹の手を引っ張った。
「う〜、やっぱりこうなるのか…。」
自分の行きたい場所を告げても、結局振り回されてしまう夏樹だった。

夏樹たちが並ぶ前は、観覧車の列はそんなに混んではいなかった。
ところが、夏樹たちが並んだ途端急に列が混み始める。
「やっぱり混んできたね。」
美沙が夏樹に話しかける。
「え、ええ…。」
夏樹の方は、並んだ途端自分たちに注がれる視線に気づいて、少し落ち着かない。
（日曜だから混むのは仕方ないのかな…。）
そう夏樹は思っていた。
実際は、アベックを押しのけて”夏樹のデート見学ツアー　一行”が列に並んだだけなのだが。

「ああ、もうあんなに人が…。」
クリスたち３人組は、観覧車の列並びに遅れてしまった。
「観覧車なら、今から並んでもナツキちゃんたちの様子が見えませんわ…。」
恵理香は早やあきらめムードだ。
「フフフフ、ノープロブレン。これを見て。」
クリスが笑いながら双眼鏡を取り出す。
「こんなこともあろうかと、高性能のやつを持ってきたのよ。もちろんメイドインアメリカ。」
「アメリカ製って…大丈夫なの？」
「何心配してるの、隠密活動にはこれぐらいのでちょうどいいのよ。」
「…よくわかりませんが…。」
「とにかく、下から偵察するわよ。」

ようやく夏樹たちに観覧車の順番が来て、二人はゴンドラに向かい合って乗り込む。
「何だかワクワクするね。」
「でしょう？」
美沙も夏樹も、空高く上がることに気持ちがはしゃいでいた、その背後から注がれる視線に気づきもせず。

少しずつ上がるゴンドラ。
遠くの西日が水平線の彼方に落ちようとしている。
「夕陽がきれい…ちょうどいい時間に乗れてよかったわね。」
「そうですね、美沙さんが急がせてくれたおかげかも。」
「そうだったっけかな…。」
二人は顔を見合わせて笑った。お互いの顔は夕陽で赤く染まっている。
「…あ、あの、夏樹君…。」
「はい？」
美沙がちょっとドギマギし始めた。さっきまでの美沙と明らかに様子が違う。
顔の色が赤いのは、夕陽のせいだけだろうか…？
「あ、もしかして美沙さん、高い所苦手でした？」
夏樹は、美沙が高所恐怖症かと思ったらしい。
「そ、そんなことあるわけないでしょ、ジェットコースター平気なんだから・・っ。」
「あ、そういえばそうでしたね…。」
夏樹は変な事を言ってしまったと後悔して下を向いた。
「な、夏樹君、気にしないで、そういうことじゃなくて…。」
美沙が夏樹の横に移り、夏樹の顔を覗き込んだ…

「いやああああ。」

またもや、どこからか悲鳴が聞こえる。
「ま、また悲鳴？」
「う〜ん、ここ、結構高く上がるから、怖くなったのかしら？」
二人は顔を見合わせて、「？」と首を横に傾げた。

「oh！ついにキスね！yes！」
クリスは叫んだ。
双眼鏡で覗いていたとはいえ、下から見ていたクリスの位置からは、二人の動きがまるでキスしたかのように見えたのだった。
「な、な、な、な……。」
「？」
横からの異常な空気にクリスは恐怖心を感じる。
「まさか…！」
恵理香たちの方を向くと、二人はワナワナと震えていた。
「ナツキちゃんが…キ、キ、キ、キス〜？！」
そう言うが早いが恵理香はクリスの双眼鏡を引ったくる。
「クリス、双眼鏡借りますわ！」
すぐさま双眼鏡を覗き込む。
「もう貸してるって…。」
クリスはそうつっこみたかったのをこらえた。こういう状態の恵理香に何を言っても始まらないだろう。
「私も見るっ！」
裕香も双眼鏡を覗こうと恵理香のスキに割り込んでいた。
「…もう１個、いやあと２個持ってくればよかったかしら…。」
クリスはちょっとあきらめ顔になった。


クリスたちが下で双眼鏡の争奪戦をしていた頃、観覧車では異常が起きていた。
ゴンドラが妙に激しく揺れ始めたのだ。
「な、何が起こってるんだ…？」
通常、観覧車は強風にも耐えられるよう設計されているはずなので、多少の揺れには強いはずなのだが。
自分たちのゴンドラがちょうどてっぺんまで来ているので、夏樹はちょっと不安になった。
実は、他のゴンドラ内でもクリスたち同様のことが起きていたのだった。
つまり、ゴンドラ内にいるみんなにも夏樹がキスしていると見えてしまい、激しく動揺しパニック状態になっているのだった。
「…風、そんなに強いのかしら…？」
美沙がそうつぶやいた頃、急に観覧車の動きが全て停まった。全然回転しなくなったのだ。
「故障？」
故障ならすぐ助けがくるだろう。夏樹はちょっと冷静さを取り戻した。
「ちょっとついてないですね。でも、夕陽が見れたのはラッキーだったかな。」
「そ、そうね…。」
美沙は下を見下ろしてちょっと不安げな顔をする。
「ここ…一番てっぺんよね…助けがすぐ来るかしら…。」
予測できない状況に陥ると、人は不安になるらしい。
ジェットコースターもホラーハウスも、結果が予測できていたから、安心して楽しめたのだ。
夏樹は、先のことがわからないので美沙がナーバスになっているのではと思った。
「…大丈夫…大丈夫ですよ美沙さん。」
夏樹は自分にも言い聞かせるようなつもりで話し始めた。
「僕たちは今、一番いい時間にここにいるんですよ。
ほら、外を見て下さい。」
「外…？」
外では、今まさに夕陽が地平線に落ちようとしている瞬間が繰り広げられていた。
空の色は赤から闇へ、徐々に変化している。
「この高さからなんて、こんなのめったに見られませんよ。
僕たち今特等席にいるんですよ。」
「…特等席…ね…。」
美沙はそうつぶやく。彼女の顔に少し安堵の色が浮かんだ。
「…夏樹君って面白いこと言うのね。」
「え？そう…なんですか…？」
「…ありがとう、少し元気がでたわ。」
美沙は夏樹に微笑んだ。
「い、いえ、僕は…。」（僕、また変なこと言ったかな…。）
夏樹は恥ずかしくなって、うつむいた。


観覧車の方は、５分ほどして再び動き始めた。
夏樹たちが地上に着くと、係員が出てきて平謝りする。
文句を言う人は誰もいなかった。
係員は「原因がわからない」と言っていたが、ゴンドラの中にいた人は、夏樹たちを除いて、自分たちが原因では、と薄々気づいているらしい。

「本日はご来園いただきましてありがとうございました。
当園は間もなく閉園いたします。」
閉園のメロディとともにガイドアナウンスが流れる。
「あ、もうこんな時間…帰らなくちゃいけないよね。」
美沙はそう言うと、夏樹に改めて向き直った。
「夏樹君、今日は本当にどうもありがとう。とても楽しかったわ。」
美沙は夏樹に手を差しのべた。
「いえ、僕の方こそありがとうございました。」
夏樹はお辞儀をすると美沙と握手する。
いろいろあったが、今日はほとんど美沙のおごりだったので、その感謝の気持ちだった。
「夏樹君…。」
美沙は真剣な眼差しでじっと夏樹を見る。
「夏樹君…今度また一緒に…」
「え？」
「い、いえ、何でもないわ。じゃまた後で。学校で会いましょう。」
「はい、美沙さんもお元気で。」
遊園地で二人は別れる。

「ちょ、ちょっとちょっと〜、こういう場合、家まで送るのが常識じゃないの〜？」
夏樹たちの様子を見ていたクリスは、少し憤慨した。
まあ、どちらが送る方でどちらが送られる方かは…言わずもがな。
「…私は、これでいいですわ…これ以上、ナツキちゃんに何かあったら私もう…。」
恵理香はようやく興奮からさめようとしている。夏樹が家に送られているのを見たら、また暴走（？）しかねないだろう。
「もう日も落ちてるし、大丈夫かしら。」
裕香は夏樹を心配した。
本当は美沙を心配すべきなのだが、クリスたちにとって美沙は”男”なのだ。
「そうね、偶然をよそおって一緒に帰え…、あっ？」
ここにきて、ようやくクリスたち３人は、他の”夏樹のデート見学ツアー一行”に気づいた。
おそらく今日の遊園地の入場者の半数以上は占めていただろう。
「こ、この人たち…例の…？」
「ナツキのファンクラブ？」
正確にはＮＦＮ、「ナツキ・ファン・ネットワーク」である。
彼女たちは、クリスたちに気づくと軽く一礼して去っていった。何となく睨まれているようだった。
「”ナツキと一緒に帰る”作戦はダメだわ…彼女たちを敵に回すにはリスクが多すぎる…。」
クリスは頭をかかえた。
「どうしてですの？私たちはナツキちゃんの仕事仲間なのよ？」
恵理香がクリスに詰め寄る。
「忘れてない？私たちはウエイトレスで、彼女たちはお店のお客様でもあるのよ。
お客様を怒らせたりすると、店にも悪い影響が出るでしょう。」
「そう言えば、ファンクラブってお客様で作っていたんだっけ。」
「…忘れてましたわ…。」
裕香も恵理香も頭をかかえる。
「こうなったら、ナツキが家に着くまで遠くから見届けるしかないわね。」
「ええ、悪い虫がつかないようにしないと、ですわ。」

こうして、夏樹が帰り着くまで、多くの人の視線が付きまとうことになった。
もっとも夏樹本人は、視線の正体にまだ気づいていない。
…そういうことに鈍感だからといえば、それまでであるが。



夏樹が本当に思い知ることになるのは、それから後のことになってからである。
ファンクラブのホームページを通じて、夏樹に対して”ある噂”が立っていた。
もちろん、みな興味津々からであるのだが、当の本人からすればたまったものではない。

「なんで、キスしたことになってるんだ〜？！
しかも男と〜！？」
今日も叫ぶ夏樹だった。