僕はウェイトレス？■学園編■

体育祭のプログラムは順調に進んでいく。
騎馬戦に出場する女子達は、入場門の裏手に集まっていた。
「いよいよだね、皆、準備はいい？」
リーダー役の翔が円陣を組んでメンバーたちに呼びかける。
「おー！」
メンバーが応える。
「皆でナツキちゃんを守るのよ。」
副リーダー役のメグもハッパをかける。
「おー！」
握りこぶしを挙げる。
そんな中、夏樹は一人理解ができないでいた。
「あ、あの・・・、僕を守るって・・・？」
その問いに翔が答える。
「だって、ナツキがこの中で一番軽いじゃない？当然上に乗ってもらわないと。」
「上？」
騎馬戦で上ということは、頭の鉢巻を狙われる立場ということになる。
「ああ、それで僕を守るって・・・あれ？」
夏樹は一瞬納得しかけたが途中でハタと気づいた。
中学の時に騎馬戦（この時は男子だったが）をやったことを思い出す。
上に乗るということは、上半身は落ちないよう前の人にしがみついてないといけない。
しかもお尻は”馬”の人の腕に密着、しかも今回は女の子達にだ。
『・・・バレるよ、絶対バレるよ。』
いくらサポートを付けてるとはいえ、下半身が密着していれば股の間にナニかあることぐらい気づかれるだろう。
そうだ、”馬”になって皆を下から支えよう。僕は”男”なんだから。
「あ、あの、僕、”馬”で・・。」
夏樹は提案してみる・・・しどろもどろなのは夏樹の損な性格からだった。
「何言ってるのよ、私達の体型を比べてみて。」
そう言われて夏樹は、自分と翔たち女の子の体型で比較してみた。確かに夏樹の体型は他の女の子達と比べて格段に貧弱そうに見える。
「ナツキが”馬”をやると、”馬”のバランスが取れなくなって競技前に倒れるかもしれないのよ。それじゃあ勝てないわ。」
他のメンバーたちも頷く。翔たちはこの競技に勝利する気でいるようだ。
「え・・・と、別に勝てなくてもいいんじゃないかな・・・ほら、参加することに意義があるって・・。」
夏樹は何とか皆を説得して、とにかく自分が”上”になるのを阻止しようとする。
語気を荒めて強気で説得することができないのは、いつものごとく夏樹の（以下略）。
だが翔はそんな夏樹に応じず、きっぱりと言う。
「せっかく出るんだから勝たなきゃ意味ないじゃない。」
他のメンバーたちも頷く。翔たちは夏樹と違って積極的だった。
「で、でも・・・。」
ここで正体をバラすか否か悩む夏樹。さっきから自分に突き刺さっているかのような視線も気になる。
視線の正体は、見に来ているクリスさんたちやFNS（夏樹ファン）の皆さんたちだろう。
でもそれだけじゃない、何だかすぐ傍からも感じる。
翔たちじゃない。同じ騎馬戦に出場する他のクラスの人だろうか？
『ここで正体を見せるわけには・・いかないよな・・。』
どうすればいいんだろう、時間は刻々と迫っている。

「次は一年女子による騎馬戦です。」

場内アナウンスが流れる。
「じゃあ皆、行くわよ。」
「おー！」
行進曲が流れる中、入場門から歩みを進める騎馬戦メンバー。
『・・・仕方ない。こうなったら密着しないようにしよう、特に下半身・・・。』
夏樹は腹を据えた。

『・・・あれ・・・？』
腹を据えてみると、今まで周りが怖くて仕方がなかったのに、今は何となく落ち着いて見られるようになった気がする。
さっきまで全然気づかなかったが、２年生の席ではガクラン姿の応援団がいるようだ。
その中には宮島美沙先輩もいた。
おそらく皆に薦められたのだろう、下はブルマ姿で上にガクランを羽織っているのが見える。
男子の応援団と一緒にエールを挙げているのだが、それがまた似合っていて何だか格好いい。
２年生を応援中のようだが、夏樹には自分の事を応援してくれているように見えた。
『・・・もっと僕は自信を持って接しなきゃいけないのかな・・・。』
夏樹は歩きながらそう思っていた。
今までは自分に自信が持ててないから女の子に見られても仕方ないんだ、男に見られたいのならもっと自信を持たないと。
そう決心する夏樹。

・・・だがその決心はそう長くは持たなかった。それは・・・

ドンっ！！
ピストルの合図とともに、１年女子による騎馬軍団が一斉にグラウンド中央へ集まる。
「じゃあ皆、しっかり付いてきてね！」
リーダーでもあり前脚役の翔が掛け声を上げながら駆ける。
「ナツキちゃん、しっかりつかまっていて！」
左後脚役のメグが夏樹に注意する。
「そ、そんなこと言ったって・・・」
夏樹はできるだけ密着しないように、お尻を浮かせた状態で”馬”に乗っていた。
だが、”馬”の女の子達はかなりの勢いで他のクラスの騎馬へと突入していく。
「やらせない！」
他のクラスのメンバーも負けてない。夏樹の頭にある鉢巻を取ろうと必死だ。
「来るわよ！」
敵の攻撃をかわす翔たち。
「そこ！」
そのたびに上に乗っている夏樹は、上下に揺さぶられたり左右に振り回される。お尻を浮かすどころではない。
「わああ？」
「ほら、落ちちゃうでしょう？！」
翔たちは夏樹が落ちるのを防ぐためにさらに密着してくる。夏樹のすぐ前には女の子の後頭部、すぐ後ろに女の子の頭といった状態だ。
それに加えて、他のクラスの騎馬も夏樹たちに密着してくる。
夏樹の鉢巻に何本かの手が迫っており、それを何とか払いのけようと夏樹たちは必死になった。
グラウンド上に、黄色い喊声が響き渡る。

その喊声の中、夏樹は密着している恥ずかしさと迫り来る恐怖で硬直状態になっていたのだった。


「・・・どうやら、敵さんは夏樹のチームを集中的に狙っているようね。」
繰り広げられている騎馬戦を双眼鏡で覗きながら、クリスが見物席から呟いた。
「それにしても翔さん達ったら役得ですわね、できれば代わってもらいたかったですわ。」
その横で恵理香もオペラグラスで覗きながら憤慨している。
『気のせいかな・・・鉢巻を取る・・っていうよりナツキにただ密着しようとしてるだけのような気がするんだけど・・・』
クリスはそう感づいていたが、恵理香の方はもっと重要なことに気づいていた。
「・・・何だか変ですわ・・・騎馬の数がさっきより増えているような気がするんですが・・・」
「え？それって・・・まさか・・・？！」


異変は翔たちも察知していた。
「ねえ翔、あんな人、うちの学内にいたっけ？」
「見覚えない人が多い気がするんだけど・・・」
前にいる翔に報告が入る。
「・・・やっぱり。これはもう学校の体育祭じゃないわね、雌雄を決する戦争よ。」
翔がメンバーを鼓舞するかのように叫ぶ。
「そんな大げさな・・。」
夏樹は”何でそうなるんだ？”とつっこみたかったが、振り回されていてそれ以上言えなかった。
「大げさじゃないわよ。」
迫り来る敵をかわしながら、翔が叫ぶ。
「現に、この混戦状態に乗じて、一般参加でもないのに部外者が何人か紛れ込んでるみたいだし。たぶんナツキ目当てね。」
学校の体育祭の競技に部外者だなんて、いったいどうやって紛れ込んだのか？
先生たちは何をしていたのだろう？夏樹は訝しげに思った。
当の先生達はというと
「今年の一年生は迫力があって凄いですなあ。」
「そうですねえ。」
・・・・・・暢気なものである。
「とにかくナツキの鉢巻を取られるわけにはいかないわ。
ナツキも負けたくなかったら攻めなさい。」
翔が敵をかわしながら夏樹を叱咤する。
「え・・？」
『攻める・・・って言ったって女の子に対して？それはちょっとマズイんじゃあ・・・』
夏樹が躊躇していると、後ろにいるメグが肩で夏樹のお尻を突き上げた。
「ひゃああ、メ、メグちゃんちょっと・・」
夏樹は異性にお尻を触られて恥ずかしかったが、メグの方は女の子同士のスキンシップと思っているらしく平然そうだった。
「もう！ナツキちゃん、私達勝つために出てるんだから協力してよ。」
「メグちゃん・・・」
「・・・負けたくないの、取られそうな気がして・・」
「え？」
メグが言わんとしていることがよく理解できない夏樹。取られそう・・・て、誰が？何を？
「あ・・・・っと、な、何でもないの、独り言独り言。」
夏樹に注目されているのに気づいたメグが慌てて誤魔化した。
何だかよくわからないが、メグちゃんは何か悩んでいるらしい。ここは僕がしっかりしないと。恥ずかしがってなんかいられない。
「ゴメン、メグちゃん。僕、やるよ。絶対に勝とう。」
「ナツキちゃん・・・」
「皆、行くよ。」
「うん！」
活気づいた夏樹の”馬”は、相手に狙いを定め突進していく。
驚いたのは相手の方だった。
「な、何？今までのは油断させるため？」
さっきまでされるがままだったのに、突然どうして？　狼狽しながら後ずさりする。
「ナツキ、今よ！鉢巻！」
「うん！」
翔の合図で夏樹は相手の鉢巻を奪う。
「やったあ！ナツキちゃん、次。」
「わかった。」
鉢巻を奪ってから夏樹ははたと気づいた。
「・・・そうか、さっきメグちゃんが言ってたことはこのことだったんだね。」
メグが”取られそう”って言ってたのは僕の鉢巻のことだったのか。そうだよね、鉢巻取られちゃ勝てないもんね。
夏樹はようやく納得がいった。だが、メグの方は・・・
『・・・もう！ナツキちゃん。そういう意味じゃなかったんだけど・・・』
夏樹は何だか誤解しているようだったが、本当の意味はあえて言わないことにした。
言ってしまったら”独占欲が強い女”って夏樹から思われそうで、それが嫌だったからだ。
とにかくもうちょっとがんばろう、あと少しで勝てるのだから。
メグは最後の混戦になるであろう集団の中で、夏樹を支えて耐えていた。


「・・・woo！　こんな白熱戦見たことないね。」
クリスが双眼鏡を覗きながら興奮していた。
「ナツキちゃんすごいですわ。・・・ほら、そこ！」
恵理香も夏樹の活躍に興奮状態だ。
『それにしても・・。』
とクリスは思う。
ナツキがあんなに果敢に攻めてる姿も今まで見たことないが、その姿でさえも”実は男”に全然見えないのはなぜだろう？
確かにバイト初日「ブルーウィンド」の事務室で”僕は男です”って言ってたけど、
実際に証拠を見たわけでもなければ触って確かめたわけではない。
まあ胸がふくらんでなかったから”男”なんだろうけど、女の子でも胸が小さい子はいるしね。
ナツキの前の翔は気づいているのだろうか？後頭部に当たっているようだけど。今度聞いてみよう。
・・・クリスは新たな計画を立てていた。


そして夏樹は今まさに混戦状態の真っ只中だった。
夏樹はできるだけ女の子には直接触れないようにして頭の鉢巻だけを狙っていた。
だが相手の方は何とかかわすので、夏樹は鉢巻が全然取れないでいる。
もちろん相手の方も夏樹の鉢巻を狙うのだが、これは翔たちの機敏な動きで奪われないよう上手くかわした。
そのため押しつ押されつの白熱戦になっているのだった。
ちなみに部外者の”馬”たちは夏樹に触れられないことがわかったのか、いつの間にか姿を消している。
「がんばれ・・・！ナツ・・キ」
前にいる翔も夏樹を応援しているが、その声は途切れ途切れだった。さすがに息が上がってきたらしい。
それが夏樹をますます焦らせる。
『早く終わらせないと、皆が・・・』
僕が不甲斐ないばかりに皆が下で苦労しているんだ、早く取らないと・・・！
自分が”男”だということを隠し通さなきゃいけないことも忘れ、夏樹はムキになって鉢巻を奪おうとする。

「この・・・！」
「・・きゃ・・！」
「え・・？」

相手がよけたので勢い余って女の子の胸をつかんでしまった。
「あ・・・ゴ、ゴメ・・。」
「ナツキ、危ない・・！」
翔たちが夏樹の鉢巻を取られまいとよけた所、さっきのアクシデントに気をとられていた夏樹はバランスを崩してしまう。
「わ・・・？！」
「と・・・ととと・・。」
翔たちは夏樹が落馬しないように動くが、夏樹の動きと噛み合わず、バランスはますます崩れていくばかり。
「わあああ。」
ついに夏樹は落馬してしまった。

「Oh！No！」
「わ？ナツキちゃん？」
夏樹のアクシデントはクリスたちも見ていた。
「クリスさん、早く助けないと・・！」
「や・・助けるっていったって、私達”部外者”だし・・・」
「そ、それはそうですけど・・・。でも、ナツキちゃんに何かあったら・・・」
夏樹が落馬したことで周りの見物席からもどよめきが起きている。
だがこの状態で部外者が駆け寄った所で、先生に追い出されるのが関の山だろう。
先ほどの”飛び入り参加”は、序盤の混戦状態時だからこそ成功するのだ。
クリスたちは心配そうに夏樹を見てるしかなかった。

そして夏樹はというと・・
「あ、あいててて・・。」
「ゴメン、ナツキ。」
「大丈夫、ナツキちゃん？」
翔たちが夏樹の元に駆け寄る。
「う・・うん、こちらこそゴメン・・・痛っ！」
立ち上がろうとした夏樹は、右足首に鈍い痛みを感じてうずくまった。
「捻挫？　大変だわ、先生呼ばなきゃ・・」
メグが手を上げて先生に向けて合図する。
「だ、大丈夫だよ。この痛みだと骨折したわけじゃないだろうし・・」
夏樹は心配させないように軽く笑みを浮かべ答える・・・痛みで笑顔がちょっと引きつっているようだが。
「で、でも・・・」
心配そうに夏樹を見る翔たち。そこへすっと一つの影が通る。
「え・・・？」
その瞬間、夏樹は誰かに抱え上げられた。先生が来てくれたのだろうか？・・・いやそれは！
「宮島先輩？」
「ええ？！」
夏樹はガクラン姿の美沙に抱え上げられていたのだった。
「大丈夫？夏樹くん。」
「美沙・・・先輩、どうして・・・。」
顔を真っ赤にして美沙を見る夏樹。いくら美沙先輩の方が僕より背が高いからって、どうして男の僕を抱え上げられるのだろう？
「・・・いや、居てもたってもいられなくてつい助けに来てしまったんだけど・・・」
自分でも驚いたような顔で夏樹を見る美沙。これは何かの力も入っているのだろうか？
周りのどよめきも先ほどよりさらに大きくなる。
夏樹はその中でただ戸惑うばかりであった。