僕はウェイトレス？■学園編■

「ちょ、ちょっと、あれ、誰ですの？！」
恵理香がオペラグラスを覗きながら、地団太を踏む。
「・・・な〜んかどこかで見たような顔だな・・・？」
クリスは記憶をたどるように額に手をやる。
「そう言われてみれば・・・そんな感じですわね・・・？」
恵理香も同じようなポーズで記憶をたどる。
「そうだ！　遊園地のデートの相手！」
二人同時に記憶の中の相手を叫ぶ。
夏樹が先月遊園地でデートをしていた相手にそっくりだ。
特に恵理香は憎き相手（笑）だからよく覚えている。
「・・・あれ？でも、今あそこにいるのはガクラン着てる女子学生・・・だよね・・・？」
「妹さん？それとも本人？・・・誰なの？もうー、気になりますー。」
それよりもっと気になっていることがある。そしてそれはクリスたちだけではなかった。


「・・・・・・ナツキちゃん何だかお姫様だっこされてるみたい。」
メグが羨ましそうに夏樹を見る。
「・・・そうだね。宮島先輩ボーイッシュだし。何だか王子様とお姫様みたいで。」
翔も羨ましそうに夏樹を見る。
「な、何言ってんだよ・・・・！」
夏樹が顔を真っ赤にして二人に抗議する。
「ナツキも言葉遣いを女らしく直せば、本当のお姫様に見えるのに。」
いや僕は元々男だし、男の言葉遣いはどうしても出てしまうわけで。
夏樹はそう抗議しようとしたが、美沙に目で止められる。
『あ・・・そうだったっけ、僕は・・・』
ここで夏樹は自分の立場を思い出す。
僕はこの学校には”女子学生”として居るんだった。さっきの騎馬戦に熱中してすっかりそれを忘れてたよ。
「みんな茶化さないの！　とにかく保健室に運ぶから。」
美沙は毅然とした態度でメグたちに言う。
「と、とにかく、美沙先輩も・・・恥ずかしいから下ろしてください。」
夏樹は抱きかかえられているせいで皆に茶化されていると思い、美沙に懇願する。
「無理しないで、歩けないんでしょう？」
そう美沙が言うとおり、確かに捻挫した足首がまだ痛み歩けそうになかった。
「ここは私に任せなさい。」
そう言うと美沙は夏樹を抱えたまま保健室へ向かった。
「・・・やっぱり宮島先輩格好良いわよねえ。」
翔が二人の後姿を見ながら、ため息を付く。
「・・・うん、何だか二人がお似合いで・・」
メグは複雑な気分で、二人の後姿を見送っていた。


「ありがとうございます美沙先輩。」
保健室に着くまでの途中、夏樹は美沙に礼を述べる。
保健室に連れて行ってもらうことだけではない、正体がバレないように自分をさりげなく諭してくれたことに対して。
「礼なんていいわよ、私が勝手にやったことだし。」
美沙は照れくさそうに軽く舌を出した。
「それにしても夏樹君ってホント軽いのね。余計な脂肪がついていないせいかしら、何か羨ましい。」
「せ、先輩こそ茶化さないでください・・っ！」
美沙の言葉に夏樹はいたたまれなくなって顔を両手で覆った。
『・・・これじゃあ女の子に見られても仕方ないわね。』
美沙はそう思うのだが、違和感や不快感が全然感じられないのはなぜだろう？
そうこうしているうちに保健室に到着した。
「先生すみません・・・」
扉を開けたが、中には先生が居なかった。どこかに出かけているらしい。
「・・・おかしいわね、先生が一人ここに待機しているはずなんだけど・・・」
グラウンドにも生徒による救急係がいるが、大事に備えて保健室にも先生が待機することになっている。
「どこ行ったのかしら？」
実は、保健の先生は二人とは入れ違いにグラウンドの方へ向かっていたのだった。
「仕方ないわね、私が応急処置してみるわ。」
「大丈夫なんですか？勝手に備品を触ったりしたら・・。」
「大丈夫大丈夫。
運動部メンバーの特例でね、多少のケガなら、先生不在の時はこの使用ノートに書いておけば使えるようになっているの。
・・・まあそれを”暗黙の了解”とも言ってるけどね。」
そう言うと美沙は、夏樹をベッドに座らせて、棚から湿布薬を取り出した。
捻挫している夏樹の足首に湿布薬を貼る。
「これで大丈夫だと思うけど。」
冷やっこい感触が痛めた足首に心地良い。
「あ、ありがとうございます。」
夏樹は礼を述べる。
「どういたしまして。」
見つめ合う二人。そこにはやましいことは何もなかったはずだが。

ガラッ！
「ナツキちゃん！何やってるですか？！」

扉が開くと同時に飛び込んでくる恵理香の声。
「え、恵理香さん？　何でまた校舎内に？」
驚く夏樹。
「決まってるじゃないの、ナツキが心配だからだよ。」
恵理香の後ろからクリスが入ってくる。
「エリカったらホントにもう！ナツキにトラブルがあると後先考えないんだから。」
どちらかと言うとクリスは恵理香に引っ張られる形で入ってきたのだ。
苦言するクリスに恵理香は悪びれもしていないどころかこう発言する。
「だってどこの悪い虫が付いたかと思うともう心配で心配で・・・。」
『私は”虫”かい？！』
恵理香の発言に少しむかついた美沙はそうつっこみたかったが、あえて止めにした。
こういう人達には何を言っても聞く耳を持たないだろう。
何か言って理解してるぐらいなら、夏樹がこんなに苦労することもないはずだ。
それに先ほどから廊下を走り回る音が近づいてきているような・・・？
「そういえば、あなた、どこかで見たことがあるなと思ってたのですが・・・
気のせいですわね。」
「うん・・・最初ガクランで男かと思ったんだけど、近くで見たら全然違うしね。」
恵理香とクリスはほっとしたような表情でお互い顔を見合わせた。
「もし、あの遊園地でのデートの相手だったら、もうとんでもない騒ぎになっていたわよ。」
どうやら、遊園地でのデートの相手が今二人の目の前にいる美沙だとは気づかれなかったらしい。
美沙はほっとしたような何だか寂しいような気持ちに襲われた。
とにかく真実に気づかれる前にこの場を離れた方がよさそうだ。
「・・・ふぅ・・・」
美沙は深くため息をつきながら、夏樹の両肩をポンポンと２回叩いた。
「美沙先輩・・・」
夏樹は美沙がこのままどこかに行ってしまうような気がして、何だか切なくなり涙目になった。
その表情がまたいじらしく、恵理香の母性本能をくすぐる。
「ナツキちゃん。大丈夫、私が守ってあげるから。」
ひしっと夏樹に抱きつく。
「守るって、どうやってよ？」
クリスは恵理香の考えている作戦がわからず首をかしげる。
「こういう時こそ使わなければいけない”力”が、私にはあるのですわ。」
『あ、そういえばエリカんちは、いわゆる地元の名士だったわね。』
ようやくクリスは理解する。公私混同なような気もするが、おそらく本人はそのことさえ気づいていないだろう。
『ま、お嬢様に敵う相手はいませんってとこか。』
「では、さっそく発令いたしますわ、”ナツキちゃんには今後しばらく近づかないこと”。」
美沙の呆れ顔を他所に、得意顔で張り切る恵理香。
『・・・・近づかないでもらいたいのは、むしろ恵理香さんの方なんですけど・・・』
夏樹はそうつっこみたかったが、あえて止めにした。
こういう人には何を言っても聞く耳（以下略）。
「ということで、あなたも離れてください。さあさあさあ！」
そう言うと恵理香は、美沙を保健室から追い出そうと背中を押した。
『すみません美沙さん・・・』
夏樹は目で美沙に詫びを伝える。それが届いたのだろうか、美沙は夏樹の方を一度振り返って頷くと、保健室を後にした。
美沙が廊下を歩いていると、NSNメンバーが何名か猛ダッシュで前から近づいてくるのが見える。
彼女たちは美沙の横を脇目も振らず通り過ぎると、保健室の方へ向かっていった。
数分後・・・保健室の方から恵理香の恫喝が聞こえてくる。
おそらく場の空気はかなり険悪な雰囲気になっているのだろう。
「・・・・まったく、人の学園内で何やっているんだか・・・」
美沙はそうつぶやくとため息をついた。

そして保健室でも、周りの騒動の中、ため息をつく夏樹の姿があった。
こうして夏樹の騎馬戦は幕を閉じたのだった。




・・・と、思ったらまだ続きがあった。

まずは、クリスの計画。
夏樹が本当に”男”ならば、あれだけお互い密着してたのだから何か気づいたことがあるはず。
夏樹の体のことを確かめようと、翔たちに聞いてみる。
「え？ナツキの体のことについて？
・・・う・・・ん、あの時は負けまいとして夢中だったからね、別に何も感じなかったけど。
って、何で今さらそんなことを？」
「ナツキちゃんはとても可愛い女の子よ。」
・・・・どうやら誰も夏樹が”男”だとは思っていなかったらしい。
『これはこれで・・・・ま、悲劇だわねえ。』
クリスはそう思ったが、自分が実際触るわけにもいくまい。
とりあえず面白いものは見れたし、今回はこれで良しとしよう。
そう納得するクリスだった。

そして、体育祭後には毎年恒例の写真展示が写真部によって行われていた。
希望者には記念として１枚１００円でプリント販売するとあって、毎年閲覧者が集まってくるのだが、
今年は特に大盛況だった。
「やっぱりナツキの写真が一番多いわね。」
「プリント希望者もナツキ目当てのが多いみたいよ。」
「ナツキちゃん、ほら一緒に写ってるわよ、買いましょう。」
「え・・・と僕は・・」
自分が写ってる写真なんて買って、どこが楽しんだろう？見るのでさえ恥ずかしいのに。
夏樹は、自分のブルマ姿もさることながら、自分が美沙に抱きかかえられている写真を見て、恥ずかしくて仕方なかった。
”男”が”女の子”に抱っこされているのに確かに違和感が全然ない・・・
いや、自分でそんなこと認めてしまってどうするんだ？
夏樹はふと浮かんだ気持ちをかき消そうと、首を横に強く振った。
「どうしたの？ナツキちゃん。」
「い、いや何でもないよ。」
もうここまで来たら”男”だとバレるわけにはいかないしな。
その為なのか、何だか前にも増して周りに流されているような気がする夏樹。

ちなみに、この写真は一番人気で、希望者に行き渡るのに数日かかるという。
美沙もこの写真を購入したのは・・・夏樹はまだ知る由もない。

そして、夏樹がそれを知るのはもう少し後になるのだが、
夏樹のファンクラブNFNのサイトでも、夏樹の体育祭での写真が多数公開されていた。
（もちろん夏樹以外が写り込むのを完全に排除されていた。）
夏樹を保健室に運んだのは女性だということが恵理香の証言で既に判明しているので、
それ以上の騒ぎにはならなかったのが夏樹にとってせめてもの救いだったのである。