僕はウェイトレス？■学園編■

クラスの出し物として、メイド喫茶が決定した翌日。夏樹はブルーウィンドの更衣室で、ウェイトレスの制服に着替えていた。
その途中に更衣室に入ってくる女性。夏樹の同僚のウェイトレスである牧瀬恵理香だった。
「あらごきげんよう･･･そうそう夏樹ちゃん、クラスでメイド喫茶をやるそうですね。」
「な、なんで知っているんですか恵理香さん！？」
昨日決まったばかりの、しかも他校の話を何故恵理香は知っているのだろう？夏樹は驚いて彼女の顔を見る。
そんな夏樹を見て、恵理香は優雅に笑って言う。
「夏樹ちゃんの事で私が知らないことなどありませんわ。」
そんなこと言われても素直に喜べない夏樹。というか彼女、一体どうやって情報を得ているのか？
「協力は惜しみませんわ夏樹ちゃん。いえ是非手伝わせてくださいませ。」
目をきらめかせ両手を胸の前で組んで言う恵理香。夏樹は思わず後ずさりしてしまう。
「夏樹ちゃんのメイド服姿････ああ、あの時の感激がまた味わえると思うと、待ちどおしいですわ。」
「は、ははは････」
初めて恵理香の家に行った時に、彼女とメイドのお姉さん達にメイド服を着させられた事を思い出し、引きつった笑みを浮かべる夏樹。
「そういえばどんなメイド服を着られるのですか？」
組んでいた両手を外し、恵理香は夏樹の両手を掴んで聞いてくる。
「いや、それはこれから決めるのだけど････」
昨日の話し合いでは『メイド服を着る』という事までは決まったが、実際服をどうするかは、後日決める事になったのだ。
とはいえ、数十人分の服を用意するとなると簡単にはいかないと夏樹は思うのだが。･･･一体どうするのだろう？
「そうなんですか･･･まあ必要となれば私が提供いたしますわ。」
まあ、彼女なら簡単だろう、何しろ家で実際にメイドが働いているのだから。まして夏樹に着せるとなれば是が非でも用意するだろう。
「その時は遠慮なさらずに言ってくださいね。」
出来れば遠慮したい心境の夏樹だった。
ちなみに、メイド喫茶の件はその日の中に全従業員に知れ渡ったらしい。誰が情報を流したかは説明の必要はないだろう。
そのせいで一日中、夏樹は質問攻めに合う羽目になった。そして心底疲れきって帰宅しようと店を出た所で声を掛けられる。
「こんばんわ夏樹君。」
もはや周りに女の子と認識される夏樹を”君”付けでこう呼ぶのは････　　
「宮島先輩？」
そう、御崎高校水泳部員の宮島美沙だった。彼女は店の裏手側の道のガードレールに腰を掛けて、出て来た夏樹を見ている。
意外な待ち人に夏樹は面食らいながらも小走りになって美沙の元に向かう。
「あの･･･どうかしたんですか？」
美沙は夏樹が傍らに来ると、ガードレールから腰を上げ、歩き始める。
「そうね･･･会いたくなったから、かな？」
「え････？」
美沙の言葉に顔を赤くする夏樹を見て、彼女は微笑む。
「か、からかわないで下さいよ宮島先輩。」
「からかってなんていないんだけどなあ。」
既に日が落ちた裏通りを二人は歩いて、表通りに向かう。
「もういいです。それで御用は？」
膨れっ面をしながら聞いてくる夏樹を、本人には悪いけど可愛いと思ってしまう美沙。そんな事は面と向かっては言えないが。
「夏樹君がメイドさんになるって噂聞いてね、確かめたくなったの。」
悪戯っぽい顔を向けて聞いてくる美沙に、思いっきり脱力する夏樹。思わず『それ何なんですか？』と言いたくなった。
そんな夏樹に構わず聞いてくる美沙。
「で、どうなのかしら？」
「不本意ながらその通りです。･･･僕に似合う訳ないのに････」
夏樹のボヤキに美沙はとうとう噴き出してしまう。
「そ、そんな事ないと思うわ、な、夏樹君ならきっと似合うわよ･･･」
「せ、先輩まで････」
自分が男だと知っているくせに何故そんな事言うんだろう･･･夏樹は落ち込んでしまう。
ぽん！
落ち込んだ夏樹の背中を美沙が軽く叩くと、前に回りこみ、顔を覗き込んでくる。
「こら！落ち込まないの。･･･大変だと思うけど負けちゃ駄目よ。」
「宮島先輩････」
ふと夏樹は美沙がここに来たのは自分を励ます為じゃないかと思い始めた。嬉しさのあまり思わず涙ぐむ。
「負けちゃったら･･･夏樹君のメイド服姿が見れなくなっちゃうじゃない。」
「（ガクっ）そりゃ酷いです･･･ははは･･･」
「ふふ･･･」
二人はそう言ってお互いに笑い合うと、表通りに出る。夏樹は気分が大分楽になったのを感じていた。
ところで･･･片や宝塚の男役顔負けの美人と、可愛さ溢れる美少女のツーショットはとても皆の目を集めた。
これが人々の想像力を掻き立て、新たな物語を生むのだが、それはまた別の話である。
　
翌日のホームルームの時間。
具体的な分担の割り振りが決められた。言うまでもなく夏樹はウェイトレス役だった。それと共に食品の扱いと接客の指導役も････
これには調理担当とウェイトレス担当の女子生徒が喜んだ事は言うまでもない。ちなみに男子生徒はそれらに含まれていない。
いや排除されたと言った方がいいだろう。夏樹としては男手も必要だと主張したのだが。
「メイドなんだからこれは女の子の仕事です。」
クラスの女子生徒全員の意思により、夏樹の主張は却下された、それはもう完璧な程に･････反論する間も無く。
もちろん男子生徒達は一言も口を挟めなかった、彼女達の鋭い視線と背筋を凍らせるような威圧感のせいで。
女子生徒達にしてみれば、夏樹と一緒に働けて、しかもメイド服姿を間近で見れるのは、同性（笑）の特権だと思っている。
おいそれと手放すわけは無かった。ましてや穢らわしい男子の視線に夏樹を晒してなるものか、女子生徒全員の心がここに一致した。
よって男子生徒全員は設営のみに回された。メイド喫茶を最初に提案した男子生徒と夏樹が落胆にくれたのは言うまでも無いだろう。
「必要な機材の受け取りと、飾り付けに必要な材料の調達、及び作業は男子全員でお願いします。」
喜色満面の女子生徒と落胆している男子生徒（と夏樹（笑））、非常に判りやすい状況の中、議事は順調に進んで行く。
「調理と接客の練習は明日から早速始めます、木村さんお願いしますね。」
「････はい。」
最早一切の反論を封じられた夏樹に拒否出来る訳もなく、女子生徒達の歓喜の声の中、うなだれて返事をする。
「結構です。それでは話し合いは今日はここまでにします。皆さんがんばって成功させましょうね。」
「「「「「はい！！」」」」
「「「「「･･お････う････」」」」
対照的な声を上げるクラスメイト達。どっちが女子か男子かは見なくても判る、そして夏樹がどっち側かも････（笑）
「あ、木村さんは残って下さい、他の人は解散して構いません。」
のろのろと立ち上がり帰宅しようとした夏樹をクラス委員長が呼び止める。
「え･･･と、まだ何かあるの？」
ぞろぞろと帰宅する生徒達を横目で見ながら、夏樹はクラス委員長に聞く。
「実は服の事で付き合って欲しい所があるんだけど。」
「付き合って、てどこへ？それにどうして僕が一緒に？」
そう言えば、話し合いの中で、服装の事が出てこなかった事に、今更ながら気付く夏樹。
機材はレンタル出来ても、服はサイズの事もあるので、おいそれと何処からか借りてくるわけにもいかないだろう。
「それは来てくれれば判るわ。」
何かを含んだ言い方に、”女の子”の姿にされて以来より鍛えに鍛えられた危険感知センサーが反応するのを夏樹は感じていた。
もっとも危険を検知出来ても、本人にそれを回避する術が無いので、はっきり言って役に立たないセンサーだった。

教室を出た夏樹はクラス委員長に先導され文化部棟のある校舎に向かった。　
「･･･文化部棟なんか来て･･･どうするの？」
メイド喫茶で使用する服を調達するのに何故文化部棟に？夏樹は疑問に思って聞くのだが。
「どうするのって･･･服を借りるのよ、ここで。」
クラス委員長はそう言うと階段をどんどん上って行く。その後を首を捻りながらも夏樹が続く。
夏樹の所属する美術部の部室があるフロアを通り過ぎ、更に２階上のフロアに着くと廊下を奥に進む。
所属する美術部の部室以外には来た事の無い夏樹は、ここに何が在るのか直ぐに思い出せなかった。
思い出したのは、目的のフロアの廊下を歩き、目的の部屋の前に着いた時だった。
「･･･そうか、演劇部だ。」
この階のフロアの半分を使用しているのは、御崎高校演劇部、御崎高校四大文化部の一つだ。
なお残りの三つの文化部もこの後物語りに登場してくるのだが、今は置いとくとして、話を先に進める。
「演劇部で衣装を借りるんですか？」
確かに演劇部ならメイド服くらい持ってるかもしれないが。でもたかが一クラスの為に貸すのだろうか？　
「そうよ･･･まあ条件付きなんだけどね。」
出来ればその何か含んだ言い方は止めて欲しいと夏樹は思う。
「失礼します、１−Ａの者ですが。」
扉をノックし、声を掛けるクラス委員長。
「お待ちしてました、どうぞ。」
返事を聞いて扉を開けて中に入って行くクラス委員長。夏樹も後に続く。
二人が入ったそこは、スペースの半分に作業台やミシンなどが置かれ、残り半分は････様々な衣装が吊り下げられている部屋だった。
その衣装の数に夏樹は度肝を抜かれる。まるでそれはデパートの洋服売り場のようだったからだ。
もっともそこに有る衣装は、舞踊会で使われそうなドレスから御崎高以外の制服など雑多だったが。
その衣装群の前に置かれた作業台に二人の女子生徒がいた。そのうちの一人が立ち上がると二人に挨拶をしてくる。
「ようこそ演劇部へ。私は衣装係兼撮影係をしております大文字美都子と申します。そしてこちらが･･･」
大文字美都子と名乗った女子生徒はそう言って隣に座っているもう一人に視線を向ける。
「演劇部部長の犬川　惠子や、よろしゅうに。」
関西弁だった････何故に？
「１−Ａのクラス委員長の牧村美香です。」
そう言ってから肘で夏樹をつつく。
「あ、木村夏樹です。」
我に返り挨拶をする夏樹。部屋の衣装群と目の前の二人組みに圧倒されっぱなしだ。
「今回衣装提供を申し出て頂きありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ私達の条件を承諾して頂き感謝に絶えません。」
クラス委員長と大文字美都子はにこやかに話している。
だが聞いている夏樹は不安を隠せない。肝心の条件の内容を夏樹はここに来るまで聞かされてはいないのだ。
「まあこちらも大いにメリットあるさかいに気にせんといてや。」
犬川部長はそう言って笑う。･･･何だか時代劇でよく見る、悪代官と悪徳商人の会話を聞いているような気分になる夏樹。
だがそれがあながち間違いでない事は、次の大文字美都子の言動で判った。
「そうですね････何しろ極上の素材を手に入れられるのですから、衣装の十着や二十着くらい惜しみません。」
そう言って夏樹の頭の先から足の先までを、愉悦に満ちた目で見てきたのだ。夏樹から一気に噴き出す冷や汗。
夏樹は今すぐにもここから逃げ出したい衝動に駆られるのだった。

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感謝の辞・その２
演劇部部長の犬川惠子さんも、人面コアラさんから頂いた設定を元にしております。
人面コアラさんありがとうございました。