僕はウェイトレス？■学園編■

翌日の１−Ａの教室。
女子生徒達は黒板に貼られた３枚の紙を熱心に見ながら、論議していた。
「わあ･･･これすごく可愛い。」
「袴って何かぴしって決まっていて良いわね。」
「このミニスカート、結構短い･･･でもナツキちゃんなら合いそう。」
そう、それは演劇部・衣装係の大文字美都子がデザインした夏樹用衣装の候補スケッチだった。
「ねえメグ、このアリスタイプってナツキに似合いそうね。」
「うーん、私はこの女学生タイプの方が、ナツキちゃんの魅力を引き立ててくれると思うんだけど。」
クラスメイトであり同じ美術部員のメグと翔がスケッチを見ながら話している。
「ニーソックスとミニスカートの組み合わせなら、木村さんの綺麗な脚線が際立つわね。」
クラス委員長の美香が、眼鏡を光らせながら言うと、周りの女子生徒達の何人かが顔を赤らめる、想像してしまったらしい。
そんな盛り上がる女子生徒達を、机に座っている夏樹は頭を抱えながら見ていた。既に３０分はあの有様だったからだ。
なお教室内には男子生徒達は居ない（いや夏樹は”一人ここに居る”と主張するだろうが）、言うまでも無く追い出されていた。
女子の衣装についての打ち合わせだから、が表向きの理由だが、
実際は、夏樹の衣装を決めるのに男は必要無しだから、である。
男子も気付いてはいるが、抵抗して女子の不興を買うより、低姿勢に徹して当日に掛けるのが得策と判断し、口を挟まない。
延々と続く議論を見ながら夏樹は思った、誰も僕の意見は聞いてくれないのか･･･と。

さて夏樹の意思を無視して白熱する１−Ａの他にも、夏樹の意思を無視して話を進めている所があった。
それは文化部錬の一角のある部室の中。そこで数名の男女生徒達が集まり何事か話し合っていたのだ。
「すると選ばれるのは１００％間違いないというわけね。」
いかにも切れ者といった感じの女子生徒が、机の反対側に居るもう一人の女子生徒に話しかける。
「ええ、それは揺るがない事実ね･･･全校生徒のほぼ全て、教職員の９割よ、前代未聞ね。」
部屋にいる全員が沈黙する。だがその沈黙は全員のある種の興奮の故だった。それが証拠に誰もが目を輝かせているのだ。
「一昨年の三枝さんや去年の宮島さんもすごかったけど、彼女の場合はそれすら超えているわね。」
切れ者の女子生徒、実は新聞部の現部長は手元の３枚の資料を見ながら感嘆とした表情を浮かべる。
「まあ三枝さんは主に男子に、宮島さんは女子に受けが良かったけど、彼女の方は両方からだからね。」
もう一人の女子生徒、実は写真部の現部長が手元に有る、こちらは３枚の写真を見ながら答える。
まあここまでくればこの会議を行っている連中が新聞部と写真部の部員達で有る事は判る。では何の為に？
それを聞く前に、新聞部と写真部について少し触れておいた方が良いかもしれない。
実は二つとも先の話に出てきた御崎高校四大文化部なのだった。文化部系の中で演劇部と共に御崎高を代表する部であった。
そんな２大文化部が何をしようとしているのか？連中の話し合いの場に戻ろう。
「正に『ミス文化祭』の最有力候補、新聞部としては今回の文化祭特集号の目玉としては外せない、というわけね。」
写真部長が手元にあった写真の中の一枚を掲げて言う。
ここでいう『ミス文化祭』というのは、在校生や教職員達の投票で決められる人気投票みたいなものだ。毎年文化祭中に選出される。
「写真部としてもこれほどの被写体は無いのでは？前回のミス達に勝るとも劣らない美貌とカリスマの持ち主を。」
新聞部長は掲げられた写真を見ながら答える。そして暫し沈黙する二人を他のメンバーは息を呑みながら見つめる。
「お互い利害が一致しているのなら今までのように争う必要はないわね。」
「そうなるわね。ここは協力して事に当たるとしよう。これは近年稀に見る逸材よ。」
立ち上がり机越しに握手する新聞部長と写真部長、その傍らに置かれた写真と身上書らしき書類。
３枚あるそれらに書かれた名前は先程出てきた、三枝由紀子、宮島美沙、そして･･･木村夏樹。
夏樹の知らぬ所で、騒動の芽がまた一つ生まれた瞬間だった。

「というわけで木村さんの衣装は日替わりで、という事に決定しました。」
クラス委員長がそう言うと、クラスの女子生徒達は、一斉に拍手する。
１時間議論の末、夏樹の着る衣装は、候補三つを文化祭が開催される３日間の間、一日毎で変える事に決まった。
夏樹はそれが決定されるのを黙って見ているしかなかった。いや、口を挟む間もなかったといった方が良いだろう。
なお着る順番は文化祭初日の朝に決める事にし、話し合いは終わった。
「それじゃ木村さん、今日演劇部に行ったらそう伝えてね。」
クラス委員長の言葉に引きつった笑みを浮かべながら肯く夏樹。衣装の仮縫いが終わったらしく、呼び出しを受けているのだ。
あの演劇部・衣装係の大文字美都子という女子生徒の下に行くのははっきり言って気が進まない夏樹だった。
１００％確実におもちゃにされる･･･夏樹の鍛えられた、しかしまったく役には立たないセンサーがそう告げているからだ。
「後の準備は任せておいて･･･ナツキちゃんの衣装、期待しているからね。」
女子生徒の一人にそう言われて教室を出る夏樹、出来ればこのまま逃亡したい気分だった。

「ナツキちゃんがねえ･･･それは楽しい事になっているわね。」
夏樹の苦悩を他所に、そんな感想を述べるのは、一昨年の『ミス文化祭』優勝者、美術部の現部長─
そして夏樹の運命を劇的に変えた張本人、三枝由紀子だった。
文化祭の準備に追われる部室で、由紀子は夏樹のクラスメイトである翔とメグから一連の出来事を聞いていたのだった。
「私としてはアリスタイプが良いと思うわね、ナツキちゃんの可愛さが際立つだろうし。」
腕を組んで肯きながら由紀子は自説を述べる。なお、他の部員達も準備そっちのけで集まって来て話に加わっていた。
「でも和風タイプも良いかも･･･私、一度でもいいからナツキちゃんに巫女姿してもらいたいと思っているの。」
神社の娘さんである部員の一人がそう言うと、部員達は一斉に肯き合う。
「そうよね、ナツキの巫女服いいかも････」
「とても神聖で似合いそう･･･もし巫女姿になってくれるなら絶対神社に見に行くわ。」
翔とメグは夏樹の巫女服姿を想像したのか、興奮して言う。いや二人だけでなく他の者も同様だ。
「ふむ、それも面白いな。まあそれは後の楽しみとして置いておきましょう。さあ皆、準備に戻って。」
「はい。」と返事をして作業に戻ってゆく部員達。由紀子も生徒会に提出する書類の作成に戻る。
とはいえ由紀子は、書類の作成よりも当日夏樹の元に行って、どう遊んであげようかと考えていた。
夏樹にとっては迷惑以外の何ものでもない話だったが、夏樹には知る由もなかった。
ところで、この時に交わされた夏樹の巫女服の一件、後にどんどん具体化していっていくのだが、それはまた後の話。

そして場面は一旦学校の外へ移る。
夏樹の運命を変えた”場所”、ブルーウィンドに････
「ふんふん･･･♪」
「何だか楽しそうねエリカ？」
ウェイトレスの制服に着替えながら鼻歌を歌っている恵理香に、クリスが聞いてくる。
「え、まあ楽しいというか楽しみだというか。」
「･････？」
クリスは訳が分からないという顔をするが、その場に居た３人目の人物は分かっているようだった。
「言っておきますけど恵理香さん、今回は抜け駆けは許しませんよ。」
そう言って恵理香を睨みつけるのは裕香、ちなみに抜け駆け云々は体育祭の時の事だ。
裕香はその日シフトで抜けられなかったのに、恵理香はちゃっかり抜け出し、夏樹に会いに行ったのだ。
未だにその事が裕香には許せないでいるのだ、もっとも恵理香はそんなもの何処吹く風だ。
「あらあら、私は抜け駆けなんかしておりませんわ、あの時は偶然休みが取れたものですから････」
「･･･ったく何処をどうしたらそんな事言えるんですか？」
睨み合う二人を見てクリスは事情を飲み込む。
「ああ例のナツキの文化祭ね、確かメイド喫茶をやるんだっけ。」

この事を店で知らない者は居ない。お陰で当日休みを申請する者が出てマネージャーの斎藤雅美が困っているらしい。
「何だかこのままだと臨時休業になりそうだわ。」
疲れ切った表情で雅美がこぼしていたのをクリスは思い出す。

「ふふふ･･･」
「むーーう。」
着替えながら器用に火花を散らしている恵理香と裕香を見ながら、当日はきっと荒れるなと思うクリスだった。
もっともその方が絶対面白い、と考えているあたり彼女らしいといえば、彼女らしかったが。
一方３人の後ろで、その話を聞いていた者がもう一人いた、キッチン担当の遠藤杏子である。
「夏樹さんの･･･メイド喫茶･･･絶対見に行かないと･･･」
夏樹が臨時にキッチン担当に回った時に、運命的な出会い（杏子・談※）をしたと思い込んでいる少女は当日絶対休みを取ることを決意する。
　（作者：註　※の詳細は特別編「やっぱりウェイトレスが好き？」にて）
そしてこれが引き金になって、キッチン担当のバイトが全員休みを申請し、雅美を更にパニック状態に追い込むのだった。
兎も角、文化祭当日にブルーウィンドが、臨時休業するのは、もはや確実な状況だった。

再び学校内へ話は戻る････
演劇部・部室。
「良いです！私の目に狂いはありませんでした。」
「うーん、これほどのもんとは思ってなかったで。」
仮縫いの終わった衣装を着せられ、それをビデオで激写され、夏樹は弄ばれていた（笑）。
もちろんビデオ片手に興奮しているのは、衣装係の美都子。後ろで演劇部長の惠子も感嘆した表情で唸っている。
「当日はぜひ１−Ａに寄らしてもらいます。やっぱり働いているところを撮らなければ完璧ではありませんから。」
「そのとおりやな、美都子はんお願いするで。それで後日に鑑賞会や･･･これでますます部の名が売れるで。」
ヒートアップする二人を見て、夏樹は勘弁して欲しいと心の底から願った、それはもう泣くほど。
でも残念ながらそれは聞き入れられる事はけっして無いだろう事は確実だった。
「さあ次の衣装はこちらですナツキさん。」
「早く着替えてなあナツキはん。」
「もう勘弁して下さい！！」
演劇部室での狂演（？）は、最終下校時刻まで続き、夏樹は半死状態になって開放された。
一方、美都子と惠子の演劇部両巨頭は満足げであった。

こうして全て人々の思惑が祭りに向けて収束してゆく。
そして哀れな子羊には、群がる数多の手から逃れる術はもはや残されていなかった。