僕はウェイトレス？■学園編■

１−Ａ内メイド喫茶店で行われている公開取材（夏樹的には晒し者扱い）も終わりに近づいていた。
「それじゃ最後の質問、木村さんは”ミス文化祭”をご存知かしら？」
「ミス文化祭ですか？それは一応知ってますけど。」
文化祭中に行われるそのイベントは、事ある毎に広報されているから、もちろん夏樹も知っている。
「･･･実は木村さんがその筆頭候補と言われているのだけど、その辺はどう思っているのかしら？」
新聞部長の葵の言葉に聞いていた生徒達がざわめき始める。
「･･･そうなんですか？　でも僕が選ばれるわけないと思いますけど。」
室内からざわめきが、いや物音全てが消え、そして一斉に向けられる視線。夏樹は面食らって周りを見渡す。
その視線は全てこう言っているようだった、「全然分かっていない。」と。
「なるほどね･･･貴方らしいと言えばらしいのかしら。」
葵はそんな夏樹と周りの反応を見て、感心したように微笑む。
「それってどういう意味なんですか？」
周りから寄せられる視線と葵の言葉、両方の意味が分からず夏樹は困惑した表情で聞くのだが。
「気にしなくていいわ、明後日になれば貴方も判るでしょうから。」
そう言って立ち上がると葵は手を差し出し夏樹に握手を求めてくる。
「それではありがとう木村さん、残り２日間もよろしくお願いするわ。」
「ははは･･･お手柔らかにお願いしますね。」
握手しながら夏樹は答える。そう、この公開取材はあと２日間もあるのだ。憂鬱にもなるだろう。
そんな夏樹の言葉に、意味ありげな笑みを返し、葵は写真部長の睦月と共に１−Ａを出て行ったのだった。
「･･･ねえ委員長、さっき言ってた事って･･･？」
合同取材団が出て行った後、夏樹は先程から気になっていた事を委員長に尋ねてみたのだが。
「木村さんは気にしなくてもいいからね。」
これまた意味深な言葉と笑みを返されただけだった。夏樹は更に気になったが、それ以上追求しようとはしなかった。
というのも夏樹は自分がそのイベントとは無関係だと思っていたからだ。選ばれるわけが無いじゃないかと決め付けていた。
･･･相変わらず自分の容姿や行動が、周りの人々に与えるインパクトを過小評価している夏樹である。
まあ毎度の事ながら、この点を後で思いっきり後悔する羽目になるのだが。
「さあ、ぼんやりしてない。まだまだお客さんは来るんだから。」
そんな委員長の言葉に深いため息を付きながら、夏樹は定位置、出入り口傍の椅子に戻るため立ち上がり歩き始める。
その夏樹に集まる視線。歩く度に揺れる服のフリルや、慣れない頭のリボンを気にする仕草が衆目を引き付けるのだ。
「････？」
本人はまったく気付いていないようだったが。
若干いろいろあったが、午前は概ね平穏に（夏樹は違うと言うかもしれないが）終わった。
「それじゃ木村さん、休憩していいわよ。」
「うんありがとう。」
夏樹はそう言って控え室の椅子に座ってほっとため息を付く。流石に疲れたようで小さな欠伸をしてしまう。
ビクッ！
控え室にいた女子生徒の視線が集中して夏樹は思わず背筋を伸ばしてしまう。何をやっても目立ってしまうのだった。
「え･･と、それじゃ着替えて食事行ってくるね・・。」
女子の視線にびくびくしながら夏樹は更衣室へ向かおうとするのだが。
「何言っているの木村さん、貴方はそのままの姿でいなくちゃ駄目よ。」
委員長にそう言って夏樹を呼び止める。
「え･･･でもこれじゃ昼ご飯を食べに行けないんだけど。」
夏樹は委員長に控え目に抗議すると、彼女は”何を言っているのか”という顔をして答える。
「そのままで行けば良いじゃない。･･･宣伝にもなるし。」
「へっ？委員長、何を言っているのかな･･･こんな格好で校内歩けるわけ････」　
ガシッ･･･
何時の間にか両隣に立っていた女子生徒に夏樹は拘束される。
「ちょ、ちょっと待って･･･本気？」
「本気よ。」
「もちろん本気。」
両隣を固めた女子生徒が答える。夏樹は何とか逃れようとするが。
ガシッ･･･
今度は後ろに廻った女子生徒に羽交い絞めにされる。ちなみに彼女はバレー部に所属しており背が夏樹より高い。
「というわけで行きましょうかナツキちゃん。」
完全に拘束され夏樹は身動きできなくなった。そしてそのまま扉へ引っ張られて行く。
「や、やめて･･･お願いだから！・・・って何で皆だけ制服に戻ってるの？」
そう、夏樹を拘束して引っ張って行く女子生徒達は、何時の間にか皆制服に着替えているのだ。
「それじゃ宣伝お願いね〜木村さん。」
爽やかな笑顔を浮かべて委員長は、夏樹達を送り出す。そしてそれを羨ましそうに見送る留守番の女子生徒達。
「た、助けて･･･」
夏樹の断末魔（笑）の声を残し、扉は閉められたのだった。
教室を出た夏樹と女子生徒達は休憩を兼ねた昼食をとる為、学食へ向かったが、予想通りに注目を集めた。
結果、学食へ向かう道すがら写真撮影や握手攻めなど行われ、宣伝効果は抜群だった。
そして学食へ着くと、夏樹の為に席が用意され（そこに座っていた男子は事前に追い出されていた（笑））、食事も持ってきてくれた。
「あ、ありがとう。」
注目の余り真っ赤になりながらお礼を述べる夏樹に、周りの生徒（特に女子）はうっとりとした表情を浮かべているのだった。
食事中も注目は収まらなかった、というのも食べる動作がツボに入っていた為だ。ただし夏樹はそんな意図は無かったのだが。
要は夏樹が衣装を汚さないで食べようと四苦八苦した動作が非常に可愛らしく見えたのが原因だった。
皆自分が食べるのを中断して、その姿を楽しんだ･･･反対に夏樹の方は楽しくもなかったが。
夏樹にとって針のムシロに座って取るような昼食時間だった。
昼食を終えただけで疲れ切った夏樹は、直ぐに１−Ａへ戻ろうとしたが、一緒に来ていた女子生徒達はそんな気は無かった。
「せっかくだから他の所へ見に寄ってみましょうよ。」　
「「賛成！！」」
「反対！」
「じゃあ行きましょう。」
反論空しく女子生徒達に連れて行かれる夏樹。ちっとも休憩にならないと思うのだが、言うだけ無駄だろう。
「で、どこへ行く？」
「う･･ん、そうだ！運動部棟に行かない？」
行き先を相談していた女子生徒達の中の一人がそう提案してくる。ちなみに夏樹を背後から羽交い絞めにしたバレー部の子だ。
「先輩が、ナツキちゃんを連れてきたらケーキをご馳走してくれるって言ってたのよ。」
『ケーキ』の一言で、行き先が決まった。一方夏樹は、行き先が運動部棟と聞いて少々複雑な気分になっていた。
何故なら･･運動部棟では『水泳部』の出し物もやっている筈だ。という事は美沙が居るという事で･･･でもこの姿で会うのはちょっと･･･
女子生徒達に連れて行かれながら、自分が美沙に会いたいのか会いたくないのか、どちらなのか？そう考えていた夏樹だった。
運動部棟は一般校舎から道一本挟んだ反対側にある。窓には看板が張られ、各部の部員達が呼び込みを明日の練習を兼ねてやっている。
そんな所に現れたのが夏樹にとっては運の尽き、瞬く間に呼び込み中の男子生徒連中に囲まれる。
「うお････！これが･･･すごいぜ。」
「おい誰かカメラ、カメラ･･･」
「お兄ちゃんと呼んでくれ！」（笑）
がたいの良い男子連中の叫びに１−Ａ女子は思わず引いてしまう、もちろん一番引いているのは夏樹だったが。
「ちょっとあんた達何してんの！？」
「怯えているじゃない可哀相でしょ！」
「ほらほら離れなさい男子！ナツキちゃんが穢れるでしょうが。」
そこへ騒ぎに気付いた運動部の女子生徒達が集まり、男子連中を排除し始める。夏樹は一瞬ほっとしたが、それも長続きしなかった。
「きゃ･･･！可愛い。」
「リボンが似合っているわね･･･」
「もう、抱きしめてなでなでしたいわ！」
今度は女子部員達に囲まれ、代わる代わる愛でられる夏樹。さっきの男子より対応が過激なのは同性（笑）の故か。
「た、助けて下さい･･･ってどこ触ってるんですか････っ！」
もはや完全に女子の、特にお姉さま方のおもちゃと化している夏樹だった。
「わ･･･痛い･･･押さないで･･･」
もがいているうちに夏樹は女子の包囲網から押し出され、その反動でバランスを崩し地面へ倒れ････
「････？」
その直前に夏樹は誰かに抱きとめられる。
「夏樹君？」
聞き覚えのあるその声に、夏樹は反射的に顔を上げて、自分を抱えてくれている相手を見る。
「み、宮島先輩？」
水泳部の宮島美沙だった。思わぬ出会いに夏樹は固まってしまう、彼女も同じらしく目を見開いて驚きの表情を浮かべている。
ちなみに今の美沙の格好は、法被に鉢巻という祭りによくいる粋なあんちゃん姿。
それがふりふりを着た少女と抱き合っているのだ。その組み合わせに生徒達は一瞬押し黙り、やがて････
「な、何かこのミスマッチが良い感じがしない？」
「うん･･･ある意味倒錯的というか･･･」
「あれ宮島さんよね、体育祭の時に怪我したナツキちゃんをお姫様だっこしてた・・」
妙な盛り上がり方をする女子生徒に夏樹と美沙は冷や汗を掻き始める。運動部棟前に妙な空間が出来ていた。

「･･･なるほど、それが衣装の一つというわけね。」
暫くして女子生徒達から開放された夏樹は、美沙と共に運動部棟の裏側にあるプール傍にいた。
周りには誰も居ない。夏樹と一緒にいた女子達は、美沙との話が終わるまで待つから、と言って離れてくれている。
何だか妙な勘違いをされているような気がしたが、美沙と二人きりで話せるのは夏樹としては悪い事ではない。
「はい･･･そうなんです。」
正直いって唯一”男”と認識してくれている美沙にこんな格好を見せているのは、夏樹としては非常に恥ずかしい。
一方美沙はそんな夏樹の姿に今更ながら驚かせられていた。男の子なのに違和感が全然ないのだから。
「そう落ち込まないで。第一それを言ったら私の方だって････」
そう言って自嘲めいた笑みを浮かべる美沙。夏樹も改めて彼女を見て思わず感嘆の声を上げてしまう。
「･･･何かすごく男らしくて、羨ましいですね。」
「それって･･･どういう意味かしら、夏・樹・ちゃ･ん？」
目を細め、低い声で問う美沙に、夏樹はびくっと怯えた状態になる。流石に失言だと気付いたのだ。
「ご、ごめんなさい･･･ただ本当に･･･」
泣き出しそうになる夏樹を見て美沙はため息を付く。何だか後輩の”女の子”を叱った時を思い出してしまう。
「・・・怒っていないわ、もう慣れちゃったしね。だからそんなに落ち込まないで。」
夏樹は純粋に羨ましかっただけだということは美沙にも分かったので、本気で怒ったわけではなかったのだが。
この辺については夏樹はどうもナーバスになりやすい傾向がある事に、美沙は気付く。
「夏樹君がそんな子だとは思っていないから元気だしなさい･･･男の子でしょ？」
茶目っ気たっぷりに笑う美沙の表情に、夏樹もようやく笑みを取り戻すのだった。
「ナツキちゃん、そろそろ戻るわよ。」
一緒に来た女子生徒が声を掛けてくる。思ったより時間が経っていたようだ。
「うん今行くから。それじゃそろそろ戻りますね･･･ありがとうございました宮島先輩。」
夏樹が美沙にお礼をのべると、彼女は笑って肯く。
小走りにクラスメイト達の所に戻る夏樹の背に、美沙は小さく声援を送る。
「がんばってね夏樹君。」･･･と。

休憩を終え女子生徒と１−Ａに戻ってきた夏樹を見た委員長が声を掛ける。
「あ、丁度良かったわ木村さん。貴方にお客様よ。」
何となく含んだ言い方の委員長に嫌な予感がする夏樹。
「お客様って･･･？」
「会えば分かるわよ。」
だからそんな何かを含んだ言い方は止めて欲しいと思う夏樹だった。
正直言って気が進まなかったが、人を待たせるのは悪いと思い、しかたなく店内（？）に向かう夏樹。
何となくこそこそと入ってきた（笑）夏樹を、メイド服姿のクラスメイトが見つけて声を掛ける。
「ナツキちゃんこっちよ。」
夏樹は声を掛けてきたクラスメイトの元に向かう。相変わらず店内は盛況で、歩いていると盛んに声援を受ける。
「ナツキちゃんがんばってね。」
「可愛いね･･･私の妹にならない？」
引きつった笑みを浮かべつつ夏樹は、可愛らしく返事をする。
「ありがとうございます･･･でも妹は勘弁して下さい。」
男なので”妹”には成れませんから･･･と夏樹は心の中で言う。
「それでお客様って････」
クラスメイトの傍に来た夏樹がそう聞こうとした時。
「うん！やっぱり私の思った通りでした。」
そう言って、席にいた生徒が立ち上がりビデオを向けてくる。夏樹はその生徒、女子だった、に見覚えがあった。
「だ、大文字さん？」
そう演劇部・衣装係りの大文字美都子だったのだ。彼女は嬉々とした表情でビデオを廻しながら言葉を掛けてくる。
「その照れた表情と仕草･･とても良いです。木村さんはその服の魅力を１００％引き出せる人だと信じてました！！」
写す方向や角度を盛んに変え夏樹を激写してくる美都子に、思わず引いてしまう。
「やはりそれを着て動いている姿が一番です、衣装はやはり活用されてこそ花です。」
夏樹の様子など気にもせず、ビデオを廻し自説（？）をしゃべり続ける美都子。
「は･･･ははは･･･はあ。」
そんな彼女にため息を付く事しか出来ない夏樹だった。撮影は暫く続き、周りに妙に受けていたようだった。
「それで大文字さんは部の方はいいんですか？」
撮影が一段落し、美都子は席に戻り注文していた紅茶を飲みながら、夏樹と話していた。　
本来なら一人のお客さんに付くことはしないのだが、衣装の提供者である美都子は特別扱いである。
「午前中ずっとやっていたからね、今は休憩中。もっともこの後また上演があるから、あまり長居は出来ないけどね。」
休憩中にこんな事しなくてもいい気がするのだが、本人はそんな事気にも留めていないようである。
「でも来た甲斐があったわ。これじゃ明日以降の衣装も楽しみね。」
美都子の言葉に夏樹はずーんと沈んだ思いに囚われる。
そうなのだ･･･後２日もあるのだ･･･まだ２着も着なければならないのだ。
ミニスカートと和装の衣装を････今日の反応を考えると、夏樹の危険感知センサー（笑）がびんびん反応するのだ。
もっとも反応しても逃れられないのが夏樹の運命だったが。
「それではがんばってね。あ、明日もまた撮影させてもらうからね。」
そう言って美都子は出てゆくのだった。残された夏樹は暫し呆然とした表情で席に座っていた。
「ナツキちゃん、こっちをお願い。」
だが直ぐに呼ばれる夏樹。悩んでいる時間は無いようだった。
盛況は終了時間まで続き、文化祭一日目が終了した。
１−Ａのメンバーは大きな手応えを感じ、委員長は明日からの一般公開日の成功を確信した。
「皆この調子でがんばりましょう！」
「「「「ＯＫ！」」」」
盛り上がる中、夏樹はこの悪夢が早く終わってくれる事を祈る事しか出来なかった。
「木村さん明日もよろしくね！」
そう、すべてが早く終わってくれる事を･･････

片づけを終え、翌日の打ち合わせを済ませ、１−Ａのクラスメイトは帰宅し始める。
夏樹は皆が手伝おうとする着替えを何とか一人で済ませ、委員長や数人の女子と共に学校を出た。
「それにしても明日の木村さんの衣装何かしらね？」
「勘弁して委員長。」
そんな会話をしながら一行は、スクールバスで駅へ向かう。車内では皆の真ん中に座らされ、おしゃべりに付き合わされた。
傍から見れば女子高生のグループが賑やかに話しているようにしか見えない、もっとも中一人は外見はともかく中身は違う筈なのだが。
まったく違和感を感じさせないのは、もはや才能かも知れない。まあ夏樹にとっては不本意な才能だが。
駅で委員長達と別れ、夏樹は家路を急ぐ。既に日は落ち、冷たい風が吹き付ける。
「さ、寒いな･･･早く帰ろう。」
スカート故の寒さ（中に吹き込んでくる）に身を竦ませた夏樹は足早に道を歩き家に到着する。
「ただいま。」
ドアを開け夏樹は玄関に入り、声を掛ける。
「お帰り･･･どうだった文化祭は？」
台所からエプロンで手を拭きながら母親が出てきて夏樹を迎える。
「まあまあだよ･･･それよりご飯は？お腹空いたんだけど。」
あからさまに話題を変えようとする夏樹に母親は意地の悪い笑みを浮かべて答える。
「もう少し待ってておくれ･･･それにしても見たかったねえ･･･ひらひらの服を。」
「････！？」
母親はしてやったりという表情をすると台所へ戻ってゆく。そしてそれを呆然と見送る夏樹。
玄関から母親の姿が消えてから暫くたってようやく我に返って叫ぶ。
「な、なんで知っているのさ母さん！？」
その夏樹の声にひょこっと顔だけ台所から出して母親は言った。
「私を誰だと思っているんだい？あんたの事なんか全てお見通しさ。」
ウィンクを決め再び台所に戻る母親に夏樹は言葉を返す事が出来なかった。
「う、家の母親って一体････何者？」
台所から聞こえてくる鼻歌を聴きながら夏樹は自分の母親が恐ろしくなったのだった。
だが夏樹は気付いていない･･･母親の本当の恐ろしさを知るのはこれからだという事を。

こうして文化祭一日目は終わった。･･･だが祭りは始まったばかりなのだ。