僕はウェイトレス？■学園編■

文化祭二日目の朝は何事も無く明けた。爽やかな秋の一日を予感させる穏やかな空気。
だが騒動は確実に忍び寄っていた、ある人物の元に、それも集中的に。
言うまでも無く、薄幸の美少女（笑）である夏樹に。
前日と同じく、母親と不毛な言い争いをし、異常な乗車率のバスに乗り学校にたどり着く夏樹。
何時もの時間と変わらないなか、残念ながら迫り来るものに気付かなかったのは無理もない。

「さあ今日は何かしら？」
委員長やクラス女子の期待に満ちる視線のなか、夏樹が引いた今日の衣装は？
『ミニスカ＆ニーソックス』
青くなる夏樹と、思わず歓声を上げる女子生徒達。･･･ちなみに男子生徒は教室の外で耳をすませて聞きいっていた。
彼らも歓声を（心の中で）上げていたのは言うまでもない。こうして今日の生贄の衣装は決まった。

「いらっしゃいませ。」
文化祭二日目が始まってから暫く、１−Ａのメイド喫茶に大学生くらいのカップルのお客が入ってくる。
腕など組み中々いい雰囲気のカップルだったが、対応に出たウェイトレスを見て、男の方が呆けてしまう。
短いスカート丈（膝上１０センチ）に黒のニーソックス、ブラウスには赤いリボンという姿。
言うまでも無く夏樹だった。
その容姿と相まって凶悪に可愛い、恥らう仕草もツボを付いており、男なら誰でも呆けるほど惹きつけられる魅力がある。
しかしそうなれば連れの女性は面白くないだろう、案の定男を睨みつけている。
「ご案内します、こちらへどうぞ。」
案内されテーブル着く間、男の粘りつくような視線と、女性の嫉妬を含んだきつい視線が夏樹に注がれる。
はっきりいって居心地が悪いことこの上ない。それでも接客の基本、笑顔を忘れない夏樹はある意味立派かもしれない。
「ご注文が決まりましたらお呼びください。」
そう言ってカップルから素早く離れる夏樹、残された二人は早速揉め始める。
「何見とれているのよ？」
「べ、別に見とれているわけじゃ･･･」
「女子高生のくせに･･･でも・・・可愛いかな？あの子。」
「お前も何言って････」
最初は男性に文句を言っていた女性の方も、足早に離れていく夏樹を見て思わず呟く、顔も若干赤くなっていたりする。
相変わらず男女問わず落とす夏樹の魅力は健在だった。まあ本人には決してそういう意識があるわけではないのだが。
「これって今日何組目のカップル崩壊かしら？」
戻ってきた夏樹に委員長が悪戯っぽい笑みを浮かべながら聞いてくる。
「･･･言わないで委員長。それでなくても気が滅入るのに････」
がくっとした感じで夏樹がぼやく。朝開店してからカップルが来る度に、この状態が繰り返されるのだからそれもしょうがない話だ。
『カップル・キラー』・・・実はこれ、『ブルーウィンド』の常連の間では結構有名な話なのだ。
─夏樹のシフトの日にカップルが訪れると、ほぼ確実にそのカップルは別れる─
はオーバーな話だが仲がおかしくなるのは確からしい。
ただそういう場合、男の方がうつつを抜かした為に･･･と思われるだろうが、夏樹の場合はちょっと違う。
何故か女性側の方がそうなる確率が高いのだ。どうも夏樹の容姿（妹属性）と恥らう姿（女性の仕草で）に保護欲を刺激されるらしい。
結果、男性を放ったらかしで夏樹に入れ込んでしまって、というパターンが多い。
お陰で、別れたい女がいるなら夏樹のシフト日に行けば良い、という話まで巷では流れているらしい。
「まあ私たちもカップル崩壊の恨みは買いたくないから、木村さんはそれ以外のお客をお願いね。」
その提案に夏樹は一応ほっとした表情を浮かべて肯く。別れたがっているようなカップル以外から、恨みを買うのは目に見えているからだ。
夏樹は女性だけのグループや親子連れの接客だけを行う事になった。ちなみに男だけのグループももちろん除外だった。
クラス女子にしてみれば、「ナツキちゃんの艶姿をわざわざ男どもに近くで見させる必要は無い。」からだ。
酷い話だが、他の女子生徒達や女性教師陣、果てはお客さん（全て女性）の全面的支持を受けていたので問題は無かった。
「しかし本当に綺麗な足だよな、すらってしていて。」
「本当･･･ナツキちゃんにとっても似合ってるわ。」
午前中はクラスの手伝いに来ているメグと翔が、店の制服であるメイド服姿で夏樹の傍に来て言う。
ミニスカート姿の夏樹に対し、二人の方は膝丈の下まであるスカートで、生地の厚さも全然違う。
何故本職の女性（？）が着ない物を、男の僕が着なければならないのか？二人を見て夏樹は切に思ったのだった。
まあそれを言った所で、「ナツキ（ちゃん）の方こそ似合うからです。」と返されるだけだが。
「そんなに見られると恥ずかしいんだけど･･･」
無駄だと知りつつも、スカートを引っ張って足を隠そうとする夏樹。その恥らう姿がまた目を引き付ける事になるのだが。
「その恥じらいがまた服を魅力的にしています、う〜ん素晴らしいです。」
「わぁぁ？！」
突然目の前にビデオカメラを突きつけられ夏樹は後ずさる、こんな事をするのはあの彼女しかいないだろう。
「大文字さん？」
そう演劇部の大文字美都子だった。ただし今日は彼女一人ではなかった。
「確かにそうやな。それにしても昨日あれを見れんかったのは残念やった。」
何故か演劇部長の犬川惠子までいたのだ。それにしてもこの二人、何時の間にか夏樹の傍に来ていたのだろう？
「犬川部長･･･二人とも部の方はいいんですか？」
演劇部だって公演があるはずだ、部長と衣装係の二人がこんなところに来ていいのか、と夏樹は思ったのだが。
「準備は完璧やしね。後は開演を待つばかり。それまでは余裕はあるさかい。」
犬川部長はそう答えて笑う。段取りは既に出来ており、一々部長が指示する必要はないらしい。
「当日に衣装係にする事なんてあまりありませんしね。」
緊急時に備えていれば別段詰めている必要はないし、と美都子。そして部長の惠子と顔を合わせて笑うと
「「こんな面白い事を見ないわけにいきません。」」
・・・面白い事って僕の事なのか？夏樹は憮然とした表情を浮かべるが、二人とも意に介さない。そんな時････
「委員長、昨日の新聞部と写真部の人たちが来たみたい。」
合同取材班の一行が到着したのだった。それを聞いて犬川部長は感心した表情で肯く。
「連中、木村はんに目を付けたようやな･･･まあわからんでもないな。」
そうするうちに夏樹の所に来る合同取材班。先頭にいるのは新聞部長・天音葵。
「よう葵はん、お久しぶりやな。」
軽く手を上げて挨拶する犬川部長。天音部長もそれに気付き挨拶を返してくる。
「そうね惠子･･･貴方がここに居るのはやはり木村さん絡み？」
「ま、そういうこっちゃ。おう睦月はんも久しぶりやな。」
一行の中にいた写真部の加藤睦月に気付き犬川部長は声を掛ける。
「部長自らとは相変わらずね惠子。」
半ば呆れた表情を浮かべつつ加藤部長は答える。それを聞いて犬川部長はにやりと笑って答える。
「入れこんどるのはお互い様や。雁首揃えてはるお二人はんの方こそ大したもんや。」
「まあね。これほど撮影意欲をそそられる被写体は久しぶりだからね。」
昨日と同じ帽子を被った加藤部長はそう言ってカメラを持ち上げてみせる。
「そうね、これを逃したらジャーナリスト失格よ。」
天音部長も腰に手を当て、そう答える。
四大文化部のうち、三つもの部の部長が集まり、夏樹の周辺はにわかに騒がしくなる。
事情を知らぬ外部の人達も含め注目が更に高まるなか、夏樹は落ち着かなくなってくる。
何せ一癖も二癖もあるお姉さま方に囲まれているのだ。一年生の夏樹に緊張するなというのは無理な話だろう。
夏樹の傍にいる委員長と美都子も緊張した様子で３人の部長達を伺っている。
「･･･なるほど、うちら３人は同じモンに目を付けたというわけやな。」
何と言うか･･･獲物を見つけた肉食獣？のような目をする犬川部長。いや彼女だけでない事に夏樹は今更気付いた。
「そういうわけよ。だから抜け駆けは厳禁よ、演劇部長殿。」
「わーってる。うちかて二人を敵に廻したくはないさかい。」
「分かっているなら問題ないわね葵。協力してもらうわよ惠子。」
３人で交わされる会話に夏樹は嫌な予感が強くなっていくのを感じていた、内容は予測付かないが････
「部長、そろそろ開演の時間です。」
時計を見て美都子が言う。
「そうやな･･･それじゃ詳しい話は後でな、お二人さん。それじゃ木村はんもがんばってな。」
「木村さんそれじゃ明日ね。和装期待してるわ。」
二人は挨拶をすると連れ立って１−Ａを出てゆく。それを見送ると新聞部長の葵は夏樹を見て言う。
「それじゃ取材を始めましょうか。お願い出来る木村さん？」
こうして二日目の公開取材が敢行された。今度は一般のお客さんの前である。
フロア代わりの教室の真ん中に場所が作られ、夏樹はそこに座らせられ、質問が始まる。
「では始めましょう。まず昨日の衣装を着てみての感想を教えて欲しいんだけど？」
「･･･とても恥ずかしかったです。それはもう････」
「なるほどね･･･じゃあ今日のはどう？」
「やっぱり恥ずかしいです･･･第一、似合わないと思うんですが。」
「そんな事ないと思うけど。綺麗な足で私は羨ましいわ。」
こんな感じで進められる公開取材。天音部長が主に質問し、その間に加藤部長が写真部員を助手に撮影して行く。
教室内は立ち見のお客達も出るほど盛況である。夏樹は早く終わる事を祈りながら、質問に何とか答えてゆくのだった。
「それでは今日最後の質問。木村さん、今貴方に気になる人はいますか？」
その質問に教室内は水を打ったように静かになる。
「････？」
その状況に夏樹は戸惑う。周りから寄せられる視線が痛いほど感じるからだ、合わせて一部の者（特に女子）からのプレッシャーが。
鈍い夏樹も、ここで何か言ったら何事か起きるという事を予感させられていた。もっとも理由はさっぱりだったが。
だから夏樹は無難な答えを言う事にした。その方が身の為だと直感が教えていたからだ、夏樹にしては珍しく働いた直感が。
何時もこの手の直感が働けば苦労しないのだが、残念ながらその鈍さはなかなか直らないらしい。
「え･･･と、今の所は別にいませんけど････」
答えを聞いている天音部長の視線が鋭くなり、夏樹の声は尻すぼみになる。
「そう・・・まあいいわ。そういう事にしておきましょう。」
夏樹の言葉に一応納得した言葉を返したが、天音部長がその言葉を信じていると思えなかった。
だが夏樹はそれに気付かず、ほっとした顔をしていた。それが先ほどの質問の”本当の”答えを天音部長にした事になるとは思わずに。
天音部長も夏樹と美沙の噂は知っていたから、カマをかけてみたのだが。結果、大当たりと心の中で微笑む。
ちらりと天音部長は、撮影している加藤部長を見ると、彼女も肯いてくる。
「ＯＫ･･･今日はここまでにしておきましょう。木村さんありがとう。また明日も宜しくね。」
合同取材班は機材をまとめると、撤収を開始した。これで二日目の取材も終わった。夏樹は一息つく･･･が。
「さあさあ木村さん、接客に戻って･･･皆もね。まだ文化祭は続いているのよ。」
委員長の言葉で、取材で中断していた営業が再開する。クラスメイト達に促がされ夏樹も接客に戻る。
「ナツキちゃんこっち、こっち！」
「俺達の方もきてくれ！！」
「何言ってんのよ、こっちが先でしょ。」
あちらこちらから声を掛けられ、夏樹は飛び回る。もうミニスカートが恥ずかしいなんて気にしていられなくなる。
スカートの裾をひらめかせ、ニーソックスに包まれた美脚を晒して夏樹は接客に走り廻るのだった。
こうして午前中も何事も無く･･･・・・・終わらなかった。凶悪までに可愛い夏樹の姿が、騒ぎを招かない訳は無かったのだ。
まず出たのが、この手の店ではよく出るカメラ小僧と呼ばれる連中だった。狙いは夏樹の美脚と当然スカートの中身。
何気なくローアングルでカメラを構え、脚とスカートの中を撮影しようとしたのだが、当然他のメイド達に見つかり
「何写しているのよ、この変態！」
あっと言う間にカメラを取り上げられ、袋叩きにされ店から叩き出されるカメラ小僧。お客さんからは拍手が送られる。
それ以外にも、ナンパしようとした男子大学生。彼らはメイドや他クラスの女子達に囲まれ直ちに強制退出をさせられた。
囲んだ女子生徒はほとんどが運動部系、それも空手や合気道などのお姉さま方で、ナンパな学生が敵う相手では無かった。
「あ･･の、ありがとうございます。」
しつこいナンパに閉口していた夏樹は精一杯の笑顔を浮かべてお礼を言った。だが今度はその笑顔に運動部のお姉さま方が
「きゃあ、か、可愛い。･･･私をお姉さまって呼んでくれない？」
「あ、抜け駆けは駄目って言ったじゃない。」
「出来れば私もそう呼んで欲しいな。」
「私も･･･」
一難去って、また一難。暫くは運動部のお姉さま方にもみくちゃにされる羽目になった夏樹だった。
「た、助けて下さい！」
・・・とまあこんな調子で午前の部は終わったのだ。しかし夏樹の受難はこれからが本番だった。

御崎高校門前にとても目を引く一団が居た。通り過ぎる人々が思わず立ち止まって目を向けてしまう程の。
特に男連中は興奮を隠せないようだった。何故ならそれは魅力的な女性達だったからだ。
その中の一人、金髪碧眼の女性が口を開く。
「いや･･･それにしても随分大所帯になったもんだね。」
かなり旨い日本語を話すその女性。言うまでもなく『ブルーウィンド』のフロアチーフであるクリスである。
「どうでもいいけど私たちこんな事していていいのかしら？」
浮かない顔をしているのは、知的美人として隠れたファンを持つと言われる、マネージャーの雅美。
「気になさる必要はありませんわ雅美さん。ちゃんとオーナーの承諾は取ってありますから。」
顔に柔和な笑みを浮かべ雅美を慰めるのは、陰謀の影には常に居ると言われているお嬢様こと恵理香。
「そうですよ･･･それにもうここまで来たんですから。」
同じように慰めの言葉を掛けるのは、夏樹と同じく儚げなイメージが魅力の裕香。
「もっとも裕香さんは無理に来られなくてもよろしかったのですけど。」
裕香を横目で見ながら表面上は穏やかに言う恵理香、だがその目に浮かぶのは穏やかとは正反対のもの。
「･･･恵理香さんが何かしでかすのか分かりませんから私が居ないと。」
対する裕香も表面上は落ち着いた感じで答える、がやはり目には同じようなものを浮かべている。
両者の頭上では竜虎が争っている（笑）、他のメンバーにはそう見えた。
「あの・・・何だか注目されていませんか私たち？」
周りからの視線に戸惑いの声を上げるのは、厨房スタッフのバイトである杏子だった。
「まあこれだけの”美女と美少女”が揃っていれば注目されてもしょうがないでしょ。」
クリスが杏子の肩を抱いて言う。言葉だけ聞くと不遜に聞こえるが、実際そこに揃っている彼女達を見れば納得はするだろう。
『ブルーウィンド』の従業員の中でも綺麗どころがここに集結しているのだから。夏樹に多少劣るだけで人気は結構高いのだ。
「あ･･･のクリスさん、”美男子”は無いんスか？」
クリスの背後から恐る恐る声を掛けるのはウエイターの本間修一。へらへらした顔で自分を指差している。
「･･･まあそれなりに平均的男ならいるわね、修一君。」
笑顔で返すが内容はキツイ。修一と今日一緒に付いて来た他のウエイター連中もがくっとなる。
「それにしても貴方方、誘っていないのに何故ここにおられるのです？」
こちらも笑顔だが、目が笑っていない恵理香が問い質してくる。これには裕香や杏子、他の女子バイト陣も同様、きつい目で男性陣を見る。
「いや･･･俺らもナツキちゃんの艶姿を見たくて････ははは･･･」
強まってくる女性陣の視線に引き気味の男性陣。
学校と同様に『ブルーウィンド』でも夏樹は女性達に人気がある。だから今回は女性達だけで夏樹に会いに行こうと計画していたのだが、修一に感づかれてしまったのだ。
よって、男性アルバイト陣もこうして同行しようとやって来たというわけだ。もちろん女性陣は承諾した覚えはない。
男性アルバイト陣の中にはクリスや恵理香狙いの人間も居るから、夏樹を口実にしている面も多々あるのだが。
お陰で先程から男性陣は女性陣からの厳しい視線で、針のむしろ状態だ。それでも逃げ出す者は居なかったが。
恐怖より欲望の方が勝ったらしい。でも結果論から言えば、女性陣は全員夏樹にしか関心がないのだから、無駄な行為なのだが。
「まあいいじゃない、私たちに迷惑を掛けないかぎりは問題なし。･･･もっとも何かしでかせば容赦しないけどね。」
クリスは凄みのある笑みを浮かべて男性陣を見渡す。
「ＯＫ？諸君？」
男性陣は一斉に直立不動で肯く。笑みを浮かべたクリスもだが、その後ろに立ち自分達を見つめる女性陣も怖かったからだ。
「ではまいりますか･･･ナツキちゃんに会いに。」
「はい！」
「おう！」
クリスの言葉に全員が返事を返すと、一行は校門をくぐり、校内に入ってゆく。

夏樹にとって最悪の午後が始まろうとしていた。