僕はウェイトレス？■学園編■

ぞくっ････
その時夏樹は暖房の効いている筈の教室内で激しい寒気を感じていた。それも今まで感じたことも無いほどの。
「な、何だろうこの寒気？風邪じゃないみたいだけど････」
気になって周りを見渡すが、別に変わった事は無さそうである。･･･気のせいだろうか？夏樹は考え込むが。
「ナツキちゃんこっちお願い。」
「あ、はい今行きます。」
結局は忙しさに紛れ忘れてしまうのだが、後の事を考えれば、夏樹はこの時点で逃げ出すべきだったのだ。
だが神でも無い夏樹にそんな事が判るはずも無く、遭遇の時は刻々と迫っていたのだ。

「すみませんが１−Ａの教室はどちらでしょうか？」
「あ、この校舎の３階です。」
廊下を歩いてた男子生徒はにこやかな笑みを浮かべた、いかにもお嬢様という少女に道を聞かれ、直立不動になって答える。
「ありがとうございますね。」
優雅にお辞儀をし、軽やかに離れてゆくお嬢様を見て、その男子生徒は天にも昇る気持ちになる。
「やはりこの校舎でしたわ。･･･誰ですかさっきの校舎だなんておっしゃった方は？」
先程の男子生徒に見せた態度とは正反対の不機嫌な態度で、そのお嬢様は喰って掛かる。
「す、すいませんでした････」
お嬢様・恵理香に責められたその男性アルバイトは項垂れて謝る。
実は『ブルーウィンド』一行は校舎内で迷っていたのだ。
何しろ校舎内はどこも似たような構造なうえに、肝心の御崎高校について知っている人間が一行内に誰も居なかったのだ。
それでも最初は分かるだろうと闇雲に歩き回っていたのだが、辿り着くことが出来ず、人に聞いてようやく判明したのだ。
「大分時間を食ったわね･･･時間大丈夫かしら。」
クリスが時計を見ながら言う。聞いた話では、１−Ａのメイド喫茶は人気があり、待ち時間がかなり掛かるという事らしい。
場合によっては文化祭の終了時間に間に合わなくなるかもしれないとクリスは心配したのだが。
「その辺の心配はなさらなくても大丈夫ですわクリスさん。」
恵理香は慌てた様子も無く意味深に笑って言う。クリスはその表情から、彼女がまた何かしたのだと理解した。
何しろこのお嬢様ときたら、夏樹の事に関して、自分の家の権力と財力を使う事にまったく躊躇しない。
しかもその家の総帥自身が夏樹の事を気に入っているらしく、恵理香のやる事に協力的なのだ。クリスはため息を付く。
「まあエリカがそう言うのなら大丈夫でしょ。」
「はい。ではまいりましょうか。」
『ブルーウィンド』一行は階段を上り、１−Ａの教室がある階へ向かう。遭遇まで･･･あと数十分。

「ありがとうございました。」
会計を終えたお客さんを見送る夏樹。クラスメイトのメイドが素早く片付けると、直ぐに別のメイドが次のお客さんを招き入れる。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」　
入ってきたお客さんを空いた席に案内し座ってもらうと、直ぐにお冷とメニューが差し出される。
高校生の接客とは思えない、流れるような動きは、現役ウェイトレス夏樹の指導の賜物だ。それは正に『ブルーウィンド』流。
しかし確かにクラスメイトの動きは見事だが、それだけでこれだけお客さんの回転が良くなる筈がないのだが。
夏樹はそれが気になっていたのだ。実際『ブルーウィンド』でもこれほどスムーズに流れるのは稀だ。
それに昨日の事を考えると、一般公開の今日はもっと混乱すると覚悟していたのだが、何故か前日より落ち着いている。
これじゃ･･･夏樹は妙な考えに囚われる、まるでお客さんが協力してくれているみたいじゃないのかと。
それがまったく的外れな考えで無い事を夏樹は知らない。

「しかし日本の高校の文化祭って何時見ても派手ね。」
クリスが歩きながら、周りを物珍しそうに見て言う。彼女が日本に来たのは大学生の時なので、当然日本の高校の事は知らない。
「そうなんですか？私の学校はこんなには派手にできませんけど。」
恵理香が答える。彼女の通う学校は、上流階級のお嬢様が通う女子高なので、真面目な研究発表など地味な印象の文化祭になる。
「そういえば、三枝さんから前に聞いた話だけど御崎高校の文化祭って、この辺じゃ規模や内容で結構有名らしいわね。」
以前バイトしていた美術部長の由紀子の話を思い出して話す雅美。彼女も物珍しげにあちこちを見ている。
「うちの学校でも有名な話ですよ。皆羨ましがっているくらいですから。」
「私の学校でもそうですね。」
裕香と杏子が肯き合いながら言ってくる。
まあ確かに文系クラブだけでなく、運動部や全クラス参加というのは珍しいだろう。
「ふ〜ん、ナツキの高校ってそんな学校だったわけだ。来年も来ようかしら？」
脳天気に言うクリスに、雅美が渋い顔をして言う。
「言っておきますけどこんな事、今年限りにしてもらいたいのだけど。」
そうじゃないと私の心臓が持たない･･･と生真面目な雅美は切に思うのだが、件の友人には届かなかったらしい。
「まったくマサミ、そんなんじゃ人生楽しめないわよ。」
そう言って雅美の肩を抱いて笑うクリス。
「・・・時々貴方のその気楽さが羨ましくなるわね。」
「ははは･･･そうでしょう、そうでしょう。」
どうやら皮肉も通じなかったらしい、雅美は盛大なため息を付く。
そんな会話を続けていた『ブルーウィンド』一行は目的の場所、１−Ａのメイド喫茶の前に到着する。
「そんなに混んでいるわけではないんですね。」
杏子が意外だという表情で言う。彼女の言うとおり、待ちの行列は確かに出来ているが、それ程混雑はしていない。
他のメンバーも意外だという顔をしている中、恵理香が満足そうに肯いている。
それを見たクリスは、先程恵理香が言っていた言葉を思い出す。
『その辺の心配はなさらなくても大丈夫ですわクリスさん。』
こういう事か･･･クリスは恵理香が何をしたか、おぼろげに分かった気がした。
多分、例のファンクラブを動員しているのだとクリスは直感的に感じた。恵理香ならそれも可能だと････
表面的にはファンクラブＮＦＮと恵理香は関係ない事になっているが、クリスは前から怪しいと睨んでいたのだ。
「どうかなさいましたかクリスさん？」
穏やかな笑みを浮かべ、自分をじっと見ていたクリスに聞いてくる恵理香。クリスは肩を竦め答える。
「いや何でも･･･取り合えず並びましょうか。」
クリスにしてみれば面白ければそれで良いので、それ以上追求する気は無かった。
そして順番待ちの列に並ぶ一行。列はスムーズに動いているので、クリス達はそれ程待つことも無さそうだった。
やがて彼女達は１−Ａ男子の案内係に誘導され扉をくぐり店内である教室の中に入って行く。

「いらっしゃいませ････って何で皆が！？」
新たなお客に気付き声を掛けた夏樹は、その客達を見て思わず叫んでしまう。
そりゃそうだろう。見知った顔が、それもフルメンバーで目の前に居れば････
実は夏樹も『ブルーウィンド』の関係者が来るだろうとは予想していた、何しろ体育祭の事もあったからだ。
しかし目の前の現実に、夏樹の予想など余りにも甘かった事を思い知らされていた。
「はぁいナツキ、遊びに来たわよ･･･その衣装なかなか似合っているじゃない。」
クリスがしてやったりといった表情で言ってくる。その声に夏樹は今の自分の姿を思い出し、トレイを胸に抱え縮こまってしまう。
「か、可愛いですわナツキちゃん！！」
「･･･わぁ･･･」
「･･･ナツキさん････」
「お･･･おおお！！」
その夏樹の姿に『ブルーウィンド』一行は、ある者は感激し、ある者は呆然とし、ある者は興奮（笑）した。
ある意味異様な光景だが、周りの人々はそれどころではなかったので、誰も異様だと思わなかった。
「おい、あれクリスさんじゃあ･･･？」
「恵理香様が何故ここに？」
「ゆ、裕香ちゃ〜ん。」
突如現れた『ブルーウィンド』一行に（主に男連中の）お客達が騒ぎ始めたからだ。騒然とする１−Ａ内。
「一体どうして？第一お店はどうしたんですか！？」
その騒然とする中、夏樹が当然と言えば当然な事を聞いてくる。
クリスをはじめとするフロアのメンバーに厨房関係者、加えてマネージャーの雅美までいるのだ。
これでは店が開けないではないか、そう夏樹が思っても仕方がないだろう。
「今日は臨時休業ですわナツキちゃん。だから心配ありません。」
平然とそう答える恵理香に夏樹は絶句する。
それはそうだろう、稼ぎ時の土曜日に休むファミレスなど聞いた事が無い。
「嘘でしょう･･･ねえ雅美さん？」
メンバー中もっとも良識派である雅美に確認しようとするが、彼女は遠い目をしながらこう言うだけだった。
「本当の事よナツキちゃん。･･･世の中にはね、どうにもならない事がある物なのよ。」
そんな事で納得が出来るか、と思った夏樹は、雅美の横で意味深な笑みの恵理香を見て納得さぜるをえなかった。
「恵理香さん･･･もしかして？」
「はい？何でしょうかナツキちゃん。」
「･･･いえ何でもありません。」
それ以上は怖くて聞けなかった。多分思った通りの答えが返ってくる事は間違いなさそうだったから。
「取り合えず席に案内してくれないナツキちゃん？」
状況に付いて行けず呆然としていた夏樹は、クリスの言葉に我に返る。
「はい･･･あの何名さまですか？」
どう見ても１０名近くいるクリス達を見て夏樹は人数を確認する。
「えっとね･･１１人ね。」
人数を聞き、空いている座席を見て１１人座れるか即座に判断する夏樹。現役ウェイトレスとしてこの辺は早い。
「５人と６人に別れますね、座席は離れ離れになりますが、よろしいですか？」
座席には余裕があるが流石に１１人一緒には座れないと判断した夏樹がそう聞いてくる。
その話を聞いていた男子グループが立ち上がり、クリス達に話しかけてくる。
「我々が移動しますから、こっちへどうぞ！」
丁度空いている座席と座席の間に居たそのグループが隣に移動し空けてくれる。
「あら助かるわ･･･ありがとね皆。」
クリスはウィンクして礼を述べると男子連中は魅入られたようにぼーとしてしまう。
「今移動させますので暫くお待ち下さい。」
夏樹はそう言うと、近くに居たクラスメイトのメイドに合図して、まず男子グループの元居たテーブルから飲み物を移動させる。
そしてテーブルを手早く拭いてクリス達を案内し座ってもらうと、他のメイドが即座にお冷とメニューを差し出す。
「なかなか手際が良いわね、これってナツキちゃんが？」
その動きを見ていた雅美が感心した様に聞いてくる。
「はいそうです。ナツキちゃんの指導の賜物です。」
お冷とメニューを差し出したメイドの女子生徒が嬉しそうに答える。それを聞いて夏樹は照れくさそうに笑う。
「なるほど･･･流石はナツキね。これなら私の代わりにフロアチーフやらない？」
クリスが調子に乗って言ってくるが、雅美が渋い顔をして窘める。
「あのねクリス、一年未満のバイトの子にそんな事させられないでしょう。」
「･･･ご注文が決まりましたらお呼び下さい。」
二人の会話を聞き流しつつそう言うと一行から離れる夏樹。何とか平常心を保てたのは奇跡に近いかもしれない。
メニューを開き、わいわい言いながら注文を考え始めた『ブルーウィンド』一行に夏樹はため息を付く。
「何事も起きないと良いんだけど････」
そう祈らざるをえない夏樹だが、残念ながらそういった祈りはけっして叶わないものなのだ。
事件は全員の注文を受け終わった後に起こった。その頃１−Ａのメイド喫茶も人が増え始め、夏樹は店内を走り回っていた。
夏樹はしかし大事な事をこの時忘れていた。それは今着ている衣装を何時もの『ブルーウィンド』の制服と違うという事を。
『ブルーウィンド』のウェイトレス服は膝丈のスカートであるが、夏樹が今日着ているのはそれより遥かに丈が短い。
走り回る度に裾が捲くれ、その中の物をちらりとだが見せているのだ。
だが本人は気付かない、真剣になると周りが見えないのだ。
『ブルーウィンド』一行の中でそれに初めに気付いたのは雅美だった。他のメンバーはミニスカで颯爽と動く夏樹に見とれていた。
「あれちょっと危ないんじゃないかしら？」
雅美は普段から長めのスカートを履いているので、たまに短めのものを履くと、ついそれを忘れ恥ずかしい思いをする事があった。
普段から夏樹もそうだった事を思い出し雅美はだんだん心配になってきていた。それに彼女以外にそれに気付き始めた人達にも。
問題なのは気付いた人達がほとんど男だった事だった。彼らは見え隠れするスカート内の物に視線を集め始めていた。
「危ないって何が？マサミ。」
心配そうな声に隣にいたクリスが気付き聞いてくる。雅美は視線で夏樹のスカートを指し示す。
「･･･成程ね。これは確かにヤバイかもしれないわね。」
クリスもようやく雅美の懸念に気付いた、そして周りの状況にも同時に。二人は肯き合うと注意を喚起する為に夏樹を呼ぼうとしたが。
「「「うおおお！！！」」」
「え････？」
それは偶然の事故だったのかもしれない。たまたま席の横を通ろうとした夏樹をただ呼び止めようと腕を上げただけなのかもしれない。
しかしその男性が夏樹のスカートに目を奪われていて、それ故タイミングを誤ったのは事実だった。そしてその結果････
見事に男性の腕が夏樹のスカート後方を捲り上げていた、そして小ぶりで形のいいお尻を覆う白のショーツごと完全に露出させてしまった。
全てが停止した１−Ａ内。その異様な気配と突如下半身を襲った冷気に夏樹は恐る恐る後ろを振り向き、状況を確認する。
「･･････」
「いや･･･わざとじゃないんだ、信じてくれ･･･」
男はそう言うが、スカートを捲り上げて、あまつさえ下着を凝視しているのでは説得力はまったく無いだろう。
しかし彼も言い訳などせず直ぐに手を下ろしていれば、この後の悲劇も少しはましだったかもしれなかったのだが。
ガタン！！
次の瞬間、椅子がけり倒される音が響き、何かが男の元に急速に接近する。彼は慌てて逃げようとしたが既に遅かった。
「何時までやっているんですか貴方は！！」
ズゴォ･･･！
声と共に放たれた一撃が男を隣のテーブル毎教室の壁際まで吹き飛ばしていく。そのあまりの出来事に他の人々は動けないでいた。
その男を吹き飛ばした張本人、『ブルーウィンド』マネージャーの雅美だった、は肩を震わせ鬼のような形相で立っていた。
「･･･ははは･･･」
ペタン･･･
当の夏樹は腰がくだけたかのようにその場に座り込んでしまう。そして状況を理解するにつれ涙が両目から落ち始める。
普通の女性だってこんな状況になればそうなってしまうだろう。まして夏樹は自分が男だと思っているのだ。
それが着たくも無い女性用の下着を身に着けているところを衆目の元で晒してしまったのだ。そのダメージは絶大だった。
「ナツキちゃん（さん）！！」
ようやく我に返った恵理香達が夏樹の元に駆け寄ってくる。それに続いて委員長をはじめとするクラスメイト達も。
「･･･見られちゃった･･･皆に･･･」　
夏樹は茫然自失状態だった。その痛ましい姿に恵理香達は掛ける言葉が見つからず顔を見合わせるだけだった。
「気をしっかり持ちなさいナツキちゃん。」
そんな中、夏樹に近寄り、抱き寄せて胸に抱いてきたのは、先程男を吹き飛ばした雅美だった。
慈愛の篭った笑みを浮かべ、夏樹の頭を優しく撫でながら、雅美は言い聞かせるように話しかける。
「気にするなとは言わないわ、とても恥ずかしい事だもの。･･･でも大丈夫、私達が付いている、だから元気だしてナツキちゃん。」
「ま、雅美さ･･ん？」
雅美の胸元に抱かれていた夏樹は少しづつ平静さを取り戻しはじめたようだった。涙も止まり顔には生気が戻ってきている。
「そうですわナツキちゃん･･･何だったら私のをここで見せてあげても構いませんわ。」
負けじと恵理香がそう言って夏樹を雅美の胸元から引き離して自分の胸元に抱き寄せる。
「そうすれば私もナツキちゃんと同じです。貴方ひとりではありませんわ。」
「いや･･･それはちょっと･･･」
恵理香の大胆な発言に夏樹は目を白黒させて答える。だが彼女の言葉に触発されたように他のメンバーもまた発言しはじめる。
「それなら私も･･･ナツキちゃんだけ恥をかかせるなんて嫌です。」
「ナツキさんの為なら・・そ、それくらい何でもありません。」
裕香と杏子の今にも自分でスカートを捲りあげてしまいそうな勢いに夏樹は面食らってしまう。
「こらこら貴方達･･･そういう事はこんな所で言わないの。馬鹿な連中が誤解するでしょ。」
「そうよ･･･ナツキちゃんの為とはいえ、そんな事しちゃ駄目よ。第一彼女が喜ばないでしょ。」
クリスと雅美が皆を窘める。夏樹も恵理香の胸元から顔を何とか引き離すと皆を見渡して言う。
「雅美さんの言うとおりだよ。気持ちだけ受け取って置くから･･･皆ありがとう。」
まだ完全に立ち直ったわけではないが夏樹は皆に感謝の言葉を言う。まあ大分ずれた行為な気がするのだがそれでも嬉しいものだ。
ちなみに委員長をはじめクラスメイトの女子達も言葉にはしなかったが、皆同じ事を考えていたのだが夏樹は気付かなかった。
一同の間に穏やかな空気が流れ、このまま終われば美しい女の子同士（笑）の友情物語で終わったのだが･･･
「あ痛てて･･･何しやがるんだ！？」
先程雅美に吹き飛ばされた男が、壁際の残骸を跳ね除けて立ち上がり、女性陣に喰って掛かってくる。
だがこれは余りにも愚かな行為と言わざるを得ない。彼はそのまま逃亡すべきだったのだ、ましていちゃもんをつけるなど･･･
ギン！！！
とたんに浴びせられる殺意の波動（笑）。
「ひ、ひやぁぁ･･･！」
男は恐怖のあまりその場に座りこんでしまう、さっきの夏樹のように。
だが夏樹の時のような感慨を女性陣に抱かせる事は無かった。それはそうだろう、今の男は憎むべき相手なのだから。
女性のスカートを捲るような人間に人権など無い･･･まして私達のマスコットガール・ナツキちゃんを泣かすなど万死に値する。
ゆらりと立ち上がった女性陣は静かに男を取り囲んで行く。ちなみに他の男性達も違う場所で同様に取り囲まれている。
「あの･･･皆さん？何をするつもりなんですか！？」
膨れ上がった危険な空気に夏樹は慌てて女性達を止めようとするが、包囲に加わらなかった女性達にたちまち教室の外に連れ出される。
「え・・？え！？」
「ここから先はナツキちゃんは見ないほうがいいわよ。」
パシャン･･･
夏樹の目の前で閉じられる扉、さながらそれは男達にとって地獄への門に見えた････

その後メイド喫茶は一時間程営業が停止したらしい。その間１−Ａ内で何があったかについては一切が伏せられた。
これは『ブルーウィンド』メンバーが関わっていた事や夏樹のスカートの一件も同様だった。
張本人の男がどうなったかも定かにされていない。風の噂では仏門に入ったというが、それも事実かは分からない。
･･･夏樹が後に語った言葉が男の運命を暗示していると言えるかもしれない。
『あの時だけは自分の容姿が女の子に見える事が良かったと思えた事はありませんでした。』
その後メイド喫茶は営業を再開したが、夏樹は文化祭終了時間まで保健室で寝込む羽目になった。

前日以上に疲労でふらふらになって夏樹は家にたどり着いた。その姿に何時もは茶々を入れる母親も何も言わなかった。
もっとも母親の方はあちこちに電話をしていたので、それもあっただからなのだが夏樹は気付かなかった。
母親の事を気にする気力も残されていなかったのが原因だが、それが翌日夏樹を後悔させる事になるのだが。

こうして祭りは最後の段階へ進む。