僕はウェイトレス？■学園編■

社務所での品評会が終わると、夏樹は桂と共に別室に移動して、いよいよ巫女修行（？）の始まりである。
まず最初に行なわれたのは歩き方を含めた立ち振る舞いだった。桂曰く、巫女として最初に身に付けなければならない事だというのだが。
「でも僕は別に巫女になるつもりはないんだけど･･･」
夏樹は大晦日から正月三が日に『福娘』として、言わば臨時に桜木神社の神事を代行するだけの筈だ。
「いえ、『福娘』とはいえ神事を行なうからには、りっぱな桜木神社の巫女です。立ち振る舞いも気をつけて頂かないと。」
毎年『福娘』に選ばれた者はこのように巫女としての作法を身に付けなければならない、桂はそう強調する。
がしかし、実はこれは建前に過ぎない。実際は体験学習のようなもので、粗相が無い程度に出来れば問題にはされないのだ。
第一、２，３日やって作法が身に付くなんて誰も思わないだろう。まして『福娘』は一年に一度の役目なのだ。
ちなみに先程夏樹を捕獲（笑）した巫女さん達も臨時のアルバイトで、一週間程度作法の練習をしただけである。
「そういうもんなんですか？」
「はい。」
臆面も無く言ってみせる桂、舌先三寸で見事に夏樹を丸め込んでしまう。この辺彼女も良い度胸の持ち主だ。
要は夏樹の巫女姿を完全にしたいという桂の、いやその他大勢（某母親とか某お嬢様とか）の策略だったのだ。
もちろん人の良い夏樹は、桂のその言葉を信じ込んでしまった。まったく騙されやすい人間である。
「では私が手本を見せますから、その通りにして下さいね。」
桂が優雅に歩いてみせると夏樹は思わず見とれてしまう、思わず彼女の本性を忘れてしまうくらいに。
「では･･･夏樹さん。」
促されて同じように歩いてみようとする夏樹。とはいえやはり同じようにはいかないものだ。
「もう少しゆっくりと、目線をやや下げて････」
「は、はい。」
先程の桂の言葉を信じ込んでいた夏樹は一生懸命に言われたようにする。その姿は健気であり、容姿と相まってかなり”くる”ものがある。
「･････！？」
思わず声が漏れそうになり、慌てて口を塞ぐ桂。だが夏樹はそんな彼女の姿には気付かなかったが、まあその方が良かっただろう。
何しろ目を潤ませ、頬を染めて夏樹の事を見ていたのだから。何時もの清楚な美少女ぶりは何処かへ行ってしまっている。
世の男性達が理想とする大和撫子風の桂だが、実は無類の可愛いもの好き、それも対象が女の子、という隠れた（？）趣味の持ち主だった。
かと言って別に同性愛者というわけでは無い。ただ可愛い女の子を見ると、気に入った服装をさせたり、色々構いたくなるのだ。
ちなみに気に入った服装というのが巫女服や晴れ着などの和装なのは、彼女らしいと言えば彼女らしいのだが。
そして桂が今一番お気に入りなのが、言わずと知れた夏樹なのだ。そのとても同年代に見えない容姿がツボを突いているらしい。
だから今回、夏樹が『福娘』に選ばれた、と聞いた時の桂の喜びは大きかった、何しろ合法的に巫女の格好にさせられるのだから。
しかも指導という名目で、夏樹と常に一緒に居られるのだ。桂にとってはこれ程の喜びは無かった。
「･･･歩き方はそれくらいでいいでしょう、次は腕の動きですけど･･･」
内心の歓喜を何時もの清楚な笑みで隠しつつ、桂の邪な思惑が篭った夏樹への作法指導は昼まで続いた。
「ひとまずここまでにしましょう、お疲れ様でした夏樹さん。」
午前一杯行なわれた作法の修行がようやく終わった。とたんに夏樹は畳に座り込んでしまう、それほどきつかったのだ。
「･･･結構大変なんですね『福娘』っていうのは･･･」
息を切らせながら夏樹は言う。ウェイトレスのバイトでもこれ程はきつくないと思わされるくらいだった。
まあそれはそうだろう、何しろ巫女としての作法を徹底的に教え込まれたようなものだからだ。だが普通ここまでやらない。
何度も言うが、『福娘』は『新年の儀』を一年に一度だけ執り行う、臨時の巫女職であり、正式な役職では無い。
だが夏樹が今日受けた各種作法の修行は、巫女が行なう本格的なものだったのだ。もはや『福娘』としての修行の範囲を超えている。
「はいそうなんですよ。でも夏樹さんは確実に身に付けられていますから、大丈夫です。」
「そ、そうですか？じゃあ、がんばりますね。」
まったく疑わない夏樹は、それが桂の策略とは知らずに素直に納得してしまっている。
「では昼食にしましょうか。」
「はい。」
夏樹は立ち上がると桂と共に部屋を出て、廊下を進む。その姿は足運びも仕草も巫女そのものになっているが本人は気付いていない。
修行の成果が既に現れはじめているようであった。それを見て桂は満足そうに微笑み、思わず「よっし！」と言う言葉が出る。
「？　････何ですか？」
「いえ・・・何でもありませんわ。」
桂の言動が気になったが、夏樹はそれ以上追求しなかった。どうやら無意識に関わる事を避けたようである（笑）。
やがて二人は、かなり広々とした部屋にたどり着く。既にそこには数人の巫女さん達が集まっており、食事の準備が進められている。
食事が載った食膳が運ばれてきて、一人一人の前に置かれていく。夏樹は桂の隣に座り、配膳されるのを待つ。
そうする中に全員への配膳が終わり、皆座って宮司様の到着を待つ。
「皆さん、待たせてすまなかったね。」
宮司様が入ってきてそう言うと上座の食膳に座る。すると巫女達は姿勢を正し、両手を合わせる。
「それでは頂きます。」
「「「「頂きます。」」」」
桂の号令で巫女達は挨拶すると、宮司様が肯き、そこで初めて全員箸を付ける。
ちなみにメニューはご飯に漬物、煮物にすまし汁というシンプルなもので、いかにも神社の食事という感じを夏樹は受けた。
食事中はほとんど会話は無かった。もちろんテレビなど有る筈も無く、非常に静かな昼食を夏樹は過ごしたのだった。
「「「「ご馳走様でした。」」」」
食事が終わり、宮司様が退出すると食膳が片付けられ、暫しの昼休みに入ると、部屋は先程とは違う雰囲気に満たされる。　
「夏樹ちゃんどうだったの？桂ちゃんとの修行は。」
「もう神社には慣れたかしら？」
「いくら何でも早すぎよそれ･･･」
お茶を片手にした巫女のお姉様方に夏樹は捕まって、おしゃべり大会につき合わされていた。
こうなると清楚な巫女さん達という姿は何処かへ行ってしまい、本来の年頃の女性達の姿に戻っている。
「なかなか筋が良いですわ夏樹さんは。『新年の儀』が楽しみです。」
うっとりした表情で言う桂の言葉に、女性陣も期待に満ちた表情で顔を見合わせている。
「ほんと、神社の巫女に応募して良かったわ。彼女の『福娘』姿を間近で見れるんだから。」
「そうよね、これは何があっても『新年の儀』には参加しないと。」
盛り上がる女性陣に夏樹は引き気味だ。何故そこまで自分の『福娘』に皆がこだわってくるのかいまいち理解出来ていないのだ。
「･･･あの、僕が『福娘』をやってもいいんでしょうか？」
夏樹としては、男である自分が、女性のみが選ばれる『福娘』に、しかも神聖な巫女姿で、というのが非常に気がかりなのだ。
ある意味神様を騙すような気がして落ち着かない夏樹だ。というか神罰が怖い、ていうのが本音だったりする。
「そんな事当たり前ですよ夏樹さん、貴方以外にだれが『福娘』をやるんですか？･･･それに貴方の巫女姿を皆に披露しなければ！」
最後の方を特に強調しながら高らかに宣言する桂を見ながら夏樹は、自分の中にあった巫女のイメージが音を立てて崩れてゆくのを感じていた。
『もしかして僕の周りに集まる女の人達って、皆こういう人達ばかりなんだろうか？』
ヒートアップする桂をはじめとする女性達を見ながら、夏樹はそんな思いに囚われるのだ。
騒がしい昼休みを終えると、女性達は先程の雰囲気が嘘のように清楚な巫女に戻り、それぞれのお勤めに戻ってゆく。
一方、夏樹は再び桂と部屋に戻り、休憩を挟みながら夕方まで、みっちりと作法を学ばされたのだった。

そして夏樹の修行が終わる頃、神社も一日の役目を終え、片づけを済ませた巫女達は帰ってゆく。
「終わった･･･長かったな今日一日。」
”修行”という名目でおもちゃとして弄ばれるという状況から開放された夏樹は、ほっと一息付きながら廊下を歩いていた。
風呂に入る準備のため自分に割り当てられた部屋に向かっていたのだ。その途中、自分の姿を見渡しながら呟く。
「それにしても･･･最初は違和感あったのに今じゃそうでもないんだから･･･」
洋服には無い着心地に戸惑っていた夏樹だったが、丸一日着せられていたせいか、すっかり馴染んでいるのが分かるのだ。
そういえばウェイトレスの制服の時もそうだったっけ、と夏樹は思い出し、不景気なため息を付く。
「何辛気臭い顔をしておるのじゃ。それでは『福娘』は勤まらんぞ？」
突如そんな声を掛けられ夏樹は思わず悲鳴を上げそうになる。何しろまったく人の気配を感じなかったのだから。
「え･･･誰ですか？」
前後の廊下には人の姿はまったく無い、だとすると今の声は････？
「どこを見ておる、こっちじゃ。」
どうやら声は廊下に面した部屋から聞こえるようだった。襖が少し開いており、中から淡い光が漏れている。
「何をしとる･･･入ってこんか。」
本来なら恐怖感に囚われる状況だが、何故か夏樹はそんな感情は湧かず、むしろその相手に会わなければならないとさえ思った。
ガラ･･･
襖を開けて室内に入った夏樹は、そこに佇む巫女服姿の女性に気付く。淡い光に照らされて幻想的な雰囲気がある。
それにしても不思議な女性だった、かなりの美人なのだが、年齢が分からない。若いようにも年配のようにも見えるのだから。
夏樹はその姿に声が出なかった。口をぽかーんと開けたまま、部屋に一歩入った状態で動けなくなっていた。
「呆けた顔をせんでしゃっきりせんかい･･･早うこちらに来るのじゃ。」
女性の声に夏樹はようやく我に返り、彼女の方へ歩いてゆくと、その前に立つ。
「あの･･･貴方は？」
昼間会った巫女達の中には、この女性は居なかった。だとすれば宮司様の関係者だろうか？夏樹は尋ねてみたのだが。
「まあわしの事はどうでもよかろう。それよりお主が今度の『福娘』か？」
女性は夏樹の質問には答えず、逆に訊いてくる。尊大な言い回しだが、何故か不快な気分にはならない。
「はい、今度『福娘』を勤めさせて頂きます木村夏樹です。」
だから素直に夏樹は答える。そうする事が当たり前のように････
「そうか･･･しかし変わった境遇じゃなお主は。」
夏樹を見ながらその女性は笑って言う。
「器と魂がこれほど異なった者も珍しい。わしも永い事この世を見ておるが、お主のような者は初めて見る。」
「え･･･？」
何を言われているか最初は夏樹は分からなかったが、やがてその言葉を理解するうちに驚きに襲われる。
「あ、あの、貴方はもしかして･･･？」
「！　・・・どうやらここまでのようじゃな。」
夏樹の言葉を遮って女性はそう言うと神々しい笑みを浮かべる。
「････あ？」
再び言葉を発する事が出来なくなる夏樹。
「お主の事が気に入った、また会おうぞ。」

「夏樹さん？」
「へっ････」
呼びかけに夏樹が我に返ると、目の前に桂の顔。
「こんなところで何をやっていらっしゃったのですか？」
その言葉に夏樹は周りを見渡して驚く。
「な、何でこんなところに？」
何時の間にか真っ暗な部屋の真ん中に立っているのだ。確か廊下を部屋に向かって歩いていた筈では？夏樹は混乱してしまう。
そんな夏樹を見て桂も部屋を見渡して言う。
「ここは普段は使われていない部屋なんです。それなのに襖が開いているものですから、入ってみたら･･･」
部屋の真ん中で呆然として立っていた夏樹に桂は気がついたのだ。
「？　･･･全然覚えていない。どうして入ったんだろう？」
夏樹は首を捻って考えるが、記憶が完全に抜け落ちているようでまったく思い出せないのだった。
「疲れたのかもしれませんね、今日は初日で大変でしたし。」
「それはまあそうなんだけど････」
疲れた理由は桂にあると思うのだが、夏樹はそれについては黙っていた、多分言っても無駄だと分かっていたからだ。
「それよりお風呂に入るんじゃなかったんですか夏樹さん？」
桂の言葉で、夏樹は本来の目的を思い出す、着替えを取りに部屋に戻るという目的を。
「あ･･･そうだった、ごめん、急いで入るから。」
夏樹が最初に入浴する事になっていたのだ、自分がこんな所でぐずぐずしていたら、後に控えている桂の入浴が遅れてしまう。
だが桂は夏樹の言葉に、にこりとすると爆弾発言をしてくれる。
「だったら一緒に入浴しましょう夏樹さん！」
思わぬ桂の言葉に夏樹は真っ赤になってしまう。
「な、何言っているんですか？そんな事出来るわけないじゃありませんか。」
女性と一緒に入浴など出来るわけないではないか、夏樹はそう言うと慌てて部屋を飛び出す。
「あ･･･そんなに恥ずかしがらなくても、待ってください夏樹さん。」
桂もまた部屋から出ると夏樹の後を追って行く。そして二人の足音が離れてゆく。

半ば開いた襖から先程と同じ淡い光が再び漏れ出ていたが、夏樹も桂も気付くことは無かった。