僕はウェイトレス？■学園編■　27話

１２月３１日、大晦日。天気は快晴。
『新年の儀』の朝はこうして明けたのだった。
前日と同じようにセクハラ（笑）を交えた桂の着替え指導があった後、夏樹は宮司様と巫女達との打ち合わせに参加する。
『新年の儀』が始まるのは３１日の２３：００からである。よって午前中一杯と午後は夕方まで使って準備が進められる。
以上の事が宮司様から示されると、後を桂が引き継ぎ巫女達に作業の指示を出してゆく。
「それでは始めましょう。」
巫女達は「はい。」と返事をするとそれぞれ準備に散ってゆく。一方夏樹と桂は『新年の儀』の進行について打ち合わせを始める。
参拝客は夕方から訪れ始めるので、それまでに段取りを確認し、準備を整えなければならないので、結構慌しい一日になる。
打ち合わせを終えた夏樹は、本殿に移動し、リハーサルを桂と共に昼前まで繰り返した。ちなみにここでもセクハラが続発した（笑）。
腕の振りを指導すると言っては後ろから抱きつくようにしてくるし、足の運びの練習と称して袴越しに触られる、という状態である。
本殿では舞台の設営も平行して行なわれているので、職人の人や巫女達にも見られ、夏樹は恥ずかしさの余り落ち着かない。
「本番ではもっと多くの方が来られます。これくらいで緊張していては駄目ですよ。」
そう言って桂は厳しく指導するのだが、それなら手を握ったり、身体を必要以上に寄せてくるのは止めて欲しい、と夏樹は思うのだが。
二人が舞台上で絡む（？）と、巫女達は「きゃー！」と言いながら囃し立てるし、職人達は横目でちらちら見てくるのだ。
まあ確かに、美少女二人が巫女服姿でじゃれ合っている（というわけではないのだが）のには萌えるものがあるが。
そんな人達を参拝客に見立てた『新年の儀』リハーサルは、若干の問題（セクハラ？）が出ながらも順調に進んだ。
そして昼休みに入る頃には夏樹の動きは少々ぎごちなさはあるものの、一応形にはなってきていた。
この二日間の桂の特訓（笑）の成果と言えるだろう。しかし何度も言うが臨時の『福娘』にこれほどまでの技能は必要ないのだが････
「･･･これで『新年の儀』は大成功したも同然ね･･･それにしても夏樹さんは流石です、短期間でここまで巫女としての所作が身に付くのだから。」
目を細め儀式を執り行う夏樹を見る桂。彼女の密かな作戦はどうやら実を結びつつあり、自然に笑みが浮かんでくるのを抑えられない。
そんな事とは露知らず、夏樹は懸命に儀式の段取りを覚えようとしている。何処までも真面目な性格の持ち主である。
熱心な予行練習は昼休みをかなりオーバーして終わり、夏樹と桂はだいぶ遅そめの昼食の為に部屋に向かった。
今日は準備の為、皆バラバラに食事や休息を取る事になっていたので、夏樹は前日と違って閑散とした昼休みを想像していたのだが。
「･･･え･･･と、皆さん何で？」
何故か部屋にほとんどの巫女達と宮司様が二人を待っていたのだった。これには夏樹は面喰らってしまった。
実は夏樹と桂に時間を合わせて皆集まってきたのだ。もっとも全員で示し合わせたのではない、まったくの偶然だった。
要は皆、夏樹と一緒にお昼を取りたかったのだ、巫女達だけでなく宮司様まで。もはや神社の全ての人々の心を掴んでいたのだ。
結局、前半は静かに昼食を食べ、後半は巫女達のおもちゃになる、という前日と変わらぬ時を夏樹は過ごすのだった。
こうして心休まらぬ（本人だけは）を過ごした夏樹は、午後になると巫女達の手伝いを始めた。もちろん自主的にだ。
本来手伝いなどしなくても良い事は聞いていたが、それだからといってやらないという選択肢など夏樹は持ち合わせていなかった。
それがまた宮司様や巫女達をいたく感動させ、夏樹の『福娘』としての評価を高める事になっていった。
曰く、「夏樹さん（ちゃん）はとても奥ゆかしく勤勉で、福を分け与えてくれる『福娘』に相応しい。」と････
夏樹としてはそれほど大げさな気持ちはないのだが、周りから見るとそう取られるのだからしょうがない。
そうしているうちに夕方を迎える。その頃からもう気の早い参拝客達が訪れ始めており、神社はにわかに活気付き始める。
まだ『新年の儀』が始まるまでには大分あるのに、本殿前に陣取っている者さえ出始めている。
これは『福娘』に一番近い場所に居ればもっとも福を授かるからと言われている為だ。寒いのに皆さん凄いなと夏樹は思ってしまう。
そんな夏樹は、他の巫女達と一緒になって、暖かい甘酒を振る舞ったり、『新年の儀』参加の記帳を受け付けたりしていた。
ちなみに夏樹は、巫女服の上に千早と呼ばれる巫女の正装用衣装を既に身に付けていた。それも『福娘』専用の豪華なものをだ。
お陰で甘酒を渡す時や記帳台の傍に立っていると、デジカメやカメラ付き携帯を向けられたり、握手を求められたりしていた。
それもかなりの年配（こちらは主に握手を求めてくる）から若い者達（撮影と握手両方）と年齢層はかなり広い。
「かなり珍しいわねこういうのは･･･」
見ていた桂がそう言って驚いていた。彼女の話では『福娘』にこれ程の関心が、しかも広範囲の年齢層からというのは近年珍しいらしい。
大体ご年配の人達はともかく、今の若者は『福娘』に対しては関心が薄い、特に女性達は冷淡な態度を取る事が多いのだという。
「多くの女性達の中から選ばれたという『福娘』は同性からはあまり評判がよろしくない存在みたいなの。」
桂はそう言って苦笑いしている。
「そう･･･なんですか？」
意外な『福娘』の裏話に夏樹は驚きを隠せないでいた。表面的な華やかさの影に隠れ、そういう実態があったとは････
「それだけに今の夏樹さんの人気ぶりはここ数年、いえ数十年では珍しいことですわ。」
『福娘』が神聖な役職とされていた頃のようです、桂はそう言って、かつての『新年の儀』について夏樹に話してくれる。

桜木神社の『新年の儀』、新たな年を迎えるにあたって人々に神様からの福を分け与える重要な神事。
これを執り行う役目を担う『福娘』、といってもそう言われるようになったのは最近の事らしいが、は本来神聖な役職であった。
その為、選ばれた者は今のような数日の修行（と呼べる程のものではないが）でなく、数ヶ月も掛けて行う厳しいものだった。
それだけに地域の全ての人々に尊敬され称えられる役職であったのだが、近年その意義は失われ、あたかも町の人気投票のようなものになった。

「その年に活躍した女性を選ぶ･･･なんてもっともらしいですけど、そうでもしなければこの役職をやってくれる人がいないのです。」
深いため息を付いて桂は言う。
「でもそれなら神城さんがやればいいのでは？この神社の巫女でもあるのだし。」
それだけ神聖な役職なら、桜木神社を統べる一族の人間である桂が適任だと夏樹は思ったのだが。
「いえ、私達一族は神様と『福娘』を担う方を結びつけるのが本来の役目なのです。」
桂は自嘲ぎみにそう言って笑う。その姿に夏樹は返す言葉が見つからない。
二つを結びつけ、この地の平穏を持続させるのが桂達神城一族の役目である為、『福娘』が担う役目まで果たせないらしい。
「それだけに夏樹さんは適任です。失われていた神聖な巫女がようやく見つかったようなものですから。」
「･･････」
微笑ながらそう言う桂を見ながら、ふと夏樹は、誰かが何処かで同じような事を嘆いていた姿を見たような気がしていた。
そして自分が久々に出会えたその役目を担える存在だと言っていた事も･･･でもそれが誰で何時だったのか夏樹は思い出せない。　
「どうかしましたか夏樹さん？」
黙りこんでしまった夏樹に桂が心配そうに聞いてくる。
「あ、いえ何でもありません。」
夏樹はそう言って微笑む･･･多分気のせいだったと思いながら。
「それなら宜しいのですが･･･そろそろ社務所に戻りましょう、時間が迫ってますし。」
そう言って桂は歩き始める。夏樹も彼女の後を追おうとしたが、そこで立ち止まり本殿の方を見つめる。
正確には本殿前に静かに佇むご神木にだが･･･何故そうしたのかは夏樹自身にも分からなかった。ただ自然に目がいったのだ。
「夏樹さん？」
桂の言葉に我に返り、慌てて彼女の元に向かう。そんな夏樹をご神木は黙って見つめている･･･ように見えた。

すっかり日が落ちて、神社は深い闇に包まれている。もっとも、神社内は光に溢れ、大勢の人でごった返していたが。
時間が経つにつれ、人の数は益々増えつつあった。石段を登り、鳥居をくぐって境内に入って来る人の流れは絶えそうもない。
本殿前の人の群れも大きく膨れ上がり、入りきれない人達が出始めている。もちろん人々の興奮の度合いも高まっていた。
そんな中、社務所内で出番を待つ夏樹の緊張度も高まっているようで、落ち着かない表情で時計を見つめていた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ夏樹さん。」
その姿を微笑ましく見ていた桂が夏樹の両肩に手を掛けて顔を覗き込みながら言ってくれる。
「は･･･あ・・・、分かってはいるんですが。」
引きつった笑みを何とか浮かべ夏樹が答える。そしてふと今の状況に気付き、別の意味で緊張させられる。
というのも座っている夏樹の両肩に手を置いて顔を近づけている桂の姿は、まるで･･キス･･をしようとしているようにも見えるからだ。
言動はどうであれ桂が清楚な美少女なのは確かで、そんな彼女が至近距離にまで顔を近づけて凝視しているのだから夏樹は緊張する。
しかし夏樹は気付いているのだろうか？今の状態は傍から見れば、巫女服姿の美少女二人がまるでキスするように見詰め合っている状態なのを････
ある意味倒錯的なその光景を、さっきから巫女達が扉の隙間からそっと覗いているのを････もちろん桂の方は確信犯だったりする。
しかしそのお陰か、夏樹は重圧から逃れる事が出来たのは確かで、多少気疲れはしたが、平常心で『新年の儀』を迎えられたのだった。

２３：５０、新しい年まであと１０分となった桜木神社・本殿前。
立錐の余地もないほど集まった参拝客が、今か遅しと『新年の儀』が始まるのを待ち構えていた。
一方、夏樹は舞台袖で最後の準備に入っていた。服装の確認と共に金色の冠が桂によって頭に付けられ、『福娘』の完成だ。
「これでいいですわ･･･ほぅ・・・やはり似合いますわ夏樹さん。」
うっとりした表情で自分を見つめてくる桂に夏樹は引きつった笑みを返す、彼女の変貌ぶりには慣れたつもりだが、やはり引いてしまう。
この数日で桂に対して抱いていた様々な理想がことごとく消えてゆくのを夏樹は感じていた。
「はははは・・・ありがとう･･･」
結局桂も自分をおもちゃにする女の子だった、と言う事なのだと夏樹は諦めの境地に至るのだった。
「さて、いよいよですよ夏樹さん。」
桂の言葉に夏樹は気力を奮い起こし、身を引き締める。例え何があっても自分が引き受けた以上きちんとやり遂げなければならない。
愚直なほど真面目な夏樹らしい考え方と言えるだろう。まあそういった点が周りの者を惹きつけているのだが。
『新年の儀』開始まであと５分に迫った。

「あら･･･クリス？」
「マサミ？」
神社の境内で、『ブルーウィンド』のマネージャーの雅美とフロアチーフのクリスが遭遇していた。
「何でここに、って訊くまでもないわね。」
「まあね。ナツキが出るというのであれば来ないわけにいかないからね。」
雅美の問い掛けに、クリスは肩を竦ませて答える。ちなみに『ブルーウィンド』は今日から正月三が日の休みに入っている。
「まあ貴方らしいけどね･･･」
「そういうマサミだって来ているじゃない。貴方だってナツキ目当てでしょう。」
クリスの言葉に雅美は真っ赤になって反論する。
「ち、違うわよ･･･私は純粋に『新年の儀』を受ける為に来たんだから。」
「それじゃ説得力ないんだけどね････まあいいわ、そういう事にしておきましょうか。」
意地の悪い笑みを浮かべながらクリスは雅美を見て、そこで話を止める。弁解を信じていないのは明白だったが。
「･･･まったくもう、あ、そういえば他の子達はどうしたのかしら？」
真っ赤になった顔を必死に元に戻そうとしながら雅美が訊いてくる。
「さっき会ったけど、皆来てたわ。今頃、最前列に陣取ってるんじゃないかしら。」
苦笑いを浮かべつつクリスは答える。
「まあ彼女達にすればナツキの晴れ姿（？）ですものね、何を置いても駆けつけるでしょうね。」
雅美も釣られて苦笑いしながら本殿の方を見る。時間が近づき更に多くの人達が詰め掛けて行くのが見える。
「しかし『福娘』だからね･･･怒らないのかねここの神様。」
外見は確かに”娘”で通るけどね、クリスはそんな事を考えてにやりと笑う。
「バレたら神罰ものかな？」
「？　何がよクリス？」
クリスの独り言に雅美が不思議な顔をして訊いてくる。
「何でもないわ･･･私達もそろそろ行きましょうか。」
「･･･もうクリスったら。ふう、まあ良いわ。行きましょう。」
友人の意地悪な言動にため息を付く雅美だったが、気を取り直し、揃って本殿の方へ向かう。
「ところでマサミ、私達の出番って今回もしかしてこれだけ？」
ぼそっとそんな事をクリスが隣を歩く雅美に訊いてくる。
ぴた
歩みを止めて雅美がクリスの方を向くと、こう答える。
「セリフが有るだけでもマシだと思いなさいクリス。」

そして０：００ジャスト。
「皆様、新年明けましておめでとうございます。本年が皆様にとってよい年となるよう、祈願いたします。」
「「「「おめでとうございます！！」」」」
『福娘』夏樹の言葉で始まった『新年の儀』。続いて本年の年男、年女達の代表数人が本殿前に並ぶ。
そして本殿上の舞台に立つ『福娘』に向かい深々と頭を下げると、一人一人舞台に上がって行く。
上がって来た人は『福娘』の前に向かいそこで再び頭を垂れる。夏樹はその人の頭上で玉串を振り、全神経を込めて祈る。
暫し本殿の周りは玉串の振られる音と、明かりとして近くで燃やされている焚き火がはじける音だけになる。
炎に照らされて一心不乱に祈りを捧げる『福娘』夏樹の姿はとても厳かで、誰も声を発しなかった、いや発する事が出来なかった。
最初の人が終わると次の人が舞台上に上がり、祈りが行なわれ、また次の人が････結局対象の人達が全員終わるまで静かな時が続いた。
やがて祈りを受けた人達が再び本殿の舞台上に立つ『福娘』の前に集まり深々と頭を垂らすと、集まった人々から盛大な拍手が起こる。
それは境内全てからも拍手は起こり、その中を『福娘』は退場してゆくのだった。
こうして夏樹の初めての『福娘』は見事にその勤めを果たす事が出来た。人々の熱烈な拍手は暫く鳴り収まらなかった。

「お疲れ様でした夏樹さん。」
共に舞台袖に戻った桂が声を掛けてくる。夏樹といえばその場にへなへなと座り込んでしまっていたが、何とか笑顔を作る。
「いえ、神城さんこそお疲れ様でした。」
二人は顔を見合わせて肯き合う。取りあえずその最初の役目は果たせたのだ、夏樹はささやかな満足感に浸る。
「それにしても･･･近年無い『新年の儀』でした。こんな厳かに進むのは私も初めてです。」
夏樹も確かにそれを感じていた。毎年儀式中には、勝手なお喋りをする者や携帯を大声で使う者が出て、騒がしかったのだから。
「流石は夏樹さんです。『福娘』はまさに貴方の為にあると言えますね。」
目を輝かせ夏樹の両手を掴んで桂が言ってくる、それも身を乗り出さんばかりに迫ってくるのだ。
「いやそれは･･･勘弁して下さい。」
確かに神聖な役職でもありそれを勤める事は光栄な事かもしれないが、巫女服を着てというのは夏樹にとってはダメージ（精神的な）が大きい。
一時の事だから何とか耐えているのであり、ウェイトレスや学校の制服のように着続けるのは勘弁して欲しいところだ。
「そうですか？･･･それはとても残念です。それでは撤収しましょう。」
あっさり引くと桂は夏樹を立ち上がらせると、そのまま手を繋いだまま、社務所に向かう。時刻は１：００を越えていた。
神社は『新年の儀』終了後、人が潮を引くように帰って行き、急速に静寂に包まれてゆく。
そんな中、ふと夏樹は言葉を漏らす。
「僕は上手く『福娘』を勤められたのだろうか？」

「うむ、思った通りじゃったな･･･心配せんでもお主はようやった。安心するがいい。」
ご神木のたもとに立つ巫女服の女性は天を仰ぎながらそう呟いていた。心なしかその表情は嬉しそうである。
「このような晴々しい気分は久しぶりじゃ････感謝するぞ。」

「･･･え？」
真夜中にふと目が覚めた夏樹は部屋を見渡す。
「何か夢を見ていたような・・・みたいだけど、何だったんだろう？」
夢を見た、という記憶は有るのだが、内容はまったく思い出せない。暫く首を捻っていた夏樹は、結局諦めて再び眠りにつく。
そして夏樹はその夜の事を朝起きたときにはすっかり忘れ、元旦朝から行なわれる『新年の儀』の忙しさの中、思い出す事は無かった。
こうして三が日も瞬く間に過ぎて行き、３日昼に行なわれた『新年の儀』をもって、夏樹はようやく『福娘』の任から解放されたのだった。

「それではご苦労様でした夏樹さん。」
片付けを桂達巫女と一緒に行なった為、夏樹が神社を出たのはその日の夕方になってしまった。
その後、荷物をまとめて普段着に着替えた夏樹は、社務所前に出てきた名残惜しそうな表情の桂や巫女達に見送られる。
「はい。皆さんには大変お世話になりました。」
何だかんだと言っても住み込みで働くというのは感慨深いものがあったと夏樹は思う。まあ巫女服を着せられたのは辛いものがあったが。
「でもこれで終わりなんて本当に勿体無いわ。」
「そうね･･･ねえ夏樹ちゃん、巫女にならないの？」
そんな巫女達の声に夏樹な苦笑いを浮かべつつ答える。
「それはちょっと無理ですよ。『ブルーウィンド』もありますし。」
第一、『ブルーウィンド』の方が手放してくれないだろうな、夏樹はそう思う。それにこれ以上深みにはまりたくは無いのが本音でもある。
とはいえ、女装してウェイトレスをやっているどころか女子高生にもなっているのだから、もはや手遅れに見えるのだが。
そう考えて奈落の底に落ちる気分の夏樹だったが、かろうじて気を取り直すと、皆に頭を下げる。
「では失礼します。」
そう言うとカバンを持ち鳥居の方へ歩き始める。そんな夏樹に桂が声を掛ける。
「夏樹さん、新学期に会いましょう。」
「うん、神城さん。」
振り向いて肯く夏樹、桂も微笑みながら肯き返してくれる。巫女達は手を振ってくれている。
やがて鳥居を通り石段を下りて夏樹の姿が消えてゆく。だが社務所前に立つ桂や巫女達はそれでも暫くはそこを動こうとはしなかった。
「･･･ほんと残念よね、彼女の巫女姿がもう見られないなんて。」
手を下ろした巫女の一人がそう呟くと、周りに居た者達も一様に肯き、残念そうな表情になる。
巫女達にとって、夏樹の巫女姿がそれだけ心を捉えたのだ、もっともそれは彼女達だけでは無かったのだが。
神社には一般市民やマスコミからの「今年の『福娘』は一体どんな女性なのか？」という問い合わせが殺到していたのだ。
その理由の多くが巫女達同様に夏樹の巫女姿に感銘を受けたからなのだ。こんなことは前代未聞だと宮司様も驚いた程だ。
まあ新年恒例の話題ではあるが、毎年マスコミの扱いは小さいし、一般市民からの問い合せなど今まで皆無だったから無理も無い。
そして『福娘』へのプロフィールへの関心と共に多かった問い合せが実は他にもあった。それが････
「彼女の巫女服姿はもう見れないのか？」
『福娘』は年末年始だけの役職なのだから、それが終わればお役御免であり、夏樹が巫女服を着る必要はもう無い。
だから答えは「もう見ることは出来ません。」になり、神社の巫女達を含め大きな落胆が広がっていたのだが････
「･･･いえ、残念がる事はありませんよ皆さん。」
そんな巫女達を見渡しながら桂が意味ありげに微笑んで見せる。　
「実は今年から、『福娘』は臨時の役職から専任に代わることになりました。そして担う方は皆様から認められた人です。」
話を聞いていた巫女達の顔に驚きの表情が浮かび、それが歓喜に変わってゆく。それが意味する事を理解したからだ。
「毎年の『新年の儀』に参加して頂く事になります。だから彼女の巫女服姿はまた見ることが出来ます。」
夏樹が聞いたら卒倒しそうな話を、それは嬉しそうに話す桂とその話に喜ぶ巫女達。何時もは静かな境内も今日は騒がしかった。
しかし何故こんな事になったのかといえば、神社として本来の『福娘』の役を担える人材を発見できた事に尽きる。
年々質が下がり地域の人々どころか神様にまで愛想をつかされかねない臨時の『福娘』を選出するより、専任者の方が良いと判断したのだ。
これは夏樹以外の人々の多大な賛同が得られた、例によって本人の意思は考慮されなかったが（笑）。
だが桂は自分の思惑がこうも旨く運んだことに、ある意味奇妙な感じを受けたのも事実だった。
盛り上がる巫女達の声を聞きながら、ふと桂は本殿前のご神木に目を向けた。まるで何かに引き付けられるように････

「お主には悪いが、この地への福をわしより受け、皆に分け与える役目をこれからも勤めてもらうぞ。」
何時の間にか鳥居の傍らに立っている巫女服の女性が、石段を下りて行く夏樹の後ろ姿を見ながらそう呟く。
「それに････わしもお主の祈る姿をこれからも愛でたいと思うからのう。」
女性はそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。

「え････？」
何か言われたような気がして夏樹は石段の上方を振り向く。しかしそこには誰の姿も無く、ただ鳥居が立っているだけである。
「気のせいだな････疲れているしね。」
その時点ではまだ、己のこれからの運命を知らない夏樹は呑気にそう言って顔を戻すと、自宅へ帰る道を歩いて行く。

青い空の下、赤い鳥居は何も言わずこれからも過酷な（？）運命に翻弄されるだろう夏樹を見ていた。

僕はウェイトレス？■学園編■

NO.27『巫女本番編』