僕はウェイトレス？■学園編■

友人達の激励（余計なお世話だが）から開放され、午後の授業を受けながら考え込む私。もちろん内容は”バレンタイン”の事だ。
正直言って先程の友人達の言葉は衝撃的だった、夏樹君に多くの女子生徒がアプローチを考えていたと言う事が。
確かに夏樹君は女の子達に人気があるのは分かっていたが、これ程とは思っても見なかった。
･･･そりゃ彼にご執心の娘は多いけれど。それはごく一部の娘達だけだと考えていたのだが、認識を改める必要があるみたいである。
だがそれにしても、と私はため息を付く。何で皆、夏樹君を”女の子”と思っているくせに、そんな事考えるんだろう？ここは同性愛の巣窟なのかと言いたくなる。
でもまあ最大の原因は夏樹君のあの容姿なのは何となく分かる気がする。それに本人にはその気は無いのだろうけど、その仕草だ。
構いたくなるようなオーラを全身から発しているうえに、何かと戸惑っている姿（女の子の姿をしているからだと思うけど）が、女の子達には新鮮なのかもしれない。
そう言えば友人の一人が言っていたっけ、夏樹君には”妹属性”があるって。皆それにあてられているのだろう、いや私だって人の事は言えない。
男の子と分かっていながら、時々”可愛い後輩の女の子”みたいに接してしまう事が私も多々あるからだ。まあその度に自己嫌悪の陥るのだけど。
と、ともかく私は当初の計画通り進める事にする。何だかそうでもしないと夏樹君を他の娘達みたいに妹として認識してしまいそうだから。
授業終了後、私は即行で教室を飛び出す。何しろノンビリしていたら、瞬く間に友人どもに捕まり、根掘り葉掘り聞かれるのは間違いなかったからだ。
幸いと言うべきか、今日は水泳部コーチの用事で部活が中止になっており、私はそのまま学校を出て、下校コースとは反対の方角へ向かう。
何故そんな所へ行くのかといえば、すばり、他の生徒に見られない為だ。まあそんな事までする必要もないとは思うけど、念には念を入れる。
そうして辿り着いたのは、うちの高校の生徒がまったく見当たらない本屋だった。しかしその分この辺で見かけない制服の私は目立ってしまうのだがしょうがない。
そそくさと店内に入り、目指すは料理本のコーナー。そこでチョコのレシピを手に入れるつもりだったのだが、私は失念していた、この時期同じように考える人間が多いと言う事を。
既にそのコーナーは女の子の集団に占領されていた。どうやら近くの県立高校の女子生徒達のようだった。私は彼女達の後ろで固まってしまう。
バレンタインデーが形式的なものになったとはいえ、女の子達にとって”手作りチョコ”はやはり外せないところなのだ。
クラスで品評会を開いていた友人達も、こと意中の男子となれば、密かに力を入れているのだ。いわばあの会議は互いの腹を探る意味もあったのだ。
これを聞けば男子諸君は「何だよそれ？」と言うかもしれないが、女の子の心は複雑なのだ。そう簡単に本音が分かると思ってもらっては困る。
とはいえ私としては、皆と違う制服であの中に入る度胸はなかった。いやそれだけでなく、真剣に読みふける彼女達の姿に圧倒されてもいたのだ。
皆本当にがんばっているんだというのが、見ず知らずの娘達とはいえよく分かる。私なんかの中途半端な気持ちで彼女達の間に入るのは気が引けてしまう。
しかしこのままでは居られない。例え中途半端だとしても、私にすればとても大事な事なのだ。何とか気を取り直し、隙間を探して突入しようとした時だった。
「あれ、宮島先輩？」
聞き覚えのある声に私は引き止められた。･･･そう、とても聞き覚えのある声に、ついさっきまで考えていた人物の･･･
「な、夏樹君！？」
何とそこに立っていたのは夏樹君、その人だったのだ。私は心臓が停止するような思いだった。な、何で彼がこんな所に？
夏樹君も制服姿で、片手には通学カバンを持っている。私同様学校帰りのようだったが、彼だってこちらは帰宅コースではない筈だ。
「どうしたんですかこんな所で？」
夏樹君は私に会えて嬉しい反面、何故ここに私がいるのだろうか、という疑問の篭った表情で見つめてくる。でもそれはこちらも同様で････
ふと私は夏樹君がカバンとは反対側の手に本を持っている事に気付く。サイズからして単行本みたいだけど･･･？
「ああ、これですか？実はこの小説が欲しくて、あちこち廻ってようやくここで見つけたんです。」
夏樹君は、私の視線が手元の本に向けられているのに気付くと、その本を見せてくれる。
「･･･小説？」
夏樹君が持っていたのは確かに小説の単行本だった。表紙からするとファンタジーものだろうか？ちょっとカラフルな絵柄が目を引く。
「結構好きな作家の作品なんですけど、出版社がマイナーな所なんで売られている本屋が少なくて。」
それで何軒か廻っているうちにこの本屋に辿り着いたらしい。夏樹君は嬉しそうにその小説のあらすじを聞かせてくれる。
正直いって私は、その手の小説は読んだことも無く、よく理解出来なかったのだが、楽しそうに話す夏樹君を見ていると、何だか興味が湧いてくる。
「ふ〜ん、そんな話なら私も読んでみようかしら。」
「それだったら僕のを貸しましょうか？　一巻から揃えてますから。」
同じ小説に興味を持った事を喜んでくれる夏樹君。その姿を見ていると、本人には悪いけど、やはり”可愛い”と思い、私は思わず目を細めてしまう。
だが私は忘れていたのだ、そう思うのは自分だけではないという事を。そして夏樹君の人気の凄さを。
ふとこの一角が静かになっている事に私は気付いた。あれほど黄色い声で満たされていたのに、そう思って振り返って目に入ってきたのは･･･
何時の間にか私たちを取り囲む女の子達の姿だった。そして全員の目は言うまでも無く夏樹君に向けられている。
「木村･･ナツキさん？」
その中の一人が聞いてくる。それを他の子達は固唾を呑んで見守っている、いや彼女達以外に店員や男性客達さえもだ。
夏樹君はその異様な雰囲気に気圧され、私が止めるよりも前に答えてしまう。
「は、はいそうですけど・・・。」
「駄目！　夏････」
次の瞬間、夏樹君は少女達の輪の中に引っ張り込まれてしまう。ああ、言わんこっちゃない、そんなに馬鹿正直に答えちゃ････
私が半ば呆れて見ている前で夏樹君は、頬を赤く染めたり目を輝かせたりしている女の子達に囲まれて、もみくちゃにされている。
ときより助けを求める目を私に向けてくる夏樹君だが、こうなっては私にもどうしようも無い。ひたすら嵐が収まるのを待つしかない。
・・・私は深いため息を付いた。

数十分後、夏樹君は女の子達から開放された。その間、いったい何人と握手したり、サインをしたのだろうか？　彼は目を回している。
そんな夏樹君を私は書店から連れ出したのだが･･･その時に女の子達から向けられた好奇心と嫉妬の混じった目には閉口させられた。
･･･例の”百合疑惑”、学校外にも広がらなきゃいいんだけど。私は憂鬱な気分になりながらも、夏樹君の手を取り書店を早々と離れる。
暫く歩いていると夏樹君も何とか回復したようだった。私達は近くの公園で取りあえず一息付く事にする。
「ありがとうございます宮島先輩。」
公園のベンチに座った夏樹君がお礼を言ってくる。
「まあ気にしなくていいわ。それよりこれからは気を付けなさいね。」
夏樹君は自分が他人からどう見られているかと言う事に無頓着なところが結構ある。まあ彼らしいと言えば、そうなんだろうけど。
「はあ･･･まさかあんな事になるとは思いませんでしたよ。」
苦笑いする夏樹君。まあ確かにあれは凄まじかった、まるでアイドルに遭遇した熱狂的ファンのような有様だ。いやそれ以上かもしれない。
その姿を見ながら、私はふと夏樹君がそういう立場なのに気付く。うちの学校の生徒だけでなく他校の子達まで広がる人気の持ち主。
「･･･････」
何だか寂しいなと私は思った。夏樹君と私では住む世界が違うんじゃないのか、そんな気までしてきた。
「？　大丈夫ですか宮島先輩？」
気が付くと夏樹君が私の顔を心配そうに覗き込んでいる。自分の方が辛いような顔をして、他人の事なのにこの子ったら･･･
そんな彼を見ているうちに、先程考えた事が馬鹿馬鹿しくなってきた。
夏樹君は変わらない。例え人気者になったとしても彼は彼なのだから。私が彼に惹かれたのは、どんな状況でも変わらないその強さだ。
性別を変えられ、それまでの生活と１８０度も違う状況になっても夏樹君は根本的なところでは流されていないのだから。
「ええ、大丈夫よ夏樹君。」
だから私は笑ってそんな夏樹君に答える。彼に負けないように。
････ただ夏樹君、出来れば容姿や仕草がそれ以上可愛く変わらないでね。・・・て、もう手遅れかもしれないけど。

「それじゃここで失礼します宮島先輩。」
その後公園を出た私達は駅前まで戻った。夏樹君はここから徒歩で帰る。ちなみに私は電車で三つほど行った駅まで行く。
「ええさよなら。また明日ね。」
一礼し歩み去ってゆく夏樹君を見ながら、私達はこれからどうなるんだろう、そんな事を考えていた。
ところで･･･私が目的の本を買い忘れていたのに気付いたのは、家に帰り着いた時だった。


・・・さて、二人がラブコメ路線（笑）を突っ走っている頃、周りの状況はどうなっていたのだろうか？
以下は美沙は知ることの無かった出来事である。（ここでは視点を一旦第三者モードに戻す。）

ロッカーが並ぶそこは「ブルーウィンド」の女子更衣室。だがそこに集まっている女性達は着替えもせず、顔を寄せ合って何事か話し合っている。
「ナツキちゃんは今日お休みですから、本人に聞かれる心配はありませんわ。だからここは本音で話しましょう皆さん。」
場を仕切るのはお嬢様。流石は未来の牧瀬当主、堂々たるものだ。もっとも裕香に言わせれば、ただ単に偉そうなだけだという事になるらしいが。
「議題はずばり、ナツキちゃんがバレンタインに誰にチョコを差し上げるのか？、ですわ。」
更衣室に集った女性陣、恵理香や裕香、杏子、クリスに緊張が走る、いや、クリスだけは楽しそうな感じだったが。
彼女達にとって愛しい夏樹が誰にチョコを渡すのかは最大の関心事であったのだ。もちろん出来れば自分が貰えれば、と考えているのは当然の事だった。
「それとなく聞いてみましたけど、はぐらかされてしまいました。」
裕香が残念そうに報告する。ちなみに夏樹にすれば誰かに渡す事など考えていないので、はぐらかすというよりは本音を言っただけなのだが。
「流石にガードが固いですわ。･･･ということはやはり”彼”の可能性が高いですわね。」
「でも”彼”はあの遊園地以来姿を見せてません。本当にそうなんでしょうか？」
恵理香と裕香は顔を見合わせて考え込む。ここでいう”彼”とは、夏樹のファーストデートの相手の事であり、二人にとっては不倶戴天の敵だ。
「「ナツキちゃんを男なんかに渡せません！」」
しかし恵理香と裕香はその”彼”が実は女性で、彼女達も良く知る人物だとは気付いていなかった。いや体育祭の時に恵理香はその人が怪しいと狙いを付けていたのだが。
女子の体操服を身に付けて（ガクランの下だったが）いたので、彼女は完全に候補から外れてしまったのだ。何しろデート時の”彼”は完璧に”男”に見えたのだ。
しかし実際はその”彼”こそ”美沙”だったのだ。余りにも完璧な（？）男装に恵理香達はおろかＮＦＮの娘達さえも気付いていなかった。
もし気付いていれば、夏樹の唇を奪った（これはまったくの誤解なのだが）憎くき男と、要注意人物としてマークされている美沙が同一人物という事で大騒ぎになっただろう。
「･･･そんな事があったんですね。（ナ、ナツキさんの唇を･･･キャアア！！）」
遊園地での出来事をクリスから訊いて、杏子が両手を顔に当てて、真っ赤になった頬を押さえながら悶える（笑）。それを見てクリスが少々引いてしまう。
ちなみにそのクリスだが、例の”彼”＝”美沙”という事に薄々気付いてはいたが、何時もの如く、黙っている方が面白いと思っているので、沈黙を守っている。
「と、兎に角ですわ、１４日までに”彼”の正体を何としても暴き、ナツキちゃんを目覚めさせなければいけませんわ。」
恵理香が拳を握り締めてそう宣言する。しかし仮に女の子であれば、男の”彼”にチョコをあげてもおかしくは無い気がするのだが、このお嬢様は違うらしい。
「そうです！私のナツキちゃんをあんな男にむざむざ渡すのは納得できません！」
同様に拳を握り締めながら裕香も宣言するが、恵理香はそれを聞いたとたん目尻を吊り上げて叫ぶ。
「ちょっと裕香さん、”私の”というのは聞き捨てなりませんわ。」
「そうですか？でもナツキちゃんは何処かの高○ーなお嬢様なんかとは似合いませんよ。」
バチバチ････
飛び散る火花。どちらも一歩も引かない構えだ。この二人、夏樹をめぐっての対決がますますエスカレートしてきている。
「あの・・・お二人とも。そんな事より、”彼”の正体が１４日まで判らなかったらどうするんですか？」
二人の対決にびびりながらも杏子が果敢に聞いてくる。なおクリスはさっきから二人に茶々を入れて、対決を煽っていた。
「あ、ああ、そうでしたわね。もちろんっ、断固阻止ですわ。ふふふ、牧瀬家の力を総動員してでも。」
眼に危ない光を湛えて恵理香が言う。なまじそういう実績が過去有るだけに冗談に聞こえない。いや当人は本気なのだからある意味始末が悪い。
「･･そうですね、私も協力します。もちろん杏子さん、貴方も手伝ってくれますよね。」
「え、でもナツキさんの気持ちも考えないと････」
お嬢様と同様な目付きをした裕香が杏子にも同意を求めてくるが、二人ほど過激でない彼女は躊躇してしまうのだが。
「「手伝ってくれますよね･･･」」
「はい････（泣）」
結局は同意させられていたのだった。ちなみにクリスは聞くまでも無かった、皆ほど夏樹に執着があるわけでもないが、こういうお祭り（？）は嫌いでないのだから。

「あ、言っておきますけど皆さん、抜け駆けは絶対禁止ですから、お忘れなくお願いしますわ。」
そう、３人とも当日夏樹にチョコを渡すつもりでいるのだ。夏樹が他人に渡そうとするのは阻止するつもりなのに。これも乙女の恋する故か？
まあ夏樹にとっては、迷惑以外の何ものでもないのだが。
過激な会議はマネージャーの雅美が、何時までたってもフロアに現れない彼女達の様子を見に来るまで続いた。