星屑の旅人

ポートから居住区画への連絡用エレベーターに乗り、二人はコロニー・デルタ１の中心部分に向かった。
コロニー・デルタ１は、その他の小惑星のコロニー同様に小惑星の内部をくり抜き居住部分としている。
「これからどうするんです。」
クリスは隣のシルビーに聞いた。
「帰って寝るわよ。この往診で昼寝をじゃまされたしね。」
シルビーは、欠伸をかみ殺して応える。
クリスは苦笑いを浮かべ、
「そうですか。」（何かいつも寝てばかりいるみたいだけど…）
と答える。
やがてエレベーターは居住部分に到着する。
「それじゃ」
シルビーは手を挙げると自分の診療所の有る区画に向かう。
「ゆっくり休んで下さい。用があったらまたお呼びします。」
シルビーは振り向くと、クリスをにらみつけて、
「お断りよ！」
と言うと足早に去って行く。そんなシルビーを見送りクリスも自分の住居兼事務所の有る区画へ向かう。

クリスの所属する「ランバート・トランスポーター」の事務所は、居住区画のほぼ真ん中にある二階建ての標準的な建物である。
一階部分はちょっとした機械修理工場になっており、宇宙船の機器や時には町の人たちの生活用品（テレビや冷蔵庫など）の修理を請け負っている。
その上の二階部分はオフィスになっておりクリス達の部屋も有る。
オフィスの入り口に通じる階段を登り、クリスはオフィスに入る。
「帰ってきたのか。」
オフィスの入り口に近いソファから、声が掛けられる。
そこには厳つい５０位の男性が座っており、クリスをギョロとした目で見ている。
それは恐ろしいほど迫力に満ちており、初対面の者ならば硬直して何も喋れなくなってしまうものが有った。
しかし、クリスはそんな男性を見てもなんら表情を変えず、
「あら、来てたの。めずらしいわね。」
とにこやかに答える。
「呼び出されたんだよ。お前さんのオヤジ殿にな。しかし来てみれば誰もおらん。」
言われた男性、マックスは答えた。
昔はあらゆる危険な仕事に従事し、今はメカニックとしてシルフィールドをはじめとする「ランバート・トランスポーター」の宇宙船の整備を手がけるマックスは憮然とした表情で答える。
たしかにオフィスには人影は無かった。いつもなら事務担当の女性が居るのだが。
「あれ、ミリーも居ないの。珍しいわね。」
クリスはそう言うと、自分の机に上着を乗せてあたりをきょろきょろ見渡す。
「わしが来たときからおらんかったぞ。いったい何をしとるんだか。」
マックスは憮然とした面持ちでクリスを見る。
「私に言われてもね。」
クリスはそう言うと、肩を竦める。
「こっちは今帰って来たばかりだし。父さん何も言ってなかったしね。」
冷蔵庫を開け、ドリンクを出すとマックスの前側のソファに座る。
「何か有るのかしら。」
クリスは首をかしげると、マックスを見る。
「さあな、ワシにもわからんよ。こっちもずっと下に篭っておったしな。」
この事務所の下にある機械修理工場にマックスはほとんど住み込んでいるようなものである。
「ここの方が落ち着くしな。」
まあ、マックスらしいと言えばらしいとクリスは思っている。
「どこ行っておったんだ。」
マックスはコーヒーを入れにキッチンに向かいながら、クリスに聞く。
「ブルータウンよ。急病人がでたんで、シルビーといっしょにね。」
小惑星帯のコロニー郡に医者は少なく、こういうことは珍しくない。
「あいつが行ったのか。あのぐうたら医者が。」
マックスは小ばかにしたように言う。
この２人はなぜか仲が悪い。
お互い相容れない性格だからとは二人の弁だが、クリスは似たような性格のせいだと思っている。
もちろんそんなことは二人には言ってないが。
まあ、仲が悪いといっても、険悪というわけでないので回りも放っているのだが。
「いまごろ、寝ているでしょうね。往診で潰れた分を取り返そうとしてね。」
「まったくあいつらしいな。」
マックスは肩を竦め、コーヒーを飲む。
二人でしばらく雑談をしていると、ドアを開け事務所に入ってくる者たちがいた。
「よう、待たせたな。マックス。」
マックスは立ち上がり、その人物を睨みつける。
「なにが「待たせたな。」だ、ロバート。」
「すまん、思ったより長引いてな。」
言われた人物、ランバート・トランスポーターの社長であり、クリスの父親。
かってはマックスと共に様々な危険に挑んだ男。
ロバート・ランバートは笑いながら答える。
「長引いたって、何をしていたの。」
そんな男の一人娘であり、パイロットでもあるクリスが聞いてくる。
「緊急の自治会さ。あ、ミリー、例のものを。」
ロバートは後ろに立っている女性に声を掛ける。
会社の事務を担当するミリーは手に持っていた書類をロバートに渡した。
「ミリーお帰り。父さんのお供ご苦労さん。」
「クリスもお帰り。急だったので驚いたけどね。」
ミリーはそう言うと、ほほに手をあてて微笑む。
クリスより年上だが、まるで同じ歳の友人のように付き合いだ。
「で、なんだというんじゃ。ロバート。」
マックスが書類を持ったロバートに聞く。
ロバートは書類をマックスとクリスに渡し口を開く。
「６６６号鉱を再開することが決まった。」
次の瞬間マックスは叫ぶ。
「おい、ロバート。本気なのか。」
「ああ、本気だ。少なくても自治会の理事連中はな。」
二人の言い合いにクリスとミリーは顔を見合わせた。
「いったい６６６号鉱がどうしたっていうのよ。」
クリスはにらみ合う二人に聞く。
「お前さん。６６６号鉱を知っているか。」
「そりゃ、たまに近くを通るし。もっとも行ったことは無いけど。」
パイロットであるクリスはほとんどの採掘場を覚えている。
６６６号鉱は今は使われていないが、近くに別の採掘場もありクリスは何度かその近辺を飛んだことがある。
「そうか、まあ閉鎖されたのはずいぶん前だから知らんか。」
マックスはそう言うとため息をつく。
クリスは不思議そうな顔してマックスをみる。
「そこはな、かって妙な事故で閉鎖されたんだ。」
「妙な事故って。」
「いったい何があったんですか。」
マックスはそんな疑問の声を上げるクリスとミリーを見ると、陰気な声で言う。
「幽霊さ。そいつらが妙な事故を起こしたんだとさ。」
「幽霊？」
「？」
二人はますます訳が解らないという表情を浮かべる。
そんな二人をみて、マックスとロバートはただ苦笑するだけだった。