巫女遊撃隊

NO.05


従姉弟である慧さんが巫女を務める神社にやって来た僕は、その一日目の夜意識を失い、気づいたとき
・・・・女の子になっていた。
それも僕と慧さんにとって曾祖母に当たる『神北綾』という人の姿に。

「正直いってこんな事今までに聞いたことはない。」
僕の母親方の親戚である真一叔父さんは思いっきり困惑した表情で唸っている。
僕が住むことになった『宮内神社』の中にある家の部屋に、僕と叔父さん、そして従姉弟の慧さんが集まっている。
そして夜中に不思議な光を見てからの記憶が無い僕は、二人からその間に起こっていた出来事を教えてもらっていた。
「つまり僕は意識を失ったままその祠に行き、『御神刀』を手にしてこうなったと・・・・・・」
その出来事を聞き呆然と呟く僕の言葉に慧さんが頷いて答えてくれる。
「そうよ・・・・信じられないかもしれないけど。」
確かに信じられない気持ちだ・・・身体が女の子になってしまうなんて・・・・
「問題は何が君を『神北綾』の姿に変えたかだが・・・何か思い当たることはあるかね?」
叔父さんがそう聞いてくる。しかしそう言われても・・・・待てよ?夜中に目を覚ます寸前に何か夢を見ていたような?
「・・・心当たりがあるようだね。」
「はい、夢を見たんです・・・・不思議な夢を。」

― 「・・・・ようやく来ましたね・・・・私の力を継ぐことの出来る・・・・者が・・・・」―
それは見知らぬ少女が僕に話しかけていた夢だった。

僕は二人に自分が見た夢の事を話すと、叔父さんと慧さんは顔を見合わせる。
ややあって慧さんが僕を見て聞いてくる。
「それは間違いないのね?」
慧さんの質問に頷いて肯定する僕。
「とすれば、彼を祠に呼び寄せ、結界を開いて『御神刀』に触れさせたのはその少女だと言うのか?」
「そうとしか考えられないわ・・・そして女性の身体に変えたのよ・・・薫君を『封印の巫女』にする為にね。」
二人の信じられない会話に僕は言葉が出ない、だって女の子の姿になったのが、巫女にさせる為だったなんて・・・・
「なるほど、それで今の姿に変わったってわけか・・・・確かに巫女になるなら女性でなければ駄目だからな。」
あまりの驚きに声の出ない僕を上から下まで見て叔父さんが納得したような顔をする。
「ええ、巫女は神北一族の血を引いた女性でなければならないもの。」
「ちょ、ちょって待って下さい・・・・何が僕を巫女に、女性に変えたっていうんです?」
二人の推測に僕は引きつった声を上げて聞く。
「たぶん『御神刀』だと思うわ、『御神刀』が少女の姿となって薫君を・・・・」
「でも何で『御神刀』が僕を巫女にする必要が?」
指を頬に当てて慧さんは暫く考えていた。
「あの『御神刀』はかなり強い力を持っているの、歴代の巫女でさえ使いこなせなかった程の力が・・・・」
慧さんはそう言って枕元を示す、そこには何時の間にか刀が置かれているのに僕は今頃気付く。
「『神北綾』はその『御神刀』を使いこなせる力を唯一持っていた巫女、そしてその力を子孫である薫君は受け継いでいた。」
声も無く『御神刀』を見つめる僕を見ながら慧さんは話を続ける。
「『御神刀』は薫君がその力を使えるようになる為に、貴方の身体を作り変えた。」
僕も叔父さんも声一つ立てず、慧さんの話に聞き入る。
「自分の力を継承出来る・・・『神北綾』に次ぐ、『封印の巫女』としてね。」
「そしてその姿が『神北綾』なのはその血ゆえということか、いや慧、お前もだが・・・・」
そうこれも今頃気付いたのだが、僕が『神北綾』さんがそっくりなのは言うまでもないが、慧さんとも顔立ちが似ているのだ。
まあ、僕達は彼女からすれば曾孫に当たるのだから似ていても不思議でないのかもしれないけど・・・・
「えっと・・・そうすると、僕はずっとこのままの姿なんですか?」
情けない声を上げる僕。だって原因が分かっても対処の方法など思いつけない。
「うーん、こんなこと『神北一族』始まって以来の事だ、
もっともそれを言ったら君の出生も一族始まって以来の事になるか。」
「?」
訳が分からず僕は叔父さんを見つめると、苦笑いしながら答えてくれる。
「いや、『神北一族』は昔から女系の一族でな・・・男が生まれたのは君が初めてのはずだ。」
叔父さんが家系図をそれこそ初代まで遡って調べたが、直系で生まれた子供は全て女性しかいなかったそうなのだ。
「他に嫁いだ者の所でさえ、子供は女の子なんだ・・・・つまり君の母親の所が唯一男だったわけだ。」
その辺の所は僕も母さんから聞いた事がある・・・・お前は、神北では珍しい男の子供なんだって。
「もっとも今回それが君がそうなってしまった最大の理由なんだろう。」
「男性が『封印の巫女』を継承した場合にこうなるって事なんでしょうね・・・・・」
慧さんと叔父さんが改めて僕を見る・・・・不合理な話だ、僕が男性である事と血筋のせいでこうなったって言うんだから。
「これも『神北一族』に生まれた者の運命なのかもしれんな。」
叔父さんのその言葉は、今の僕には何の慰めにもならなかった。

「問題はこれからどうするかだ。」
既に夜は明けていた。窓から日差しが差し込んで来ている。結局3人とも徹夜してしまった。
「どうするって・・・どうすりゃ良いんでしょう?」
正直言って自分の身体の変化だけで目一杯で、先の事など考える気力もない。何せ、一夜で人生が変わってしまったんだから。
「兎に角、これから先そのままで生活してゆく事を考えないと・・・・」
慧さんはそう言って僕を見る。
「それって・・・・”女の子”として生活しろと?」
「薫君の今の状況ではそうするしかないわ。」
僕の言葉に慧さんはそう答えるが・・・何か嬉しそうな感じがするんですが・・・・
「・・・・それしかないか、元に戻れるかはっきりしないこの状況では。」
すまなそうな顔をして叔父さんが言う。確かにそうなんだけど・・・・・
「君の両親には、わしから話をしよう・・・・まあ母親の方は一族の人間だから説明はそれほど難しくないとは思うが。」
そうだ、家の両親驚くだろうな、いや驚くどころじゃないな、何しろ”息子”が突然”娘”になったんだから。
「ただこの事は我々と君の両親だけの秘密だ、他に知られると非常に厄介な事になる。」
「そうなんですか?」
「そうね、もし人に知られでもしたら薫君はマスコミに追っかけられたり、病院で人体実験なんてことになるかもしれないわ。」
二人の言葉に僕はびびってしまった、いくら何でもそれは勘弁して欲しい。 
「心配しなくてもいい、わしが責任を持って君を守ろう・・・何しろこれは『宮内神社』の責任でもあるからな。」
任せておきたまえ・・・叔父さんは胸を叩いて言ってくれる。
「もちろん私もね・・・・だから薫君、がんばりましょう。」
僕は胸が熱くなった、僕の事をこんなにも案じてくれる二人の姿に・・・・。ここにきてようやく希望をもつ事が出来そうだ。
「それで・・・具体的にどうすれば?」
「まずは自分の身体の事を知る必要があるわ。あと、女の子の生活習慣も・・・男の子と違うからね。」
・・・えーと慧さん?何だか目の色が違う様な・・・さっきから背筋がぞくぞくするんですが・・・・
「それから服ね、最初は何と言っても下着からよ。そうそう、巫女なんだから巫女服も・・・・・」 
慧さんの高くなっていくテンションに僕は返す言葉がない。叔父さんも目が点になって自分の娘を見ている。
「あの慧さん・・・下着って・・女性のですか?・・・・・それに巫女服って・・・・?」
別に身体が変わったからって女性用の下着はちょっと抵抗が有るんですが・・・・第一、何で巫女服まで着なきゃならないんですか?
「当たり前でしょ、今の薫君は女の子なんだから、ちゃんと身体にあった物を身に着けないと、それに・・・・」
「それに?」
「薫君は私と同じ『封印の巫女』になったのよ。巫女にとって巫女服は神聖な仕事着、身に着けなきゃ駄目よ!」
「えーと・・・叔父さん?」
助けを求め叔父さんを見るが、首を左右に振られ、見放された(泣)。
「それじゃ早速持ってくるわね。大丈夫よ私に任しておいてね。」
何が大丈夫なんですか?というか普段見ない慧さんの姿に何も言えない僕だった。
彼女はうきうきした表情を浮かべ部屋を出てゆく、「どんな下着着せようかしら?」という言葉を残して。
後には呆然とした叔父さんと僕が残された。
「・・・っと忘れるところだった。」
慧さんのテンションに当てられていた叔父さんが、ふと何かを思い出して話しかけてくる。
「巫女服云々は兎も角、君も『封印の巫女』としての修行はしなきゃならん。」
「修行ですか?」
「そうだ・・・『御神刀』をきちんと扱わないと、君自身も危険だ。」
叔父さんの話では、『御神刀』の扱いを修得しないでその力を解放すれば非常に危険な事になるのだと言う。
それにしても学業だけでなく、巫女の勉強もしなければならないなんて・・・・あれ?もしかして・・・
「そ、そうだ学校・・・星林高校って確か男子校じゃないか!」
大変な事を忘れていた。僕が今年から通う予定の高校、ばりばりの男子校だった。しかし今の僕は・・・・・・・
「ああ、今の君では・・・男子高校生として通うことは出来んだろうな。」
「な、なんて事・・・・どうすりゃいいんだ?男装・・・?いやもともと男だったんだから・・・・」
指摘を受け頭を抱える僕。変わる前はいくら女の子っぽいといっても曲がりなりにも男で通用したのだが。
「それは無理だよ、その姿ではね。顔立ちから体型まですっかり変わってしまったんだから。」
思わず自分の身体を見る。
男物のパジャマを内側から持ち上げている胸の膨らみ、ズボンがずり落ちるほど細くなった腰周り。
逆にきつくなってしまったお尻、そして先ほど鏡で見た顔立ちは、ぱっちりした目、細い眉毛、小さな口という女顔。
以前は女っぽい容姿だからで済んだが、今や完全に女の子の容姿そのものだった。
「しかし今から行ける高校となると・・・・・」
腕を組んで天井を見上げ考え込む叔父さん。僕はどうしていいかわからずただそれを見ているだけ。
「・・・・やはりあそこしかないか・・・・」
暫く考えていた叔父さんは、天井を見上げていた顔を僕に向けて言う。
「一つだけ今からでも間に合う学校があるんだが・・・・・」
叔父さんの歯切れが悪い・・・どうしたんだろう。
「どこなんですか?」
「西園寺女子学院だよ。」
西園寺・・・女子学院?・・・・・さ、西園寺女子学院ってまさか!?
「そこって慧さんが通っているあの西園寺ですか?」
一瞬に血の気が失せる・・・・西園寺女子学院といえば、良家の子女が通う言わばお嬢様学校だ。
何しろ入学条件に成績の他に家柄も考慮される・・・なんて言われる所なのだ。一般庶民な僕とは縁がない、というかそこは・・・・
「じょ、女子校ですよそこは・・・・」
女子学院というぐらいだから、そこに通っているのは女性のみ(当たり前だが)だ。
「男の僕が入学出来るわけ・・・・・」
「何言ってるの薫君・・・貴方は女の子だから西園寺に入学できるに決まっているじゃない。」
いつの間にか手に服らしき物を持った慧さんが部屋に戻って来て、ぴしゃりと僕に言う。
「いやそういう事じゃなくて・・・・叔父さん、他にないんですか?」
せめて共学がいいんだけど・・・・・女子ばかりの所にいたら身体だけでなく、心まで女の子になっちゃう気がするんですが。
「残念ながら一ヶ月を切った状態で入学先を変えるとなると・・・・戸籍や試験の問題もある。」
た、確かに女の子になった僕の戸籍なんて存在しないだろうし、今更入学試験を受けるといっても時間が無さ過ぎる。
反論出来なくなった僕に叔父さんが説明を続ける。
「西園寺ならその辺の所はどうにでもなる・・・・実を言えばあそこの最大のスポンサーはここだからな。」
驚いた事に西園寺女子学院を運営する学校法人は『宮内神社』と深い関わりがあって、叔父さんは理事の一人に名を連ねている。
「だから理事長や校長には顔が利くし、教育委員会の方も任せておきなさい、そっちは知事に頼めば済む。」
「・・・・・・・・」
そうだった、『宮内神社』はこの地域では絶大な影響力があるんだったっけ、市長どころか県知事がその意向を聞きにくるほどに。
「そういうことだから問題なく入学できるわ・・・・ああ、薫君が後輩になるなんて夢みたいね。」
もう入学が決定したみたいに喜ぶ慧さん。
「でも・・・・」
「もっと時間があれば何とか出来るかもしれんが、すまんな。」
頭を下げる叔父さんを見て、僕はそれ以上何も言えなくなる。責任があるとはいえ、違法を承知でやってくれるのだから。
「分かりました・・・・お願いします。」
僕の西園寺女子学院への入学が決まった瞬間だった。

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