「そうだ、名前を考えないといけないわね。」
女子学院への入学が決定後、慧さんがそんな事を言い出した。
「名前って、薫のままじゃ駄目なんですか？」
この名前女の子にも多いし。まあその名前と容姿のせいで初対面の人は必ずといっていいほど僕の性別を間違えてくれるが。
「せっかく女の子になったんだから、男か女か迷う名前じゃなくて、それらしいのにすべきね。」
それらしいって････まあ確かに今の僕は”女の子”の姿だけど････
「そういうものなのか？」
叔父さんも同じように思ったのか、慧さんに聞く。
「名前は大切よ、何しろそれだけ清楚で可憐なんだから････羨ましいわ。」
さも当然ていう表情で答える慧さん、でも彼女と僕って似ているんだから、それって自分で自分を褒めてる・・・？
「そうね････やっぱりその姿なんだから･･･『神城綾』っていうのはどうかしら？」
「ど、どうかしらって言われても････」
僕が当惑している横で、叔父さんは納得したように手を打つ。
「なるほど、二代目の『綾』というわけか、それなら似合っているな。」
「でしょう？じゃあ決まりね。」
僕の事など無視して決められる僕の名前。
「というわけで、貴方は今から『神城綾』ちゃんよ。」
さっきの学校の件といい、流される一方の僕だった。

「さて名前も決まったことだし、綾ちゃん着替えよ。」
さっそく新しい名前で呼ぶ慧さん、すっかり女の子というか妹扱いだった。
「それじゃわしは少し休ませてもらうよ････綾くんの両親への連絡は責任をもってやっておくから、心配せんでいい。」
叔父さんはそう言って立ち上がる････叔父さんもすっかり僕を女の子というか姪扱いしているし。
「慧達も着替え終わったら、休むんだぞ。」
そう言って部屋を出てゆく叔父さん。
後にはがくりと肩を落とす僕と、うきうきした表情を浮かべ持ってきた布切れを広げる慧さんが残される。
何がそんなに嬉しいんだろ？そんな慧さんを見ながら僕は不思議でしょうがない。
「さあ、まずはこれね。」
と言って慧さんが僕の前に出してきたのは････白のブ、ブラジャーだった。とたんに慌てる僕。
「そ、それを付けろっていうんですか！？」
本当なら一生縁の無いと思っていた女性用の下着を突然身に付けろと言われて困る僕だったが。
「当たり前じゃない、付けなきゃ大変よ、女の子にとっては大事な事なんだから。」
そう言われ、問答無用にパジャマの上着を脱がされる僕。晒された胸の膨らみに目の置き場に困ってしまう。
「こら、目を逸らさないで！ちゃんと付け方を覚えないと駄目でしょ････」
そんな僕の困惑を気にもせず、慧さんは僕に付け方をレクチャーし始める。ただやたら触るのは止めて欲しいんですけど。
ちょっとしたドタバタの末、僕の胸にはブラジャーが付けられる････ううう、精神的に多大なダメージだよこれは。
「うんＯＫね、まあ本当ならランジェリーショップに行って、サイズを測ってもらってからの方がいいんだけど。」
お願いしますからそれだけは許して下さい慧さん････立ち直れなくなってしまいます。でも彼女は容赦してくれそうも無かった。
「今度一緒に行きましょうね･･･大丈夫、私が見立ててあげるからね。」
どうやら行くのは決定事項らしい･･･僕は泣きたくなってきた。
「さあ、次はこっちよ。」
同じく白のパンツを見せる慧さん・・・その顔が悪魔に見えます。
「パンツじゃなくてショーツって言うのよ･･･こっちは一人で出来るわよね、それとも手伝おうか？」
心を読まないで下さい･･･それからその期待に満ちたような表情は何なんですか････
「････自分で出来ます････」
「そうそう、次のもあるからぱっぱと着替えてね。」
「････････」
後の事は････聞かないで欲しい････（泣）。
ただ言えるのは、女性の下着ってあんなに種類があるものだと僕はその日初めて知った。

結局、その時は時間切れで僕のファッションショーは下着だけで終わった。もっとも別の日に改めて実施されるのは確実だったが。
その後、僕は慧さんのお古の女性用パジャマを着て（もちろん強制）寝ることが出来た。
ちなみに後で知ったのだが、慧さんが持って来た下着は、彼女が僕と同じ１６歳の頃のものだったそうだ。
ぴったり合ったのは、僕の体のサイズがその頃の慧さんとまったく同じだった為らしい。
「容姿だけでなく、そこまで似ているのは従姉妹ならではね。」
慧さんは何故か嬉しそうだったが、僕は喜んでいいのか、しばらく悩む元になった。

それから西園寺女子学院への入学式までの日々は、怒涛のごとく過ぎていく。

まず、連絡を受けた僕の両親が週末、『宮内神社』へやって来た。僕はどんな顔をして会えばいいのかと苦悩していたのだが。
「まあまあまあ、こんなに美人になっちゃって、母さん嬉しいわ。ねっ、お父さん。」
開口一番、実の母親から出たのはそんなセリフだった･･･それはもう嬉しそうに言ってくださる。
「････うんそうだな、これは思ったよりいいかもしれん。」
親父････あんただけはまともだと思ったのに･･････、母さん････いくら前から娘が欲しかったからって喜び過ぎだ。
もう少し深刻な状況を考えていただけに、自分の両親の能天気さに僕は人生投げだしたくなった。
慧さんは「ショックを受けて拒絶されるよりいいじゃない。」と言うが、喜ぶ気にはなれない。
だからその夜開かれた話し合いは、深刻なはずの議題のわりに終始和やかに進み、僕のこれからの生活については問題なく承認された。
まあそれはいいけど、話し合い後、叔父さんとおやじは娘談義で大いに盛り上がっていた（酒盛りの方も）。
「綾は（もうすでにそう呼ばれていた）は嫁にやらん！」って、親父よ、僕は女性として結婚なんてするつもりないぞ。
母さんと慧さんは、僕に自分達の服を着せてのファッションショーを開催し、大いに盛り上がっていた。
テンション上がる周りに反比例するかのように、僕のテンションが下がったのは言うまでもない。
お陰で翌日、両親が帰った後には魂の抜けた僕が残された。

それから約束どおり（って僕はそんな約束、した覚え無いのだけど）、慧さんに買い物に連れ出された。
「貴方のお母様から、服を見てやってくれ、とお願いされているしね。」
慧さんの行きつけのランジェリーショップとブティックに連れて行かれ、下着や服を買った。
そして西園寺女子学院の制服の注文、この時になってから僕は西園寺がセーラー服だと知って呆然とした。
ちなみにそれらの代金は両親と叔父さんの両方から渡された仕度金（？）で賄われた。男の時とは偉い違いだ。
一方、僕が持って来た男物の服は何時の間にか処分されていた、一緒に持って来た持ち物の大半と共に･･･････
「女の子の部屋に男の物を置いてあるのを人に見られたらまずいでしょ。」
慧さんはそう言って代わりに、ぬいぐるみや小さい観葉植物の鉢、身支度用の鏡をくれた。
ついでにベットカバーもカーテンも変えられ、今や完全に女の子の部屋になってしまった（泣）。

あと叔父さんから言われていた巫女の修行の方は、身体が変わった翌日から始められた。もちろん巫女服を着させられて････
ちなみにこの時の巫女服は『封印の巫女』としての専用（？）の物で、普段神社で見ているやつとはデザインが違う。
なお、修行時以外には普段用の巫女服を着せられ、一日中境内の清掃をやらせられたり、神札授与所に立たされたりした。
これは女性の仕草を身に付けるのに役に立つからと言われたけど、僕はひたすら恥ずかしく逃げ出したい思いだった。
「いやー、皆、『あの新しい巫女さんは清楚でいいね。』って褒めていたよ。」
叔父さんの話からして、確かに仕草は女性らしくなったんだろうけど、お陰で僕はとてつもなく落ち込んだ。　　
後日、あの神社に美人姉妹（本当は従姉弟だけど）の巫女がいると大変話題になっていると聞かされ、更に落ち込む僕だった。

入学式１週間前に制服が届けられてきた。さっそく慧さんによる品評会が開かれたのは言うまでもない。
それが終わると、慧さんも同じ制服に着替えてきて、並んで立っている写真を撮らせられた。
もちろんその写真は僕の両親に送られた、二人の反応は想像するまでも無かった･････
親父、定期入れに入れて持ち歩くな、それから職場で僕の事を「自慢の娘」だなんて言うな。
母さん、近所の人に見せて回るな、第一「僕の双子の妹」だなんてそんなベタな説明しないでくれ。

男として大事な物を次々に捨てながら、僕は入学式を迎える。
西園寺での入学式を終え帰って来た僕は、境内で慧さんに会った後、自分の部屋に入り････
「ふーう････」
深いため息を付きながら、目の前に映る、袂のある白衣に赤い袴という巫女服を着た少女の姿を見ている。
その少女は、黒い髪を青い紐で結い上げたポニーテール状の髪型に、透き通った白い肌と緑の瞳を持ち神々しい魅力を発揮している。
こんな美少女に会ったならば、僕だってお知り合いになりたいと思う･･･だがそれは無理な話だ、だってこれは今の自分の姿なのだから。

─そう、綾は自分の部屋で、学院の制服から神社での普段着である巫女服に着替え、それをほぼ全身を映せる姿見鏡で見ていたのだった。─

幸い巫女服はスタイルがあまり外から分からない作りなので、まだ女性の身体に慣れない僕は助かっている。
とはいえ、女性の服を（下着も含め）毎日着ているというのには未だに馴染めない、というか馴染みたくもない。
そんな思いのせいか、我ながら冴えない表情をしていると思うのだが、鏡に映る少女はそれでも魅力的に見える。
「・・・こうしていてもしょうがないか。」
僕は首を２、３回左右に振ると、姿見の前から離れ、とても自分のものとは思えない部屋を見渡す。
男には絶対用のない化粧台と姿見（両方とも両親が送ってきた）。本棚に入っているのは、どれも少女向きのものばかり。
はっきり言って自分の物という気がしない。むしろ慧さんの部屋に紛れ込んだような、そんな後ろめたい気分になってしまう。
これはもちろん僕の意思ではない。コーディネイトしたのは慧さんであり、それを母さんが全面的にバックアップした結果だ。
まあ二人とも女性に変わってしまった僕の今後の事を考えての事だとは思うのだけど、それ以外の思惑を感じてしまうのも事実だ。
「ふーう。」
もう一度深いため息を付くと、僕は部屋を出て慧さんの待つ社に向かった。

「お待たせしました。」
神棚の置かれた畳敷きの部屋に、慧さんはすでに来ており、正座して僕の事を待っていた。
僕と同じ腰まで届く黒髪を一本に纏め、背筋をぴんと伸ばして正座する彼女は、着ている巫女服も相まって美しかった。
「それじゃ始めましょうか。」
慧さんは僕の言葉に軽く頷くと、立ち上がり神棚の方に僕を伴って向かい、置かれている二振りの刀の前に立つ。
そして二人は正座すると、両手を合わせると頭を垂れ、刀に向かって祝詞を捧げる。
「「深き闇を鎮めたる大いなる御力、我、封印の者に与えたもう、我、その御力に決して驕らず、正しき道にのみ行使せん。」」
捧げ終わった僕達は立ち上がり、柏手を打ち、それぞれの『御神刀』を手にする。
慧さんによれば、この祝詞は『御神刀』の力を解放させると共に、その力に自分が溺れないようにする為のものだと言う。
「力の行使を間違え無い為の戒めね、『封印の巫女』の責任はそれだけ重いのよ。」
この時の慧さんの言葉は、流石に現役の巫女だけにとても重く感じられたものだ。　
「それじゃ行きましょう。」
僕達は『御神刀』を持って部屋を出る、これから禊を行い、本格的な修行に入るのだが･････
実はこの禊･･･つまり水で身を清めるという行為が、僕を憂鬱にさせる原因だった。
まあ、風呂と違って裸になるわけではないのでまだましだと思うのだが（風呂に入るのは未だに苦労させられているが）。
白衣姿になり、水を被ると････白衣がぴったりと身体に張り付いてしまい････その結果････身体の凹凸が非常に際立ってしまうのだ。
これは下手に裸の時より恥ずかしさがますます倍増される、自分の身体がいかに女の子なのかを思い知らされるからだ。
しかも隣には自分にとっては初恋の人というべき憧れのお姉さんが、同じ様な格好でいるのだ。
おかげで最初の時は、水の冷たさより、そっちの方で多大のダメージで受ける羽目になった。
「ここは巫女専用の場所、つまり男子禁制なんだから恥ずかしがらなくともいいのに。」
慧さんそうおっしゃいますけど、僕はほんの１ヶ月前まで男だったんですよ･･･もう忘れているでしょうけど（泣）。
でも確かに精神修行にはなるとは思う、自分の中の煩悩を封じ込め、湧き上がる羞恥心と戦うという点では。
その清めが終わると『封印の巫女』専用の巫女服に着替え直す、これはシルエットは似ているが細かい所が普通のとは違う。
黒い長襦袢の上に、二の腕辺りが開き、肩の部分を赤い紐、切れた二の腕部分を赤で縁取った白衣と、小豆色の袴。
これが『封印の巫女』を象徴する巫女服であり、絶対的な信頼と畏怖の対象となるのだと慧さんは言っていた。

着替え終わると、先ほどの部屋に戻り、『御神刀』の扱い方や封印方法を先輩巫女の慧さんからみっちりと教わる。
それを終えると、再度祝詞を唱え、『御神刀』を神棚に戻し、修行を終える。
この修行のパターンを僕は巫女になってから毎日続けていたのだが、それも今日で一応終わる。明日から学校が始まるからだ。
「本格的な修行は休みの日に行うわ、平日は簡単に済ませます。ただ、封印の依頼を受けた場合は別です。」
本日の修行終了後、慧さんから今後の事について説明された。何だか一見ハードな生活を想像したけど実際は違うらしい。
まあ、二人ともまだ学生なので学業を第一としてそうなっているだけで、実際は封印の仕事が全てに優先する事になる。
したがって、学校を欠席もしくは早退・遅刻しても、出席日数には影響しないし、昇級試験の結果もそれにより考慮される。
もともと西園寺は、勉強より未来の上流階級の作法を学ぶ所らしく、成績についてはうるさく言われない学校だからだ。
何しろ通っているのは上流階級のお嬢様方ばかりで、彼女達は進学や就職など関係ない。卒業後はすぐ結婚も珍しくないらしい。
それは慧さんにしてもそうだ。何しろもう既に巫女という職業に付いていて、就職の心配など必要ない。
後は婿養子を迎えるだけだが、県下では並ぶ者のない家柄であるから引く手数多･･･とは僕の母さんの言葉だ。
ちなみに僕の場合はどうなるかは･･･恐ろしくて考える気にはならなかった。だって最悪もし男に戻れなかったら･･････
「そうねえ、私と同じで婿養子を取って、分家として『宮内神社』を支えていくことになるんじゃないかしら。」
だからそれを言わないで下さいって慧さん（泣）。･････それにしても僕はこれからどうなっていくのだろうか？


こうして『宮内神社』に新しい『封印の巫女』が誕生した････その名は神城綾（かみしろ　あや）。
神秘的な容貌とかって最強と言われた『神北綾（かみきた　あや）』を超える『封印の力』を持つ彼女は、
従姉妹でありパートナーの神北慧（かみきた　けい）と共に、縦横無尽の活躍を見せる。
そんな二人を人々はこう呼んだ･････　『巫女遊撃隊』と。