─綾視点モード─
入学式の翌日、僕･･･と言うのは禁止されているので、私は慧さんと共に西園寺に向かう専用バスに乗っていた。
「そういえばもう友人が出来たみたいね。」
隣に座る慧さんが話しかけてくる。彼女は巫女姿もそうだが、制服姿も怖いほど似合っている。おかげで先ほどから視線が･････
「はい、遠藤麻耶さんという方なんですけど。」
自分一人の時も視線は感じたけど、二人並んでいるとその倍のものを感じる。
「そう良かったわ･･･大切にしなさい、そうやって最初に出来た友人は、一生のものになるのだから。」
微笑みながら話す慧さんに、話している僕･･･じゃない私以外の生徒達も思わずぼーと見つめてしまう。
これが美人の力だろうか？バスの中はそれに当てられた生徒達のピンクのオーラで、眩暈がする程だ。
しかし外見はともかく、精神は男である身にとって見ればこの状況は地獄以外の何物でないが、逃げ出す事もままならない。
（注目を集めている原因は綾ちゃんにも有るんだけどね･･･Ｂｙ慧さん）
バスが到着するのを、引きつった笑みを浮かべながらひたすら待つしかなかった。
そうこうするうちに、バスは西園寺に到着し、わ、私は解放される･･･かと思っていたのだけど。
「「「「「「姫様ごきげんよう。」」」」」」
バスを降りたとたん、待っていた生徒達が一斉に挨拶をしながら、周りを取り囲んで来たのだ。
「はい、ごきげんよう皆様。」
状況にパニック状態で声の出ない･･･私（ああ・・言い慣れない）に対し、優雅に返事を返す慧さんの姿は流石だ。
それにしても姫様って･･･慧さんのことだろうか？
取り囲んできた少女達は一様に、慧さんのその姿に心あらずになっていたが、やがてその隣に立つ私に気付き、視線を向けてくる。
「あの････その方はどちら様なのでしょうか？姫様。」
生徒の一人が、おずおずと聞いてくる。よく見ると、彼女達は２年と３年の先輩達だ。新入生達は遠巻きにこの状況を見ている。
「紹介するわ。私の従姉妹で、新入生の神城綾。皆様よろしくご指導願いますわ。」
生徒達にざわめきが広がる。
「姫様の従姉妹の方ですって。」
「まあ姫様にそっくりですわ。」
「可愛い方ですね。」･････
値踏みする彼女達に僕･･･でなく私は固まってしまう、一体何が起きているんだ？そんな時かけられる一つの声。
「ごきげんよう、今日もすごいですわね。」
さぁーと人垣が左右に分かれ、一人の生徒の姿が現れる。
「ごきげんよう静香さん。そう思っているのなら助けて頂きたいわ。」
現れた生徒に、微笑みながら慧さんが話し掛けると、その生徒は肩を竦めながら、こちらに歩いてくる。
「この子達は姫君を慕って集まっているんだから、可哀相なことはしたくないわ。」
そう言って私達の前に歩いて来たのは････髪を短めにした、宝塚の男役も真っ青の生徒だった。
「「「「「「ごきげんよう若様！」」」」」」」
それまで彼女の出現に止まっていた生徒達が、先ほどの慧さんへの挨拶にも劣らない勢いで囲んで挨拶してくる。
「ごきげんよう皆。」
さわやかな笑顔・・というのだろうか・・を浮かべて挨拶を返すその生徒に、周りを囲んでいた少女達はヒートアップする。
「やっぱり凛々しいですわ若様は。」
「あの笑顔を見たら、殿方なんか目に入りませんわ。」
「姫様と若様を同時に見れるなんて････」。
ここはアイドルのコンサート会場か？私は思わずそう思ってしまう。それにしても”姫様”に”若様”って････
「朝から騒がしいですわね慧さん。」
だが次に掛けられてきた声を聞いたとたん、周りの生徒は一斉に押し黙り、今度は私達の後ろの方に移動する。
そして広く開けられた前方から、数人の生徒達が歩いてくる。その姿に後方の生徒達が声を潜めて話しはじめる。
「高橋様よ････また姫様に何か言うつもりだわ。」
「里香さんにも困ったものね。」
「しっ！聞こえたら何を言われるか。」
何だか酷い言われような感じだけど････確かに良い印象を彼女達から受けない。
「これはごきげんよう里香さん、そんなに騒がしかったですか？」
「自覚されていないようですわね････困ったものですわ。」
慧さんほどではないが、長い髪を手で後ろにばさっと流しながらその生徒はこちらを睨む。どうやら３年生らしいけど････
「最上級生である貴方がこれでは、学院の品位が下がりますわ。」
こう言っちゃ何だけど、よくテレビやマンガに出てくる、嫌味なお嬢様という感じを受ける。それにしても現実にいるんだこういう人。
妙な感心をしている間に、場の空気がぴりぴりしはじめる、もっとも慧さんはまったく意に介していないみたいだけど。
「それは失礼しましたわ里香さん。でも品位なんて表面的なもの、大事なのは内面だと思いますわ。」
慧さんは口調も穏やかに満面の笑顔で、相手の嫌味を受け流し、さりげなく返す。とその言葉にお嬢様の顔が引きつる。
そして彼女の取り巻き連中だろう、後ろにいた数人の生徒達が、前に出て来て慧さんを取り囲もうとする。
無言の威圧に慧さんの後ろにいた生徒達が下がる。ぼ・・いや私も思わず後ろに下がろうとして、段差に足を取られ後ろ向きに倒れて････
「大丈夫？」
後ろに立っていた生徒に抱きとめられる。その相手は、何とあの若様だった。
「あ、すいません･････」
謝る私（だんだん言い慣れてくるのが嫌になる）に、先ほどの笑顔を見せる若様。こうみると本当に美形な人だ。
「こんな事で怪我するのは、割が合わないしね･･･さてそろそろ収めましょうか。」
そう言うと若様は、二人に向かって話しかける。
「お二人とも、他の生徒の方がお困りになりますからその辺で･･･」
「ふん！仕方がありませんわね･･･行きますわよ。」
若様の言葉に里香と呼ばれた生徒は、仕方なくといった感じでそう答えると、取り巻きの人達を引き連れて校舎に向かって行く。
それを見送ると、後ろに振り向き生徒達に言葉を掛ける慧さん。
「ありがとう静香さん････それから皆様を驚かしてしまいましたね、どうかお許しくださいね。」
それでようやくこの場の雰囲気が和らぐ。
「いえ、そんな････」
「姫様が謝られる事ではありませんわ。」
「そうですわ姫様、お気になさらず。」
そんな生徒達の声に、慧さんは再び微笑みを浮かべると、皆を促す。
「このままでは遅刻してしまいますから、私たちもまいりましょう。」
その一声で生徒達は何事も無かったように校舎へ向かう。
･･････何となく物凄い物を見てしまった気がする僕･･･ではなく私だった。


─慧視点モード─
「しかし相変わらずですね高橋のお嬢様は･････」
隣を歩く若様─友人の静香─が話しかけてくる。騒ぎの後、私と綾ちゃん、静香の３人は校舎の下駄箱へ向かっていた。
「私にはそんなつもりは無いんですけど････ところで静香さん････貴方何時まで綾ちゃんを抱いているつもりかしら？」
そう、この友人は先ほどから綾ちゃんの手を握り、自分の胸に引き寄せた格好で歩いているのだ。
さっきの騒ぎで倒れそうだったのを助けてくれたのは感謝するけど、何時までやっているのかしらこの友人は。
「それは彼女が落ち着くまでですわ姫様、まだ彼女は顔が赤いですから。」
「･･･貴方がそうやっているからだと思うのだけど、いい加減周りの目を考えて頂きたいわね。」
周りを歩いている生徒達が、さっきから二人を見ている。その目には羨望、嫉妬、好奇心が浮かんでいる。
その視線を感じてか、綾ちゃんは落ち着かない素振りを見せている。それでなくてもこの子は自分の身体の事で大変だというのに。
「あ、あの大丈夫ですから･･その････」
私達の間の不穏な空気を感じたのか、綾ちゃんが静香にそう言って身体を離す。
「そうならいいんだけどね･･･で、さっきから睨みつけてる姫様、彼女を紹介して頂きたいですけど。」
「････私の従姉妹の神城綾さん、今日からこの学院の生徒になります（･･･どうせ聞いていたのでしょう？）」
最後の方だけ彼女だけに聞こえるよう言う。
「綾さんですね、私は神前寺静香、神北慧さんとは一年の頃からの友人ですわ･･･（第一印象が大切だからね、こういうことは。）」
同じように、最後の方だけを私だけに聞こえるよう返す静香。
「よ、よろしくお願いします神前寺･･様。」
緊張しているのか、やや引きつった感じで答える綾ちゃん。静香はそれを見て目を細める･･･また悪い癖が始まったわね。
「静香でいいですよ綾さん、慧さんの従姉妹であるなら私としては親しくお付き合いをしたいですから。」
まったく何が”親しくお付き合い”なのかしら。だいたい”お付き合い”の意味が違うでしょう、貴方の場合は。
そんな私の思いを尻目に、根が素直な綾ちゃんは静香と接している。
「えっ･･･でも････そんな馴れ馴れしく････」
「気にしなくてもいいですよ、その方が私も嬉しいですし。駄目ですか？」
「そうですか？分かりました静香様。」
ちょっと悲しそうな目でそう言われれば、流石に綾ちゃんもそうせざるしかない。まったくこの策士が。
「それでは綾さん、また後で････静香さん行きますわよ。」
これ以上静香と一緒にいさせるのはまずいと思った私は、さり気なく綾ちゃんを引き離す。幸い一年の下駄箱は別の入り口の方だし。
「はい慧様、静香様、それでは失礼します。」
綾ちゃんは私達に会釈すると自分の下駄箱へ歩いてゆく。
「はい、がんばって下さいね綾さん。」
静香がにこやかに笑って送る･･･そして綾ちゃんの姿が見えなくなると･･･途端に意地の悪い笑みを浮かべた顔を私に向ける。
「姫様、意地が悪いですわね。」
「･･･言っておきますけど、あの子は貴方のファンの子とは違います、そこを分かってもらいたいですわね。」
静香は自分を慕ってくれる下級生達と人目を忍んでは楽しんでいる、といってもせいぜいデートに連れ出すくらいだけど。
ここの生徒は卒業後すぐ結婚する子が多い。それも本人の意思など二の次で･･･だから今のうちに楽しもうという子は多い。
だが女子校という事もあって、異性と知り合う事は至難の業だ。よって彼女達は身近の上級生のお姉さまに憧れるというわけだ。
「姫様は、従姉妹にご執心っていうわけですか。珍しいですわね、今まで誰にも見向きもなさらなかったのに。」
「貴方と一緒にしないでほしいですわ････あの子は親御さんから預かった大事な娘さん、貴方の毒牙に掛けるわけにはいかないわ。」
「毒牙？　そりゃ酷いとお思いになりませんか？」
「･･･忘れたとは言わないでしょうね若様、この前も下級生の子を泣かして騒ぎになりかけた事があったのを。」
まったく、気が多いというのか、誰彼構わず良い顔しようとするから、始末におえない。
つい先日も、下級生二人との約束がブッキングしてしまい、「どちらを選ぶんですか？」と泣きながら迫られたのだ。
「ま、まあ、そういうこともあったかもしれませんわね。」
顔が引きつっているわよ若様。まったく懲りると言う事を知らないんですから困ってしまう。
「それに･･･これは直に皆に分かると思うから言っておきますけど、綾さんは私と同じ巫女を勤める事になってます。」
引きつった笑みを浮かべていた静香の表情が変わる。
「巫女って････封印の方のですか？」
流石にこれには彼女も驚いたようだった。
「しかし、そちらの巫女は姫様一人だけって聞いた覚えがあるんですけど。」
「状況が変わった･･･としか言えませんわ。」
私は肩を竦めて答える。理由を説明するとなると、綾ちゃんが実は”元・男の子”ということまで明かさなければならなくなる。
「だから間違っても声を掛けないようにして･･･」
「これはますます興味が沸いてきましたわ。」
「って聞いてませんね････まったく。」
盛大なため息を付くと、私は下駄箱へ向かう。
「あっ、お待ちになってください姫様、色々とお聞きしたいことが･････」
そう言って後ろを付いてくる友人を見ながら、これは今後要注意だなと私は思った。