綾が男（？）として大事な物を失ったと嘆いている頃（笑）、学院近くの工事現場である事件が起こりつつあった。

学院裏･･･道路工事現場
「何やってんだお前ら！？」
現場監督の男が、丘の一部が崩された場所に集まっている作業員達に怒鳴る。彼は朝からかなり苛立っていた。
それは、一週間前に工事中見つかった『封印石』の調査で、工事の予定が大幅に遅れてしまい、スケジュールが押している為だ。
「さっさと作業を続けろ、誰が休んでいいと言ったんだ！！」
男の怒鳴り声に、作業員達はそれでも動こうとはしなかった。皆、目の前の物を凝視している。
「おい！」
たまらず作業員の一人の肩を掴んだ男に、その作業員は震えた声で、男を振り向いて言う。
「こ、これを見てください監督。」
男がそちらに目を向けると、丘に半分埋まった石柱らしき物がある事に気付き、思わず目を剥く。
それは前回見つかった物にそっくりだったからだ･･･工事を３日も止めた、あの忌々しい『封印石』と呼ばれた物に････
「ちっ！何でこんな物がまた出てきやがるんだ！？」
憎しげに男はその『封印石』を見て呻く、男にとってこれは疫病神以外の何物でもなかった。
何故ならこの『封印石』が発見された場合、『封印の巫女』による『祓い』の儀式を終えるまで、工事が中断されるからだ。
これは街で土木工事を行う全て業者に適用されるルールであり、それに反せば処罰を受けることになっている。
だが工事期限の迫っている現場の責任者である男にとっては、致命的なトラブルに成りかねない事態だ。　
それに男はその『封印の巫女』と呼ばれる人間が好きになれない。何しろその巫女、彼の娘と変わらない年頃の少女なのだから。
男は以前に『封印石』の『祓い』に来たその少女の事を思い出す。

「目に見えない物が怖くて、現場で働けるか！！」
工事中止に腹を立てた男は、『祓い』の儀式の為に来た巫女にそう言って食って掛かる。
この街の人間でない男には、何故地元の人間がそんな迷信じみた事にこだわるか理解できなかった。
もちろん危険は何処にでも有る、だがそんなものを気にしていては仕事などで出来るか、男はそう考えたのだが････
「見えないからと言って、それを軽んじるのは愚か者のやる事です。」
男の怒りを受けても、その巫女は怯むどころか、落ち着いた態度で返してきたのだ。
その態度が男を余計に怒らせ、止めようとする周りの人間を振り切り、巫女を掴みかかったのだが･････
「目で見えるものが全てではありません。貴方はそんな事もお分かりにならないのですか！！」
二周りも年齢の違う少女が放つ言葉の迫力の前に、幾多の現場で鬼と言われた男は圧倒され、動きを封じられてしまったのだ。
その時の屈辱は忘れられる物では無かった、それに加えて会社からは工事延長の責任を負わされたのだ。男の怒りは大きかった。

「さっさとこんな物どかせ！何びびってやがるんだ。」
「で、でも監督、これが出た場合は連絡を････」
反論しかけた作業員を恐ろしい目で睨んで黙らすと、男は周りの作業員達に怒鳴る。
「前のやつも結局なんでもなかったんだ、これもどうせそうに違いないに決まってる！！」
最初に発見された『封印石』には何も封印されていなかった、だから男は今度もそうだと勝手に判断してしまった。
しかし巫女は帰り際こう言ったのだ、「まだ他に有るかもしれませんから、くれぐれも注意なさって下さい。」と。
男はそんな警告を無視した。自分のプライドと期限遵守という上からの命令の為に････
「････････」
作業員達は互いに顔を見合わせたまま動こうとしなかった。彼らには男と違い地元の人間が多かったからだ。
そんな態度に男はとうとう切れて怒鳴る。
「そんなら俺がやる、お前らに迷信だと証明してやろうじゃないか！！」
男はそう言って、傍らにあったブルドーザーに飛び乗ると、エンジンを掛け、『封印石』に突っ込ませる。
「か、監督止めて････」
だが作業員達の制止も空しく、男はブルドーザーを使って『封印石』を、真っ二つにしてしまう。
「へん見てみろ･･･何が”『妖』が封じ込まれている”だ！」
ズシン！！
『封印石』の上部分が地面に落ち、粉々になるが、何も起こらない。だから男はそれを見てせせら笑う。
だが彼は気付かなかった、落ちてバラバラになった『封印石』の中から、どす黒い色をした玉が転がり出て来たのを。
そしてそれが男の乗るブルトーザーの傍に転がってくると、色が灰色に変わり、光を放ち始めたことを･････

数十分後、工事現場に多くの男達の悲鳴が響いた。


同時刻･･･学院の３−Ｂの教室
「クリスは宇宙船のコントロールを取り戻すと、シルフィールドを小惑星に･･･向け･･･」
「？」
教室で行われていた英語の授業。指された生徒が英文を訳している途中で止めてしまった事に教師が不振な目を向ける。
その生徒、神北慧は教科書ではなく、窓の外に視線を向け、顔に厳しい表情を浮かべている。
慧の表情を見て教師は掛ける言葉を飲み込み、クラスメイト達は、不安げな表情で見守る。
やがて慧は視線を戻すと、教科書や筆記道具を仕舞い始めながら教師に言う。
「先生、申し訳ありませんが緊急事態が起こったようなので、早退させていただきたいのですが。」
その一言に教室にざわめきが広がる。彼女の言う”緊急事態”が何を意味するかを誰もが理解出来たからだ。
「そう･･･分かったわ神北さん、早くお行きなさい。」
事態の深刻さを分かっている教師は慧にそう言って許可を出す、と言ってもこれは形式的なものに過ぎない。
『封印の巫女』は、その事態になった場合、特別な権限を与えられ、教師はそれに従わなければならないのだから。
とはいえ生徒が教師に命令などするのは問題が多いと考えた慧は、例え形式とはいえ、許可をとるようにしている。
「はい、ありがとうございます･･･皆様方もこの後の指示に従って行動されて下さいね。」
教師の言葉に感謝し、クラスメイト達に注意を促してから、慧はカバンを持って教室を小走りに出てゆくのだった。

慧が教室を出てから１０分後･･･学院の保健室
身体測定の為、綾は体操服に着替え、クラスメイトの後ろに立ち、順番を憂鬱な顔をして待っていた。
何故そうなのかといえば･･･着ている体操服にあるのだ、というのもそれが既に絶滅したと言われる”ブルマ”だったからだ。
小学生以降、見ることの無かったその姿を、まさか自分がその姿になって見る羽目になるとは････綾は思ってみてもいなかった。
それにしても、ぴったりと下半身に張り付く”ブルマ”というのは、否応無しに自分の身体が女の子である事を認識させてくれる。
第一、未だ肌の露出に慣れない身としては、足を剥き出しにするようなその格好は結構辛いものがあるのだ。
「早く終わらないかな･････」
そんな事をぼんやり考えていた綾は突然身体をぴくっと震わせる。何かが背筋を駆け上がってくるような感覚を覚えたからだ。
「な、何？」
思わず周りをきょろきょろと見回し始めた綾を、友人達が不思議そうな顔をして見る。
「何かありましたか綾さん？」
「いや何か今･･･」
麻耶の質問に綾が答えようとした時だった。突然スピーカーがチャイムを鳴らし、放送を始めた。
「お知らせいたします。１年Ｄ組の神城綾さん、至急職員室までいらっしゃって下さい。繰り返します。１年･････」　
突然の呼び出しに保健室にいた全員の目が綾に集まる。一方は呼び出された本人は目を白黒させてスピーカーを見ている。
「神城さん、直に職員室に行きなさい。」
「あ、はい。」
教師の言葉に綾は我に返り、慌てて扉に向かうが、途中何かに気付いたように止まって聞く。
「す、すいません、職員室ってどちらにあるんでしょうか？」
入学して２日目の綾に学院の地理など覚えている訳も無く、教師に職員室まで連れて行ってもらうのだった。

職員室に着いた私は先生に促され職員室に入っていった。
「神城さんを連れてまいりました。」
その声に振り向く人達、私はその中に慧さんの姿を見つけて驚く。
「ご苦労様･･･貴方は生徒達を何時でも避難させられるように待機して下さい。」
学院長─入学式で見たから間違いないと思うけど、初老の女性─が私を連れてきてくれた先生に指示する。
それにしても避難って？　慧さんが居る事と何か関係があるのだろうか。
「分かりました。」
私を連れて来てくれた先生はその指示を聞くと、返事をして急いで職員室を出てゆく。
慌てているようだったけど、”避難”という言葉に驚いているのではないのが妙に気に掛かる。
職員室の中も、あちこちで先生達が顔を突き合わせて話し合っており、電話を掛けている先生も一人や二人ではなかった。
理由は分からないけど、何かが起こりつつあるのだけは私にも分かった。
「綾さん、こっちへ来てちょうだい。」
慧さんの言葉に、職員室を入った所で突っ立っていた私は、彼女達の所に向かう。
「それでは『妖』は学院の近くまで来ていると？」
私が近づくのを待たず、メガネを掛けた中年の女性─確か副学院長だと思うけど─が話を始める。
それを聞いて、自分がここに呼ばれた訳を理解出来た。つまり私が『封印の巫女』だからなのだと。
「ええ、それは間違いありません、直ちに避難の段取りをお願いします。」
学院長は困惑した表情だったが、それも僅かな間だけで、直に表情を引き締めると指示を飛ばし始める。
「生徒の皆さんを全員グランドに集合させて下さい。ただし混乱を起こさないよう、十分注意をして下さい。」
指示を受け、教師達は早速動き出す。皆困惑してはいたが、慌てた様子も無く冷静だった。
それが慣れている感じなことに私は驚かされたが、それもそのはずで、こういう事を想定して日頃訓練をしているという。
「地震や火災時の避難訓練よりも、熱心に行われているわ。」
私の質問に慧さんは苦笑いしながら、この街では『妖』の方がより現実的な危機なのだと教えてくれた。
「後は学院長達にお任せしましょう。･･･綾さん、用事を頼まれて頂けるかしら？」
騒然としだした職員室から私達が廊下に出ると、慧さんがそう言ってきた。
「用事ですか？何をすれば？」
「神社に行って、御神刀と巫女服を取ってきて欲しいの････車を手配してあるからそれで････」
確かに『妖』を封印するならそれらが必要になってくるだろう･･･私は深く頷いて答える。
「分かりました、それで車はどこに？」
「学院の前に来るように頼んであるからお願いね･･･私は朝別れた所で待っているから。」
もう一度頷いて、私は急いで外に向かった。こうなれば一刻の猶予も無い、普段なら注意されるような勢いで廊下を走る。
そして外に出た私は、学院の敷地を駆け抜け、門を飛び出し、慧さんが言っていた車を探すが･････
それらしい車は止まっていなかった･･･まだ来てないのか？
そんな時甲高いサイレンを鳴らして、パトカーが一台走ってくる。
「まさかあれじゃないよな････」
いくら何でもそれは無いと思っていた私は、そのまま通り過ぎると思っていたパトカーが門の前に急停車したので驚いた。
「巫女の方ですか？」
降りてきた若い警官が聞いてくるが、聞かれた私は暫くの間硬直してしまっていた。まさか本当にパトカーが？
「あの････？」
「あ、はい。私が巫女です。間違いありません。」
硬直していた私はようやく、警官の言葉に答える。･･･そうだ、固まっている場合じゃないんだった。
「それではこちらへ。『宮内神社』へお連れします。」
パトカーのドアを開けてもらい、私は後部座席へ乗り込む。降りていた警官も急いで助手席に収まると、すぐに発進する。
「１５分で到着します。神社ではすでに宮司殿が用意をしてお待ちだそうです････」
後ろを向いて話す警官、でも何故かその視線は、私の顔でなく下の方に向いていて･･下？・・・・あ！！
忘れていた････ブルマを着たままだった。･･･だからか、警官が私の顔でなく、下の方に視線を向けていたのは。
どうやら彼らはブルマとむきだしの脚を見ていたらしい。恥ずかしくなった私は警官を睨む。
「す、すいませんでした！」
睨み付けられた警官は、謝罪すると慌てて前を向いたが･････運転している警官と共にちらちらこちらを見てくる。
私は着ているシャツを引っ張って、何とかブルマと足を隠そうとしたが、しょせん全て隠せられるわけも無く。
それどころか、引っ張られたせいでシャツが上半身にぴったり張り付いたせいで、胸が強調されてしまった。
結局、余計相手を喜ばしただけだった･･･そりゃ少し前まで私も男だったから、その気持ちは分からんでもないけど･････
でも見られる方に回った今では、その視線は嫌悪感を抱かせ、汚されているような気持ちにさせられるのも事実だった。
本当に男って厭らしいんだから･････何時の間かそんな感情を抱いている自分に気付き、ショックを受けてしまう。
確実に女の子の方に流されていっている事が分かってしまったから･････（泣）
一方警官の方も、私が睨んだことで動揺したようで、終始落ち着かなかった。
そしてお互い気まずい雰囲気の中、パトカーは『宮内神社』へ向かって走り続けた。