落ち着かない状況の中、『宮内神社』に着いた綾は、神社前で待っていた宮司の真一叔父さんから荷物を受け取る。
「綾ちゃん･･･今回が君にとって初めての封印の仕事になる。落ち着いてやれば大丈夫だよ。」
真一叔父さんは、荷物を受け取った私の肩を叩き、そう言ってくれる。
「はい、がんばります。」
私は頷いてパトカーに乗り込む。荷物を視線を遮るように足の上に置けたので、行きの時よりは落ち着けそうだ。
サイレンを鳴らしパトカーは、学院に戻る道を走る。何時の間にか、その後ろには他のパトカーや消防車が付いて来る。
数台の緊急車両の群れは、昼の静かな住宅街を、切り裂くように走ってゆく。

生徒達の避難が進む中、慧は校舎の出入り口に立って、綾を待っていた。
数人の生徒達が、慧の横を通り過ぎながら声を掛けてくる。
「姫様お気をつけて････」　
「がんばってくださいませ。」
声を掛けてくるのは、ほとんどが地元の人間達だった。
幼い頃から『妖』の恐ろしさを嫌と言うくらい知っている彼女達にとって『封印の巫女』はもっとも頼れる存在だから。
一方声も掛けられず、恐怖に駆られた表情で通り過ぎてゆくのは、別の街から来た者達だ。
『妖』の存在も『封印の巫女』も、その者達にとっては同じ物なのかもしれない。慧は苦笑を禁じえない。
慧自身はそういう目には慣れてはいるつもりだが、突然”巫女”になった綾にとってはこれからが大変だ。
「何があっても守ってあげないと････」
綾は慧にとって従姉妹というだけでなく、同じ運命を共有する巫女同士なのだから。それに彼女の身体のこともある。
突然性別を変えられ、それまでとは１８０度違う生活を余儀なくさせられたのだ。
そして巫女として生きてゆく運命を受け入れなければならない。それは非常に不運な出来事だと思う。
だが、一方で『薫』が『綾』になったことで戸惑うあの子を世話する事を喜んでいる所も実は慧にはあった。
何となく複雑な気持ちになっていた慧は、遠くから聞こえてきたサイレンに気付く。
そのサイレンは、学院の門前に来ると止まる。どうやら来たようだ。慧は気を引き締めると、そちらに向かう。
門の前には多数の緊急車両やマスコミの車、それを取り囲む野次馬達により騒然としていた。
その中、到着したパトカーから降りた綾が警官に先導されてこちらに向かってくる。周りの状況に緊張気味だ。
学院から出てきた慧の姿を見て、マスコミが一斉にカメラを向けるが、何時もの事なので彼女は気にもしない。
綾の方は、そんな状況に戸惑いながらも、慧を見つけると駆け寄ってくる。
「慧さん持ってきました。」
慧は頷くと綾と共に、学院にとって戻る。そんな二人に多数のシャッター音と声が浴びせられる。
「今度の『妖』はどんなヤツなんですか？」
「その体操服の少女は一体誰なんですか？」
「中の状況は？」
思わず立ちすくみそうになる綾の手を、慧は握ると無言のまま歩いて行く。それをマスコミ達が後を追いかけようとするが････
「学院内は立ち入り禁止です。マスコミは下がって！」
警官達が進路を遮り、マスコミを押し止める。一帯は罵声と制止の声が重なり、大変な騒ぎだ。
そんな騒ぎを背に慧と綾は、校舎に向かいながら、持ってきた荷物を確認し合う。
「慧さんの『御神刀』はこちらです。あと巫女服がこれです。」
刀と巫女服が入ったカバンを綾は、慧に手渡す。
「ありがと･･･驚いたかしら？」
「え！？　･･･そうですね、何時もこんな状況なんですか？」
まだ戸惑っている綾が慧に聞く。
「そうよ････まあ騒ぐ気持ちは分かるんだけど････でも大変なのはこれからだと思うわ。」
今の事で綾の存在もマスコミに分かってしまった･･･本来なら時間を掛けて、少しづつ外部に顔出しするつもりだったのに・・・慧は溜息を付く。　
「？　それってどういう意味･････」
「それは後で話すわ････今は『妖』を封印することだけを考えて。」
綾にとって初めての封印の仕事なのだ、余計なプレッシャーを与える必要はないと慧は考え、彼女の言葉を遮る。　
「私に････出来るでしょうか？」
その言葉に御神刀を握り締め、綾は立ち止まって不安そうな表情で慧を見る。そんな彼女を慧は抱きしめると言った。
「大丈夫だから････自分の力を信じなさい。強さで言えば貴方の方が上なんだから････」
「あ････あの････け、慧さん？」
抱きしめられ綾は真っ赤になって固まってしまう。そんな彼女を見て慧は微笑むと身体を離す。
「行きましょう････『妖』はまだ学院内に進入していないけど、それも時間の問題でしょう。」
「はい。」
頷いた綾を先導し慧は校舎に入ると、無人となった廊下を歩き、『女子更衣室』とプレートが掲げられた部屋に着く。
そしてドアを開けて入ろうとしていた慧は、部屋の前で再び固まった綾を見て声を掛ける。
「どうしたの綾ちゃん？」
顔を赤くした綾は、落ち着かない表情で部屋の中と、慧の顔を交互に見て言う。
「あ、いえ････慧さん･･･私は出来ることなら別の部屋で着替えをしたい････」
「駄目よ････時間が無いし。」
即座に拒否する慧、綾を問答無用で部屋に引っ張り込む。
「で、でも････一緒に着替えるのはまだちょっと････」
「何言ってるの････今日クラスの皆と一緒に着替えたんでしょ？」
身体測定の為に既にクラスの子達と一緒に着替えている筈なのに、今さら何を恥ずかしがっているのか慧には理解出来ない。
「さっさと入って着替えなさい！」
「ちょ、ちょって待って････あ･･･あ････」
バタン！
綾の切羽詰った声に構わず更衣室の扉を閉める慧だった。

「さあ、早く着替えなさい。」
「････はい。」
更衣室に入り、体操服の上のシャツを脱ぐ綾。その下にはシンプルな白のブラジャー、１０代の女の子らしい清楚な物が見える。
これは慧さんが下のショーツ（こちらも白）と共にセレクトしたものだった。それはもう嬉しそうな表情を浮かべながら･･･である。
「やっぱり綾ちゃんには、白が似合うわ。」
「はう･･････」
その時綾は頭から蒸気が吹き出る思いだったのは、言うまでもない。
「ほら早く。」
思い出して動きが鈍った綾を急かしながらも、慧さんはきちんと着替えているのは流石である。もう白衣まで着終わってる。
「あ、ブルマは脱いだほうがいいわ･･･蒸れるし。」
うう･･･恥ずかしいから言わないで欲しいんだけど。何だか同性になったせいか慧さんの言動に遠慮がなくなったみたいだし。
・・・って、お願いですからブルマを引っ張らないで下さい･･･そうしている間に慧さんは袴を履き終わっている。
慌ててカバンから長襦袢を引っ張り出して着込み、続いて白衣を羽織って帯を締める。そして袴を履き････巫女服の装備完了である。
そして互いの巫女服を確認し合うと、『御神刀』を持ち更衣室を出る･･･何だかこれだけで疲れきってしまった綾だった。

更衣室を出た二人は、学院の裏側に来ていた。そこは校舎の直ぐ脇が森となっており、不気味な静寂に包まれている。
「･･･感じるかしら綾ちゃん？」
「はい････何だかたくさんの蠢く物の気配が････」
薄暗い森の中を見ながら綾は、慧さんと話をしながら、そこから伝わってくる気配を感じていた。
多数の何物かが森の中を徘徊している･････巫女である二人には目に見えなくてもよく分かるものらしい。
「それじゃ行きましょう････気を抜かないようにね。」
慧さんはそう言うと、『御神刀』を鞘から抜き、斜め右に構えると、森の中に入って行く。
同じ様に鞘から『御神刀』を抜いた私が後に続く。
森の中は相変わらず静かだった。他の生き物の気配が感じられない･･･皆身を隠し、侵入してきた異質な物に脅えているようだった。
私は大して暑くない筈なのに、森に入ったとたん嫌な汗を流し始めていた。お陰で長襦袢が肌に張り付くようで妙に落ち着かない。
その煩わしさに気を取られた私は、次の瞬間に横から飛び出してきた物に反応が遅れてしまった。
「わ！！」
思わず身を捻って避ける私の傍を通り過ぎて、地面に降り立つと、こちらを振り向くモノ。
それは････ネズミと犬を掛け合わせたような・・・兎に角今まで見た事の無い生き物だった。とたんに湧き上がる嫌悪感。

・・・こ、これが『妖』？

ギャー！！

そいつは耳障りな声を上げて飛び掛ろうとするが、私は驚きと嫌悪感のあまり動けない。
「危ない、綾ちゃん！！」　
慧さんがそう叫んで私を庇うように前に立つと、『御神刀』を掲げ、祝詞を唱える。
「蒼き浄化の炎よ、我に従い、邪気なるものを、浄化したまえ！！」
祝詞を唱えて『御神刀』を振り下ろす慧さんと、飛び掛かる『妖』が交差し････

グェェーー！！

先ほどより更に耳障りな絶叫をあげ、『妖』は蒼い炎に包まれ、地面を転げ回る。
やがて炎が消えると、どす黒い色をした玉が残される。慧さんはそれに近寄ると、袂から取り出した札を貼る。
すると･･･どす黒かった玉は灰色になり、慧さんはほっと息を付くと、私の方に歩み寄って言う。
「今のが私達『封印の巫女』が行う封印の儀式よ･････」

これが封印の儀式････？

私は声も無く、慧さんを見つめるだけだった。